アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第九話

93 初めての宿泊

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 宗祐にホテルに呼ばれることはあったが、ホテルの部屋で泊まったことはない。今日がはじめてのことだった。
 ホテルの部屋につくと、開けられたカーテンからみえる窓の夜景が圧倒的で聖月は感嘆の息を吐いた。宗祐の背中をビクビクとしながらついて歩いていたが、部屋に着くとそういった緊張はどっかに消えてしまった。
「すごいですね」
 自分でも柄にもなくはしゃいでいる声だとわかる。都内の一等地から見えるホテルからの景色は、圧巻だった。宝石のように光り輝く蛇のように動く車のライト、ビル、生活のための光、眩いぐらいの光が、夜の闇を輝かせている。
 この高級ホテルの最上階からみえる景色は、様々なホテルからの夜景のなかでもより際立って綺麗だった。
 目を輝かせて飽きずにじっと下を見てると、宗祐が口角をあげる。
「気分転換になったみたいだね」
「…ぁ…」
 宗祐の目で見つめられて、聖月はその衝撃のため身体をかたまらせる。
 隣にいる人の顔はやっぱり綺麗で、ガラス張りの窓との夜景と彼はひどく溶けこんでいた。宗祐と夜景はとてもマッチしている。そのまま溶けてしまいそうなほどに。
 聖月は大きくうなずくと、夜景を見つめなおす。十夜に会ってしまったホテルの夜景はどんなものだったっけ。ぼんやりとまた十夜の顔を思い出し、視線が夜景ではないところへ移動する。
 俯いた聖月の表情は無だった。いつもとは違う無表情の瞳には夜景ではないものが映りこむ。十夜の泣き顔、兄が葬式で見せた涙、コウの扇情的な格好のまま悲鳴をあげた涙、全部が聖月にとって非現実すぎた出来事ばかりだった。
「元気ないね」
 宗祐の言葉で、現実に引き戻される。
「あ…」
 また、目の前の人に集中出来ないでいた。聖月は、ひどくバツの悪い顔をして、どう答えようと頭をまわらせる。だがそれをも宗祐はわかるように、彼は紳士的な笑みを浮かべた。
「何かあった?」
 ドクン、と心臓が高鳴る。
 甘い低い声が、脳髄に染み渡る。やさしい声。すべてを許してくれそうな声。全部、話してしまいたくなった。この人に。全部。全部を預けて、しまいたい、と。どうしてだろう。今聖月は強烈にそんな想いに駆られた。そしてどうしようもなく泣きじゃくりたかった。
 聖月と宗祐の目は、互いを見つめていた。まっすぐと、曇りのない純粋な目で宗祐は聖月を見ていた。
 先に目を逸らしたのは、聖月だった。
「お風呂…入らないんですか…」
 それは『セイ』としての声だった。何もかも預けてしまいたい衝動を、ぐっとこらえる。ディメントの客にそんなことをしちゃいけないと、心のブレーキを必死にかけた。
 仕事をしなくちゃ……。この人を、悦ばせなきゃ…。
 頭の中に、今までさんざん洗脳のように埋めこまれた認識だけが、混乱した聖月のなかにはあった。宗祐の問いかけを、聖月は性で帳消しにしたようなものだった。
 宗祐の瞳は少しだけ見開き、聖月を驚いたように見つめていた。でも、それは、一瞬ですぐに妖艶な笑みに変わる。それは誘うような笑みで、聖月の体温は一気にあがる。
「一緒にはいる?」
 茶化す言い方だったが、本気とも見えた。口元を押え、話す宗祐に圧倒的な色気を感じた。
「え…、ぁっ」
 明らかに混乱し、目線を彷徨わせる聖月を宗祐はクスリと笑う。
「…冗談だよ。じゃあ、お言葉に甘えて先に入ってるね」
「ぁ…はい」
 ククッと笑って、颯爽と宗祐は去っていった。ドアが閉められ、しばらくしてシャワーの音が聴こえ始めて、聖月はしなしなとその場に座り込んだ。あとから、ドキドキと心臓が早鐘をうっていく。汗がにじみ、手汗をとるためスーツをこする。顔は真っ赤に染まり、まるで乙女のようだ。
 冗談だったんだ…―――。
 ほっとしたような、なんだか気持ちをからかわれたような。そんな複雑な想いと、なんとも言えない恥ずかしさとで頭の中がグチャグチャになる。だが、あの一連の宗祐の言葉にはディメントの客にはある『欲望』はなかった。普通なら、もっと欲望に満ちた声や言葉、顔になるのにな、と思う。
 それは、今までの客と宗祐にある決定的な違いだった。十夜だって、ホテルにいたとき欲望に満ちた表情をしていたのに。
 だから聖月はこれから自分が宗祐と交わることが、あまり実感できないでいた。
 だけど、今日お風呂入るってことはこれからするってことだよな…。
