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ずっと気づいていなかったのは、自分のほうだったのかもしれない。
恋を失いたくなくて、ずっと彼の気持ちなんて考えてなかった。毎日酷い言葉を言い続けていて、嫌われていると感じていたから。そうずっと思っていたから。
リチャードは、自分の考えのなさに笑いそうになる。ずっと彼のことが好きだったのに、リカドの気持ちを理解していなかったなんて。よもや、リチャードのことを愛してくれていたなんて。
「…でも…私は、お前にずっと…」
「いいんです。従者の私に、そんな扱いをするのは当然なんです」
まっすぐに、見詰めてくるリカドの顔はすがすがしかった。何もかも吹っ切れた顔だった。
そんな風に、自分のことを下に見ているリカドを見ているのは辛かった。リチャードが一番望むのは、リカドとも対等に居られることだった。対等に、ずっと一緒にいたかった。
「いや、そんなことはない。私は…リカドと対等になりたかった。なのに、父が許さなかった。お前のほうが年上なのに、蔑む態度をしなくてはいけなかった。私も…お前の恋心を表にしないように、酷いことばかりやった。…もうこんな塵みたいな私では、お前と一緒にいる権利はないよ」
リチャードは、苦笑いをしていった。
リカドに、靴を舐めさせたり、酷い言葉を投げかけ、ほかにも散々なことを彼にやった。
こんな自分では、彼の隣にいる権利はない。
そういうと、リカドは首を振る。
「権利? 権利なんか私にだってありません。私は、貴方の靴を舐めたりしているときとんでもなく興奮していたんです。その間何度も貴方を、頭の中で抱きました。職務中にそんなことを考える従者が、貴方の隣にいる権利なんてないのです」
「…そんな…」
思わぬ告白に、顔が真っ赤に染まる。
リカドも、リチャードと同じようなことを想像しているのをしって、身体中に熱があがるのを感じた。リカドは、そんなリチャードを見て申し訳なさそうにしていた。
「申し訳ありません。許可なくやってしまって」
こんなときにも真面目にいうリカドがらしいといえばらしい。
だが、恥かしいことには変わりはない。
「…いや、そういうことは許可とかいらないと思うのだが」
「そうですか」
「……っ」
至極真面目にいってるリカドが面白くて、ふっと笑ってしまう。
こういうところもリカドで、やっぱり彼の一面なのだとリチャードは勝手に思っていた。従者で、命令に従うリカドも、先ほどまで演技していた子供の彼も、彼自身だろう。そういうところひっくるめて、彼なのだと感じた。
「どうしたのですか?」
リカドが、笑われたのを見て無表情で不思議がっていた。
普段の彼は、無表情で、何を考えているのかよく分からない。だが、子供のときの演技をしているとき、彼は無邪気だった。
そういうところを見せられると、リチャードはたまらないのだ。もっと、彼のことが好きになってしまう。
「…いや、いつから…リカドは、記憶が戻っていたのか分からなくて」
リチャードは誤魔化すために、知りたかったことを問うた。
リカドは、表情をかえて少し顔を強張せて言った。
「申し訳ありません。私のためにリチャード様にお金を使っていただいて」
「そんなことはいいんだ。元から、酷い目的で使ったんだ。…お前、あの店のこと、知ってたのか?」
リカドの言葉に、気になったことを気づいてそれに対して問う。
店のことを知っていたなら、どこからそのことを知ったのだろう。
「……チャールズ様に、すこし教えてもらったんです。あの方はああいう店をよく知ってるらしいのです。でも、店の場所はさすがに聞いてなくて、今日…リチャード様に連れられて馬車に乗ったときに、急に眠くなって…それで、寝てしまったんです。そしたら、いつのまにかここにいて」
少し間を空けられて言われた言葉はリチャードを、驚かせる。
彼がまさかチャールズに、このことを少し聞いていたなんて…。
チャールズは、つい言ってしまったのだろう。それで、リカドは覚えていたのだろう。
「…すまない。茶に、睡眠薬を入れたんだ」
白状し、頭を下げるとリカドが制止する。
「謝らないでください。私も、内心やった!って思ってしまったのですから」
「え?」
リカドの言葉を反芻した。驚いて、言葉がつむげなかった。
理解したとたんに、どうしてなんだろうとリチャードのなかで疑問がわいてくる。
それに気づいたのか、気づいていないのかリカドは静かに独白を続けた。
「記憶はたしかに、そのときまで消えていたらしいのです。だから、消えていたときの記憶はもうないのですが、私が記憶をすべて思い出したのは貴方が私に好きといってくださったときです。
そのとき、ワァッと視界が晴れるように思い出したのです。そのときの歓喜は、私の心を覆い隠すようにのさばっていきました。
リチャード様が抱きついてくださったとき、私の頭ではすさまじい早さでもしかしてこれはチャールズ様のいっていたあのことが現実で起こっているのではないのかと思ったのです。
その予想通りに、私が普通に返事をしたら、嬉しそうにキスしていいかと聞いてくださったので、それは確信に変わったのです。普段のリチャード様は、絶対にそんなことを言いませんから。すぐに分かりました。
普段のリチャード様と違って、今のリチャード様はとても優しい方で、とても子供のようなお人柄でした。いつもの厳格で、厳しいリチャード様はどこにもいませんでした。
でも、キスをされているのを嬉しく思いながら感じているとき、ふとこれが本当のリチャード様ではと思ったのです。こうやって愛を囁き、私を溺れるように愛してくださる貴方が、本当なのかと。もともと、リチャード様は私に厳しく指導してくださるときにも優しかったから、本来はそういう方だと思っていたのです。
そう思ったら、嬉しくて嬉しくて本当にやった!と恥ずかしながら思ってしまったのです」
リチャードは、リチャードの長い話を聞いて、胸が痛くなった。いろいろな感情が混ざって、きっと彼に酷い顔を見せていることだろう。実際にリチャードの表情は、非常に色んな表情が混ざり合って険しいものだった。
リカドは、真剣な表情でこちらを見てくれている。これは本当なのです、信じてください――…と全身で叫んでいた。
こういっているリカドをどうして、信じられないというのだろう。
先ほどの一向に、リチャードの告白を信じられなかった自分を恥かしく思った。
リチャードは、言い訳もせずに、ただ彼を見た。何も考えずに見ても、彼の赤い瞳と黒い髪は変わらない。彼は、彼なのだ。信じないわけがない。もう、彼の言葉を疑いたくなかった。
リカドの手を握って、リチャードは口を開く。
「私たち、両思いだったんだな」
「……そう言っていいのでしょうか」
リカドは、申し訳なさそうにリチャードを見た。リチャードは首をたてに振った。
「いいに決まっている。私が決めた。従え…じゃないな。そう思ってくれ、だな」
「…リチャードさま…」
リチャードたちに足りないものは、圧倒的に相手を信じるということだろう。リチャードは、リカドに愛されているかを信じていない。そして、一方のリカドは立場上の関係を対等には出来ると信じていない。
それを変える手段は、立場が同じだということも二人に分かることだ。
同じ同性で。同性じゃなくなって、同じ人間で。どうして、立場が違うというのだろう。
「まだ、リカドにとって私は上の存在なのだろうな。ずっとそうだと刷り込まれていたのだから」
「刷り込まれていません。貴方様は、私の主人なのです」
「立場は主人と従者という関係だ。もうそれは決まりきっている。だが、精神上も、同じ立場なんてそれは人間上として許されないと思うんだ。誰かが下で、誰かが上なんて…間違っている」
「……ですが…」
――あなたは尊い人なのです――……。
そう表情で分かった。
彼は、ずっとそう思っている。目が本気で、そう思っていると訴えている。
「私は……始めてお前と遊んだとき、友人でよかったと思った。だが、父が許さなかった。いつしか私はお前を、愛してしまった…」
「…リチャードさ…ま…」
リカドが、ぽつりぽつりはなし始めたリチャードに疑い目に視線を送ってくる。
「だから、私はリカドと従者と主人の関係じゃ我慢できないんだ。お前が私のことを好きだといってくれているのに、今の関係じゃ嫌なんだ…」
自分の、自己中心的な考えだと分かっていた。
この想いは、全部リカドにとって悪いものな気がした。エゴしかない自身の考えと、それじゃリカドの思いはどうなるのだと、責めている自分がいた。正直に自分の気持ちを吐露して、リカドの返事を待った。
永遠ともおもったその時間は、リカドからの抱擁で終わりをつげた。
彼の肌の温かさが、だんだんと熱になるように体に回っていく感覚がする。
「リチャード様、私は、こんな…しあわせでいいのでしょうか」
彼はふと呟いた。リチャードは飽和状態の頭で、ぼんやりと口を開ける。
「…いいんだよ。私はたくさんのひどいことをした。なのにお前は何にも責めたりしない。…もう、考えちゃ駄目かもしれないな」
一生、償わなければいけない罪をリチャードはリカドにし続けた。
だが、リカドは何にも責めないし、むしろ自分のせいだと言い張る。もう、いいのかもしれない。リチャードは、リカドにひどいことをした。今、グチャグチャ言ったって、リカドの傷つけた自尊心は戻ってこない。
これから、リカドをたいせつに扱えば少しは謝れる誠意になるかもしれない。
ぎゅうっと、抱きしめてリチャードに触れている。そのことが、今までの自分では考えられないことだ。
「リチャード様…あの、私を置いてくださいますよね……?」
リカドは、少し身体を離して、問う。
「何言ってるんだ。お前は一生、嫌だと云われても私のそばに居てもらう」
はっきりというと、目の前の男は嬉しそうに――だが、複雑そうに顔をゆがめた。
「本当ですか…! よかった…。ですが、婚約されますよね。そうすると私は、おそばに居られなくなります…」
落ち込んで云われた言葉に、リチャードは首を振った。
「婚約はなしにしてもらう。これでリカドと一緒に居られる」
「それは…」
驚いた顔で、自分は何と言ったらいいのか分からないといいたげにリカドは表情を曇らせる。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに――…。
「いいんだ。政略結婚だが…相手の気持ちも分からないのに婚約だなんて失礼だしな。父には、ちゃんとチャールズを後継者にしろというよ」
「そんな…、貴方様は、後継者になる器があります。どうして…」
リカドは、申し訳なさそうに俯いた。そんな顔はしないでくれと、頭の中で叫びながらリチャードは口を開く。
「いや、後継者としては長男の私より弟のほうがよほどふさわしい。それに、当主となると結婚だなんだって五月蝿いしな。私は、お前がいればいいんだ」
本当にその通りだと、リチャードは思う。チャールズのほうが、後継者として相応しいし、彼ならきっと跡継ぎだってすぐ作れるはずだ。リチャードは、もう自分の気持ちを隠すつもりはなかった。
リカドは、身体を震わせながら、そうじゃないんだと訴える。彼の声は、小刻みに震えていた。
「リチャード様…。私のために、そんなたいせつなこと、そんな風に決めないでください。貴方は、この家の当主となろうお方です。…――私は、貴方の従者です。結婚しても、そばにいられればいいのです。捨てないでくれれば、それだけでいいのです…」
リチャードの心臓は、ドクンとその言葉を聞いてはねた。
リカドの、どうしても自分のそばに居たいと縋る言葉が毒かのようにすばやく回る。まるで、致死性の毒のようだった。
リチャードは、リカドを愛おしいと思った。前から、ずっとずっと好きで愛していたが、もっとその感情が上回っていく――そんな気がした。
「そんなこと云わないでくれ。私は、ずっと、お前を…苦しいぐらいに愛しているんだ。捨てるわけないだろう?」
愛している、という言葉は云うまでが恥かしいが、いってしまえばどうってことなかった。だって、この感情はうそじゃないのだから。リチャードが、はっきりというと、リカドの瞳が揺れた。
「あ…ぁ、もったいないお言葉です…」
小さくいうと、リチャードの手に触れた。許しを請うように、リカドは小さくリチャードの白い肌の手にキスの雨を降らせている。
彼のその行動は、嬉しいのだと、最高の幸せです、と表現しているようだった。
「リカド、私の恋人になってくれないか」
リチャードの口から、そのままの想いが出た。するりと、出たことに自分でも少しばかりびっくりする。
「…え」
頼むと、リカドはキスをしていた唇を上に向け、顔を合わせる。彼のまなざしは、驚き、目を見開いていた。
「駄目か」
そうかもしれない、と本気で思った。
「いえ…。違います。私には、大きすぎることです。その資格なんて…ありません」
「恋人に資格なんて、いるか? 私だって、実際その資格はない。リカドに、私は最低で非常なことばかりやってきた。だが、私はお前と一緒に歩みたいんだ。一緒に、愛したいんだ。…駄目か?」
リチャードは、自分の思いを吐き出した。もう、断われたって悔いはない。
リカドは、しばらく固まっていたが、首を振った。
「…嬉しいです。もったいない、言葉すぎて、夢なんじゃないかと感じました」
そう、蕩けそうな笑顔でリカドは微笑んだ。YESといっていた。
恋を失いたくなくて、ずっと彼の気持ちなんて考えてなかった。毎日酷い言葉を言い続けていて、嫌われていると感じていたから。そうずっと思っていたから。
リチャードは、自分の考えのなさに笑いそうになる。ずっと彼のことが好きだったのに、リカドの気持ちを理解していなかったなんて。よもや、リチャードのことを愛してくれていたなんて。
「…でも…私は、お前にずっと…」
「いいんです。従者の私に、そんな扱いをするのは当然なんです」
まっすぐに、見詰めてくるリカドの顔はすがすがしかった。何もかも吹っ切れた顔だった。
そんな風に、自分のことを下に見ているリカドを見ているのは辛かった。リチャードが一番望むのは、リカドとも対等に居られることだった。対等に、ずっと一緒にいたかった。
「いや、そんなことはない。私は…リカドと対等になりたかった。なのに、父が許さなかった。お前のほうが年上なのに、蔑む態度をしなくてはいけなかった。私も…お前の恋心を表にしないように、酷いことばかりやった。…もうこんな塵みたいな私では、お前と一緒にいる権利はないよ」
リチャードは、苦笑いをしていった。
リカドに、靴を舐めさせたり、酷い言葉を投げかけ、ほかにも散々なことを彼にやった。
こんな自分では、彼の隣にいる権利はない。
そういうと、リカドは首を振る。
「権利? 権利なんか私にだってありません。私は、貴方の靴を舐めたりしているときとんでもなく興奮していたんです。その間何度も貴方を、頭の中で抱きました。職務中にそんなことを考える従者が、貴方の隣にいる権利なんてないのです」
「…そんな…」
思わぬ告白に、顔が真っ赤に染まる。
リカドも、リチャードと同じようなことを想像しているのをしって、身体中に熱があがるのを感じた。リカドは、そんなリチャードを見て申し訳なさそうにしていた。
「申し訳ありません。許可なくやってしまって」
こんなときにも真面目にいうリカドがらしいといえばらしい。
だが、恥かしいことには変わりはない。
「…いや、そういうことは許可とかいらないと思うのだが」
「そうですか」
「……っ」
至極真面目にいってるリカドが面白くて、ふっと笑ってしまう。
こういうところもリカドで、やっぱり彼の一面なのだとリチャードは勝手に思っていた。従者で、命令に従うリカドも、先ほどまで演技していた子供の彼も、彼自身だろう。そういうところひっくるめて、彼なのだと感じた。
「どうしたのですか?」
リカドが、笑われたのを見て無表情で不思議がっていた。
普段の彼は、無表情で、何を考えているのかよく分からない。だが、子供のときの演技をしているとき、彼は無邪気だった。
そういうところを見せられると、リチャードはたまらないのだ。もっと、彼のことが好きになってしまう。
「…いや、いつから…リカドは、記憶が戻っていたのか分からなくて」
リチャードは誤魔化すために、知りたかったことを問うた。
リカドは、表情をかえて少し顔を強張せて言った。
「申し訳ありません。私のためにリチャード様にお金を使っていただいて」
「そんなことはいいんだ。元から、酷い目的で使ったんだ。…お前、あの店のこと、知ってたのか?」
リカドの言葉に、気になったことを気づいてそれに対して問う。
店のことを知っていたなら、どこからそのことを知ったのだろう。
「……チャールズ様に、すこし教えてもらったんです。あの方はああいう店をよく知ってるらしいのです。でも、店の場所はさすがに聞いてなくて、今日…リチャード様に連れられて馬車に乗ったときに、急に眠くなって…それで、寝てしまったんです。そしたら、いつのまにかここにいて」
少し間を空けられて言われた言葉はリチャードを、驚かせる。
彼がまさかチャールズに、このことを少し聞いていたなんて…。
チャールズは、つい言ってしまったのだろう。それで、リカドは覚えていたのだろう。
「…すまない。茶に、睡眠薬を入れたんだ」
白状し、頭を下げるとリカドが制止する。
「謝らないでください。私も、内心やった!って思ってしまったのですから」
「え?」
リカドの言葉を反芻した。驚いて、言葉がつむげなかった。
理解したとたんに、どうしてなんだろうとリチャードのなかで疑問がわいてくる。
それに気づいたのか、気づいていないのかリカドは静かに独白を続けた。
「記憶はたしかに、そのときまで消えていたらしいのです。だから、消えていたときの記憶はもうないのですが、私が記憶をすべて思い出したのは貴方が私に好きといってくださったときです。
そのとき、ワァッと視界が晴れるように思い出したのです。そのときの歓喜は、私の心を覆い隠すようにのさばっていきました。
リチャード様が抱きついてくださったとき、私の頭ではすさまじい早さでもしかしてこれはチャールズ様のいっていたあのことが現実で起こっているのではないのかと思ったのです。
その予想通りに、私が普通に返事をしたら、嬉しそうにキスしていいかと聞いてくださったので、それは確信に変わったのです。普段のリチャード様は、絶対にそんなことを言いませんから。すぐに分かりました。
普段のリチャード様と違って、今のリチャード様はとても優しい方で、とても子供のようなお人柄でした。いつもの厳格で、厳しいリチャード様はどこにもいませんでした。
でも、キスをされているのを嬉しく思いながら感じているとき、ふとこれが本当のリチャード様ではと思ったのです。こうやって愛を囁き、私を溺れるように愛してくださる貴方が、本当なのかと。もともと、リチャード様は私に厳しく指導してくださるときにも優しかったから、本来はそういう方だと思っていたのです。
そう思ったら、嬉しくて嬉しくて本当にやった!と恥ずかしながら思ってしまったのです」
リチャードは、リチャードの長い話を聞いて、胸が痛くなった。いろいろな感情が混ざって、きっと彼に酷い顔を見せていることだろう。実際にリチャードの表情は、非常に色んな表情が混ざり合って険しいものだった。
リカドは、真剣な表情でこちらを見てくれている。これは本当なのです、信じてください――…と全身で叫んでいた。
こういっているリカドをどうして、信じられないというのだろう。
先ほどの一向に、リチャードの告白を信じられなかった自分を恥かしく思った。
リチャードは、言い訳もせずに、ただ彼を見た。何も考えずに見ても、彼の赤い瞳と黒い髪は変わらない。彼は、彼なのだ。信じないわけがない。もう、彼の言葉を疑いたくなかった。
リカドの手を握って、リチャードは口を開く。
「私たち、両思いだったんだな」
「……そう言っていいのでしょうか」
リカドは、申し訳なさそうにリチャードを見た。リチャードは首をたてに振った。
「いいに決まっている。私が決めた。従え…じゃないな。そう思ってくれ、だな」
「…リチャードさま…」
リチャードたちに足りないものは、圧倒的に相手を信じるということだろう。リチャードは、リカドに愛されているかを信じていない。そして、一方のリカドは立場上の関係を対等には出来ると信じていない。
それを変える手段は、立場が同じだということも二人に分かることだ。
同じ同性で。同性じゃなくなって、同じ人間で。どうして、立場が違うというのだろう。
「まだ、リカドにとって私は上の存在なのだろうな。ずっとそうだと刷り込まれていたのだから」
「刷り込まれていません。貴方様は、私の主人なのです」
「立場は主人と従者という関係だ。もうそれは決まりきっている。だが、精神上も、同じ立場なんてそれは人間上として許されないと思うんだ。誰かが下で、誰かが上なんて…間違っている」
「……ですが…」
――あなたは尊い人なのです――……。
そう表情で分かった。
彼は、ずっとそう思っている。目が本気で、そう思っていると訴えている。
「私は……始めてお前と遊んだとき、友人でよかったと思った。だが、父が許さなかった。いつしか私はお前を、愛してしまった…」
「…リチャードさ…ま…」
リカドが、ぽつりぽつりはなし始めたリチャードに疑い目に視線を送ってくる。
「だから、私はリカドと従者と主人の関係じゃ我慢できないんだ。お前が私のことを好きだといってくれているのに、今の関係じゃ嫌なんだ…」
自分の、自己中心的な考えだと分かっていた。
この想いは、全部リカドにとって悪いものな気がした。エゴしかない自身の考えと、それじゃリカドの思いはどうなるのだと、責めている自分がいた。正直に自分の気持ちを吐露して、リカドの返事を待った。
永遠ともおもったその時間は、リカドからの抱擁で終わりをつげた。
彼の肌の温かさが、だんだんと熱になるように体に回っていく感覚がする。
「リチャード様、私は、こんな…しあわせでいいのでしょうか」
彼はふと呟いた。リチャードは飽和状態の頭で、ぼんやりと口を開ける。
「…いいんだよ。私はたくさんのひどいことをした。なのにお前は何にも責めたりしない。…もう、考えちゃ駄目かもしれないな」
一生、償わなければいけない罪をリチャードはリカドにし続けた。
だが、リカドは何にも責めないし、むしろ自分のせいだと言い張る。もう、いいのかもしれない。リチャードは、リカドにひどいことをした。今、グチャグチャ言ったって、リカドの傷つけた自尊心は戻ってこない。
これから、リカドをたいせつに扱えば少しは謝れる誠意になるかもしれない。
ぎゅうっと、抱きしめてリチャードに触れている。そのことが、今までの自分では考えられないことだ。
「リチャード様…あの、私を置いてくださいますよね……?」
リカドは、少し身体を離して、問う。
「何言ってるんだ。お前は一生、嫌だと云われても私のそばに居てもらう」
はっきりというと、目の前の男は嬉しそうに――だが、複雑そうに顔をゆがめた。
「本当ですか…! よかった…。ですが、婚約されますよね。そうすると私は、おそばに居られなくなります…」
落ち込んで云われた言葉に、リチャードは首を振った。
「婚約はなしにしてもらう。これでリカドと一緒に居られる」
「それは…」
驚いた顔で、自分は何と言ったらいいのか分からないといいたげにリカドは表情を曇らせる。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに――…。
「いいんだ。政略結婚だが…相手の気持ちも分からないのに婚約だなんて失礼だしな。父には、ちゃんとチャールズを後継者にしろというよ」
「そんな…、貴方様は、後継者になる器があります。どうして…」
リカドは、申し訳なさそうに俯いた。そんな顔はしないでくれと、頭の中で叫びながらリチャードは口を開く。
「いや、後継者としては長男の私より弟のほうがよほどふさわしい。それに、当主となると結婚だなんだって五月蝿いしな。私は、お前がいればいいんだ」
本当にその通りだと、リチャードは思う。チャールズのほうが、後継者として相応しいし、彼ならきっと跡継ぎだってすぐ作れるはずだ。リチャードは、もう自分の気持ちを隠すつもりはなかった。
リカドは、身体を震わせながら、そうじゃないんだと訴える。彼の声は、小刻みに震えていた。
「リチャード様…。私のために、そんなたいせつなこと、そんな風に決めないでください。貴方は、この家の当主となろうお方です。…――私は、貴方の従者です。結婚しても、そばにいられればいいのです。捨てないでくれれば、それだけでいいのです…」
リチャードの心臓は、ドクンとその言葉を聞いてはねた。
リカドの、どうしても自分のそばに居たいと縋る言葉が毒かのようにすばやく回る。まるで、致死性の毒のようだった。
リチャードは、リカドを愛おしいと思った。前から、ずっとずっと好きで愛していたが、もっとその感情が上回っていく――そんな気がした。
「そんなこと云わないでくれ。私は、ずっと、お前を…苦しいぐらいに愛しているんだ。捨てるわけないだろう?」
愛している、という言葉は云うまでが恥かしいが、いってしまえばどうってことなかった。だって、この感情はうそじゃないのだから。リチャードが、はっきりというと、リカドの瞳が揺れた。
「あ…ぁ、もったいないお言葉です…」
小さくいうと、リチャードの手に触れた。許しを請うように、リカドは小さくリチャードの白い肌の手にキスの雨を降らせている。
彼のその行動は、嬉しいのだと、最高の幸せです、と表現しているようだった。
「リカド、私の恋人になってくれないか」
リチャードの口から、そのままの想いが出た。するりと、出たことに自分でも少しばかりびっくりする。
「…え」
頼むと、リカドはキスをしていた唇を上に向け、顔を合わせる。彼のまなざしは、驚き、目を見開いていた。
「駄目か」
そうかもしれない、と本気で思った。
「いえ…。違います。私には、大きすぎることです。その資格なんて…ありません」
「恋人に資格なんて、いるか? 私だって、実際その資格はない。リカドに、私は最低で非常なことばかりやってきた。だが、私はお前と一緒に歩みたいんだ。一緒に、愛したいんだ。…駄目か?」
リチャードは、自分の思いを吐き出した。もう、断われたって悔いはない。
リカドは、しばらく固まっていたが、首を振った。
「…嬉しいです。もったいない、言葉すぎて、夢なんじゃないかと感じました」
そう、蕩けそうな笑顔でリカドは微笑んだ。YESといっていた。
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