エンドルフィンと隠し事

元森

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10 へたくそ

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「う、う、ぅう゛~…、おえッ…」
 床が好紀の吐しゃ物で汚れる。胃液程度のものだったが、吐いたことには変わりがない。
 好紀は自分のしてしまった事に打ちのめされる。涙を流すが、泣いたって吐いた事実は変わらない。また―――吐いてしまった。
「…客の前で吐くな。客が怒るのも当然だな、金を払ってこの仕打ち」
「う、う゛ぅ…うぅ……うう…ご、ごめんなさい…」
 クミヤに正論を言われて好紀の心はぼろぼろだった。好紀だって好きで吐いているわけではない。どうしても、奉仕をしようとすると吐いてしまう。何度やっても慣れないし、やるたびに嫌悪感が増していく気がする。
 どうして自分は割り切れないのだろう、と思う。
「謝ってないで、早くしろ。何度言ったら分かるんだ、この下手くそ」
「うっ、んぐぅうううううっ」
 罵声を浴びせられ、また口で大きなものを咥えさせられる。キツイ言葉と共に冷たい無機質な目で見られると辛くて堪らない。下手くそなのは百も承知だが、無理やりすぎないかと好紀は睨みつける。その瞬間、奥まで腰を深くいれられた。好紀は目を大きく見開き、衝撃に耐える。
 激しく腰を打ちつけられ、身体が壊れそうになる。
 好紀の顔はグチャグチャに汚れきっていた。小奇麗な顔は、唾液や涙などの汚らしいものが覆う。
 鼻がつまって息が出来ない。好紀は生命の危機を感じ、激しくクミヤの脚を叩いた。だが、クミヤは行為をやめない。むしろ行為が激しくなる。
「ん、んぅうう…、ぐふっ」
 好紀は、頭が真っ白になっていくを感じながら、意識が遠くなるのをゆっくりと受け入れていた。
 ―――天井が真っ白だ。
 目を覚ました時、好紀はそう思った。全裸のまま、ベットに寝させられていて、好紀は慌てて飛び起きた。そして時間が経つにつれ、自分が何をし、何をされたのか思い出す。好紀は周りを見渡し、クミヤを探した。まずは謝らないと、と思った。
 ―――勉強させてもらったのに、気絶してしまうなんて。
 ―――吐いてしまうなんて。
「クミヤさん…」
 ドアの前に佇むクミヤを見つけて声をかけた。クミヤはこちらを一瞥すると、無表情のまま好紀ではないどこかを見ていた。結局クミヤは一回も勃起しなかった。EDなのか?―――そう思ったが、きっと違う。好紀が『下手くそ』すぎて、勃起しなかったのだろう。
「俺…」
「話にならないな。気持ちよさそうな顔もせず、技術もない、客に嫌悪感を隠さない姿勢。素人以下だな。吐けば許されると思っているだろ。甘すぎんだよ」
「ッ」
 好紀は言葉を失う。冷たい声音で言われたクミヤの言葉たち。
 それは、客観的にみた自分の姿だ。自分でも分かっていたが、人に言われると自分のあまりの酷さに打ちのめされる。クミヤがこうやって話すと余計に心に響いた。
 心が揺らいでいる好紀に、クミヤが何かを投げつけた。それは性器の形をした、所謂大人のオモチャと言われている代物だった。透明で立派なそれは、手に持つと重量感があった。好紀が不安げにクミヤを見つめると、彼は口を開いた。
「それやるから客のちんこだと思って毎日2時間しゃぶってろ」
「――――ッ、は、はいッ」
 勢いよく好紀は返事をした。
 ―――2時間もしゃぶってたら口がふやけちゃうよなぁ…―――。
「…………」 
 そんなことを考えていたら目で出ていけ、と言われているのが分かり慌てて身支度を整える。
「ちんこ見て笑う練習しとけよ」
「……っ」
 クミヤにまた鼻で笑われてしまった。だが、それはもっともなアドバイスで好紀は何もうまい返しが出来ない。顔が真っ赤になりながら鞄の中に、オモチャを入れ、チャックを閉める。
「来週この時間に来い」
 次の約束があるとは思っていなかったので、好紀は驚いた。無表情のクミヤに、好紀は深々とお辞儀をした。断る理由はない。
「は、はいっ、ありがとうございますっ。し、失礼しますっ」
 お礼を言うと好紀は急いで、その場を離れた。目線もあったが、今バスローブ姿のクミヤと一緒に居るには気まずかった。好紀は玄関のドアを閉めると、窓に広がる明るい空に驚く。腕時計を見ると5時半になっていた。
 ―――起きるのを待っててくれたのかな―――。
 そんな想いが浮かぶが、本当の所はどうか分からない。
 好紀の心臓がどくどくと脈を打っていた。
 まさかあそこまで、彼が話すなんて好紀は思わなかった。質の悪い冗談か、夢だと半ば思っていたので、本当に『技術指導』をするなんて思わなかった。技術指導と言っても、ただ突っ込まれただけだけど―――…好紀は自嘲気味に笑う。
 ―――話にならないな。気持ちよさそうな顔もせず、技術もない、客に嫌悪感を隠さない姿勢。素人以下だな。吐けば許されると思っているだろ。甘すぎんだよ―――
 冷徹な言葉たちは、深く好紀の胸に刻まれる。吐けば許されると思っているだろ、と言われたとき、心底ゾッとした。好紀はそう思っている節があったのは事実だったからだ。
 オブラートに包まれていない率直な意見。それは好紀の現状をはっきりと示したものだ。
「あんなに喋れるんだったら、車内でも喋ればいいのに…」
 そう言った好紀の言葉は、暗い廊下に響いて消えた。
 
