記憶違いの従者

元森

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「だいじょーぶ?」

 突然、うつ伏せになったリチャードを心配して、リカドは無邪気に問いかける。

 こんな風になってしまったのがはずかしくて、思わず首を縦に振った。平気だと伝えてから、またある酷い思い付きをした。

「今日…」

「…うん」

 目線を合わせて、続きを促している。

 一息を入れて、大嘘をついた。

「今日で、付き合いだしてから…1年目なんだ」

 へえ――。

 と、表情でリカドは語っていた。そうなんだ、と。まるっきり、信じきった表情だった。

「じゃあぼくたちの記念日だね」

 子供のような顔で、今日は誕生日なんだとはしゃぐような、そんな日だといわれたような表情になった。ウキウキと、愉しそうにリカドは笑ってみせる。リチャードの下品な妄想を絶対に考えていない、純粋な瞳がリチャード自身の愚かさを強調していた。

 違う意味で胸が痛くなりながら、笑顔のリカドを凝視した。

「だから、今日ホテルに泊まってるの? へえ~」

「うん」

 無邪気な貌で、恋人さえうそなんだといったらどうなるんだろう。

「リチャード、じゃ、なんかするの?」

「え?」

「だから、なんか記念になること、するの?」

「うん……」

 無垢な表情で言われ、息が詰まった。

 リチャードは、たしかに記念を作ろうとしている。それは、リチャード一人にとっての記念である。目の前の彼には、迷惑になるとは思うが、つきあってもらうしかない。これがたぶん最後だから。

 リチャードは、意を決して、リカドを押し倒した。

 いつものリカドだったら、そうはいかないと思うが、今の彼だったら簡単なことだった。ベットに押し倒されたリカドは、不思議そうな顔でこちらを見詰めてくる。

「……どうしたの?」

「…ごめんな」

 不思議そうな、表情で見詰めてくるリカドに謝りつつ、彼のスーツを脱がしていく。

 シャツを脱がしても、リカドは抵抗もせずにただなすがままだった。普段の彼だったら、抵抗していただろう。そこにつけこんだ、自分が、嫌だった。自分を否定し、肯定もして、葛藤しながら彼の上半身を裸にした。

 リカドは、小さく口を開いた。

「…えっちなこと、するの?」

「…っ」

 突然の言葉に、リチャードは顔をあげてリカドを見る。彼の赤い目は、そうなんでしょう?と、確信づいていた。

 その通りだ。

 リチャードは、幼いリカドにも見透かされたショックで、目の前が霞んだ。記憶をなくしたリカドにそういわれるなんて、自分はどれだけ…。

「そうだ。…駄目か?」

 懇願するみたいに、リチャードは震え声で言葉をこぼす。

 リカドは、少し顔を赤くさせて、首を振った。

「ううん。いいよ…べつに」

「――…ありがとう」

 リカドが優しくてよかった、とほっとする。もとから、リカドは心の優しい人だった。なのに、リチャードは従者だからと理由をつけて、リカドのことを蔑むような発言をしてきた。そのことを思い出し、頭を悩ませる。

 震える手を叱咤して、始めてみる大人のリカドの裸に欲情した。

 ほどよく割れた腹筋、肉厚のある腕、しっかりした骨組みだとわかる無骨な身体。見た瞬間、バアッと今までの後ろめたさも何もかもが、吹っ飛んで消えていった。はじめから自分たちは、恋人だったんだとリチャードは知らず知らずのうちに錯覚をしていた。

 震えた手で、リカドの身体を触る。刹那、彼の体がびくんっと撥ねる。

「くすぐったい…」

 恥かしい、と身をくねらせる姿は扇情的だった。

 リチャードは、リカドを獲物を見る目で観察していった。

 頭のなかは、興奮につつまれて、もう精密な判断は出来ない状況になっていた。理性も、ほとほとに消え去った。ただただ、リカドを見て、欲情をしていた。狂った発情期の、メスのようだった。

 全身に、リカドの肌のぬくもりを掬い取ろうとした。

 リチャードは、くまなく上半身をいやらしく触ったと思うと、ぐいっと口元に引き寄せて肌に舌を這わした。

「んんっ、舐めないでよ…っ」

 リチャードの行動に、リカドは待ったの声をかける。

 だが、リチャードにはその言葉はほぼ聞こえていなかった。静止の言葉を振り切って、押し倒されたリカドの身体を舐める。

 舌が移動するたびに、リカドの声があがり、身体は宙に浮かんでは落ちる。その様子に倒錯的なものを感じ、余計に頭がぼんやりと霧がかるような感情がわいてくる。酔っていたのかもしれない。リカドのすべてに。

 リカドの見たことのない姿に、またリチャードの性器は下着のなかでたちあがっていた。

「あぁ、やめて、はずかしいぃ…」

 リカドの悲鳴を聞き、リチャードは夢のようだった。

 何度も、顔にキスをして、喜びに体をまかせる。

 もうどうなったいい。このまま、リカドに身体を裂かれて死んだっていい。

 リチャードは、喜びのあまり泣きながら愛撫をしていた。夢に見た、リカドへの奉仕。この行為を永遠にしていって、これまでの贖罪としたい。

 しばらく、愛撫をしていたら、リカドは突然異議を申し立てた。

「待って、待って、まって! ぼ、ぼくも…」

「……なんだ?」

「泣かないでよ、ぼくもリチャードの裸みたいよ。僕だけじゃ、不公平だよ」

「あぁ。そう、だな」

 リカドの主張も、そうかもしれない、と思いリチャードは自分で服を脱ごうとする。すると、リカドの大きな手が、その手を掴み「まった!」と大声で叫んだ。リチャードは、突然のことに固まった。

「僕が脱がす。だって、リチャードもそうしたじゃん」

 ふん、と意気込んで、リカドは上半身を起こし、リチャードの服を脱がしていった。

 かなり遅いが、リチャードはその様子をほほえましい気分で見詰めていた。シャツのボタンをすべてはずし、そのシャツもベットの外に追いやった。

「終わったか?」

 上半身裸になり、リチャードは、目の前の愛しい人に問いかける。

 すると、突如として大きな衝撃が身体全体におこり、ベットに仰向けになっていた。リカドが、リチャードを押し倒したのだ。

 びっくりして、目を見開かせていると、リカドは笑う。

「えへへ、さっきやられたからお返し…ね?」

 ゾクリ、心臓が跳ね上がった。そのときリカドの無邪気で無垢な笑顔が、はじめて怖いと感じた。

 それだけは駄目だと抵抗するが、リカドのもともとの力は強いのでリチャードが抵抗したところですぐに捕まってしまう。

「なんでにげるの? 僕、さっきえろいことされたけど、我慢したのに」

「…っ、でも、駄目っだ」

 リカドに、触れられたら自分がどうなってしまうのかがリチャードには分からない。だから、怖かった。リカドに、自分の身体を触れられることが。リチャードが、いえることではないとは分かっているが、ただただ怖かったのである。

「だーめ。だって、リチャードの肌って綺麗だもん。ふれてほしいっていってるよ?」

「ぅっ、んんんっ!」

 無邪気な手つきで、身体を弄られてリチャードは頭が真っ白になる。

 ただ、へそのところを押されているだけなのに、また達してしまった。

 ビクビクと、背中をそらし、快楽を身体中に散らばす。達したというのに、まだ欲しいと身体はいっていた。

「だいじょーぶ? また、気持ちよくなっちゃって、かわいそうだね。おちんちんのところ、まだぴくぴくしてる」

「んあっ、んっ、ぅうっ…ッ!」

 耳元で囁かれて、もう限界だった。リカドは、何にも悪くない。ただ、リチャードが敏感に反応しているだけだ。

 甘い声を抑えることも出来ず、リチャードは嬌声をあげた。リカドは、その手でリチャードの股間を掴み揺らした。拷問のような快楽が、襲ってくる。

「ああああっ、やめ、やめろ、リカド!」

「なんで? きもちいいでしょ? こんなにかたくなってる。おしっこでちゃったみたいに、ズボンもびしょびしょで」

「いうな、いうなっ、ぅうう」

「ビクビク、ビクビクって。身体が、ふるえてる。かわいいね、リチャード。お漏らし、しちゃった?」

「…っ」

 リカドの言うとおり、リチャードはあまりの快楽で失禁してしまった。

 それを知られてしまったことで、リチャードは混乱のなかにいた。混乱のなかで、リチャードはある違和感を感じていた。それは、小さな、違和感。でも、それに気づいてはいけない気がして、首を振った。

 それよりも、リチャードは、どうにか自分の失態を隠そうとうずくまった。

 どうせ、明日消える記憶でも恥かしいのは恥かしい。記憶がなくなっても、リカドはリカドなのだから。

「だいじょうぶ。僕、ひみつにする。だれにも言わない。ね…。顔、あげて」

 甘く囁かれて、鼓膜が破裂しそうだ。

 心臓も、ドキドキと、ありえないほど脈を打っている。

 ――どうしたのだろう、自分は。どうしたのだろう、リカドは…。
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