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第二章 第五話
48 大学生-セイ-
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長い夢を、見ていた。
それは、自身にとって、絶望の始まりだった。そして、終わりでもあった。
自身の、新たな幕が徐々に開け始めたような――…そんな感覚がした。
まるで、麻酔にでもかかったみたいに――…。
◇◇◇◇◇◇
……。
――…ツ…。
「ん……」
……ッ…ミ…。
「…――ミツ!」
「はい?!」
誰かに大声で呼ばれたような、そんな声がして、君塚聖月(きみづか みつき)はがばっと顔を起こさせる。
隣に座っていたのは、金髪で、ピアスをたくさんつけている友人の黒瀬衛(くろせ まもる)だった。彼の姿を見て、聖月はすべてを思い出した。いま、どこにいるのかも、今自分は何歳で、いまどこの大学に通っているのかも。意識のなかで眠っていたものを、無理やり起こさせた。
「もう、ミツったら寝ちゃってさぁ! たしかに眠い講義だったけど、ねる?! ひっどーい、俺話し相手いなくて暇だったんだからね?」
「……ごめん」
一気にまくし立てられ、頭が痛くなっていく。衛の声は、寝起きには大変きついものがあった。とりあえず、寝たことは謝っておくことにした。そうしないと、衛の機嫌が悪くなるのが明白だからだ。
「じゃあ、ノートを見せて欲しかったらもっと俺にかまってよ」
ジャラジャラしたアクセサリーを揺らしながら、衛は聖月の顔に迫ってくる。
衛の目は、人懐っこくて目を合わしたら、なかなか目を逸らせない魅力を持っている。
「構ってるつもりだけどな…」
聖月は、困っている声音だか顔は無表情で言う。
「へえええ、どこがぁ? 十夜より、大切にしてなくない?」
「してるよ。…講義終わったんだったら、帰ろうよ」
「そうだね! …って、じゃっなーい! 答えになってないよ、どのへんが、大切にしてるの?!」
ワーワーギャーギャー騒いでる衛は、高校生のときとかわっていない。こうやって、どうでもいいところで迫る所だって、あのころと変わっていない。そのころのことを思い出して懐かしい思いがして、頭を抱える。
「…どこだろう。…あ、肩にゴミついてる」
「……っ」
聖月が、衛の肩についてる小さなゴミをとると、彼は顔を破顔させた。
「そーいうことか。まあ、それに免じてノート貸してあげるよっ」
「ありがとう。意味わかんねえけど」
急に態度を変えた衛を、疑問に思っていると、口角をあげて彼はいう。
「ミツは、一生そのままでいていーよ。まあかえろーね、家にさ」
「…うん」
聖月たちは、教室を出て、急いで大学から出た。のんびりと、駅まで雑談していると、秋の夜の涼しさが身体を包み込む。
夢を、長い夢を聖月は見ていた。
あれは、忘れもしない3年前の悪夢の始まりだった。真夏の、高校2年生の自分に降りかかった不幸。夏休みに起きた突然の親の死。そこから、歯車が狂ってしまった。狂ったまま、時は進行している。着時点が定まっていないで、ただ時間は過ぎていく。
もしも施設に入るのを嫌がっていたら、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。いまさら悔やんだって、もう過去の話であってもう取り戻せはしないのだ。だけど、と何度も思ったが結局は現実だ。何度も、こんなのは夢だと思った。けれども、それは儚すぎる夢だった。
あの夢の続きは、もう、断片的なことしか思い出せない。
狐田拓三(きだ たくみ)から、あれから3日間もの間屈辱的な拷問を受けていた。忌々しい記憶で、記憶の奥底に眠らせてある。1日目、聖月はほとんど泣き叫んでいた。聖月は拓三からの、手から逃れるために必死だった。永遠と、拓三と二人であの小さな箱で追いかけっこをした。その日だけで体重が2キロ減った。出された食事にも手をつけずに、トイレにもいかなかった。
