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プロローグ
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——願うなら、俺は君の傍に居たい。
ただの醜い妖が、そんな事を望むのは傲慢だろうか。
ただの化け物が、貴女を求めるのは罪だろうか。
自分の目の前に差し出された細い指先は、沢山の傷を負ってそれでも尚生き抜こうともがいた、英雄の手だった。
そんな脆弱な手に男はそっと優しく触れた。
片膝を地面につけたまま、男は少女の震える左手に口付けをした。
少女の熱が指先から伝わる。
少女の頬に輝く雫の意味を知りながら、けれども何も出来ない自分の無力さを男は呪った。
こんな未来が訪れると分かっていたのなら、もっと何か出来る事があったかもしれないのに。
そうしたら、貴女の涙を止められたのかもしれないのに。
落ちる桜の花弁は、土に触れるよりも先に灰となって空気に溶ける。
まるで、彼らの未来を指し示すように。
「大丈夫だ。俺がお前を守ってやる。だから泣くな。」
そんな言葉が気休め程度にしかならないと、男は知っていた。
もう、彼女が二度と笑う事が無いと悟りながら、男は少女を見つめる。
桜を全身に纏ったような美しい着物は、灰と煤で汚れその輝きを失っていた。
それがまるで、彼女のようだと男は思う。
二人の周囲を邪魔するものは無く、ただ轟轟と赤い炎が立ち込める。
このまま死ぬかもしれない。このまま二度と会えなくなるかもしれない。
男にとって、そんな事は些細な問題でしか無かった。
今の彼にとって最も大切な事は、目の前にいる少女の涙を止める事だけ。
男の瞳は黄金に輝く。それは、まるでこの世のものとは思えないくらいに。
男は少女の目を真っ直ぐに見つめる。
「……俺は、『その日』まで君を——」
その一時を見ているものが居るとするならば、それは天に神々しく輝くあの満月だろう。
だから、この話は輝夜の空に泣いた月のみがしる話。
誰にも語らず、伝えられる事のないおとぎ話。
そしてそれは、少女の知らない世界のお話。
少女が少女になるずっと前から、男は待っていた。
幾度の時を超え、幾つもの屍を踏みしめて進んだ。
その時間はとても幸福なものではけれど。それでも男は願い、祈り続けた。
そして、千年以上の月日の果てにそれは遂に成就する。
本当は涙が出るくらいに嬉しいはずなのに。今すぐにでも抱き締めて、あの日の約束を果たしたいのに。現実とはあまりに無情だ。
——何故ならその願いは最悪な形で叶ったのだから。
ただの醜い妖が、そんな事を望むのは傲慢だろうか。
ただの化け物が、貴女を求めるのは罪だろうか。
自分の目の前に差し出された細い指先は、沢山の傷を負ってそれでも尚生き抜こうともがいた、英雄の手だった。
そんな脆弱な手に男はそっと優しく触れた。
片膝を地面につけたまま、男は少女の震える左手に口付けをした。
少女の熱が指先から伝わる。
少女の頬に輝く雫の意味を知りながら、けれども何も出来ない自分の無力さを男は呪った。
こんな未来が訪れると分かっていたのなら、もっと何か出来る事があったかもしれないのに。
そうしたら、貴女の涙を止められたのかもしれないのに。
落ちる桜の花弁は、土に触れるよりも先に灰となって空気に溶ける。
まるで、彼らの未来を指し示すように。
「大丈夫だ。俺がお前を守ってやる。だから泣くな。」
そんな言葉が気休め程度にしかならないと、男は知っていた。
もう、彼女が二度と笑う事が無いと悟りながら、男は少女を見つめる。
桜を全身に纏ったような美しい着物は、灰と煤で汚れその輝きを失っていた。
それがまるで、彼女のようだと男は思う。
二人の周囲を邪魔するものは無く、ただ轟轟と赤い炎が立ち込める。
このまま死ぬかもしれない。このまま二度と会えなくなるかもしれない。
男にとって、そんな事は些細な問題でしか無かった。
今の彼にとって最も大切な事は、目の前にいる少女の涙を止める事だけ。
男の瞳は黄金に輝く。それは、まるでこの世のものとは思えないくらいに。
男は少女の目を真っ直ぐに見つめる。
「……俺は、『その日』まで君を——」
その一時を見ているものが居るとするならば、それは天に神々しく輝くあの満月だろう。
だから、この話は輝夜の空に泣いた月のみがしる話。
誰にも語らず、伝えられる事のないおとぎ話。
そしてそれは、少女の知らない世界のお話。
少女が少女になるずっと前から、男は待っていた。
幾度の時を超え、幾つもの屍を踏みしめて進んだ。
その時間はとても幸福なものではけれど。それでも男は願い、祈り続けた。
そして、千年以上の月日の果てにそれは遂に成就する。
本当は涙が出るくらいに嬉しいはずなのに。今すぐにでも抱き締めて、あの日の約束を果たしたいのに。現実とはあまりに無情だ。
——何故ならその願いは最悪な形で叶ったのだから。
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