犠牲の恋

詩織

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「どういうことですか?」

「いあ、あのたまたま…」

「たまたま何です?」

「ちょっと、まぁ、色々…」

「だから!!なんですか!?」

ブチブチブチ切れる私。

さかのぼること、数十分前

「課長、二人目出来たんですって?おめでとうございます!」

「ああ、ありがとう」

「そうなんですか?おめでとうございます」

課長…、日高雅史ひだかまさし、35歳。私の恋人。

奥さんとはもう亀裂があって直ぐにでも別れるからと言われ1年。

準備やら話し合ってるやら、あともう少しで別れるからとずっと言われてた。

なのに!!



「大声だしたら、皆に聞かれるから」

「…何言ってるんですか!?」

私はもう怒りが大爆発!!

周りに聞かれようがもう…

「とりあえず、これから会議だから」

と言われて逃げようとするのを腕を掴み

「じょーだんじゃない!!この一年なんのために待ってたんですか!!?」

殴りかかりような勢いに

「うわぁー!」

と叫ぶ課長

それを聞こえたのか数人きて

「どうしたんですか?」

と来て

「笹山君が…」

私が課長の胸ぐらを掴んでるのを見て

「笹山さん!何してるんですか!?」

と、止めに入られた。

それ以降私は課長に迫って振られた腹いせにとか、課長の幸せの嫉妬にとか、色んな噂がたってしまってる。

私、笹山香蓮ささやまかれん、28歳。1年前に課長に告白された。

事務用品メーカーに短大卒で入社し、ずっと総務部に配属。入社2年目で日高課長が配属し、それからずっと彼の下で6年いた。

告白された時は不倫なんて…と思っていたが、もう修復は不可能。別れるからという言葉を信じてこの一年待っていた。


同期の内藤麻美ないとうあさみだけには言っていて

「だから言わんこっちゃないない。絶対別れるないって言ったじゃない」

と言われていた。

「ううう」

「もう、あんたの噂凄いわよ!告白の腹いせとか、嫉妬とか、仕事を与えすぎて切れたとか…もう色んな噂が飛び交ってるわよ」

「…」

「で、どうするの?」

「なにが?」

「この先、慰謝料とか…」

「あー」

そこまでやってやろうか?

それでもなんかシラ切そう。

「なんか、うまくやられそう」

「そうね、どっちにしても不倫だからあんたのが不利よ」

「…うん」

「もう綺麗サッパリ忘れるしかないわね!近くにいるけど」

悔しいけど結局は不倫。信じた私がバカだったんだ。

総務部のフロアに戻ると空気が重くなる。

きっと私が居るからなんだろうけど

なるべく気にしないで仕事をする。

課長ももう私には仕事を直接振ってこない。

ほんと最悪。

私には仕事がどんどん回ってこなく、窓際族になりつつあった。

自己退職でもさせる気か?

怒りも悔しさもぶつけられない。



「ふー」

バーでカウンターで一人で飲む。

「なんで、私が…」

酒を飲むしかなかった。

く、悔しい…

皆白い目で…

皆のチラチラと見るあの空気に耐えられなかった。

辞めようか…

辞めたら向こうの思うツボ。

でも、じゃ、どうしたら…

「すいません、もう一杯同じの」

注文を頼んでると

「飲みすぎ、よくないね」

隣に座ってくる男性がいた。

「ちょっと、私隣座っていいこと承諾してないわよ!」

「それは失礼。では隣失礼しますね」

「それ、どういうこと?隣いいですか?じゃないの?」

チラッと顔を見たが、大人な男性。多分30代半ばだろう。眼鏡を掛けていて、なんとなくインテリア風にも見える。

「まぁ、もう座って待ってるし、細かいことはいいじゃん」

「…」

「こんな、飲み方よくない。美味しい酒も不味くなるよ」

「ほっといて!」

「彼氏にでも振られた?」

「どうでもいいでしょう!」

彼氏に振られたくらいならまだいいわよ!

