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第二章 第六話
65 ケイが求めてはいけないもの
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「聖月は、なんでケイがここに入ったか知ってる?」
突然言われたのは、聖月には分からない質問だった。
夜空に浮かぶ星を数え、虫の音を聞いていると、この世界はちっぽけだと思い知らされる。外灯も少ないこのあたりは、目が慣れないと、町よりもずっと暗い。真っ暗闇にぽっかりと一人でいる気分だ。
そんな気分のなかで蒼に言われたのは、ケイのことだった。
「…知らない」
聖月は、首を振った。
ケイとはもう2年は一緒であるけれど、あまりケイのことは知らない。ケイも、大学に入り、学んでいると聞いたけれどどこ大学だとははっきりは聞いていない。2年も一緒にいるのに、聖月はケイのことをあまりにも知らない。
そういう話題になることはケイとはないし、あったとしてもうまくかわされる。そういう意味では、蒼と似ている。
「聞いてないんだ」
「…うん」
少し間を開けて、蒼に言った。
蒼は珍しく、馬鹿にはしないで言葉を続けた。
「アイツは別に、生活に困ってるわけじゃないんだ」
「え?」
蒼の言葉に、聖月は驚きの顔をする。
聖月は呆然としながら、蒼の言葉を聞いた。
「ケイは、まぁ俺もあんま知らねぇけど結構いい家に生まれたらしいんだ。んで、まあ家出して。気持ちいーこと好きだからここに入ったってさ」
薄々は、聖月も思っていたが、蒼の口から言われると色々と衝撃が大きい。
ディメントには、2種類の人間が働いている。ここで仕方なしに働いているものと、快楽を求めて働くもの。大多数は前者が多い。まさか、ケイが後者とは思わず聖月は瞠目し、身体を強張らせた。 やっぱり自分は、ケイのことを何にも知らない。
「家出って」
聖月は、やっとのことで呟いた。蒼は、微妙な表情になる。
「いや、俺も知らねぇけど。アイツ結構ああ見えて自分のこと話さないから」
「そっか」
蒼の言葉に、頷いた。そして、気づいた。ケイのことを何も自分は知らないんじゃない。ケイが自分自身のことを、教えないようにしているってことに。
ケイは、何でも話しているようで、何にも話していない。そういう、掴み所のない青年だってことに、やっと聖月は気づいた。2年以上一緒にいたっていうのに、このざまである。きっとケイのほうが、聖月のことを知っているだろう。
あの秘密以外は―――…。
「じゃあ、蒼はなんでディメントに入ったの?」
ふいに疑問に思ったことを言うと、蒼のまとった雰囲気が突然変わる。
優しく色づいていたオーラが、急激に冷たくなった気がした。聖月は、思わず一歩後ろへ尻を動かした。しまったな、と自分の言葉を恨んだ。
「知りたい?」
美しい顔を近づけて、蒼が問う。
闇夜と、彼の綺麗な黒い髪は溶け合っているように思える。その顔に浮かぶ下衆な笑みが、未来の波乱を示唆していた。美形だっていうのに、なんで蒼はこんなに酷いやつなんだろうと聖月はいつも思う。
「いや、いい」
無理やり顔を背けて、体育座りになって縮こまった。聖月の精一杯の、拒絶だった。
聖月のそれを見て、蒼は一呼吸おいて馬鹿みたいに笑っている。あの美しい顔からは想像できないほど、汚い笑い声だった。
「何笑ってんだ」
聖月がむっとして、眉を顰めると蒼はげらげら笑いながら口を動かす。
「んー、別に…。お前ってさ、ショートケーキかと思ったら中に珍味入ってるみたいな奴だよな」
「なにそのたとえ」
