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柊帆影編
ヒーローと悪役
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唯が現実に戻ってくるよりも早く、帆影が目を覚ました。
ばたりと横たわる唯を、悲しげな瞳で見つめている。
「唯ちゃん、君は優しすぎるよ。」
悲しみと後悔が入り交じった声は、冷たい空気にとけていった。
ボソリと呟いた言葉は、何処か救いを求めているようにも感じる。
けれどその言葉に答える者は誰もいない。
まるで世界が帆影に、『それが答えだ』と言っているようにも捉えられる。
その真意は誰にも分からない。
(君が言ってくれた言葉……。忘れないよ、唯ちゃん。)
帆影が、倒れる唯にその手を伸ばそうとした刹那、背後から殺気を感じ取った。
「——唯に触れるな。」
怒りと、殺意が混ざった声が帆影の背中から聞こえてくる。
両手を軽くあげて振り返った先には、鋭い眼光で帆影を睨みつける和己の姿があった。
尻尾の毛が逆立ち、威嚇をしている和己に帆影は笑みを零す。
「やあ、和己。また妖の姿になってるよ。感情が昂ると、妖力が操れないのは妖として失格だって、何度も言ってるよね?」
「……誤魔化すな。そいつに何をした。事と場合によっては……。」
和己は、鋭い爪先から青い炎を出す。背後から感じるその殺気に、帆影は目を細めた。
(そういえば和己が誰かの為に力を使おうとするなんて、初めて見たな)
そんな事を思いながら、帆影はその青い炎を見詰めた。
帆影の知っている光蓮寺和己はいつも孤独で、人を寄せ付けない男だった。
その悲しく、寂しい背中を見て、帆影は思っていたのだ。
——俺とコイツは、何処か似ている。
それは親近感にも似たものだった。
和己はずっと独りぼっちで、誰とも分かり合えない存在なのだと、そう勝手に思い込んでいた。
(……馬鹿だよなぁ。俺と和己は全然違うのにさ。)
そう。違っていたのだ。だって目の前にいる男は今、彼女を守る為にここに居るのだから。
そんな事が、帆影に為せるだろうか。ふとよぎった疑問に、帆影はすぐ答えを導き出す。
……答えは、簡単だった。
「安心しなよ。俺はもう二度と唯ちゃんに近付かないからさ。」
それが、帆影の答えだった。
吐き捨てるように告げた帆影は手を静かに落とし、和己の横を通り過ぎる。
帆影のその言葉に、裏は無かった。
彼の中で雨宮唯という人間は、自分が触れてはならないものに変わってしまったのだ。
最初は興味本位だった。和己が心を開いた人間なんて、初めて見たから。
だから雨宮唯に興味が湧いた。
でもそのうち、彼女の手によって和己が変わっていく事が不愉快になった。
気に入らない。
(どうせこんな人間なんて、すぐに壊れる。ちょっと心の隙間に入り込んで、惑わせば……。)
——それは、大きな間違いだった。
雨宮唯は壊れなかった。どれだけ心を砕こうとも、どれだけその足を折ろうとも。
彼女は立ち上がった。決して諦めたりしなかった。
その姿が眩しくて、羨ましくて。
だから帆影は思ったのだ。
その手で壊せないのならいっそ、大切な宝石のように大切に閉まっておこうと。
それが、帆影の本当の希望だったのかは誰にも分からない。
ただ、いつもよりも悲しげな帆影の声色を聞いて、和己は胸を締め付けられた。
「唯ちゃんの事、ちゃんと守ってやってよ。」
そう言い残し、帆影は唯の前から姿を消した。
「言われなくても、そのつもりだ。」
和己の誓いの言葉が、帆影の耳の中に残る事は無い。
どんよりと濁った悲しい空気に溶けて消えていった、決意の言葉は和己の心にだけ、深く刻まれたのだった。
(馬鹿な男だな。俺も……お前も。)
その思いを、帆影に伝える事は無かったけれど。
和己は心の中でそんな事を感じる。
それが『同情』と呼ぶべきものなのか、『哀れみ』と呼ぶべきものなのか。和己には判断出来なかった。
ただ、和己は考える。