精神はボロボロになり、聖月はついには泣くことしか出来なかった。
拓三はかなりのサディストで一日目はギリギリ聖月が逃げられる速度で追い回した。なので、2日目は悲惨だった。
1日目は、なんにもされずにすんだが、2日目は違う。2日目は、逃げようとしても、体が動かなかった。一日中走り回ったせいで、体力がほとんど残っていなかったためだ。その事実に気づいてしまった聖月は、恐怖により、そのまま倒れこんでしまった。
倒れこみ、目を覚ますと、そこには信じられないような光景が広がっていた。拓三が、陵辱の限りを尽くしていたからだ。
今でも思い出すと、吐き気がしてくるほど自身の身体は汚れきってしまっていた。あまりのショックでそのとき、聖月は自分が何をされていたのか思い出せない。身体は、心に反して快楽に逆らえないのか、気絶していたというのに何度も白濁が飛び散っている痕があった。
そんな自身の身体に嗚咽が漏れた。
これまでにない叫びで、目を覚ましたことだけは覚えている。
そのとき、拓三になにか云われたような思い出があるが、それすらも覚えていなかった。相当ショッキングなことをいわれたような気がするが、衝撃的過ぎて覚えていない。
3日目は、ほとんど記憶がない。なにか拓三にされていたが、聖月はまったく覚えていなかった。―――だが、あるときを境に、身体に異変が起こったのは覚えている。
「ミツって、成長したよね~」
記憶の回廊に心を傾けていた聖月は、顔をあげた。
「え?」
突然、そういわれて聖月は驚く。真冬に近づいてきた寒さに溶けた夕方は、とても綺麗で、衛の金色の髪によく似合っている。
「顔だよ、顔! 背も高校のときの170から、今では170後半になって俺と同じようになるしさぁ~…大人っぽくなったよねえ」
「……そうだね」
「童顔なミツもよかったけど、歳相応の21歳ミツもいいよね~。結構、気になってる女子とかいるみたいだよ。ミツ、モテモテだね!」
「冗談いうなよ。衛のほうがモテるでしょ」
「本当だって! 信じないって云うなら、今度合コンでもいこーよ。どーせミツはまだどーて」
「公共だよ」
衛が言いかけた言葉を、聖月は口を手で塞いだ。今は、駅のすぐ近くで人も多い。そんな人たちに聞かせるような言葉でもないのだ。なによりも、聖月が恥ずかしかった。衛が驚いた顔で見ている。やがて、手をばたつかせてきたので、すぐに手を離した。
「なにすんだよ、褒めてるんだよ、俺は!」
文句をいわれて、聖月は渋い顔をする。
「どこが、褒めてるんだか」
「またそんなこといって。まあいいや、たまには聖月付き合ってよ。付き合い悪いんだからさ」
「…うん」
付き合いが悪い、といわれて顔が強張るのを感じた。聖月は、その言葉に傷ついたわけではない。だが、自分の付き合いが悪い理由が、頭の中でちらついてしまったのだ。ばれたくない、ばれたくないんだ――…。
駅につくと、二人は改札で別れるので、衛が笑顔で手を振った。
「じゃあね、ミツ! あいしてるよ!」
「また、冗談言ってる…。……ありがとう。またね」
大声で告白されたが、だんだんと遠くなっていく背中を見て、聖月は決意を固めた。
絶対に、自分の秘密はばれたくない――…。
◇◇◇◇
「お~い、聖月。帰ってたんだな、客の準備出来てるか?」
自分の家だとは思いたくない施設の玄関につくと、普段通りの綺麗な顔で入山蒼(いりやま あおい)が待ち構えていた。この様子だと、運悪く通りがかったときに聖月は帰ってきてしまったらしい。ずっと、蒼はこの調子だ。初めて会った時のテンションのまま会うのである。
あんなことがあったというのに。そう思うと頭が重くなる。
「……」
3年前のことを思い出した聖月は、無言のまま通り過ぎようとする。今、話したくない。ていよくいえば、無視、だ。
「おいおい、無視かよ。セイちゃん」
自分の二つ目の名前で呼ばれて眉を顰める。
「…いま、関係ないだろ。その名前」
「怒ったか? へぇえ、この名前嫌いなんだ。可愛いと思うんだけど」
「……そういうことじゃないだろ。…もういい、部屋に戻る」