蒼は、馬鹿みたいなことをいっている。怒り気味で聖月が喋れば、蒼はごめんごめんと思っていなそうなことを平気で言った。どうせ、心の中では聖月のことを馬鹿にしているに違いない。昔から、蒼はそういう人だったから。
ひとしきり笑ったあと、蒼は意味ありげに微笑んだ。
ドキッとしてしまった聖月だったけれど、続けて言われた言葉は首をかしげる内容だった。
「やっぱりお前って、罪な奴だよなぁ。ケイがどれだけ苦しんでるか分かってる?」
聖月の目を捉えて、そう非難した。その目は、ケイを大切にしているようで、馬鹿にしたような、そんな色が映っていた。蒼の言葉のニュアンスは、いつも以上に曖昧だった。
「なんでそういう風に触るの、ずっと感触が残ってるの、拷問されたほうがマシだったって毎晩俺に言ってくる」
言ってること、分かる?――蒼は、聖月の反応を見て愉しんでいるようにも見えた。
悪魔のような、笑みを浮かべて蒼はそう言った。聖月は、意味が分からなくて表情を曇らせる。思考を巡らせて、たどり着いた答えを蒼に聞いた。
「ケイは、俺の……やり方が下手だって言ってるのか」
聖月の小声で言った言葉に、蒼は鼻で笑う。どうやら、聖月は勘違いをしているらしい。その蒼の笑い方が、下劣なものを見るようなもので、聖月はゾッとした。やはり、蒼は友達というカテゴリーでは聖月のことを思っていないみたいだ。
「下手? そういう、生ぬるいことをケイにお前はしてたんじゃねぇよ」
「ど下手だったってこと…?」
恐る恐る言った言葉に、馬鹿じゃねえのといいそうな顔で聖月を蒼は見た。
なんでこんなに、非難されなくちゃならないんだろう。はっきりいってくれればそれで、聖月はよかったっていうのに。
「下手だったら、それで終了じゃん。お前は、それ以上のことをしたんだよ、ケイに。まぁ、ケイは気づいてないみたいだけど」
「それって、どういう…」
「自分で考えろ。ケイが一番求めて、求めちゃいけないもんだよ。お前は、それをやっちまった。俺には無理だ、ああいうことは。…お前はやっぱりサイテーだよ。どんなディメントの客より、いっちばん鬼畜野朗だよ」
蒼のその言葉は、聖月を混乱させるに十分だった。蒼の言っていることは、あまりに抽象的で、聖月が一番知りたいことをわざとぼかしていっていることは、明確だった。聖月の知りたいことは、ただケイがどうしてあんなに怒っているかということだ。
それを、蒼は知っていて、わざと教えてはくれない。その答えはどれだけ蒼に頼み込んでも、教えてくれなそうにはない。そんな確信にも似た、予感を聖月には感じていた。
蒼の言葉が本当なら、あのときの自分はケイにとんでもなく酷いことをしたみたいだ。ちゃんと傷つけないように、優しくしたのに。唖然として固まっている聖月を見て、蒼は満足そうだった。
「お前ってやっぱり鈍いなぁ。お前のそういうところが、もっとケイを苦しめるっつうのに」
「…結局何が言いたいんだ」
可哀想に、と同情の目を向けながら蒼はわざとらしく口を動かす。蒼のほうがよっぽど酷い奴だろう。
「あんなケイを見るのはいろいろと面倒だから、早く直接会ってケイに謝ってきたら? お前だって、ずっとケイに無視されるのは辛いだろう」
「…そうだけど」
「ケイは今日休みだからきっと部屋にいるぜ。ずっと部屋のドアの前に立って待ってたらきっとあけてくれる」
珍しく、蒼らしくない優しい言葉を貰った。ここだけだったら、本当に好青年に見えるのに、性格がなんであんななんだろう。
「う…ん。そうする」
聖月は覚悟を決め、立ち上がってその場から離れようとした。
歩き出した聖月に、蒼は台無しの言葉をぶつけた。
「ついてっていい? 俺とお前とケイで3Pしたいし」
「来るなよ!」
思わず聖月が叫ぶと、後ろで蒼がげらげらと爆笑していた。やっぱり、蒼は最低の男だ。