 そう思うと、妙に想像してしまい、身体が熱くなる。客にこんなこと、思ったことはない。いや、他の人にも思ったことはない。
 ぼうっとベットの上で外を眺めていたら、宗祐がバスローブ姿で現れて聖月はパニックになりそうだった。何より驚いたのは、宗祐のバスローブ姿からより引き立つ身体の引き締まりのよさだった。ディメントの客の多くは、身体がだらしない―――なんて言っては悪いが身体の肉付きのいい客ばかりなのだ。
 まずバスローブ姿といえば、腹のふくらみというイメージが聖月にはついてしまっている。
 だから、今までとのギャップに、聖月は混乱しすぎて「セクシーですね」と言ってしまって、宗祐の笑いを誘ってしまったのだ。
 聖月は居たたまれなくなって、その場を逃げるように部屋に備え付けられているバスルームに駆け込んだ。ほっと息をついたが、聖月はこれまでの経験上念入りに身体を洗った。馬鹿みたいに広い浴槽に入っても、頭はまだ混乱したままだった。
 ここに宗祐が先ほどまではいっていたのかと思うと、なんだかすごく恥ずかしくなってくる。なんとなく、彼がいた匂いを感じてしまい、妙に居心地が悪く、このままいたら聖月はそのままのぼせてしまいそうだった。
 念入りに洗って、きちんとタオルで身体を拭き、脱衣所に出た。バスローブがおいてあり、聖月は全裸のままどうしようかと悩んでいた。さんざん悩んだ末バスローブを着ることした。鏡を見るとあまりの似合ってなさにビックリする。バスローブなんて、かっこよく決まる人のほうが少数派だ。
 バスローブ姿っていうのは、聖月にはギャグのような着るもので、まるで罰ゲームで着せられたように似合ってない。そう考えると、宗祐の似合いっぷりが本当に凄いと思った。裾があってないから、とてもダボダボとした印象を受けるが、もうしょうがない。
 バスローブの下に、下着を穿くか悩んだが、結局はくことにした。バスローブの下は裸だと思うと、とても心もとないからだ。
 ドキドキとしながら、宗祐のいる部屋に戻ると、彼は椅子に座って手帳を見ていた。バスローブからはだけてみえる筋肉質の肌が、妙に艶めかしい。こんなにバスローブ姿で、脚を組む姿が似合う男性なんてなかなかいない。
 まるで漫画みたいな光景に、ドキドキとしてしまう。聖月に気づいた宗祐が手帳から顔をあげた。
「おかえり」
 にこりと微笑まれて、汗がどっと出る。聖月も「ただいま戻りました」と答えるが、これから起こるだろう出来事を想うと頭の中は真っ白だ。
「そろそろ寝ようか」
 さらりと言われて、えっ、と声をあげてしまった。それは、どういう意味だ?
 棒立ちになる聖月をおいて、宗祐はワイドダブルベットに横になる。顔をあげて、聖月に目で「来ないの?」と言われていることに気づいて、慌てて聖月もベットにかけよった。宗祐は、毛布をあげて、「ここ開いてる」と聖月を誘った。
 聖月は思ってもない事態に、ただ従うことしかできない。ベットに上る音が、聖月の耳には大きく聞こえた。二人分をのせたベットはギシ…と鳴り響く。恐る恐る横になると、息がかかる距離に宗祐の圧倒的美貌があり心臓が止まりかける。高級なベットで寝心地は最高だが、それを聖月は堪能する余裕はない。
 ドクドクと体温が一気にあがり、赤面する。
 宗祐は、思いのほか近くにいたし、横向きに寝転がっている状態では逃げ場はなかった。毛布をかけられ、手を伸ばされた。覚悟を決め、股を開こうかと思ったときだった。
「電気消すね」
「え?」
 リモコンを操作し、宗祐はベットの明かりだけを残してあとの電気を消してしまった。こちらに向かってくると思った手はリモコンを操作している。聖月はあっけにとられ、その一連の動作をまじまじと見てしまう。
 宗祐に意識しっぱなしの自分がとても滑稽に思えてくる。こんなこと今までなかった。だからだろうか。こんなにも目の前の彼を目で追ってしまうのは。
 周りが暗くなり、お互いの顔だけが明るくなる。宗祐は、じっと聖月を見つめていた。バスローブがはだけて宗祐の胸が丸見えだし、聖月は目線をウロウロとさせてしまう。どうしよう。滅茶苦茶緊張する。まったく雰囲気とかないけど、それでも緊張する。
「寝るだけだから緊張しないで」
「あ、はい」
 ぽんぽんと宗祐に背中を叩かれて、聖月は思わず普通に声を出してしまう。頭の中は混乱しているのに、客の宗祐に対してまるで友人の返事をするようにすんなりと答えていた。だけど、その言葉の衝撃は遅れてやってきた。
 寝るだけって、本当に―――?
 ドクン、と心臓の音が強く鳴り響いた。
 

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