アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第三章 第十一話

107 パーティー

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 こんな所、すぐに出ていってやるとずっと聖月は思っていた。そんな気持ちは今でも変わってない。
 だけど、どうしてだろう。そう考えると、ほんの少しだけ寂しいと感じてしまうのは。もし念願だったディメントの仕事を辞めることになったら、この寮から出ていくことになる。コウやケイ、蒼にもう会うことはないだろう。
 ディメントの仕事を辞める―――…。気持ちの悪い客や特に橘(たちばな)―――本当は蒼の実父だったあの人にも会わなくもいい。それは嬉しいことなのに、後ろ髪を引かれる思いをするのは、どうしてだろう。
 ―――あの人ともう会えないから―――?
 そこまで考えてから首を振った。何をセンチメンタルな気分になっているのだと。あともう1年程でここから出ていけるというのに、何を考えているのだろうと思った。
 あの後蒼と初めて会ったが、聖月を見るなりとても上機嫌になっていた。どうやらケイの言う通り、夢の中で聖月と≪致してきた≫らしい。聖月が何か言おうモノなら、恥ずかしがってんなよなんて言われたりもした。その時の蒼の爛々とした眼は、聖月を怯えさせるには十分すぎるものだった。 
 それから蒼の話を合わせなくてはいけないので、とても困った。それもそうだ。聖月は蒼とはしていないのに、蒼はした態度をしてくるのだから。
 あの時のお前は凄かった、ここまでお前が焦らした理由が分かった―――。そんな聞いているだけで歯が浮くようなことを真剣な顔で蒼は平気で言ってくるので、聞いている聖月としてはとてもいたたまれない気分になった。
 そんな蒼の言葉たちを何とか誤魔化したけれど、これからずっとこの嘘を吐き続けるのだろうかと思うと聖月は気が滅入った。そしてやはりずっと騙していくのかと考えると、罪悪感があった。そんな気持ちを抱く資格は聖月にはないのかもしれないけれどそう思ってしまった。
 ああ、でも、と聖月はふと思う。
 この嘘なんてきっと、今まで自分がディメントで働いてきた中で吐き続けていた嘘と何にも変わらないのではないかと。
 そう考えたら、ほんの少しだけ…少しだけ、楽になったのだった。
 
◇◇◇◇
 
 
 どうしてこうなっているんだろう。聖月は自分の置かれている今の状況に頭がついていけていない。
「あっ、み…、セイっ。こんなところに居たんだァ…こんな端っこにいてどうすんの! こっち来なよ」
「え…」
「ディメントナンバースリーっていう自覚持たないと。小向さんに叱られちゃうよ」
「それは…イヤだ…」
「だったら早くこっち来て、セイ目当てのお客さんが待ってるからっ」
 安楽城ケイ(あらき けい)―――源氏名―――ケイタに手を引かれ聖月は壁から離れたくさんの人が居る場所に連れていかれた。聖月を見た瞬間周りの人たちの眼の色が変わった。周りにいる人―――それはただの一般人ではなく金持ちばかりだ。それも普通の金持ちではなく、男娼館『Dement-ディメント-』のお客様だ。
 ディメントで人気ナンバースリーである聖月のことはここにいる人たちはほとんど知っているだろう。
 今日このパーティーに呼ばれた客はざっと見渡しても100人は超えている。そんな大勢に一斉に見られ、聖月は身体を強ばらせる。見るからに高級そうなスーツを来た男性たち、そして同業である綺麗なドレスに身を包んだ女性たちに好奇の視線を送られると身がすくんだ。
 どうしてこんなことになっているのだろう。そんなことを考えても仕方がないがそう思ってしまう。
 美味しそうなバイキングの料理、好きなテーブルで仲睦まじい様子で立食をする男女、男性同士、女性同士――そんな横顔には欲望とカネの匂いがした。
 交流パーティーするんだってぇ―――。
 そんな間の抜けた言葉を云ったのは、何かと聖月に情報をくれるケイだった。
『交流パーティー?』
 1週間前そんなことを言われた聖月は、食べていたカレーを口から落としそうになる。ガヤガヤとした食堂ではディメントのメンバーたちが適当な席に座って食事をしている。
『小向さんが言ってたよ。なんかディメントのお客様呼んで、俺たちと、あと系列で働いている女性も呼んで交流会するんだってぇ。立食会って言ってたから、美味しいモノ食べれるといいなぁ~、楽しみだね聖月!』
『えッ、なにそれ聞いてない』
『だってこれから発表あるんだもん、聖月が知るはずないじゃん』
 けらけらと笑っているケイとは対照的に聖月は、全く楽しくなかった。恐る恐る聖月は目の前の小悪魔に問うた。
『それ、俺も行かなきゃダメ…?』
 聖月の質問にケイはあっけらかんと答えを話す。
『上位ナンバー持ちはよっぽどの用事がなければ強制参加だって』
『ウッ、マジかよ』
 最悪だ。声に出してしまったようで、ケイが大爆笑していた。だって、嫌じゃないか。ディメントの客と―――つまりは橘やら自分の客となんで仕事以外で会わないといけないのか。なんでそんな面倒なことを、と聖月はココにはいない小向を恨む。
 系列の女性も来るということは、同じ大学でディメントで働いていた小田切きり(おだぎり きり)も来る可能性もあるということなのだろうか。
 そう考えると少しだけ気が楽になったが、来るか分からないきりを楽しみにしていることが無駄な事なのかもしれない。
 来るかどうか分からないのは聖月の顧客も同じなので、深く考えないで、ケイと同じように食事を楽しみしておくだけにするのがいいのかもしれない。そう思うことにして、聖月は当日を迎えた。
 だが、その考えは甘かったと会場を見て思い知った。前に行ったことのあるビルなのかと思っていたが、違かったのである。都内の所謂高級ホテルの宴会会場を貸し切って、綺麗なテーブルに美味しそうなバイキングが整然と置かれていた。
 そして聖月が驚いたのは人の多さだ。ディメントに関わる人間は多いとは思っていたが会場入りした瞬間、100人は超えている人数を見て思わず目眩がした。綺麗に着飾ったスーツ姿の男性、ドレスコードをした女性、そしてよくよく人を見てみるとどこかで見た顔が見える。
 前にテレビで見た俳優が居て、頭が痛くなる。前に蒼が言っていたあの人気俳優だった。
 聖月はバイキングで適当なものを皿によそうと、早々に喧騒の中から抜け出した。聖月がナンバースリーなのはみんな知っているので、客やら顔も知らないメンバーがここぞとばかり話しかけてくるのである。聖月には相手を満足させるほど会話術が長けているわけではない。
 なんとか笑顔を作ろうとしても硬い表情筋で無表情、緊張してどうしてもぶっきらぼうに話してしまう聖月に相手は様々な反応をした。すぐに去るモノ、さすがはナンバースリーだと思ったのかもっと突っ込んだ話をするもの―――。
 聖月はそんな彼らに対応するのが疲れ、そっとその場から抜け出し誰にもあんまり見えないような壁に寄りかかる。ケイにもあの蒼にも(あの蒼という表現は失礼かもしれないが)、『お客様には愛想よくしといて』と言われていたのに全くできていない。
 ケイと蒼は、たくさんのディメントの客に囲まれ、ニコニコと笑ってきちんと対応していたのに、自分はダメだなぁと落ち込む。
 コウも他のメンバーを助けるため奔走していたし、神山も客の対応もしつつ、様々なこのパーティーのサポートをしていた。クミヤ―――ナンバースリーの美也だって、見るからにこういったパーティーは嫌そうなのにたくさんの客の対応をしている。
 そんなところを見せられ、今何もしていない自分が恥ずかしくなる。
 しょうがない。ここは諦めて壁の花にでもなってやる、そんな気持ちで黙々と食べていたら案の定ケイに見つかったわけだった。
「橘さまっ、セイ連れてきましたよ~」
「ッ」
 腕を引かれ、目的の場所についたらしい立ち止まったケイの言葉に聖月は息を飲んだ。
「セイ、久しぶり」
「……橘さま…」
 頭がガンガンと痛む。声を震わしたつもりはなかったのに、顔をあげたくないが、あげなくてはいけない。声が、あの『橘さま』だ。橘は聖月の客の中で一番最悪最低な客で、本当の名前は喜多嶋トシキ(きたじま としき)―――その正体は国会議員で聖月の友人である十夜の実の父親だった。
 爽やかな声は、どこか十夜に似ている気がして背中に冷たいものが走る。聖月はなんとか顔をあげ、橘と目を合わせた。皺が深く刻まれた整った顔立ちで、50代にしては若々しい髪の量でキッチリと整えられた髪形。橘は初めて会った日からあまり顔立ちが変わっていない、むしろ聖月には若々しくなっているように感じる。
 見れば見る程十夜が老いたらこういう顔立ちになるだろうと思わせる容姿でどうしても聖月は十夜を思い出してしまう。そんな風に感じる自分自身が嫌になる。
 橘と目が合った瞬間、目を細められた。それは獲物を見る仕草に見えて、背筋がゾクリとする。
「…十夜と仲良くしてるかい?」
「な――、」
 じゅうや―――。その単語が目の前の男から発せられたことに、聖月は動揺を隠せないでいた。
 ―――俺の名前、親父が考えたんだよ。十日の夜に生まれたから十夜。
 十夜が心底嫌そうに話していたことが蘇る。安直すぎねぇ?適当に考えた感じが見え見えなんだけど―――と、言った十夜に聖月は何も返せなかった。
 世の中で生まれた日に由来する名前はたくさんつけられる。大多数の親は子への思いをのせてつけているだろう。だが十夜の家庭事情を見ると、適当につけたと十夜が思っても仕方がないのかもしれないと、聖月は思う。聖月も同様に、そうなのかもしれない、と思ってしまったほどだ。
 その名付け親が目の前の男だとは信じられなかった聖月だったが、十夜、と言葉を発せられれば話は変わってくる。橘が発した十夜の名前の重みが違かったのだ。聖月や衛が十夜と口に出してもなんてことはないのに、橘の『十夜』はどこか重みがあった。
「今日誘ったんだけどね。断られたよ」
 驚きを隠せない聖月に橘はさらに畳み掛ける。
「…ッ」
 やれやれ、と肩を竦ませる男に聖月は言葉を失う。
 十夜から散々この男の、父としての最低な行為を聞かされてきたかもしれない。聖月の中に怒りにも似た感情が湧きあがった。急に何父親ぶってんだよ、十夜を今まで放っておいた癖に―――そう言いたくなるのをぐっとこらえる。
 ここにケイや、客たちがいなかったら理性が効かず言っていたかもしれない。それぐらい、聖月は今目の前の男に怒っていた。
「まさか十夜とセイが知り合いだったなんてね。神様はいい采配をしたものだ」
 目の前の十夜の父親は、とても愉しそうに笑った。

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