「えー、なんでぇ」
そう言いながらげらげら笑っている蒼を置いて、聖月は玄関に向かって寮の中に入った。聖月の混乱していた頭のなかは、ケイの甘いミルクティーのような色をしたふあふあの髪をなぜか思い出していた。
突然言われたのは、聖月には分からない質問だった。
夜空に浮かぶ星を数え、虫の音を聞いていると、この世界はちっぽけだと思い知らされる。外灯も少ないこのあたりは、目が慣れないと、町よりもずっと暗い。真っ暗闇にぽっかりと一人でいる気分だ。
そんな気分のなかで蒼に言われたのは、ケイのことだった。
「…知らない」
聖月は、首を振った。
ケイとはもう2年は一緒であるけれど、あまりケイのことは知らない。ケイも、大学に入り、学んでいると聞いたけれどどこ大学だとははっきりは聞いていない。2年も一緒にいるのに、聖月はケイのことをあまりにも知らない。
そういう話題になることはケイとはないし、あったとしてもうまくかわされる。そういう意味では、蒼と似ている。
「聞いてないんだ」
「…うん」
少し間を開けて、蒼に言った。
蒼は珍しく、馬鹿にはしないで言葉を続けた。
「アイツは別に、生活に困ってるわけじゃないんだ」
「え?」
蒼の言葉に、聖月は驚きの顔をする。
聖月は呆然としながら、蒼の言葉を聞いた。
「ケイは、まぁ俺もあんま知らねぇけど結構いい家に生まれたらしいんだ。んで、まあ家出して。気持ちいーこと好きだからここに入ったってさ」
薄々は、聖月も思っていたが、蒼の口から言われると色々と衝撃が大きい。
ディメントには、2種類の人間が働いている。ここで仕方なしに働いているものと、快楽を求めて働くもの。大多数は前者が多い。まさか、ケイが後者とは思わず聖月は瞠目し、身体を強張らせた。 やっぱり自分は、ケイのことを何にも知らない。
「家出って」
聖月は、やっとのことで呟いた。蒼は、微妙な表情になる。
「いや、俺も知らねぇけど。アイツ結構ああ見えて自分のこと話さないから」
「そっか」
蒼の言葉に、頷いた。そして、気づいた。ケイのことを何も自分は知らないんじゃない。ケイが自分自身のことを、教えないようにしているってことに。
ケイは、何でも話しているようで、何にも話していない。そういう、掴み所のない青年だってことに、やっと聖月は気づいた。2年以上一緒にいたっていうのに、このざまである。きっとケイのほうが、聖月のことを知っているだろう。
あの秘密以外は―――…。
「じゃあ、蒼はなんでディメントに入ったの?」
ふいに疑問に思ったことを言うと、蒼のまとった雰囲気が突然変わる。
優しく色づいていたオーラが、急激に冷たくなった気がした。聖月は、思わず一歩後ろへ尻を動かした。しまったな、と自分の言葉を恨んだ。
「知りたい?」
美しい顔を近づけて、蒼が問う。
闇夜と、彼の綺麗な黒い髪は溶け合っているように思える。その顔に浮かぶ下衆な笑みが、未来の波乱を示唆していた。美形だっていうのに、なんで蒼はこんなに酷いやつなんだろうと聖月はいつも思う。
「いや、いい」
無理やり顔を背けて、体育座りになって縮こまった。聖月の精一杯の、拒絶だった。
聖月のそれを見て、蒼は一呼吸おいて馬鹿みたいに笑っている。あの美しい顔からは想像できないほど、汚い笑い声だった。
「何笑ってんだ」
聖月がむっとして、眉を顰めると蒼はげらげら笑いながら口を動かす。
「んー、別に…。お前ってさ、ショートケーキかと思ったら中に珍味入ってるみたいな奴だよな」
「なにそのたとえ」
蒼は、馬鹿みたいなことをいっている。怒り気味で聖月が喋れば、蒼はごめんごめんと思っていなそうなことを平気で言った。どうせ、心の中では聖月のことを馬鹿にしているに違いない。昔から、蒼はそういう人だったから。
