アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第九話

89 十夜への侮辱

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「付き合ってるところを横取りってのもアリだな」
 ククッ、と下劣に笑む蒼に良心の欠片もない。
 早く逃げたいのに手を握られていて逃げられそうにない。手に汗がじっとりと湿っている。蒼の怖いくらいに綺麗な美形が、こちらをじっと射抜くように見ている。身体の奥まで見られているような感覚になり、聖月は慄く。
「別に俺はソイツと付き合っても気にしないからな。良心的だろ? 俺ってさ」
「…気にするも何も俺はお断りだ」
 聖月の言葉に蒼は目を細める。夜なのに蒼の目が光っている気がした。
「…冷たいな。前から思ってたけどそういうところセイちゃんにはあるなぁ」
「……」
 興ざめだ、と言いたげに手を放す。―――思ってもないくせによく言うよ。聖月は心の中で悪態を吐いた。
 聖月は、すぐに立ち去ろうと身体を動かす。だがそれは蒼の言葉で制止した。
「なぁ、その十夜ってヤツと付き合うんだろ?」
 ドキン、と胸が嫌な音を立てた。
 身体が動かない。頭が真っ白になる。声をあげなきゃと思っても、カラカラの喉からは何も出てこない。
 呆然と立ち竦んでしまう聖月を見て、蒼はニヤリと笑った。その表情は新しいオモチャをどうやって愉しもうか考えているように無邪気で、そして―――残酷だった。
「まさか付き合わないわけ?」
 驚いた声をあげる蒼の言葉は、聖月の傷だらけの心に抉るように入ってくる。蒼の反応は正常だった。だからこそ、聖月の心の中に浸透する毒は早く回った。蒼は顔を真っ青にさせている聖月を覗き込むと、そのまま耳元に低い声を残す。
「なんでだよ。あんなカッコよくて金持ちな野郎なんて滅多にいないぜ? もったいないなぁ」
 わざとらしく言う蒼の言葉は、聖月の心を滅茶苦茶にかき乱す。いつもだったら反論の言葉をあげる聖月も、その影を見せない。それほどに動揺していた。聖月は胸が掻き毟られる思いだった。黙って何も言えない聖月を追い詰めるため、蒼は言葉を続けた。嘲るように、もしくは愉しそうに。
 肩にいつの間にか乗った手は、いやらしく聖月の鎖骨を撫でている。それすらも分からない程に、蒼の言葉は今の聖月にとって特別なものだった。
「あんなに通ってたのに、振るとかマジ最低だな」
 ズキン、と心臓が嫌な音がした。
 胸が痛くなって、息も苦しくて、聖月は訳も分からず胸をギュッと抑えるように握る。蒼の言葉は脳にダイレクトに響く。聞いてはいけないと分かっているのに、蒼の言葉がどれも正論で聖月を苦しめる。
 良薬は口に苦しとは言うが、これは聖月の容量がオーバーしてしまいそうだった。
 人間は正論を言われてしまうとロクに喋れない生き物だと思い知った。
「…っ…」
 汗が噴き出て、生きた心地がしない。何か考え事をしようとすると、十夜の顔が浮かんだ。それが脳内でグチャグチャになって、歪んでいく。そうしたのは紛れもない自分だ。
 十夜は優しい。十夜が好きだ。だけれど俺は――――…。
「あ、もしかしてもっと指名料貰うために先延ばしにしてるとか?」
 聖月って金の亡者だなぁ―――。
 そう言われて、頭がカッとなる。
「違う!」
 十夜まで馬鹿にされている気がして、つい大声をあげてしまった。言った後にこれは蒼の挑発だとやっと気づく。いつもだったら気づくのに、今日は頭が混乱していて蒼の軽口に簡単に乗せられてしまう。乗せられているのは口だけではなかった。
「すごい貌してんな。ここも…すっげえ勃ってんじゃん」
 その言葉に思わず下を見ると何故か蒼の指が聖月の乳首を触っていた。感覚がなくて、全く分からなかった。
「…?!」
 いつの間にか蒼が聖月を抱きしめ後ろから胸を指で突く。その事実に驚き、たじろいだ。後ろから羽交い締めされるような形で腕を絡めとられている。そして蒼の綺麗な指先には、Tシャツの越しから胸の尖りを弄られていた。怒りでそちらに気づかなかった。
 ハメられた…!
 聖月は十夜の話で混乱させられ、蒼の目的を忘れていた。蒼はいつもこうだったじゃないか。人の弱みに付け込んで、聖月を襲う。それが彼の常套手段だったのに、それに気づかなかった自分のふがいなさに泣きそうになる。
 耳元に蒼の脳を溶かすような低く甘い声が入ってきて、身体が強張る。
「ここ勃起させていつもお友達にヤらせてたんだろ? なんで俺にはヤらせてくれないのかなぁ、セイちゃん」
 わざとらしい声で、腰を押し付けられ身体が震える。蒼から後ろからこうさせれてしまうと体格の違いで絶対に聖月には勝てない。こうなったら、逃げる隙を待つしかない。それまでこの屈辱的な言葉に耐えなきゃいけない。