——俺も、一つ間違えていたらお前みたいに今も独りぼっちだったんだろうな。
それを変えてくれた一人の少女が、今こうして傷付き、倒れている。
なら今度こそ、彼女を守る事が自分のだ。役目だと和己は心に強く誓ったのだった。
「……ん、ん……。」
それから少しして、唯は重たい瞼を開いた。
けれど、彼女が目を覚ました時には、帆影の体温は感じられなかった。
その代わりとでも言わんばかりに、火の止まったコンロの上には暖かなカレーが湯気を残している。
「……光蓮寺くん、帆影くんは……?」
虚ろな瞳で問いかける唯に、和己は言葉を詰まらせる。
「……。」
信じていた者に傷付けられた唯の気持ちを考えれば、和己が何も言えないのは仕方の無い事だった。
けれどその沈黙こそ、唯には悲しい返答。
だから、唯は立ち上がった。
「……なきゃ。」
ボソリと零した唯の声に、和己は目を見開く。
「何をするつもりだ?」
「……なきゃ行けないの……。私——」
ふらふらとおぼつかない足で、唯はゆっくりと歩き出した。
その顔は決意の固まった瞳を輝かせ、前を向く。
(そうだよ。だって……だってあの時の帆影くんは……。)
唯は思い出していた。
あの暗闇の中、今にも消えてしまいそうな虚ろな瞳を揺らしていた帆影の姿を。
(……泣きそうだったんだよ。)
だから、唯は行かなくてはいけない。
それが今の唯に出来ることなら。今の唯にしか出来ない事なら。
そこに理由なんてあるのだろうか。助けたいと思う気持ちに、理屈なんてあるのだろうか。
……否。
それでも理由を付けなくてはならないと言うのなら、それはきっと何よりも単純で、簡単な事だろう。
「——私は、帆影くんの友達だからっ!!!」
唯は走り出した。
その衝動に身を任せ、高天原荘を飛び出す。
(帆影くんの性格ならきっと今、部屋には居ないはず……!誰もいない、一人きりになれる場所……。)
唯は、人気のいない場所を手当り次第探した。
裏路地や、街の展望台、あらゆる場所を当たってみたけれど、帆影の姿は無かった。
「はぁ……はぁ……帆影くん……。」
額に汗が滲む。吸い込む空気は苦くて、心臓は痛い。
それでも唯は探し回った。
(今、帆影くんを一人にしたらいけない気がする。本当に消えてしまいそうな……。)
いつの間にか月は大きく位置を変えて、段々と雲の中に隠れていった。
このまま闇雲に走り回っても、帆影を見つけられる保証は無い。
だからと言って、帆影が行きそうな場所に心当たりがあると言ったら、唯は首を横に振るだろう。
(私、帆影くんの事全然知らないんだ……。)
だからこそ、唯は帆影を見つけなくてはいけない。
帆影を知る為に。帆影と話をする為に。
(でも、どうすれば……。)
帆影を見つけられず、焦りを見せる唯はふと、いつかの光景を思い出していた。
それは、唯が初めて妖の世界に触れた夜。
高天原荘の仲間として、皆と共に仕事を請負った時。
見回りをする為に、夜の街を歩いていた唯、和己、ミツル、帆影の四人。
あの時は和己の事が気になって、一つも気が付かなかったけれど。
(そうだ。小鳥遊さんや帆影くんは悪い妖を見つけた時に言っていた……。)
唯は瞳を閉じて、その時の様子を鮮明に思い出す。
どうしてミツル達は、妖がいる場所を特定出来たのか。
確か、ミツルと帆影は言っていた。
『——帆影。』
『うん。感じるよね、妖力。』
「そうだ!それだ!!」
唯は帆影の言っていた言葉を思い出す。
(皆は妖力を感じ取って、妖を見つけ出してたんだよね。でもそれは、皆が妖だからで……。)
ただの人間である唯に、それが出来るだろうか。
(でも治さんも言ってたよね。私は、妖を見る力が強いのかもしれないって……。なら……!!)
やり方なんて、分からない。
本当にそんな事が出来るのかも、分からない。
それでも、試す価値はあるはずだ。
唯はゆっくりと深呼吸をして、目を閉じる。
小風が木々を揺らし、唯の髪を靡かせる。
人の笑い声や、周りの音に惑わされないように唯は、全身に集中力を回した。
(帆影くん……。お願い、私に居場所を教えて……!!)