ひとしきり笑ったあと、蒼は意味ありげに微笑んだ。
ドキッとしてしまった聖月だったけれど、続けて言われた言葉は首をかしげる内容だった。
「やっぱりお前って、罪な奴だよなぁ。ケイがどれだけ苦しんでるか分かってる?」
聖月の目を捉えて、そう非難した。その目は、ケイを大切にしているようで、馬鹿にしたような、そんな色が映っていた。蒼の言葉のニュアンスは、いつも以上に曖昧だった。
「なんでそういう風に触るの、ずっと感触が残ってるの、拷問されたほうがマシだったって毎晩俺に言ってくる」
言ってること、分かる?――蒼は、聖月の反応を見て愉しんでいるようにも見えた。
悪魔のような、笑みを浮かべて蒼はそう言った。聖月は、意味が分からなくて表情を曇らせる。思考を巡らせて、たどり着いた答えを蒼に聞いた。
「ケイは、俺の……やり方が下手だって言ってるのか」
聖月の小声で言った言葉に、蒼は鼻で笑う。どうやら、聖月は勘違いをしているらしい。その蒼の笑い方が、下劣なものを見るようなもので、聖月はゾッとした。やはり、蒼は友達というカテゴリーでは聖月のことを思っていないみたいだ。
「下手? そういう、生ぬるいことをケイにお前はしてたんじゃねぇよ」
「ど下手だったってこと…?」
恐る恐る言った言葉に、馬鹿じゃねえのといいそうな顔で聖月を蒼は見た。
なんでこんなに、非難されなくちゃならないんだろう。はっきりいってくれればそれで、聖月はよかったっていうのに。
「下手だったら、それで終了じゃん。お前は、それ以上のことをしたんだよ、ケイに。まぁ、ケイは気づいてないみたいだけど」
「それって、どういう…」
「自分で考えろ。ケイが一番求めて、求めちゃいけないもんだよ。お前は、それをやっちまった。俺には無理だ、ああいうことは。…お前はやっぱりサイテーだよ。どんなディメントの客より、いっちばん鬼畜野朗だよ」
蒼のその言葉は、聖月を混乱させるに十分だった。蒼の言っていることは、あまりに抽象的で、聖月が一番知りたいことをわざとぼかしていっていることは、明確だった。聖月の知りたいことは、ただケイがどうしてあんなに怒っているかということだ。
それを、蒼は知っていて、わざと教えてはくれない。その答えはどれだけ蒼に頼み込んでも、教えてくれなそうにはない。そんな確信にも似た、予感を聖月には感じていた。
蒼の言葉が本当なら、あのときの自分はケイにとんでもなく酷いことをしたみたいだ。ちゃんと傷つけないように、優しくしたのに。唖然として固まっている聖月を見て、蒼は満足そうだった。
「お前ってやっぱり鈍いなぁ。お前のそういうところが、もっとケイを苦しめるっつうのに」
「…結局何が言いたいんだ」
可哀想に、と同情の目を向けながら蒼はわざとらしく口を動かす。蒼のほうがよっぽど酷い奴だろう。
「あんなケイを見るのはいろいろと面倒だから、早く直接会ってケイに謝ってきたら? お前だって、ずっとケイに無視されるのは辛いだろう」
「…そうだけど」
「ケイは今日休みだからきっと部屋にいるぜ。ずっと部屋のドアの前に立って待ってたらきっとあけてくれる」
珍しく、蒼らしくない優しい言葉を貰った。ここだけだったら、本当に好青年に見えるのに、性格がなんであんななんだろう。
「う…ん。そうする」
聖月は覚悟を決め、立ち上がってその場から離れようとした。
歩き出した聖月に、蒼は台無しの言葉をぶつけた。
「ついてっていい? 俺とお前とケイで3Pしたいし」
「来るなよ!」
思わず聖月が叫ぶと、後ろで蒼がげらげらと爆笑していた。やっぱり、蒼は最低の男だ。
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