「じゃ、どうしたの?話だけだも聞くよ」

「そんな…、見ず知らずの人の話聞いてどうするのよ?」

「…見ず知らずだから聞けるってこともある」

「…」

「辛かったんだろ?」

「…」

大人すぎる。

「言えば楽になることもあるよ」

「…」

「泣くくらいなら、話せって」

「…」

いつの間にか涙が止まらないでいた。

私は6杯目カクテルを一気に飲んで、少しずつ話してしまった。

ずっと待ってたこと、会社で白い目で見られてること、同期の忠告を無視して別れなかったこと…

「…結論的には不倫をした君が悪くなるな」

「…わかってるわよ!でも、何も仕返し出来ないのは悔しい!!」

「…」

「すいません、もう一杯!」

「もう、やめとけ!」

と阻止される。

「飲まないとやってられないのよ!」

「…じゃあ、少しでも力つけるか?」

「え?」

「今の状況を変えたいか?見返したいか?って聞いてる」

「変えたい!!変えて後悔させたい!」

「後悔させるはわからんが…、でもその気があるんだな?」

頭が回ってよく理解してないけど

「ある!!」

と断言した。

「…わかった」




そして、目が覚めたときは

自宅だった。

服を着たままベッドの上だった。

私なんか、隣にいた男性に色々話して、なんかいってたな…

それが今後人生が変わるとは思いもしなかった。


「笹山さん」

暇な私に部長が声をかける

「ちょっと…」

もしかしてクビの話?

私はズルズルと引きずるように部長の後につていった。

「君に辞令が出てるんだ」

「…辞令ですか?」

どういうこと?

総務部の人間が辞令って聞いたことない。

「企画部2課だ」

「企画…ですか?」

「とりあえず今日中に荷物まとめて企画部に異動してくれ!引き継ぐものはないと聞いてるので」

「…はい」

あまりの予想外の出来事に少し呆然とした。

けど辞令であれば行くしかない。

私は荷物をまとめて、皆に挨拶をした。

課長に挨拶は…いっか!

何となく問題児がいなくなることに安堵したような…皆の顔がそう見えた。



「失礼します!本日付でお世話になります笹山です」

2階から4階に移動し、フロアに入って挨拶をした。

「あっ、お待ちしてました。こちらです」

女性の社員が席に案内してくれて、そこで

「よろしくおねがいします」

と頭を下げた。

周りも

「「よろしくおねがいします」」

と言ってくれてとりあえず席に座り、荷物を片付け始める。

私は企画で何するんだ?

そんな疑問だらけ。

「よし、来たか!」

後ろから声が聞こえ、振り向くと

!?

「企画2、課長の森沢です。よろしく」

うそ!!同じ会社だったの?

あのバーの隣にいた男性がまさかの…

「とりあえず、笹山!ミーティングルームに。そこで今後の仕事の話を説明する」

「あっ、えっ、えっと、はい!」

私は筆記用具をもって課長の後ろについていき、ミーティングルームに入った。

「うちの課の企画だが、そのへんは総務にいたから解るよな?」

「…はい」

「1課は企業向けの商品だが、うちらは個人向けの商品。笹山には30代くらいの働く女性が購入したくなる商品を企画してもらう」

「…私がですか?」

「企画は慣れてないだろうから、はじめはサポートするつもりだが、バシバシ行くぞ!」

「…あの、ちょっと待ってください!私が企画なんて…」

「見返したくないのか?」

え?

「見返したいんだろ?今を変えたいんだろ?」

あっ、あのときの…

「やる気あるっていったよな?」

そうだ!私は今を変えたいんだ。

今のこの状況を変えたい

「…はい。ご指導よろしくおねがいします」

その後、28の私は新人のようにコキ使われる日々が始まった。

「笹山!こんなの小学生でも考えないわ!顔洗ってこい!」

「もう少し頭を使え!誰がこんなの使いたいと思うんだよ!」

「実用性全く無いだろ!見るだけじゃなく使うんだよ!ちょっと、店いって商品見に勉強してこい!」

課長の怒鳴声も既に名物になりはじめ、私が怒られるのはいつの間にか恒例行事になっていた。

「はぁ~~~」

最近は22時過ぎても仕事してることが多い。

何をどうやったらいいんだろ?

それすらもまだ解らずで方向を見失ってた。

ただ、少し気が楽になったことは、例の噂がなくなったみたい。

今は森沢課長とのやりとりが名物になってるので、前の噂も過去のものになりつつあった。

そういう意味では少しは居やすくなったかもしれない。


「まぁ、でも会社辞めるかなって思ってたけど森沢課長が香蓮を助けたわけだ」

「助けたってか、毎日企画書突き返されるんだけど」

そういうと麻美は笑って

「いいじゃない?名物になってるんだし」

別に名物になりたくって企画書作ってるわけじゃないのに…

午後からは、お店に行って置いてある商品を勉強しにいった。


「難しいな」

人に気に入ってもらえる商品。

今まで企画って、そんなに大変なものじゃないと思ってた。

でもこうやって消費者の立場から考えてほしいもの、使いやすいものなどを考えるってのは、かなり頭使うな

「笹山!お前何度言ったら解るんだ?こういう理想なのを考えても使わないだろ?」

はぁー、まただ

もう何ヶ月もこんな感じ。

やっぱり私には無理なのかな…

「ちょっと来い!」

というので、お説教かな?と思ったら

「俺と笹山は外出するから、今日はそのまま直帰するから」

え?え?なに?

わけも解らず連れてこられて、一緒に行くことに1時間…

周りは田んぼ、畑がいっぱい。

どう見てもオフィスがある感じには…

「こんにちは!」

「あら、久しぶり森沢君」

中には年配の女性が…

「あら、なに?お嫁さんかい?」

「い、いや、部下です!」

「あら、そうなの?残念…」

どんな関係なんだろ?ご親戚には見えないけど

「旦那さんはいらっしゃいますか?」

「あーあ、いるよ、相変わらずよ」

「お邪魔していいですか?」

「森沢君が来たって言ったら喜ぶよ!言ってあげて」

「ありがとうございます」

そう言って、2階にあがる。

「し、失礼します」

私も後について2階に。

「こんにちは!」

「おお!森沢君!」

「ご無沙汰してます」

「いやー、嬉しいね。忘れられたと思ったよ」

「まさか!そんなことはないですよ」

「お?奥さん?結婚したの?」

「奥さんと同じことを…、部下ですよ」

「なんだ。そろそろ報告あると楽しみにしてたんだが…」

「…」

「お仕事拝見していいですか?」

「あー、かまわんよ」


ご高齢の男性の手元にあるもの。

はじめは解らなかった

でも…

「メモ帳?」

ただのメモ帳。

でも何百枚と束ねたメモ帳の裏には、メモ帳を切るたひに絵が浮き出る仕組みになっている。

手作業で丁寧に作成している。

あまりの職人技に言葉を失った。

静かに1枚、1枚大事に作っている。


何だろ…

普段使ってるメモ帳が、こんなに丁寧に作ってるなんて…

「…俺の仕事なんかね、こんなもんなんだよ。すぐちぎって使われるもの。そして用が済んだら捨てられる。」

「…」

普段本当に何とも思ってないものなのに、大きな衝撃が走った。

その後、課長も私もいいと何度も言ってるのにちゃっかり夕飯までご馳走になってしまった。

帰り際

「何をどうってのが解りませんが、言葉に出来ない貴重なものを見た気がします。ありがとうございました」

と課長に言う。

「実用性は確かに必要だ。だが時として見てるだけでちょっと癒やされたりするものがあってもいいかもしれない」

「…はい」

課長が何を言いたいのかは解らなかったけど、でも何かを伝えたいんだってことが、解って自分自身にも何かが変わろうとしていた。
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