唯の願いは帆影に届くのだろうか。
どれだけ帆影の妖力を探しても、見つからない。
(どうしよう……。このままじゃ、本当に……。)
そんな弱音が顔を見せ始める。
駄目だと、一瞬でも思ってしまえば、それは諦めに繋がってしまう。
唯は何度も何度も、帆影の妖力を追い求めた。けれど、それらしいものは一向に見つからない。
唯は、不安と焦りが混じった唾を飲み込む。
——その刹那。
『大丈夫。自分を信じて。貴方の中に眠る、本当の力を。貴方は力を持っている。それにまだ、気が付いていないだけ。今回だけは、私が手助けをしてあげるわ。』
唯の頭に響いてきたのは、知らない女の声だった。
唯の不安を包み込んでくれるような、その声に唯は何故か驚きはしなかった。
初めて聞いた筈なのに、何処か懐かしさを感じる。
その声に耳を傾けていると、唯の肌がビリッとヒリついた。
それが帆影の妖力だと、唯は本能的に悟る。
「……見つけた。」
唯はその瞳を大きく開け、気配を察知した方向に向かって一直線に走り出す。
はあ、はあ、と肩が息を吸って吐いてを繰り返し、闇夜に浮かぶ月は真っ白な光を放つ。
汗で、ワイシャツがベタついて気持ちが悪い。
風に殴られたせいで、髪はボサボサだ。息苦しいし、喉も乾く。
コンディションは、最悪だろう。
それでも唯は、足を止めない。それでも唯は、諦めない。
一体、高天原荘を飛び出してどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
夕飯の支度をしていた筈なのに、気が付けば月は世界の中心で輝いている。
もしかしたら、遅すぎたかもしれない。
時間を掛けすぎたかもしれない。それでも、間に合うのなら。まだ、やり直せる時間があるのなら。
じゃりっと靴が小石を潰す音を鳴らし、唯はその足を一歩踏み出した。
辿り着いたのは、町外れの古びた公園。
錆びた滑り台とブランコが、寂しげな夜の中にひっそりと置いてあるだけの公園だった。
もうすぐで電池が切れそうな街灯が一本、点滅しながら懸命にブランコを照らしている。
人から忘れ去られた公園。
そのブランコが、軋む音が響いていた。
そして、ようやく唯は見つける。
「——帆影くん。」
ばたりと横たわる唯を、悲しげな瞳で見つめている。
「唯ちゃん、君は優しすぎるよ。」
悲しみと後悔が入り交じった声は、冷たい空気にとけていった。
ボソリと呟いた言葉は、何処か救いを求めているようにも感じる。
けれどその言葉に答える者は誰もいない。
まるで世界が帆影に、『それが答えだ』と言っているようにも捉えられる。
その真意は誰にも分からない。
(君が言ってくれた言葉……。忘れないよ、唯ちゃん。)
帆影が、倒れる唯にその手を伸ばそうとした刹那、背後から殺気を感じ取った。
「——唯に触れるな。」
怒りと、殺意が混ざった声が帆影の背中から聞こえてくる。
両手を軽くあげて振り返った先には、鋭い眼光で帆影を睨みつける和己の姿があった。
尻尾の毛が逆立ち、威嚇をしている和己に帆影は笑みを零す。
「やあ、和己。また妖の姿になってるよ。感情が昂ると、妖力が操れないのは妖として失格だって、何度も言ってるよね?」
「……誤魔化すな。そいつに何をした。事と場合によっては……。」
和己は、鋭い爪先から青い炎を出す。背後から感じるその殺気に、帆影は目を細めた。
(そういえば和己が誰かの為に力を使おうとするなんて、初めて見たな)
そんな事を思いながら、帆影はその青い炎を見詰めた。
帆影の知っている光蓮寺和己はいつも孤独で、人を寄せ付けない男だった。
その悲しく、寂しい背中を見て、帆影は思っていたのだ。
——俺とコイツは、何処か似ている。
それは親近感にも似たものだった。
和己はずっと独りぼっちで、誰とも分かり合えない存在なのだと、そう勝手に思い込んでいた。
(……馬鹿だよなぁ。俺と和己は全然違うのにさ。)
そう。違っていたのだ。だって目の前にいる男は今、彼女を守る為にここに居るのだから。
そんな事が、帆影に為せるだろうか。ふとよぎった疑問に、帆影はすぐ答えを導き出す。
……答えは、簡単だった。
「安心しなよ。俺はもう二度と唯ちゃんに近付かないからさ。」
それが、帆影の答えだった。
吐き捨てるように告げた帆影は手を静かに落とし、和己の横を通り過ぎる。
帆影のその言葉に、裏は無かった。
彼の中で雨宮唯という人間は、自分が触れてはならないものに変わってしまったのだ。
最初は興味本位だった。和己が心を開いた人間なんて、初めて見たから。
だから雨宮唯に興味が湧いた。
でもそのうち、彼女の手によって和己が変わっていく事が不愉快になった。
気に入らない。
(どうせこんな人間なんて、すぐに壊れる。ちょっと心の隙間に入り込んで、惑わせば……。)
——それは、大きな間違いだった。
雨宮唯は壊れなかった。どれだけ心を砕こうとも、どれだけその足を折ろうとも。
彼女は立ち上がった。決して諦めたりしなかった。
その姿が眩しくて、羨ましくて。
だから帆影は思ったのだ。
その手で壊せないのならいっそ、大切な宝石のように大切に閉まっておこうと。
それが、帆影の本当の希望だったのかは誰にも分からない。
ただ、いつもよりも悲しげな帆影の声色を聞いて、和己は胸を締め付けられた。
「唯ちゃんの事、ちゃんと守ってやってよ。」
そう言い残し、帆影は唯の前から姿を消した。
「言われなくても、そのつもりだ。」
和己の誓いの言葉が、帆影の耳の中に残る事は無い。
どんよりと濁った悲しい空気に溶けて消えていった、決意の言葉は和己の心にだけ、深く刻まれたのだった。
(馬鹿な男だな。俺も……お前も。)
その思いを、帆影に伝える事は無かったけれど。
和己は心の中でそんな事を感じる。
それが『同情』と呼ぶべきものなのか、『哀れみ』と呼ぶべきものなのか。和己には判断出来なかった。
ただ、和己は考える。
——俺も、一つ間違えていたらお前みたいに今も独りぼっちだったんだろうな。
それを変えてくれた一人の少女が、今こうして傷付き、倒れている。
なら今度こそ、彼女を守る事が自分のだ。役目だと和己は心に強く誓ったのだった。
「……ん、ん……。」
それから少しして、唯は重たい瞼を開いた。
けれど、彼女が目を覚ました時には、帆影の体温は感じられなかった。
その代わりとでも言わんばかりに、火の止まったコンロの上には暖かなカレーが湯気を残している。
「……光蓮寺くん、帆影くんは……?」
虚ろな瞳で問いかける唯に、和己は言葉を詰まらせる。
「……。」
信じていた者に傷付けられた唯の気持ちを考えれば、和己が何も言えないのは仕方の無い事だった。
けれどその沈黙こそ、唯には悲しい返答。
だから、唯は立ち上がった。
「……なきゃ。」
ボソリと零した唯の声に、和己は目を見開く。
「何をするつもりだ?」
「……なきゃ行けないの……。私——」
ふらふらとおぼつかない足で、唯はゆっくりと歩き出した。
その顔は決意の固まった瞳を輝かせ、前を向く。
(そうだよ。だって……だってあの時の帆影くんは……。)
唯は思い出していた。
あの暗闇の中、今にも消えてしまいそうな虚ろな瞳を揺らしていた帆影の姿を。
(……泣きそうだったんだよ。)
だから、唯は行かなくてはいけない。
それが今の唯に出来ることなら。今の唯にしか出来ない事なら。
そこに理由なんてあるのだろうか。助けたいと思う気持ちに、理屈なんてあるのだろうか。
……否。
それでも理由を付けなくてはならないと言うのなら、それはきっと何よりも単純で、簡単な事だろう。
「——私は、帆影くんの友達だからっ!!!」
唯は走り出した。
その衝動に身を任せ、高天原荘を飛び出す。
(帆影くんの性格ならきっと今、部屋には居ないはず……!誰もいない、一人きりになれる場所……。)
唯は、人気のいない場所を手当り次第探した。
裏路地や、街の展望台、あらゆる場所を当たってみたけれど、帆影の姿は無かった。
「はぁ……はぁ……帆影くん……。」
額に汗が滲む。吸い込む空気は苦くて、心臓は痛い。
それでも唯は探し回った。
(今、帆影くんを一人にしたらいけない気がする。本当に消えてしまいそうな……。)
いつの間にか月は大きく位置を変えて、段々と雲の中に隠れていった。
