11 / 67
一章
脱走
しおりを挟む
2週間ほどが経過した。ただし、窓から光が差し込まないため、実際にはそれくらいの時間が経過したのかはわからない。
「この環境で一人で1ヶ月も過ごしてたの?」
「そうやで。まじで頭おかしなるかと思ったわ」
ここでは頭がおかしくなるのも納得だ。ここには何もない。暇つぶしもなく、景色も変わらず、ご飯を食べるだけ。時折立ち上がってストレッチするものの、肩が凝っているようで、締まった感触がある。この環境は私たちに大きな悪影響を与えていた。
突如として船が激しく揺れ、波の音が耳に響いた。船体は一瞬不安定な揺れに包まれ、その後、何かに激しく衝突したかのような衝撃が船体を貫いた。
私はストレッチのために立ち上がっていたのだが、目を白黒させて一旦座り込んだ。
「あー多分どっかに着いたんちゃう?」
彼は慣れたような口調でそう言った。依然として床にゆったりとした体制で座っている。
「着いた?奴隷市場のある国に着いたときにはそんな衝撃なかったけど…」
「奴隷市場っていったらあそこか、確かあそこは海賊が許容されてる国やったやろ?」
確かにそうだ。彼らはまるで自分たちは漁師だぞというような顔で海賊船を港に停めていた。しかし、一度も海軍を呼び寄せる様子は見せなかった。
「大急ぎで停めて防波堤かなんかにぶちあたったんやろ。前の国と違って、ここは海賊捕まる国なんちゃう?」
「そうなんだ」
そういえばこの人も海賊だった。そう言う事情に詳しいのだろう。
「てことは、いま港にいるってことだよね。この船の甲板から陸に逃げ出したりできないかな」
「この牢屋抜けられるんやったらできるんちゃう?」
彼は少し意地悪な顔で私にそう言った。私は少し考えるが、どう考えてもこの牢屋を鍵なしで抜け出す方法が見つからなかった。
「うーん、無理かも」
そこがいちばんの難関だ。腕も通らないほどに格子が張ってあるので、鍵が開かない限り出ることは出来ないだろう。
私はまあ理想論だなと投げやりになって寝転がった。ピンク髪の彼はそんな態度の私を見て少し笑っていた。
「おい」
そこには彼の部下の一人の、毛むくじゃらが立っていた。私はその男を睨む。
もしかして、また奴隷市場に連れて行かれるのだろうか。
「逃がしてやる。こっちに来い」
その言葉は明らかに罠のように聞こえたので、私は眉を顰めた。彼が一体何を言っているのか理解できなかった。私が出て行こうと言った瞬間、折檻されるのではないのか?
「誰が信じるんです?その言葉」
「信じるか、死ぬかだ」
死ぬ。
ついに、私の処刑が船内で行われることになるのか。少し目を閉じてから、再びその毛むくじゃらの光景に向き直った。
「つまり、私はそろそろ彼に殺されるってことですか」
「……違う」
私はその男の返答にさらに訝しむ。違う?何が違うのか。その男は周囲を見て、誰もいないことを確認すると、ヒソっと声を小さくして言った。
「近々、船長の部下の何人かが、クーデターを決行しようと目論んでる。この船を彼ごと沈めて殺すつもりだ」
「クーデターって……」
クーデターとは反乱行為だ。上の人間の権力の転覆を試みて、成功すれば新たな権力者が生まれる。そして大抵その上の人間は殺される。
金髪の彼のあの日々の圧政の数々を思えば、この行為は妥当なのかもしれない。私は少しずつ話が読めてきた。
「つまり、逃げなければ私たちは牢屋に閉じ込められたまま溺れて死ぬってこと?」
「そうだ」
だから今のうちに逃してやろうという話か。私はまだ彼のことを信用しきってはいなかったが、これはまたとないチャンスだということもわかっていた。
牢屋の鍵が開けられ、その男が掌を差し出してきた。私はその男の手を握る。掌には荒れた手のひらの感触があった。
「…待ってください、私だけではなくこの人も連れて行ってほしい」
「…この人つーと、アルバートの野郎か?」
ピンク髪の彼はアルバートというらしい。アルバートさんの方を見たら、まだあのゆったりとした体勢でこちらを悠々と見ていた。
「そりゃ無理な相談だ。俺らはこいつに恨みを買っている。こいつを逃せば俺らは痛い目を見るだろうな」
「………じゃあ行きません。行かない」
私の返答に、静けさが船内を支配した。海の波音と風のざわめきだけが聞こえ、緊張感が漂う。
しかし、急に船内に笑い声が響き渡った。それは明るく、まるで闇を切り裂くようだった。私は振り返り、アルバートさんが笑っているのを見た。船内の緊張が、彼の笑顔と共にほんの少し緩和された瞬間だった。
「ばかやな、ルイスちゃん。うちなんか放っておいてサッサ行きゃええねん」
「でも……アルバートさん…」
「こんな状況で会ったからうちに情が湧いてるだけやで。さっさと大海を知ってうちのことなんか忘れや、あんた箱入りの小鳥ちゃんなんやから」
彼はヘラヘラとしながらも、確固たる諦めのような感情をその目に宿していた。その目は私に切なく映った。
「さっさと行くぞ。甲板に上がったらバレないように行け。幸いお頭連中はご不在だからな」
男が私の手を無理やり引いていく。
「アルバートさん、やだ、一緒に行きたい」
「ばいばーい元気でな~」
「この環境で一人で1ヶ月も過ごしてたの?」
「そうやで。まじで頭おかしなるかと思ったわ」
ここでは頭がおかしくなるのも納得だ。ここには何もない。暇つぶしもなく、景色も変わらず、ご飯を食べるだけ。時折立ち上がってストレッチするものの、肩が凝っているようで、締まった感触がある。この環境は私たちに大きな悪影響を与えていた。
