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一章
海の上
しおりを挟む「この無能が」
特に大きな声ではなかったが、私はその声で目を覚ました。意識はぼんやりとしている。体が硬い地面に転がされ、手足が何かで縛られている感触がある。身体を起こそうと試みるが、力が入らない。なぜか下半身は半分脱がされており、冷たい風が肌を刺す。周囲は暗くてよく見えず、どこにいるのか全く分からない。
「すいやせん!!!親分、でもこれどう見ても女だと思って!」
「黙れ!ごちゃごちゃ吐かすな!」
縛られているため、私は身動きがとれない。顔だけ上げて周囲を見渡すと、目に飛び込んできたのは金髪の美しい男性だった。
彼は私よりも背が高く、威厳ある雰囲気を漂わせている。その目には光がない。彼の瞳は冷たく鋭く、威圧感を持っているが、同時に何か深い苦悩も感じさせる。荒々しい表情と相まって彼の存在感は圧倒的だった。彼は明らかに怒りを抱えていて、手に持っている煙管をいつでも投げられるように振り上げていた。
私の目と目がバチッと合った瞬間、緊張が一気に高まった。彼の目には何か複雑な感情が交錯しているように見えた。
「……その体で男とは、貴族は女々しくていけねぇな」
その男は、私を見下すように鼻で笑って近づいてくる。その男の部下たちも緊張してその男の動向を見守っている。しかし、私はただ観察することしかできなかった。
全身というか世界というか、その空間がぐらぐらと揺れているように感じられ、目が回りそうだ。どこにいるのか、ここは何なのか全く想像がつかない。これはなんだ?自然現象なのか、それとも何か別の力が働いているのか、疑問が頭をよぎる。
その様子を見た男はさらに馬鹿にしたように笑った。それはまるで、賢者が白痴を見るような無意識的な差別心を持っていた。
「ここがどこか教えてやろうか?」
私の髪が一気に掴まれ、無理やり上を向かされる。相手の顔には傲慢な笑みが浮かんでいる。彼は私を見下すように見つめ、私の顔が歪むのを楽しんでいる様子だ。私はただ黙って、彼の瞳と向き合う。
「どこなんです?」
「海の上だよ」
海?海の上?
この国を四方から囲んでいる、悠々としていて煌めく、そしてどこまでも青くどこまでも自由な。西風が駆け抜けて、どこまでも駆け抜けていくあの海?
私は彼の顔をじっと見つめた。
「海賊」
「そうだ、世間知らずのお坊ちゃん。脳足りずでもそれくらいは分かったか」
男は私の顔を顔を床に投げつけた。少し痛みを感じる。男は元いた場所に戻り、自信満々な表情で私を見下していた。
私は彼に舌を出し、馬鹿にした顔をして挑発する。彼の自信に満ちた態度に対して、私も引けを取らない姿勢で立ち向かう。
「…男と女を間違えて攫ってくる間抜けに言われたくありませんね」
互いに目を見つめ合いながら、緊張感が漂う瞬間がすぎる。緊迫した雰囲気がその場に漂い、男の表情が次第に険しくなる。機嫌の悪さが顔に現れ、怒りを滲ませながら私を睨みつける。
「口を慎め」
彼の足が私の頭に打ち付けられた瞬間、強烈な痛みが走った。苦悶の声が口から漏れるが、以前の屋敷で受けた拷問に比べれば、これはまだ耐えられる範囲だった。意識は徐々に遠のいていく。
しかし、不思議なことに私はその中でも屋敷から逃げ出せた喜びの方が優っていた。喜びの微かな光が、暗闇の中で輝き始めるのを感じた。
ニヤニヤ笑う蛮族たちを前に私はまだ縛られていた。ただ次は、じっとりと暗い牢屋の中で目が覚めた。私はその蛮族どもをただ見ていた。
多くの者は日焼けで髪がモジャモジャで、頭からはほこりと汗が滴っていた。その服には泥や汚れが付着し、ひどく乱れている。 汚れた指で顔をかき、目元には疲れと苦悩が滲んでいる様子が見て取れる。そのような薄汚れた穢らわしい見た目であるにも関わらず、手には様々な宝石が施された指輪を厭らしくもつけていた。
「………………」
私は確かにあの屋敷で虐げられていたが、ドロシーにも気付かれないように虐げられていたのである。もちろん風呂にも入っていたし、自室もある程度綺麗だった。そのため、このような汚らしい生物は今まで見た事がない。この環境とこの汚らしい者たちへの拒否反応が尋常ではないくらいに出ていた。
「どうだ?牢屋に入れられる気分は。海賊殺しが海賊に捕えられるとは皮肉なものだな」
海賊に死刑を求刑する私たちベイリー家は海賊殺しと呼ばれているようだ。今話しかけている男が船長かと思ったが、目を覚ました時に顔を踏みつけてきた金髪の男にペコペコしていたことを思い出した。
「…汚い」
「あぁ!?んだとごら!!ぶち殺すぞ!」
穢らわしさにそう言葉が漏れていた。
その男は激昂して私の牢屋を蹴りつけた。だけど殺されることはないはず。殺すとしたら私が寝ている間に済ませておけばいいだろうし。何か企みがあるのではないだろうか。私の利用価値は貴族であること、女性らしい軽さと細さ。肉体奴隷には向いていないと思う。
「あなたは私を殺さないようにこの船の長に告げられているはずです。さしずめ…私を奴隷にして売るか…娼婦の代わりに貴族に売るか…そんな所でしょう?」
「…気持ち悪りぃ。なんだこいつ、物分かりがいいっつーかなんつーか気味が悪りぃな」
語彙力のなさが露呈しているな。学がないのか。
予想通りの結果にうんざりした。彼らは交易が盛んな港を目指していると思われる。おそらく人間を売る奴隷市場がある場所だろう。もしくは別の目的地の道中に奴隷市場があれば寄っていくのかもしれない。どちらにしても、奴隷として生きることになれば、自由は存在しないだろう。
「で、なんのようです?まさか私の寝顔を見に来たわけでもないでしょう?」
「んなわけねぇだろ。親分がお呼びだ。さっさと立てのろま!」
汚らしいデブとは別の者がそう怒りをあらわにして捲し立てる。短気だな。海賊とは短気でなくてはならないという決まりでもあるのか?
私は手錠をつけられた腕が痛むが、そのままに立ち上がった。ここの長がなんのようだというのだろう。
「さっさと来い」
そう言って私の肩を掴み、ぐいぐいと引っ張ってくる。汚い。なんという匂いだろう。この世でもっとも汚らしい生き物はこのような匂いがするのか。皮脂と塩となにか別の匂いが混ざった、嗅いでいられない匂いだ。
ため息をつきながら、彼らに誘導されるがままに船の中を進んだ。私はおそらく船の最下層にいたようだ。何隻かの緊急用の船や様々な樽が置かれたほぼ物置のような地下牢の牢屋に捕えられていた。
「ここだ。さっさと入れ。不敬をかって親分に殺されちまえ」
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