蒼の、嫌みで白々しい態度に、聖月は嫌気がさしてそのまま部屋に戻ろうとする。
後ろを向いた聖月の右腕に衝撃が走った。右腕を彼に掴まれて、力強く壁に押し付けられたからだ。ドンッ、と壁に押し付けられて、二人の間に妙な緊張感が漂う。衛のいうとおり、確かに聖月はこの3年で大きく成長したが、まだまだ蒼の身長には届いていない。
いや、むしろ、彼の好都合なことが起きていた。3年前より、二人の顔が近づいていることだ。
「やっぱり、今の顔のほうがいいよな。初めて来たときもよかったけど、いまのほうが俺の好み」
興奮した様子の、蒼に警戒心を強めた。
「……なにすんだよ」
顔を舌で舐められて、聖月は眉を顰める。そしてそのまま腰に手を回されて、嫌な予感がしてきた。
「そーいう、生意気なところサイコー」
美形の顔が、野獣の獣の興奮に覆われている。このあとの起こることは、いままでの経験上分かりきったものだった。
「…触るな」
「くっくっ…。客にすっげえところ触られてるのに、よく言うよ」
「……性格悪」
こめかみの部分が、ふるふると震えた。蒼は最悪の性格だ。なんで、こんな酷いこと平気でいうのだろうか。聖月は、十夜のことを思い出して必死に打ち消した。ふたりのことを似ているなんて思った自分を、恨みたい。
「ってか、いつ俺とヤってくれんの。セイちゃん」
そのまま蒼にシャツをめくられて聖月は手をはたいた。
「……やるわけねえだろ」
足で思い切り脛を蹴って、蒼の手から離れる。
「いってえ! 何すんだ、クソ聖月!」
「勝手に寝言いってろ」
大声で罵られて、聖月も振り向かないで毒を吐いた。大股で急いで走って、なんとか自分の部屋に入った。ドアのそばで蒼の罵りが聞こえてくるが、聖月は無視を決めこむことにした。あの場に居たらあのまま、蒼にそのまま食われていたに違いない。しっかりと玄関の鍵をかけて、ベットに直行する。
「…疲れた」
憔悴しきった声で、聖月はベットに仰向けに突っ伏す。
「顔…洗ってねえや」
そのことを思い出して、聖月はのろのろと立ち上がった。洗面場に着くと、顔を濡らす。しばらく顔を洗って綺麗になったところで顔をタオルで拭いた。髪を整えて自分の顔を見ると、夢でいた自分とはまったく違う容姿をした聖月が映っていた。
18歳だったあの頃より3年経っている聖月の顔は大分変っていた。高校生の同級生に会った時には、間違えなく驚かれてしまう。男の身長は20歳まで伸びる、と聞いていたが本当だった。そして、顔もそのぐらいまでは変わっていくということも。
あの頃170センチほどだった聖月の身長は、歳を数えるごとに2センチは大きくなっていき今では178センチだ。
聖月の背が大きくなって欲しい、という思いはあっさりと願ってしまったのである。そして、容姿の雰囲気も変わってしまっていた。
高校生のときは、よく中学生か一個下に間違えられる、童顔だったが、今の聖月は歳相応の顔だ。21歳だというと、そうだろう、と聞いた人も思っているようだった。
顎や、骨格がより男らしくなり――…鼻も精悍になった。目は殆ど変わっていないが、昔は大きな瞳だといわれていたが、蒼に言わせて見れば「好青年」にふさわしい目だという。そして、風格も3年前とはだいぶ違くなっていた。
前から落ち着いた雰囲気があり言われてきたがそれが洗練されたものになっているらしい。かくして聖月は大学生になるまでに「よくいる大学生の顔」になっていた。
そして大きく顔の造形が変わっていたのは、ある出来事からだと聖月は考えている。
あの出来事、というのは3年前の夏休みで、拓三から苦しい3日間の拷問ともいえる調教を受けたからだと勝手に思っている。あのときの自分のなかで何かが起こっていたのだと考えるのが、妥当だった。
実際あの時から徐々に顔は成長していったし、身長も同様だ。
だが身体や容姿は変わっていても、なかなか無表情な顔は変わってくれなかった。相変わらず、衛や十夜以外と何人かの気心のしれた間柄じゃないと、大学で誰かと話すときは無表情だし、なんともそっけない会話になってしまう。
