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第二部 巫女

36 機械仕掛けの魔女

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「まったく、瑞月には困ったものだわ」夢路はカップを傾けながら言った。「あなたたちも、付き合いが長いんだからもっと早く説得できたでしょ。何、第三者に頼ってるのよ」

 放課後の作法室だった。
 けっきょく、瑞月は退部を撤回し、茶楽部に復帰した。
 四人で集まり、いつものようにお茶を飲んでいる。夢路は愚痴を垂れてはいるものの、どこかほっとしているように見えた。

「ねえ、知佳」夢路は言った。「あなたも迷惑をかけられた側でしょう。何か言ってやったら」
「まあ、乗りかかった船だし」知佳は言った。「おいしいタルトタタンの店も教えてもらったからいいかなって」
「あなたもよくよくお人好しね」夢路は呆れたように言った。
「まあまあ、夢路さん」蒼衣がなだめる。「結果オーライじゃない。思わぬ収穫もあったし」
「そうだな」カナは言った。「これでしばらくは安泰だろ」
「だといいけど――」

 そのとき、作法室のドアが開かれた。

「邪魔するわよ」

 ポニーテールの二年生――城ヶ崎が不適な笑みを浮かべて立っていた。

「城ヶ崎さん、ノックくらいしましょうよ」

 カチューシャの二年生――春風があわあわしながら言う。

「時間の無駄よ」城ヶ崎は言った。「どうせ居留守されるんだから」
「いいところに来たな」カナは言った。「今日はアールグレイが――」
「茶なんて飲まないって言ってるでしょ」城ヶ崎は言った。「まったくのんきな連中ね。いまどういう状況かわかってる? そんな風にのんびり茶を飲んでいられるのも今月限りよ」
「まだ一週間以上あるけど」
「思い出させてあげに来たのよ。感謝するのね」城ヶ崎は威張るように言った。「これから月末まで毎日来てあげる」

 嫌がらせの間違いだろう。城ヶ崎もよっぽど暇らしい。

「毎日はちょっと……」春風が言った。「他の仕事もありますし」
「安心なさい。わたしが一人で行くから」
「……この先輩、生徒会じゃないんだよな」カナが蒼衣に確認するように尋ねた。
「そうね。趣味でやってるだけね」
「趣味とは舐められたものね」城ヶ崎が言う。「でも、たとえ趣味でもぼけーっと茶を飲んでるあなたたちにくらべたらよっぽど有益でしょう?」
「そうだな。見上げたボランティア精神だ」カナは言った。「でも、悪いけど別のとこをあたってくれるか」
「断る」城ヶ崎は断言した。「あなたたちが不正を続ける限り、わたしは矛を収めるつもりはないから」
「不正ってなんだっけ」
「物覚えの悪い後輩ね。いいわ。何度でも教えてあげる」城ヶ崎は馬鹿にしたように言う。「顧問と部員が足りてない上に活動らしい活動もしてないのにこうして学校の設備を占拠してることよ」
「あー、それか」
「忘れてる方が幸せだったでしょうね。でも逃がさないわよ。わたしは地の果てまでも――」

 城ヶ崎が言いかけたところでカナは一枚の紙を掲げた。

「入部届け?」固まった城ヶ崎に代わって、春風が読み上げる。「一年四組、市川知佳……って、え、まさか」
「そういうことだな」
「これで四人……ですね」春風はおずおずと言った。
「けっきょく、あなたも邪道に堕ちたわけ?」城ケ崎は知佳に向かって言う。「市川知佳さん?」
「ええまあ」知佳は曖昧に答えた。「他の部活に入る予定もなかったので」

 城ケ崎は悔しそうに歯を食いしばった。

「……ふん、部員を揃えたくらいでいい気になってるんじゃないわよ」城ヶ崎は言った。「まだ顧問の問題が解決してないのには変わりないんだからね」
「ああ、それなんだが――」
「なんや、騒がしいなあ」

 城ヶ崎と春風に背後から別の声が聞こえた。二人が振り返る。

「あんまりうるさしたらあかんで」のんびりした声が続ける。「これ近所付き合いの基本な」

 白衣の教師が立っていた。おっとりした面立ち、シュシュでまとめられたキャラメルブラウンのサイドテール。

「冨士野先生?」城ヶ崎が言った。「呼ばれたってどういうことです」
「さっき顧問が必要だって言ってたろ」カナは言った。「その顧問だよ」

 そういえば、《魔女》に顧問を頼むと言っていた。ということは――

「《魔女》って冨士野先生だったの?」知佳は尋ねた。
「そうみたいね」蒼衣は言った。「わたしもただ顧問になってくれるよう文面で頼んだだけだから、正体は知らなかったんだけど」
「秘密にしとったんやけどなあ」冨士野はへらへらと笑った。「顧問やりたないし」
「ああ、もう!」城ヶ崎が叫んだ。怒りの火が点いたらしい。「冨士野先生! 教員であるあなたがこんな不正に加担するなんて! ていうかなんです、その喋り方! 二学期までは標準語だったでしょう!」

 冨士野は目を丸めた。

「この子は?」カナたちに問いかける。
「ああ、その人は――」蒼衣が説明しようとするが言葉に詰まる。それは説明しづらいだろう。
「正義の味方よ!」城ケ崎はがなった。「先生だろうと悪党には容赦しませんからね!」

 冨士野はぴくりと反応した。
 口角を上げて、にたあと笑う。どこかぞっとするような笑みだった。

「へえ、おもろいこと言う子やね。じゃあ、先生も教師として一つ教えといたろかな」

 そう言って、城ケ崎の顎に手を添えた。

「な、何を」城ヶ崎が戸惑ったように言う。
「いい? 愚かなお嬢さん」冨士野はささやくように言う。「あなたがどれだけ正しくても、小娘一人の意志でねじ曲がった道理が元に戻るほど世の中甘くないのよ。一時の自己満足のためにその身を亡ぼす覚悟はあって?」

 最後にふーっと耳元に息を吹き替える冨士野。城ヶ崎は膝をがくがく震わせ、冨士野が手を離すとその場に崩れ落ちてしまった。

「じょ、城ケ崎さん!?」春風が慌てて体を支える。
「な、何よ!」城ケ崎は頬を真っ赤に染めて叫んだ。「この悪党! スケコマシ!」

 春風は城ケ崎を城ヶ崎を後ろから抱えるようにして起き上がらせた。

「覚えてなさい! いつか、ここにいる誰より偉くなってあなたたちみたいな輩をまとめてふんじばってやるんだから!」
「と、とにかく撤退しましょう。大丈夫ですか? 保健室に――」
「やめて!」
「でも顔真っ赤ですよ」

 春風は城ケ崎を連れて撤退していく。その背中を見送りながら蒼衣が呟いた。

「さすが《魔女》こと冨士野ふじのかえで先生。またの名を、一時代を築いた伝説の巫女、《楓の乙女メイプル・メイデン》ね」
「え?」
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