突如として船が激しく揺れ、波の音が耳に響いた。船体は一瞬不安定な揺れに包まれ、その後、何かに激しく衝突したかのような衝撃が船体を貫いた。
私はストレッチのために立ち上がっていたのだが、目を白黒させて一旦座り込んだ。
「あー多分どっかに着いたんちゃう?」
彼は慣れたような口調でそう言った。依然として床にゆったりとした体制で座っている。
「着いた?奴隷市場のある国に着いたときにはそんな衝撃なかったけど…」
「奴隷市場っていったらあそこか、確かあそこは海賊が許容されてる国やったやろ?」
確かにそうだ。彼らはまるで自分たちは漁師だぞというような顔で海賊船を港に停めていた。しかし、一度も海軍を呼び寄せる様子は見せなかった。
「大急ぎで停めて防波堤かなんかにぶちあたったんやろ。前の国と違って、ここは海賊捕まる国なんちゃう?」
「そうなんだ」
そういえばこの人も海賊だった。そう言う事情に詳しいのだろう。
「てことは、いま港にいるってことだよね。この船の甲板から陸に逃げ出したりできないかな」
「この牢屋抜けられるんやったらできるんちゃう?」
彼は少し意地悪な顔で私にそう言った。私は少し考えるが、どう考えてもこの牢屋を鍵なしで抜け出す方法が見つからなかった。
「うーん、無理かも」
そこがいちばんの難関だ。腕も通らないほどに格子が張ってあるので、鍵が開かない限り出ることは出来ないだろう。
私はまあ理想論だなと投げやりになって寝転がった。ピンク髪の彼はそんな態度の私を見て少し笑っていた。
「おい」
そこには彼の部下の一人の、毛むくじゃらが立っていた。私はその男を睨む。
もしかして、また奴隷市場に連れて行かれるのだろうか。
「逃がしてやる。こっちに来い」
その言葉は明らかに罠のように聞こえたので、私は眉を顰めた。彼が一体何を言っているのか理解できなかった。私が出て行こうと言った瞬間、折檻されるのではないのか?
「誰が信じるんです?その言葉」
「信じるか、死ぬかだ」
死ぬ。
ついに、私の処刑が船内で行われることになるのか。少し目を閉じてから、再びその毛むくじゃらの光景に向き直った。
「つまり、私はそろそろ彼に殺されるってことですか」
「……違う」
私はその男の返答にさらに訝しむ。違う?何が違うのか。その男は周囲を見て、誰もいないことを確認すると、ヒソっと声を小さくして言った。
「近々、船長の部下の何人かが、クーデターを決行しようと目論んでる。この船を彼ごと沈めて殺すつもりだ」
「クーデターって……」
クーデターとは反乱行為だ。上の人間の権力の転覆を試みて、成功すれば新たな権力者が生まれる。そして大抵その上の人間は殺される。
金髪の彼のあの日々の圧政の数々を思えば、この行為は妥当なのかもしれない。私は少しずつ話が読めてきた。
「つまり、逃げなければ私たちは牢屋に閉じ込められたまま溺れて死ぬってこと?」
「そうだ」
だから今のうちに逃してやろうという話か。私はまだ彼のことを信用しきってはいなかったが、これはまたとないチャンスだということもわかっていた。
牢屋の鍵が開けられ、その男が掌を差し出してきた。私はその男の手を握る。掌には荒れた手のひらの感触があった。
「…待ってください、私だけではなくこの人も連れて行ってほしい」
「…この人つーと、アルバートの野郎か?」
ピンク髪の彼はアルバートというらしい。アルバートさんの方を見たら、まだあのゆったりとした体勢でこちらを悠々と見ていた。
「そりゃ無理な相談だ。俺らはこいつに恨みを買っている。こいつを逃せば俺らは痛い目を見るだろうな」
「………じゃあ行きません。行かない」
私の返答に、静けさが船内を支配した。海の波音と風のざわめきだけが聞こえ、緊張感が漂う。
しかし、急に船内に笑い声が響き渡った。それは明るく、まるで闇を切り裂くようだった。私は振り返り、アルバートさんが笑っているのを見た。船内の緊張が、彼の笑顔と共にほんの少し緩和された瞬間だった。
「ばかやな、ルイスちゃん。うちなんか放っておいてサッサ行きゃええねん」
「でも……アルバートさん…」
「こんな状況で会ったからうちに情が湧いてるだけやで。さっさと大海を知ってうちのことなんか忘れや、あんた箱入りの小鳥ちゃんなんやから」
彼はヘラヘラとしながらも、確固たる諦めのような感情をその目に宿していた。その目は私に切なく映った。
「さっさと行くぞ。甲板に上がったらバレないように行け。幸いお頭連中はご不在だからな」
男が私の手を無理やり引いていく。
「アルバートさん、やだ、一緒に行きたい」
「ばいばーい元気でな~」
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

少女漫画の当て馬に転生したら聖騎士がヤンデレ化しました
猫むぎ
BL
外の世界に憧れを抱いていた少年は、少女漫画の世界に転生しました。
当て馬キャラに転生したけど、モブとして普通に暮らしていたが突然悪役である魔騎士の刺青が腕に浮かび上がった。
それでも特に刺青があるだけでモブなのは変わらなかった。
漫画では優男であった聖騎士が魔騎士に豹変するまでは…
出会う筈がなかった二人が出会い、聖騎士はヤンデレと化す。
メインヒーローの筈の聖騎士に執着されています。
最上級魔導士ヤンデレ溺愛聖騎士×当て馬悪役だけどモブだと信じて疑わない最下層魔導士
中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。
イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる