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光蓮寺和己編
新しい世界、新しい日々
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「初めまして、僕は小鳥遊ミツル。どうぞよろしくね、雨宮さん。」
柔らかな笑顔を向ける好青年、ミツルに唯は体を固めていた。
裏表の無い優しさで満ち溢れたその笑顔は、眩く輝いている。
(笑顔が……眩しすぎる……っ!)
神々しく光輝くミツルに、唯は思わず目を逸らしながら頭を下げた。
「よっ、よろしくお願いします……!!」
ミツルの笑顔は太陽みたいに眩しくて、唯は直視出来ない。
「そんなに畏まらないで大丈夫だよ。僕達、同じ屋根の下で暮らす同居人なんだし。あ、これテーブルまで運んだ方がいいかな?」
「は、はい......!お願いします......!」
ナチュラルに、仕事を手伝うその働きっぷりに唖然としながら唯はミツルと共に大広間に向かう。
先程までレンジの中で温めていた料理からは熱々の湯気が立ち込めているというのに、ミツルは顔色一つ変えずにテーブルの上に置いた。
ミツルの顔立ちの良さも相まって、唯は、
(小鳥遊さんってきっとモテるんだろうな~)
なんて考える。
今まで唯の周りにはこんな整った顔立ちの男も、優しい笑顔を向けて親切にしてくれる男もいなかったせいか、少々反応に困ってしまう。
畏まらないでいいと、そう言ってはくれたけれど。それでもやっぱりどこか固まった言葉が出てしまうのは、彼のオーラに圧倒されているからだろうか。
「唯くん、ミツル。二人ともわざわざ温め直してくれてありがとう。」
温めた料理を大広間に運び終えた唯に治は感謝の言葉を伝える。
「いえ!これくらいは寧ろやらせて下さい......!」
「雨宮さんは、働き者だね。僕達も見習わなくちゃ。ね、和己。」
「......。」
相変わらず仏頂面の和己に、愛想笑いを零しながら唯は腰を下ろした。
正面には治、ミツル、和己が座っている。
目の前に置かれた料理達から、腹の虫を刺激する匂いが鼻を擽った。
「それじゃあ、今度こそ料理が冷めないうちに頂こうか。」
「え、でも……まだ皆さん来られてませんよね?」
治の発言に、唯が手を上げる。
確かに大きなテーブルを囲むには、人数が少なすぎる。
ご飯はみんなで食べた方が美味しいと言うのに。
そう思っていると、ミツルが柔らかな声で教えてくれた。
「ここは、基本的に干渉し合わないことが暗黙のルールになってるんだ。みんな妖としての自分を見せたくないって言う理由でね。だから基本は治さんと僕しか食べないんだよ。」
それを、ミツルは当たり前だと言うように説明した。
「和己がいるのは珍しいよね」と嬉しそうに笑うミツルに、和己は目線を逸らす。
干渉しないというのは、関わりを持たないという事。
同じ屋根の下で暮らし、同じ学校に通う。同年代で、同じ妖同士。
もしも唯が同じ境遇だったら、今の状況をどう思っただろうか。
……嗚呼。そんな事を考えなくても知ってる。
唯はその答えを既に知っていたのだから。
同じ食卓を囲んで、暖かいご飯を食べる。今日遭った出来事を話して、笑いあって。
そんな一時が何よりも安らぎの時間。
唯は昨日の夜を思い出していた。
自分の育ての親である祖父母との最後の夕食を。
行ってらっしゃいと、笑顔で送り出してくれた大好きな家族の事を。
だからこそ、唯は思う。
(みんなは、一緒にご飯を食べる楽しさを知らないんだよね……。)
それは、それは、何だか。
「——悲しい、なぁ。」
ポロッと本音が漏れてしまったのだと気付いたのは、唯の前にいる人達が一斉に驚いたような顔を見せた時だった。
「あっ、すみません……!ただ、その……私はみんなと一緒にご飯を食べたかったなって……。」
「一緒に飯なって食って、何が楽しいんだよ。」
「——光蓮寺くん?」
唯が顔を向けた先にいた和己は、眉間に皺を寄せていた。
怒りがふつふつと煮えたぎっている声で、和己は唯に向かって言葉を投げつける。
「てめぇ勝手な考えを俺らに押し付けてんじゃねぇよ。そう言う偽善者ぶってる奴が一番ムカつくんだよ。」
偽善者、という言葉が唯の心にチクリと刺さる。
そんなつもりで言ったわけじゃない。そう弁解も出来たはずなのに、唯は何も言わず口を噤んだ。
それはきっと、唯の中で偽善者という言葉を完全に否定出来なかったから。
だって、唯は何も知らない。光蓮寺和己がどうしてこんなに、怒りを顕にしているのかを。
どうしてここに住む人達が、食卓を共に囲まないのかを。
何も知らない自分が口を出すのは、やっぱり偽善者だからなのだと唯も思ってしまったのだ。
俯いたまま、何も言わない唯をぎろりと睨みつけた和己はそのまま襖を開けた。
「冷めた。外の空気吸ってくる。」
その声は、本当に冷たくて。
(私、光蓮寺くんをまた怒らせてしまった……。)
正座をしながら、唯は自分自身に深く反省をする。
せっかく名前を教えてくれたのに、何度も何度も和己を刺激するような事ばかり言ってしまう。
彼と接する時、何が正解で何が不正解なのか、唯には分からなかった。
「——雨宮さん。そんなに落ち込まないで。」
肩を小さくしていた唯に声をかけてくれたのはミツルだった。
真っ赤な髪をサラリと揺らして、ミツルは微笑む。
「あいつは誰にでもああなんだ。悪いやつじゃあないんだけれど……元々人と関わるのが苦手な奴でさ。だから、あんまり嫌わないでやってくれる?」
「そんな、嫌うなんて……!私はむしろもっと光蓮寺くんとお話したいと……。」
唯はすぐに彼の言葉を否定した。
そして唯が口にした言葉は、全て彼女の本心だ。
唯は何故だか和己を放っておけない。
放っておいたら、何か、駄目な気がするからだ。
ミツルは唯の真剣な眼差しに、安堵の表情を見せる。
「そっか、良かった。……でも雨宮さんは僕達が妖だって聞いても怖がらないよね。」
ミツルの発言に、唯は確かにと、頭の中で考える。
光蓮寺和己が妖に変わった時、確かに驚きはしたけれど怖いとは思わなかった。それよりも……。
「——怖いというか、美しいなって思ったんです。」
唯の言葉は、ミツルにとっても治にとっても予想外の発言だった。
目を丸くさせる二人を置いて、唯は語る。
「最初は勿論驚きましたけど……。でもそれよりも今は、もっとみんなと仲良くなりたいです。妖とか人間とかそういうのは関係なく、ただ……みんなと沢山お話をしたいなって。」
(そうだよ。私はみんなと仲良くなりたいんだ。)
唯の中に浮かんでいた情景は、幼き日のものだった。
もう、顔も覚えていない親に捨てられ身寄りの無い唯を助けてくれたのは今の祖父母だった。
唯と言う名前も、祖父母が与えてくれた。
唯はあまり人と関わる事が得意ではない。小中の時は常に一人ぼっちで、周りのクラスメイトを遠目で眺めているだけだった。
(だから、この寮に入れるって決まった時は凄く嬉しくて。)
やっと、同年代の友達が出来る。やっと、色々な人と話したり、遊んだり。
他の人のように、友達と一緒に学園生活を過ごす事が出来る。
「だから、私はみんなが妖でも構いません。私はただ……みんなとお友達になりたいんです!」
唯の真っ直ぐは瞳に、ミツルは口を開けた。
ミツルが出会ってきた人間と、雨宮唯という人間は違う。
妖を恐れるどころか受け入れ、あまつさえ友達になりたいなんて。
そんな事を口にしたのは唯が初めてだった。
——『あの人』を覗いて。
人間を嫌っている光蓮寺和己が求めるただ一人の存在。
そしてこの寮にいるみんなが一番大切にしていた存在。
それは、ミツル自身も例外では無かった。
遠い日に和己やミツル達は願った。ただ一人の愛しいその人に、『また会いたい』と。
その願いを果たす為に、和己達は『その人』を探し続ける。
(——君が、和己の傍にいてくれるのなら、あるいは……。)
そんなことをミツルは考える。
彼女なら和己の傷を癒す事が出来るかもしれない。
それは、あまりに都合のいい事だ。けれど、和己が二度と傷つかないように。
ミツルはゆっくりと目を伏せる。
その瞳の奥に何を宿しているのか、唯はまだ知らない。
「そういえば、光蓮寺くんは何の妖なんですか?」
ふと、唯は気になっていた事を尋ねる。
その質問に答えてくれたのは管理人である治だった。
「和己は九尾の狐だよ。一般的には邪悪な妖怪とされているね。」
九尾の狐。
言われてみれば確かに、妖の和己には九つの尻尾がある。
(じゃあ、光蓮寺くんは狐……?)
邪悪という部分もあまりピンと来ない。
唯の中で和己は決して邪悪な存在などでは無いから。
「ちなみに僕は天狗だよ。」
「小鳥遊さんが……?天狗って赤いお面を被ってる妖……ですよね?」
唯の知っている天狗は鼻が長い妖怪だ。
でも目の前にいるのは、顔立ちの整った男の子。
洋服も学ランのままだ。
「妖力をきちんと操れる妖は、人間の姿のままでもいられるんだ。俺やミツルがそれだね。」
治が唯に補足する。
妖力というのは、その名の通り妖怪としての力という事だろうか。
唯の頭ではそんな事しか考えられない。
「じゃあ治さんも?」
てっきり生徒だけだと思っていたけれど、どうやら治も妖らしい。
見た目からは何の妖なんて想像も出来ない。
「俺?俺は鵺だよ。こう見えても立派な化け物さ。」
「鵺、ですか……?そうは見えないですけど……。」
鵺といえば、顔は猿、体は狸、手足は虎。蛇の尻尾をもつ妖怪だ。
確かに目の前にいる美しい治の顔からは想像もつかない。
(そうか、みんな妖なんだもんね。)
他にはどんな妖がいるんだろう。
二十人以上もいる、見たことのない妖達。
早く会ってみたい。話してみたい。
もっともっと……仲良くなりたい。
「私、これからみんなと上手にやって行けるでしょうか?」
自分の気持ちだけで、この寮のみんなが仲良くしてくれるとは限らない。
そう考えるだけで漠然とした不安が唯を襲う。
少し悲しげな顔をした唯に、治は「大丈夫だよ」と笑った。
「言っただろ?唯くんなら、やっていけるさ。それに、俺個人としては、唯くんがこの寮に入ってくれて良かったって思っているよ。」
治の言葉に包まれていく。
唯の中にあった不安を優しく溶かしていくように。
そして暖かな熱が唯の中に広がっていった。
「——私。私、頑張ります。この寮で、みんなと一緒に……!!!!」
(そうだ、くよくよしてる場合じゃない。)
唯は決意を固める。自分の気持ちをしっかり持って、瞳を輝かせる。
(私に出来ることを、ここで精一杯しよう。そうすれば……!)
そうして、唯の一日目は幕を下ろした。
ここから始まる、様々な物語の結末を知らないまま。
——雨宮唯の高校生活は始まる。
柔らかな笑顔を向ける好青年、ミツルに唯は体を固めていた。
裏表の無い優しさで満ち溢れたその笑顔は、眩く輝いている。
(笑顔が……眩しすぎる……っ!)
神々しく光輝くミツルに、唯は思わず目を逸らしながら頭を下げた。
「よっ、よろしくお願いします……!!」
ミツルの笑顔は太陽みたいに眩しくて、唯は直視出来ない。
「そんなに畏まらないで大丈夫だよ。僕達、同じ屋根の下で暮らす同居人なんだし。あ、これテーブルまで運んだ方がいいかな?」
「は、はい......!お願いします......!」
ナチュラルに、仕事を手伝うその働きっぷりに唖然としながら唯はミツルと共に大広間に向かう。
先程までレンジの中で温めていた料理からは熱々の湯気が立ち込めているというのに、ミツルは顔色一つ変えずにテーブルの上に置いた。
ミツルの顔立ちの良さも相まって、唯は、
(小鳥遊さんってきっとモテるんだろうな~)
なんて考える。
今まで唯の周りにはこんな整った顔立ちの男も、優しい笑顔を向けて親切にしてくれる男もいなかったせいか、少々反応に困ってしまう。
畏まらないでいいと、そう言ってはくれたけれど。それでもやっぱりどこか固まった言葉が出てしまうのは、彼のオーラに圧倒されているからだろうか。
「唯くん、ミツル。二人ともわざわざ温め直してくれてありがとう。」
温めた料理を大広間に運び終えた唯に治は感謝の言葉を伝える。
「いえ!これくらいは寧ろやらせて下さい......!」
「雨宮さんは、働き者だね。僕達も見習わなくちゃ。ね、和己。」
「......。」
相変わらず仏頂面の和己に、愛想笑いを零しながら唯は腰を下ろした。
正面には治、ミツル、和己が座っている。
目の前に置かれた料理達から、腹の虫を刺激する匂いが鼻を擽った。
「それじゃあ、今度こそ料理が冷めないうちに頂こうか。」
「え、でも……まだ皆さん来られてませんよね?」
治の発言に、唯が手を上げる。
確かに大きなテーブルを囲むには、人数が少なすぎる。
ご飯はみんなで食べた方が美味しいと言うのに。
そう思っていると、ミツルが柔らかな声で教えてくれた。
「ここは、基本的に干渉し合わないことが暗黙のルールになってるんだ。みんな妖としての自分を見せたくないって言う理由でね。だから基本は治さんと僕しか食べないんだよ。」
それを、ミツルは当たり前だと言うように説明した。
「和己がいるのは珍しいよね」と嬉しそうに笑うミツルに、和己は目線を逸らす。
干渉しないというのは、関わりを持たないという事。
同じ屋根の下で暮らし、同じ学校に通う。同年代で、同じ妖同士。
もしも唯が同じ境遇だったら、今の状況をどう思っただろうか。
……嗚呼。そんな事を考えなくても知ってる。
唯はその答えを既に知っていたのだから。
同じ食卓を囲んで、暖かいご飯を食べる。今日遭った出来事を話して、笑いあって。
そんな一時が何よりも安らぎの時間。
唯は昨日の夜を思い出していた。
自分の育ての親である祖父母との最後の夕食を。
行ってらっしゃいと、笑顔で送り出してくれた大好きな家族の事を。
だからこそ、唯は思う。
(みんなは、一緒にご飯を食べる楽しさを知らないんだよね……。)
それは、それは、何だか。
「——悲しい、なぁ。」
ポロッと本音が漏れてしまったのだと気付いたのは、唯の前にいる人達が一斉に驚いたような顔を見せた時だった。
「あっ、すみません……!ただ、その……私はみんなと一緒にご飯を食べたかったなって……。」
「一緒に飯なって食って、何が楽しいんだよ。」
「——光蓮寺くん?」
唯が顔を向けた先にいた和己は、眉間に皺を寄せていた。
怒りがふつふつと煮えたぎっている声で、和己は唯に向かって言葉を投げつける。
「てめぇ勝手な考えを俺らに押し付けてんじゃねぇよ。そう言う偽善者ぶってる奴が一番ムカつくんだよ。」
偽善者、という言葉が唯の心にチクリと刺さる。
そんなつもりで言ったわけじゃない。そう弁解も出来たはずなのに、唯は何も言わず口を噤んだ。
それはきっと、唯の中で偽善者という言葉を完全に否定出来なかったから。
だって、唯は何も知らない。光蓮寺和己がどうしてこんなに、怒りを顕にしているのかを。
どうしてここに住む人達が、食卓を共に囲まないのかを。
何も知らない自分が口を出すのは、やっぱり偽善者だからなのだと唯も思ってしまったのだ。
俯いたまま、何も言わない唯をぎろりと睨みつけた和己はそのまま襖を開けた。
「冷めた。外の空気吸ってくる。」
その声は、本当に冷たくて。
(私、光蓮寺くんをまた怒らせてしまった……。)
正座をしながら、唯は自分自身に深く反省をする。
せっかく名前を教えてくれたのに、何度も何度も和己を刺激するような事ばかり言ってしまう。
彼と接する時、何が正解で何が不正解なのか、唯には分からなかった。
「——雨宮さん。そんなに落ち込まないで。」
肩を小さくしていた唯に声をかけてくれたのはミツルだった。
真っ赤な髪をサラリと揺らして、ミツルは微笑む。
「あいつは誰にでもああなんだ。悪いやつじゃあないんだけれど……元々人と関わるのが苦手な奴でさ。だから、あんまり嫌わないでやってくれる?」
「そんな、嫌うなんて……!私はむしろもっと光蓮寺くんとお話したいと……。」
唯はすぐに彼の言葉を否定した。
そして唯が口にした言葉は、全て彼女の本心だ。
唯は何故だか和己を放っておけない。
放っておいたら、何か、駄目な気がするからだ。
ミツルは唯の真剣な眼差しに、安堵の表情を見せる。
「そっか、良かった。……でも雨宮さんは僕達が妖だって聞いても怖がらないよね。」
ミツルの発言に、唯は確かにと、頭の中で考える。
光蓮寺和己が妖に変わった時、確かに驚きはしたけれど怖いとは思わなかった。それよりも……。
「——怖いというか、美しいなって思ったんです。」
唯の言葉は、ミツルにとっても治にとっても予想外の発言だった。
目を丸くさせる二人を置いて、唯は語る。
「最初は勿論驚きましたけど……。でもそれよりも今は、もっとみんなと仲良くなりたいです。妖とか人間とかそういうのは関係なく、ただ……みんなと沢山お話をしたいなって。」
(そうだよ。私はみんなと仲良くなりたいんだ。)
唯の中に浮かんでいた情景は、幼き日のものだった。
もう、顔も覚えていない親に捨てられ身寄りの無い唯を助けてくれたのは今の祖父母だった。
唯と言う名前も、祖父母が与えてくれた。
唯はあまり人と関わる事が得意ではない。小中の時は常に一人ぼっちで、周りのクラスメイトを遠目で眺めているだけだった。
(だから、この寮に入れるって決まった時は凄く嬉しくて。)
やっと、同年代の友達が出来る。やっと、色々な人と話したり、遊んだり。
他の人のように、友達と一緒に学園生活を過ごす事が出来る。
「だから、私はみんなが妖でも構いません。私はただ……みんなとお友達になりたいんです!」
唯の真っ直ぐは瞳に、ミツルは口を開けた。
ミツルが出会ってきた人間と、雨宮唯という人間は違う。
妖を恐れるどころか受け入れ、あまつさえ友達になりたいなんて。
そんな事を口にしたのは唯が初めてだった。
——『あの人』を覗いて。
人間を嫌っている光蓮寺和己が求めるただ一人の存在。
そしてこの寮にいるみんなが一番大切にしていた存在。
それは、ミツル自身も例外では無かった。
遠い日に和己やミツル達は願った。ただ一人の愛しいその人に、『また会いたい』と。
その願いを果たす為に、和己達は『その人』を探し続ける。
(——君が、和己の傍にいてくれるのなら、あるいは……。)
そんなことをミツルは考える。
彼女なら和己の傷を癒す事が出来るかもしれない。
それは、あまりに都合のいい事だ。けれど、和己が二度と傷つかないように。
ミツルはゆっくりと目を伏せる。
その瞳の奥に何を宿しているのか、唯はまだ知らない。
「そういえば、光蓮寺くんは何の妖なんですか?」
ふと、唯は気になっていた事を尋ねる。
その質問に答えてくれたのは管理人である治だった。
「和己は九尾の狐だよ。一般的には邪悪な妖怪とされているね。」
九尾の狐。
言われてみれば確かに、妖の和己には九つの尻尾がある。
(じゃあ、光蓮寺くんは狐……?)
邪悪という部分もあまりピンと来ない。
唯の中で和己は決して邪悪な存在などでは無いから。
「ちなみに僕は天狗だよ。」
「小鳥遊さんが……?天狗って赤いお面を被ってる妖……ですよね?」
唯の知っている天狗は鼻が長い妖怪だ。
でも目の前にいるのは、顔立ちの整った男の子。
洋服も学ランのままだ。
「妖力をきちんと操れる妖は、人間の姿のままでもいられるんだ。俺やミツルがそれだね。」
治が唯に補足する。
妖力というのは、その名の通り妖怪としての力という事だろうか。
唯の頭ではそんな事しか考えられない。
「じゃあ治さんも?」
てっきり生徒だけだと思っていたけれど、どうやら治も妖らしい。
見た目からは何の妖なんて想像も出来ない。
「俺?俺は鵺だよ。こう見えても立派な化け物さ。」
「鵺、ですか……?そうは見えないですけど……。」
鵺といえば、顔は猿、体は狸、手足は虎。蛇の尻尾をもつ妖怪だ。
確かに目の前にいる美しい治の顔からは想像もつかない。
(そうか、みんな妖なんだもんね。)
他にはどんな妖がいるんだろう。
二十人以上もいる、見たことのない妖達。
早く会ってみたい。話してみたい。
もっともっと……仲良くなりたい。
「私、これからみんなと上手にやって行けるでしょうか?」
自分の気持ちだけで、この寮のみんなが仲良くしてくれるとは限らない。
そう考えるだけで漠然とした不安が唯を襲う。
少し悲しげな顔をした唯に、治は「大丈夫だよ」と笑った。
「言っただろ?唯くんなら、やっていけるさ。それに、俺個人としては、唯くんがこの寮に入ってくれて良かったって思っているよ。」
治の言葉に包まれていく。
唯の中にあった不安を優しく溶かしていくように。
そして暖かな熱が唯の中に広がっていった。
「——私。私、頑張ります。この寮で、みんなと一緒に……!!!!」
(そうだ、くよくよしてる場合じゃない。)
唯は決意を固める。自分の気持ちをしっかり持って、瞳を輝かせる。
(私に出来ることを、ここで精一杯しよう。そうすれば……!)
そうして、唯の一日目は幕を下ろした。
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