エンドルフィンと隠し事

元森

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15 教育成果

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無様な結果が続く指導を披露する機会が好紀にやってきた。
 それは久しぶりの指名。喜んだのは初めに「指名された」連絡を貰った時だけだった。だがディメントのメールで客の名前を見た瞬間、思わず「おえっ」と言ってしまった。好紀を指名したのはこの間の『行為中に嘔吐したこと』を本部に伝えないという名目で様々な屈辱的な命令をされ、結局約束を破りクレームを入れたあのクソ野郎だったからだ。
 また指名してあげるね―――…。
 そう言われたことを思い出す。本当に指名してくるなんて思わなかった。二度と来ないで欲しい、そう思っていたのに…。
 だが現実はそう甘いことを言ってはいられない。クミヤに指導されているからと言って、好紀がディメントの蝶の中でも指名がなく底辺なのは変わらない。同伴で何とかディメントに留まることが出来ているに過ぎないのだ。ナンバー2に指導されても、実際に使う機会がないと意味がない。
 俺は母さんを早く楽にさせたい―――。
 好紀は逃げ出したくなるのを抑え、あの母のか細い手を思い出し何とか嫌な気分をポジティブにとらえようとしていた。
 
 
 ラブホテルの部屋の前に立つとどうしてこんなに憂鬱な気分になるのだろう。
 好紀は貰った鍵を握りしめ、男に指定された部屋の目の前にいた。男は佐嶋(さじま)と名乗った。それが本名かどうかも怪しいが、そんな事はもうどうでもいい。
『佐嶋様に無礼はもうしないように』
 先程寮を出る前に神山に呼び止められ言われた言葉を思い出し、ため息を吐く。
『クレームを入れた客に再び呼ばれることはめったにないことだ。お客様がお前を試しているという事を忘れずに、誠意を持って対応しろ』
 神山は綺麗で優しい風貌とは打って変わって冷たい言葉を好紀に吐いた。その表情からは『二度目はない』という事がはっきり書いてあった。これでまた失敗したら、今度こそディメントでの居場所がなくなる。好紀は大きく頷いて逃げるように寮を飛び出した。
 好紀は何度もため息を吐きながら、頭の中で男の性器に奉仕する事を覚悟を決めた。鍵を差し込み、ドアノブをひねる。部屋を見てみると、まだ佐嶋が来ていないようだった。好紀は急いで服を脱いでバスローブ姿に着替える。鏡で髪を見ていたところで、ドアが開いた。
 白髪交じりの体格のいい男―――佐嶋がスーツ姿でこちらを見下ろす。
「へえ、逃げなかったんだ」
 好紀を一瞥し佐嶋はほうれい線を深くしてニヤリと笑う。まあキミは逃げるほどの選択肢はないわけだが、と嫌味ったらしく言ってバスローブ姿の好紀を嘗め回すように見ている。男の欲望を感じる視線にゾッとする。だが、自分は変わらなければいけない。
「佐嶋様。今日はご指名いただき有難うございます」
 綺麗なお辞儀をする好紀。その所作は、小綺麗な好紀の顔と相まって美しさを持っていた。
 その綺麗さに、男はゴクリと喉を鳴らす。綺麗なモノを汚す、そんな下劣な快感。震える身体を抑え、好紀は男の視線に耐える。―――お金のためだ。ここに居るためなら、何だって耐えてみせる。そう誓った。
 だが―――。
「うぐっ」
 会話も遠慮もなく口に男の性器を突っ込まれ、その決心が揺らぎそうになった。しかし好紀は何とか吐きそうになるのを堪えた。ディルドで何時間も練習したお陰だろう。男の性器を受けいれられる事―――それがまず突破しなくてはいけない第一関門だった。それが出来たことに好紀はほっと胸を撫で下ろした。
 だが突っ込まれて咥えたままでいるだけではいけない。
 ―――もっと唾液を作ってから口を開けろ。
 頭の中に響く声に従い好紀は必死に舌を動かし、口の中を唾液で満たしていく。舌を動かすたびに、嫌悪がグチャグチャになっていく。
「今回は吐かないのかい? それはそれで寂しいなぁ」
 勢いよく突っ込んだ目の前の男は、受けいれた好紀を見てそう呟いて目を細めた。前回と同じように突っ込んだら吐くものだと思っていたに違いない。前回とは違いバスローブ姿で四つん這いになって奉仕をしようとする好紀を上から下までじっくりと見る。佐嶋の表情は前回のモノとは明らかに違っていた。
 ―――好きなモノを思い出してしゃぶれ、それだけで大分マシになる
 頭の中ではクミヤに言われたことがグルグルと回っていた。目の前のグロテスクな性器とアイスクリームが混ざり合う。舐めるたびに硬度を増す、アイスクリーム。そう思うと少し気分は楽になった。
 ―――涙目で上目使いをして腰をやらしく揺らせ、『俺は我慢出来ない雌猫です』ってな
 好紀は自然と出てきた涙を利用して、目の前の男に対して上目使いをした。男はぼうっとした顔で好紀を見つめていた。男が前の時とは違う顔をしている事は、好紀も実感していた。好紀がいやらしく、腰を揺らしている事にも男の嗜虐心をくすぐったのだ。
