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第四部 異界

66 果てしなき祈り

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 空は晴れていた。

 風花が舞っている。遠くの空から飛んできた雪が、日光を受けてきらきらと輝いている。

 ――荼枳尼天は一度祀ったら最後、終生、祀り続けなければならないと言われているわ。約束を違えれば、何らかの災厄が降りかかるとされる。

 りんごを手に提げて進む。真っ直ぐ祠へと進む。

 ――寺が打ち壊されたことで、荼枳尼天は元の悪鬼に戻ってしまったのかもしれない。少女を攫う神様に。そういう可能性もあるってだけだけどね。

 切り妻屋根の小さな木祠だ。観音開きの戸の奥には、御神体だという鏡が――

 ――元々、夢路が祀られるようになったのはただの偶然だった。あるいは、そのおかげで夢路は現世とのつながりを持てたのかもしれない。それはともかく、夢路はただその偶然を利用しただけ。夢路の存在だけなら、依代を通じて信じさせることができたから。でも――それとは別に神様がいるなんて夢路にだって確信が持てない。それを他人に信じさせるのは――むずかしいと思った。

 三方にりんごを供えた。偽物のりんごだ。はじめて手作りしたりんご。粘土細工の、真っ赤な塊。ニスに濡れててらてらと輝いている。

 ――何もね、計算ずくでやったわけじゃないのよ。形はどうあれ、死後も自分のことを覚えていてくれる子達がいて、単純に嬉しかったし、それが現世との縁なら、断ち切りたくないと思った。生前には送れなかった青春を、日常を間接的ではあるけれど体験する機会があるなら神様でもなんでも演じようって。

 鏡の中で、もう一人の自分が手を合わせて、祈る。願う。

 ――りんご様という名前も気づけば勝手に作られていた。でも、これはもしかしたら利用できるかもしれないと思った。夢路とりんご様を別々の存在として祀らせることができるかもしれないって。巫女たちにも気づかれない形で、荼枳尼天を祀らせ、怒りを鎮めることができるかもしれないって。そういう考えもなくもなかった、という程度の話でしかないけど。

 りんご様、荼枳尼天様、あるいは名前もわからない神様。

 ――夢路も神道や仏教の伝統にそこまで詳しいわけじゃなかったし、本格的に寺や神社を再建させるのもむずかしいと思った。だから、そう。言わば気休めね。それで巫女の仕組みを作った。神様として掟の一つでも課さないと格好がつかないし、巫女に純潔を誓わせることにした。

 どうか、その怒りをお鎮めください。

 ――本当に荼枳尼天は存在すると思う? あるいはそう呼ばれる神様のような何かが。

 わたしの友達を返してください。

 ――わからない。きっと誰にもわからないでしょう。
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