直したいと思っても、なかなか直らない。鏡で自分の顔を見て百面相をしていると、ケイタイから電子音が流れ出した。
それは、自身にとって、絶望の始まりだった。そして、終わりでもあった。
自身の、新たな幕が徐々に開け始めたような――…そんな感覚がした。
まるで、麻酔にでもかかったみたいに――…。
◇◇◇◇◇◇
……。
――…ツ…。
「ん……」
……ッ…ミ…。
「…――ミツ!」
「はい?!」
誰かに大声で呼ばれたような、そんな声がして、君塚聖月(きみづか みつき)はがばっと顔を起こさせる。
隣に座っていたのは、金髪で、ピアスをたくさんつけている友人の黒瀬衛(くろせ まもる)だった。彼の姿を見て、聖月はすべてを思い出した。いま、どこにいるのかも、今自分は何歳で、いまどこの大学に通っているのかも。意識のなかで眠っていたものを、無理やり起こさせた。
「もう、ミツったら寝ちゃってさぁ! たしかに眠い講義だったけど、ねる?! ひっどーい、俺話し相手いなくて暇だったんだからね?」
「……ごめん」
一気にまくし立てられ、頭が痛くなっていく。衛の声は、寝起きには大変きついものがあった。とりあえず、寝たことは謝っておくことにした。そうしないと、衛の機嫌が悪くなるのが明白だからだ。
「じゃあ、ノートを見せて欲しかったらもっと俺にかまってよ」
ジャラジャラしたアクセサリーを揺らしながら、衛は聖月の顔に迫ってくる。
衛の目は、人懐っこくて目を合わしたら、なかなか目を逸らせない魅力を持っている。
「構ってるつもりだけどな…」
聖月は、困っている声音だか顔は無表情で言う。
「へえええ、どこがぁ? 十夜より、大切にしてなくない?」
「してるよ。…講義終わったんだったら、帰ろうよ」
「そうだね! …って、じゃっなーい! 答えになってないよ、どのへんが、大切にしてるの?!」
ワーワーギャーギャー騒いでる衛は、高校生のときとかわっていない。こうやって、どうでもいいところで迫る所だって、あのころと変わっていない。そのころのことを思い出して懐かしい思いがして、頭を抱える。
「…どこだろう。…あ、肩にゴミついてる」
「……っ」
聖月が、衛の肩についてる小さなゴミをとると、彼は顔を破顔させた。
「そーいうことか。まあ、それに免じてノート貸してあげるよっ」
「ありがとう。意味わかんねえけど」
急に態度を変えた衛を、疑問に思っていると、口角をあげて彼はいう。
「ミツは、一生そのままでいていーよ。まあかえろーね、家にさ」
「…うん」
聖月たちは、教室を出て、急いで大学から出た。のんびりと、駅まで雑談していると、秋の夜の涼しさが身体を包み込む。
夢を、長い夢を聖月は見ていた。
あれは、忘れもしない3年前の悪夢の始まりだった。真夏の、高校2年生の自分に降りかかった不幸。夏休みに起きた突然の親の死。そこから、歯車が狂ってしまった。狂ったまま、時は進行している。着時点が定まっていないで、ただ時間は過ぎていく。
もしも施設に入るのを嫌がっていたら、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。いまさら悔やんだって、もう過去の話であってもう取り戻せはしないのだ。だけど、と何度も思ったが結局は現実だ。何度も、こんなのは夢だと思った。けれども、それは儚すぎる夢だった。
あの夢の続きは、もう、断片的なことしか思い出せない。
狐田拓三(きだ たくみ)から、あれから3日間もの間屈辱的な拷問を受けていた。忌々しい記憶で、記憶の奥底に眠らせてある。1日目、聖月はほとんど泣き叫んでいた。聖月は拓三からの、手から逃れるために必死だった。永遠と、拓三と二人であの小さな箱で追いかけっこをした。その日だけで体重が2キロ減った。出された食事にも手をつけずに、トイレにもいかなかった。
精神はボロボロになり、聖月はついには泣くことしか出来なかった。
拓三はかなりのサディストで一日目はギリギリ聖月が逃げられる速度で追い回した。なので、2日目は悲惨だった。
1日目は、なんにもされずにすんだが、2日目は違う。2日目は、逃げようとしても、体が動かなかった。一日中走り回ったせいで、体力がほとんど残っていなかったためだ。その事実に気づいてしまった聖月は、恐怖により、そのまま倒れこんでしまった。
倒れこみ、目を覚ますと、そこには信じられないような光景が広がっていた。拓三が、陵辱の限りを尽くしていたからだ。
今でも思い出すと、吐き気がしてくるほど自身の身体は汚れきってしまっていた。あまりのショックでそのとき、聖月は自分が何をされていたのか思い出せない。身体は、心に反して快楽に逆らえないのか、気絶していたというのに何度も白濁が飛び散っている痕があった。
そんな自身の身体に嗚咽が漏れた。
これまでにない叫びで、目を覚ましたことだけは覚えている。
そのとき、拓三になにか云われたような思い出があるが、それすらも覚えていなかった。相当ショッキングなことをいわれたような気がするが、衝撃的過ぎて覚えていない。
3日目は、ほとんど記憶がない。なにか拓三にされていたが、聖月はまったく覚えていなかった。―――だが、あるときを境に、身体に異変が起こったのは覚えている。
「ミツって、成長したよね~」
記憶の回廊に心を傾けていた聖月は、顔をあげた。
「え?」
突然、そういわれて聖月は驚く。真冬に近づいてきた寒さに溶けた夕方は、とても綺麗で、衛の金色の髪によく似合っている。
「顔だよ、顔! 背も高校のときの170から、今では170後半になって俺と同じようになるしさぁ~…大人っぽくなったよねえ」
「……そうだね」
「童顔なミツもよかったけど、歳相応の21歳ミツもいいよね~。結構、気になってる女子とかいるみたいだよ。ミツ、モテモテだね!」
「冗談いうなよ。衛のほうがモテるでしょ」
「本当だって! 信じないって云うなら、今度合コンでもいこーよ。どーせミツはまだどーて」
「公共だよ」
衛が言いかけた言葉を、聖月は口を手で塞いだ。今は、駅のすぐ近くで人も多い。そんな人たちに聞かせるような言葉でもないのだ。なによりも、聖月が恥ずかしかった。衛が驚いた顔で見ている。やがて、手をばたつかせてきたので、すぐに手を離した。
「なにすんだよ、褒めてるんだよ、俺は!」
文句をいわれて、聖月は渋い顔をする。
「どこが、褒めてるんだか」
「またそんなこといって。まあいいや、たまには聖月付き合ってよ。付き合い悪いんだからさ」
「…うん」
付き合いが悪い、といわれて顔が強張るのを感じた。聖月は、その言葉に傷ついたわけではない。だが、自分の付き合いが悪い理由が、頭の中でちらついてしまったのだ。ばれたくない、ばれたくないんだ――…。
駅につくと、二人は改札で別れるので、衛が笑顔で手を振った。
「じゃあね、ミツ! あいしてるよ!」
「また、冗談言ってる…。……ありがとう。またね」
大声で告白されたが、だんだんと遠くなっていく背中を見て、聖月は決意を固めた。
絶対に、自分の秘密はばれたくない――…。
◇◇◇◇
「お~い、聖月。帰ってたんだな、客の準備出来てるか?」
自分の家だとは思いたくない施設の玄関につくと、普段通りの綺麗な顔で入山蒼(いりやま あおい)が待ち構えていた。この様子だと、運悪く通りがかったときに聖月は帰ってきてしまったらしい。ずっと、蒼はこの調子だ。初めて会った時のテンションのまま会うのである。
あんなことがあったというのに。そう思うと頭が重くなる。
「……」
3年前のことを思い出した聖月は、無言のまま通り過ぎようとする。今、話したくない。ていよくいえば、無視、だ。
「おいおい、無視かよ。セイちゃん」
自分の二つ目の名前で呼ばれて眉を顰める。
「…いま、関係ないだろ。その名前」
「怒ったか? へぇえ、この名前嫌いなんだ。可愛いと思うんだけど」
「……そういうことじゃないだろ。…もういい、部屋に戻る」
蒼の、嫌みで白々しい態度に、聖月は嫌気がさしてそのまま部屋に戻ろうとする。
後ろを向いた聖月の右腕に衝撃が走った。右腕を彼に掴まれて、力強く壁に押し付けられたからだ。ドンッ、と壁に押し付けられて、二人の間に妙な緊張感が漂う。衛のいうとおり、確かに聖月はこの3年で大きく成長したが、まだまだ蒼の身長には届いていない。
いや、むしろ、彼の好都合なことが起きていた。3年前より、二人の顔が近づいていることだ。
「やっぱり、今の顔のほうがいいよな。初めて来たときもよかったけど、いまのほうが俺の好み」
興奮した様子の、蒼に警戒心を強めた。
「……なにすんだよ」
顔を舌で舐められて、聖月は眉を顰める。そしてそのまま腰に手を回されて、嫌な予感がしてきた。
「そーいう、生意気なところサイコー」
美形の顔が、野獣の獣の興奮に覆われている。このあとの起こることは、いままでの経験上分かりきったものだった。
「…触るな」
「くっくっ…。客にすっげえところ触られてるのに、よく言うよ」
「……性格悪」
こめかみの部分が、ふるふると震えた。蒼は最悪の性格だ。なんで、こんな酷いこと平気でいうのだろうか。聖月は、十夜のことを思い出して必死に打ち消した。ふたりのことを似ているなんて思った自分を、恨みたい。
「ってか、いつ俺とヤってくれんの。セイちゃん」
そのまま蒼にシャツをめくられて聖月は手をはたいた。
「……やるわけねえだろ」
足で思い切り脛を蹴って、蒼の手から離れる。
「いってえ! 何すんだ、クソ聖月!」
「勝手に寝言いってろ」
大声で罵られて、聖月も振り向かないで毒を吐いた。大股で急いで走って、なんとか自分の部屋に入った。ドアのそばで蒼の罵りが聞こえてくるが、聖月は無視を決めこむことにした。あの場に居たらあのまま、蒼にそのまま食われていたに違いない。しっかりと玄関の鍵をかけて、ベットに直行する。
「…疲れた」
憔悴しきった声で、聖月はベットに仰向けに突っ伏す。
「顔…洗ってねえや」
そのことを思い出して、聖月はのろのろと立ち上がった。洗面場に着くと、顔を濡らす。しばらく顔を洗って綺麗になったところで顔をタオルで拭いた。髪を整えて自分の顔を見ると、夢でいた自分とはまったく違う容姿をした聖月が映っていた。
18歳だったあの頃より3年経っている聖月の顔は大分変っていた。高校生の同級生に会った時には、間違えなく驚かれてしまう。男の身長は20歳まで伸びる、と聞いていたが本当だった。そして、顔もそのぐらいまでは変わっていくということも。
あの頃170センチほどだった聖月の身長は、歳を数えるごとに2センチは大きくなっていき今では178センチだ。
聖月の背が大きくなって欲しい、という思いはあっさりと願ってしまったのである。そして、容姿の雰囲気も変わってしまっていた。
高校生のときは、よく中学生か一個下に間違えられる、童顔だったが、今の聖月は歳相応の顔だ。21歳だというと、そうだろう、と聞いた人も思っているようだった。
顎や、骨格がより男らしくなり――…鼻も精悍になった。目は殆ど変わっていないが、昔は大きな瞳だといわれていたが、蒼に言わせて見れば「好青年」にふさわしい目だという。そして、風格も3年前とはだいぶ違くなっていた。
前から落ち着いた雰囲気があり言われてきたがそれが洗練されたものになっているらしい。かくして聖月は大学生になるまでに「よくいる大学生の顔」になっていた。
そして大きく顔の造形が変わっていたのは、ある出来事からだと聖月は考えている。
あの出来事、というのは3年前の夏休みで、拓三から苦しい3日間の拷問ともいえる調教を受けたからだと勝手に思っている。あのときの自分のなかで何かが起こっていたのだと考えるのが、妥当だった。
実際あの時から徐々に顔は成長していったし、身長も同様だ。
だが身体や容姿は変わっていても、なかなか無表情な顔は変わってくれなかった。相変わらず、衛や十夜以外と何人かの気心のしれた間柄じゃないと、大学で誰かと話すときは無表情だし、なんともそっけない会話になってしまう。
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