このまま闇雲に走り回っても、帆影を見つけられる保証は無い。
だからと言って、帆影が行きそうな場所に心当たりがあると言ったら、唯は首を横に振るだろう。
(私、帆影くんの事全然知らないんだ……。)
だからこそ、唯は帆影を見つけなくてはいけない。
帆影を知る為に。帆影と話をする為に。
(でも、どうすれば……。)
帆影を見つけられず、焦りを見せる唯はふと、いつかの光景を思い出していた。
それは、唯が初めて妖の世界に触れた夜。
高天原荘の仲間として、皆と共に仕事を請負った時。
見回りをする為に、夜の街を歩いていた唯、和己、ミツル、帆影の四人。
あの時は和己の事が気になって、一つも気が付かなかったけれど。
(そうだ。小鳥遊さんや帆影くんは悪い妖を見つけた時に言っていた……。)
唯は瞳を閉じて、その時の様子を鮮明に思い出す。
どうしてミツル達は、妖がいる場所を特定出来たのか。
確か、ミツルと帆影は言っていた。
『——帆影。』
『うん。感じるよね、妖力。』
「そうだ!それだ!!」
唯は帆影の言っていた言葉を思い出す。
(皆は妖力を感じ取って、妖を見つけ出してたんだよね。でもそれは、皆が妖だからで……。)
ただの人間である唯に、それが出来るだろうか。
(でも治さんも言ってたよね。私は、妖を見る力が強いのかもしれないって……。なら……!!)
やり方なんて、分からない。
本当にそんな事が出来るのかも、分からない。
それでも、試す価値はあるはずだ。
唯はゆっくりと深呼吸をして、目を閉じる。
小風が木々を揺らし、唯の髪を靡かせる。
人の笑い声や、周りの音に惑わされないように唯は、全身に集中力を回した。
(帆影くん……。お願い、私に居場所を教えて……!!)
唯の願いは帆影に届くのだろうか。
どれだけ帆影の妖力を探しても、見つからない。
(どうしよう……。このままじゃ、本当に……。)
そんな弱音が顔を見せ始める。
駄目だと、一瞬でも思ってしまえば、それは諦めに繋がってしまう。
唯は何度も何度も、帆影の妖力を追い求めた。けれど、それらしいものは一向に見つからない。
唯は、不安と焦りが混じった唾を飲み込む。
——その刹那。
『大丈夫。自分を信じて。貴方の中に眠る、本当の力を。貴方は力を持っている。それにまだ、気が付いていないだけ。今回だけは、私が手助けをしてあげるわ。』
唯の頭に響いてきたのは、知らない女の声だった。
唯の不安を包み込んでくれるような、その声に唯は何故か驚きはしなかった。
初めて聞いた筈なのに、何処か懐かしさを感じる。
その声に耳を傾けていると、唯の肌がビリッとヒリついた。
それが帆影の妖力だと、唯は本能的に悟る。
「……見つけた。」
唯はその瞳を大きく開け、気配を察知した方向に向かって一直線に走り出す。
はあ、はあ、と肩が息を吸って吐いてを繰り返し、闇夜に浮かぶ月は真っ白な光を放つ。
汗で、ワイシャツがベタついて気持ちが悪い。
風に殴られたせいで、髪はボサボサだ。息苦しいし、喉も乾く。
コンディションは、最悪だろう。
それでも唯は、足を止めない。それでも唯は、諦めない。
一体、高天原荘を飛び出してどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
夕飯の支度をしていた筈なのに、気が付けば月は世界の中心で輝いている。
もしかしたら、遅すぎたかもしれない。
時間を掛けすぎたかもしれない。それでも、間に合うのなら。まだ、やり直せる時間があるのなら。
じゃりっと靴が小石を潰す音を鳴らし、唯はその足を一歩踏み出した。
辿り着いたのは、町外れの古びた公園。
錆びた滑り台とブランコが、寂しげな夜の中にひっそりと置いてあるだけの公園だった。
もうすぐで電池が切れそうな街灯が一本、点滅しながら懸命にブランコを照らしている。
人から忘れ去られた公園。
そのブランコが、軋む音が響いていた。
そして、ようやく唯は見つける。
「——帆影くん。」
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