「そういうのは間に合ってんだよ…!」
 聖月は、無駄な抵抗だと分かりつつ蒼から離れようとする。だがガッチリと腕が身体に回されビクともしない。
 今まで襲われた中で、一番逃げにくい形だ。今は22時を回ったところだろう。今の時間こんな廊下の隅までくる人間なんていない。どうにかして自分の力で逃げなきゃいけない。
「別にいいだろ。減るもんじゃないし。なんでいつも抵抗するかなぁ? 一回俺とヤったらハマると思うんだけど」
「お、おい…っ。や、やめろっ」
 Tシャツをめくられ、大胆に胸を弄られる。じっとりと汗がにじむ。蒼の技巧はディメントでも上位だろう。勝手に腰が揺れ、あまり力が入らなくなる。感覚がないが、これ以上いたら危険だ。今日の自分はいつもより感覚を感じ取っている気がする。感覚はないが、身体にはちゃんと反応している。
「誰か来たらどうすんだよっ」
「こんなトコ誰もこないだろ。来ても誘って3Pにすりゃいいじゃん」
 興奮した声音で蒼は話す。蒼だったらやりかねない。
「ふざけんなっ…、ぁ…っ」
 演技をするのは慣れたが、いささかこの状態はまずい。何がまずいかというと、ここは蒼の部屋に近いのだ。聖月の部屋までずいぶんとある。乳首だけじゃなくて下のものまでズボンをずらされて丸見えになってしまった。
「お友達もこの身体で誘ったんだろ? 何回挿られた? あのイケメン何回搾り取ったんだよ」
「!」
 十夜のことを言われて聖月は頭が真っ白になる。下品な言葉で十夜と聖月を侮辱する。十夜は聖月を宝石のように扱ってくれた。こんな風にはされていない。
 蒼はそのまま聖月のもう勃起した性器に手を伸ばす。そのまま包まれて、腰が揺れた。心臓がドクドクと早鐘を打っている。
「おぉ、すっげ。セイちゃんのちんこ久しぶりに触ったけど前よりデカくなってね? 汁やばいけど平気かよ、ククッ…。なんなら俺の部屋こいよ。何回もイカせてやるぜ」
「っ、…っ」
 下劣な笑い声が耳を打つ。蒼の言葉に聖月は真っ赤になった。恥辱だった。―――聖月の性器は蒼に弄られ、もうベトベトになっていた。抵抗しようにも、どうにも力が入らない。本当にマズイ。なのに時間が立つたびに事態が悪くなっている。
 隙を探す前に、本当にヤられる。そう思ったとき、蒼が嘲るように口を開けた。
「どうせソイツも身体目的だったんだろ―――グァッ…!」
 プツン、と何か頭の中で切れた音がはっきりと聞こえた。
 頭に血が上って言葉よりも身体が動いた。それは刹那ほど早かった。聖月が繰り出した肘打ちは綺麗に蒼のみぞおちに入る。聖月は今まで格闘技をしていないのに見事に決まったのだ。後ろへ思い切り突き上げ、蒼がくぐもった叫びをあげる。肉の感触が妙に生々しい。
 蒼はひるんだ。突然の獲物の抵抗に、身体と脳が追い付いていない。離れた瞬間、身体のしがらみが消え聖月はズボンをあげると急いで走った。
 もうなんでもいい。早くここから去りたい。その一心で無我夢中で全力疾走する。
「ふざけんなァ! クソ聖月!」
 怒号の叫びと共に、蒼が迫っているのを感じた。その言葉と声は有無を言わせぬ威圧感だった。捕まったらヤバい…! 蒼は長い足で聖月を追いかける。夜の寮に喧騒が響く。
 本能的にヤバイと感じ、急いで自分の部屋に戻り鍵を閉める。間一髪だったのか、カギをしめた瞬間にドン!とドアを激しく叩く音がする。思わず腰が抜けて激しく揺れるドアを聖月は見つめることしかできない。
「何回も逃げやがって! てめぇは俺のオモチャだろうがァ! この淫乱が!」
 ドア越しの聞くも堪えない自分への罵声に耳を塞ぐ。
 聞きたくない。何もかも。
 しばらくして小向の声が聞こえてきた。
「――――…」
 そういえば、小向はこの近くの部屋にいるんだった。そんなことを聖月は思い出す。小向の声がしたということは、あまりに騒いでいるので注意を受けたのかもしれない。すぐに煩い音は止み、蒼のいたって普通の声が聞こえた。あれほど激昂していたのに―――。蒼の感情をコントロールする技術は尊敬に値する。
 蒼が去ったことをドアに耳を押し当てて察知して、どっと疲れがやってきた。やっと緊張の糸が切れた。冷や汗をかいて、息を吐き出す。
「次会ったときやべぇかも…」
 あんだけ怒っていたのは、以前もこんなことがあったからだ。あの時も無理やり抜け出してここまでやってきたんだっけ―――。聖月はそのときの剣幕を思い出して、ため息を吐く。何回も襲われていて、ずっと拒否をしているので蒼の沸点に触れてしまったのは間違いないだろう。
「問題増えてどーすんだよ…」
 思わず呟く。
 聖月は十夜の顔と蒼の顔が浮かびあがり、それを散らすようにまた重い息を吐いたのだった

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