 
 
 それから、好紀とナンバー2の不思議な『技術指導』が始まった。
「ん、…んぐっ」
 クミヤから貰ったオモチャ―――透明なディルドを今日も特訓として舐め続けていた。2時間はさすがにキツイが、1時間は舐めるようにしている。初めは辛かったが、今では普通の性器よりマシなものだと思い舐められることが出来ている。
 布団に潜り込み、ぐちゅぐちゅと音が出ることに羞恥を覚えながらも、必死に舐める。
 客のちんことして舐めろ―――。
 そう言われたが、そう思うと気持ちが悪くなるので、申し訳ないがただのオブジェとして見ている。
 頑張って必死に舐めていると、物音が聞こえ、慌てて飛び起きた。
「ただいま」
「お、おかえり~」
 同室のイチが帰ってきた。好紀は口を拭い、シーツの中にディルドを隠す。心臓がどくどくと早鐘を打っていた。同室のいる部屋で悪いことをしている自覚はあるので、罪悪感がある。当たり前だがイチにも、誰にもクミヤから『演技指導』を受けている事は言っていない。
 好紀はともかく、ナンバー2であるクミヤは隠れたファンが多い。
 あの態度で話しかけられないだけであの美しい顔立ちは人々の目を引くのだ。
「肉買ってきたから、焼肉にしよう」
「え?! マジか、嬉しい」
 イチの言葉でベットから降り、好紀はイチに近寄る。彼からあの匂いがしなくてほっとした。
「ホットプレートだすわ」
「ん、お願いー」
 好紀はキッチンの棚にあるホットプレートを出し、セッティングしていく。ホットプレートはよく使うので、手際は慣れたものだった。イチはエプロンをして、キャベツを細かくみじん切りにして切っている。その絵になる姿を見て、つい見つめてしまった。
 その視線に気づいたらしいイチは照れた仕草をする。
「何見てんだよ」
「ん? いやなんでもない」
 ふふっと、好紀は笑った。
 自分でも恐ろしい程自然に対応できていると思った。先程までディルドを舐めたと好紀に言われてもイチは信じないだろう。
 肉を焼き、一通り準備が出来たところで、2人で食卓を囲む。美味しく出来たので、夢中になってしばらく無言で食べていたが、ふいにイチが言った。
「最近どう? 同伴…クミヤさんに指名されてるって聞いたけど」
「…どうって言われても、あの人滅多に口開かないしなぁ」
 飲んでいた味噌汁を噴き出しそうになるのを何とか堪えられ、特になんでもないですよといった雰囲気を出す。イチは「ふーん、そうなんだ」と聞いてきたのに、あまり興味なさそうに答える。「指名あってよかったな」と綺麗に微笑まれ、頷く。
「うん、ひとり言頑張るわ」
「なんだよひとり言って」
「いやだってさ~」
 イチにクミヤの話をしたら、大笑いしてくれた。それだけでも、あの『技術指導』はやった価値はあったのかもしれない。そう思った。

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