「…っ、キミ、私がきていない間に随分といやらしく育ったみたいだねぇ」
 荒い息を吐きながらそれは面白くないなあ、と男は呟いた。冷たい声に背筋が凍る。
「…っ、ふぅっ、んぶっ」
 好紀は舐めながら甘い声を極力上げるようにしていた。そんな好紀に男の大きな手が髪を乱暴に髪回す。ごつごつとした手は、誰かと似ている気がした。
「もっと奥に突っ込んであげるから、ほらっ、」
「――――ッ」
 突然喉奥に伝わる衝撃。好紀は頭を固定され乱暴に腰を打ちつけられる。好紀は必死になって振り下ろされないよう男にしがみ付いた。苦しい。苦しい。苦しい。あまりの辛さにボロボロと涙が零れ、痙攣したように腰が震えた。
 男の興奮しきった声。佐嶋は根っからのサディストなのだろう。好紀がいやらしい顔をしていると、嫌悪に満ちた顔になって欲しいのか行為が乱暴になっていく。
「んぐうっぅ、うぅっ~~~っ」
 ―――勃起してたら、大股開けよ? 自分で弄ってもいいな。『欲しくて我慢出来ませんでした、早くいれてください』って言えれば喜んで突っ込んで貰えるだろうよ
 クミヤの低い声と言葉を思い出し好紀は願う。
 早く勃起しろ、と。
 好紀は震える手を何とか自分の性器まで持っていき、掴んだ。萎えた性器を、好紀は自分の手淫で高める。それは自分の今までのプライドと、羞恥を全て捨てた淫らな行為だった。佐嶋はその様子に目を開かせ、興奮した様子で問いかける。
「…、ねえ、コウくん? 何やってるのかな~? イマラやってるのに、オナニーなんてしちゃって…もしかしてイマラ気持ちいいのかな~?」
「んぶっ、う、ぅうっ」
 好紀は何度も頷く。頷くたびに涙が溢れ出る。出し入れが段々と激しく、息ができない程辛い。手が震えた。客にオナニーなんて見せたことはないので目の前の男に自分がどう見えているか、よく分からない。ただただクミヤに言われた通り、勃起させたい。
 好紀の表情は苦し気ではあるが、官能に溺れた表情をしていた。汗と涙と唾液で濡れた顏で奉仕する姿は佐嶋を確実に煽っていく。
「…あー、すっごいイイね、綺麗なのにだらしないグチャグチャな子…俺大好きなんだよ」
 興奮しきったその言葉に自分はどれだけだらしのない顔をしているのだろうと思う。
「―――っうう゛うッ」
 明らかに先程より佐嶋の眼の奥が変わった気がした。欲望に満ちた目でうっとりと見つめられ、身体がゾクッと震えた。寒気でも、悪寒でもないそのゾクゾクした感情が好紀の身体に電撃のように走る。好紀は手を動かしながら自分のモノが硬くなっている事に気が付いた。客の目の前で勃起したのは、あの講習会以来のことだった。
 勃起はさせようとはしていたが、実際に勃起している自分の身体に驚いていた。湧きあがるのは、自身への性の嫌悪とこれで今までの指導が報われたような安心感だった。相反する感情は好紀に迷いを持たせる。しかし、その迷いを振り切った好紀は涙を流し、性器を頬張りながら微笑んだ。
 好紀の表情は、奉仕をされてきた男が今まで見たことのないようなものだった。聖母のような微笑みは、好紀の母によく似ていたが、佐嶋にはそんなことが分かるはずもない。ただ男は底辺の蝶の表情に魅入られ、いつの間にか精を吐き出していた。
 ―――ああ、これで俺は…。
 好紀の喉に生きのいい精が飛び散る。好紀はそれと同時に自身の精を吐き出し、苦しさから解放されたことにほっと息を吐いた。開放感と、瞬間的に感じる≪快楽≫に身体を震わせる。背中を小さく逸らし、精を吐き出す好紀は、どこかうっとりとした表情をしていた。それは性に嫌悪してきた好紀では考えられないものだった。
 好紀はゆっくりと、性器を口から外す。そして、クミヤの言われたように、客が吐き出したものをごくりと嚥下した。
 それはやはり気持ちの悪いものだったので、飲みこむのに時間がかかったが、それは男から見れば味わっているようにも見えた。喉を伝う感覚に吐きそうになるのをグッと堪えた。
「グチャグチャでだらしのない貌だ…あんなに吐いてた子が一体どうしてこんなにいやらしい子になったんだい? いい指導者に恵まれたのかな」
「んぐっ」
 ほっとしたのもつかの間、頭を掴まれ、ベットシートに顔を無理やり押し付けられる。目の前には好紀が吐き出した精液が飛び散っていた。嫌な予感に冷や汗が噴き出る。好紀の予感通り、男は好紀に屈辱的な罰を与えようとしていた。
「でも、私が指示していないのに勝手にオナニーなんてしちゃうコウくんにはお仕置きが必要だね。…ほら、自分の吐き出した大量のザーメン、きちんと処理しないと」
「ッ」
 …お仕置き。…処理…精。
 聞いているだけで気分が悪くなる言葉は、好紀に向けられたものだった。
 ドクドクと心臓が鳴る。従わないといけない。好紀は冗談を言ってはぐらかそうとしてしまいそうになるのを必死に抑えた。ここでそんなことを言ったら、幻滅させられる。またクレームを言われる。好紀は心が押しつぶされそうになりながら舌を出した。男は笑った気がした。

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