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幕間

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 知佳は竹林の坂を駆け降りていた。

 吹き出す汗、爆発しそうな鼓動、絶えず吐き出される白い息。

 これが現実ならとうに、坂を下り終え、神社の境内に出ていただろう。しかし、これは悪い夢だ。どれだけ走っても竹林を抜けることはできない。

 君は逃げられない。僕はすべてわかっている。特に君のことはね。

 どこからだろう、操緒の声が聞こえる。坂の上からではない。背後からではない。どこからともかく、こだまするように。視界いっぱいに広がる竹林が囁きかけるように。

 竹林は地下でつながっている。僕たちも同じだ。そうだろう? 何せ双子なんだから。同じ胎の中で育ったんだから。同じ羊水に浸かって育ち、同じ日に生まれた。同じベッドで寝て、同じベビーカーで散歩して――

 小石で足を引っかけた。前のめりに倒れる。地面に手を着き、擦りむいた。痛い。血が滲む。傷口に砂利がめり込み――

 忘れたわけじゃないだろう? 僕のかわいいお姉ちゃん?

 知佳は立ち上がった。右足をくじいている。引きずるようにして進み、境内を目指す。ここじゃないどこかを。操緒の声が届かない場所を。

 しかし、ほどなくして知佳は足を止めた。あり得ないことが起こったからだ。現実には起こり得ないことが起こったからだ。

 それは水だった。

 足元が水に浸っている。踏み出す度、ばしゃばしゃと飛沫が舞う。

 冷たい水だった。一瞬で熱を奪われる。足の感覚がなくなる。

 坂を下るほど、水の位置は高くなっていった。気がつけば、腰まで水に浸かっている。一歩一歩が重い。

 知佳はコートを脱ぎ捨てた。その下に着ていたパーカーも脱ぎ捨てる。胸まで水に浸かったところで、ばた足で泳ぎはじめた。

 息継ぎの際、水が口と鼻に入る。塩辛い。粘膜にひりつくような痛みを覚え、思わずむせる。

 これは海だ。

 海がこの竹林の麓まで迫っているのだ。

 よく見れば、神社本殿の屋根が水面から覗いている。

 もう少しで竹林を抜ける。しかし、それにもはや何の意味があるだろう。この水没した世界で、どこに逃げられると言うのだろう。

 波に揺られ、竹がさわさわと音をたてる。そして操緒の声――

 君は戻ってくる。必ず戻ってくる。こちらから追うまでもない。待っているよ。知佳ソフィ
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