アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第一章

第四話 44 夢の続き

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 ――そんなことしらねえよ、俺。小向が決めたことだし、俺たちは従っているだけだしな。まぁ、あんたも痛い目にあいたくなきゃ上の階にあがらないことだな。
 はっと、聖月は蒼がいった言葉を思い出した。
 そういうことだったのか。と、今更ながら気づいてしまった。
 痛い目って、キダの鞭のことだったのか。ヒントはたくさん出ていたのに、気づけなかった自分がバカバカしい。
 神山が、ここの階のことを言わなかったのは、神山もこの場所で行われていることを知っていたのだからではないのだろうか。だから、ここの階のことを何も話さずにこの施設を案内したのではないのか。そう考えてると、何もかもが辻褄があう。
「……」
 今更気づいたって、遅い。この階に上ろうと思った自分が恨めしい。蒼だって、いちようは立ち入り禁止だといって、ここに入るのを禁止していたのに。
 目の前には、昆虫たちと、キダ、奥のほうに見える小向と、蒼。誰も助けてくれる気配すらない。
 なんだか、この状況にだんだんと慣れてきている自分がいた。こんな奇妙な光景が、慣れてきてもなにも意味はないのだろう。だが、先ほどよりは気持ち悪さが少なくなっているような気がした。
 ここにいる人々は、本当に聖月を助けてくれるそぶりも見せない。
 だったら…。
 聖月は、今の現実から目を逸らすように目を閉じた。
 

◇◇◇◇◇◇◇◇
 





 体中の痛みを感じて、意識を覚醒させる。
 だんだんと意識を取り戻していくが、頭痛が酷く思わず頭を抱え込んだ。
「いってぇ…」
 苦渋にまみれた、小さな呟きが漏れる。とにかく身体が、どこもかしこも痛い。今自分がどこにいるかも、聖月には分からない。ガンガンと、だれかに脳内をトンカチで叩かれているような頭痛が襲い掛かる。
 身体を動かそうとしても、横を向くだけで体が悲鳴をあげる。
 とくに、背中が痛い。腰も痛い。
 体に毒を塗られたみたいに――身体が火傷を帯びたように、熱くじりじりと痛む。
 どうやら、自分は自室のベットの上にいるらしい。
 頭痛に喘いでいる脳内を使って、今の状況を確認する。視界には、自身の使っている机が見える。
 背中がじくじくと痛んでベットのシーツにつけられない。横を向いた状態でも相当体が、悲鳴を上げている。聖月は、最悪の状態で目を覚ましたのだ。たぶん、生きている中でもっとも気分が悪い目覚めだ。
「なんか…すごい、痛い夢だったな…」
 聖月は、記憶にある最悪の夢を思い出して、吐き気がしてきた。
 たとえ、夢だとしても最悪な夢を見てしまった――と聖月ため息をつく。どういう精神状態で、あんな夢を見てしまったのかが、聖月には腹立たしくてしょうがない。
 あんな、蒼や小向が出てきてバッタたちが自分に襲い掛かるなんて悪趣味な夢、現実じゃありえない。自分も鞭で打たれて、子供みたいに大泣きするなんてバカバカしいものほどがある。そんな倒錯的なことは、あってはならないのだ。
 身体もそんな夢に影響されて、身体が痛くなっているだけに違いない。それに、バッタが人間と同じぐらいになるなんて――あんな非現実なことは、現実じゃありえないのだから…。聖月は、今の自分の状態をそう結論付ける。
 だって、それ以外説明のしようがないじゃないか。聖月は、まるで自分にそんな夢だったかのように何度も呟く。
「あんなの、ありえない…。夢…夢…あれは夢…」
 聖月はぶつぶつ言いながら、立ち上がる。
 だが、思うように身体が起き上がらない。腰が重くて、身体が動かない。
「夢に決まってんだよ…」
 ふらふらと覚束ない足取りで洗面所に向かう。
 視界がぼやけて、今にも倒れそうだ。千鳥足で、頭痛に喘ぐ頭を押さえてやっとのことで洗面所にたどり着く。
「顔、洗おう…」
 鏡の映る自分を見て、聖月はぎょっと目を見開かせる。
 顔色が、かなり悪い。今にも、死にそうな顔をしている。青白く、まるで死人みたいだ。これが自分の顔だと信じられないほど、憔悴しきった顔色だった。どうしてか震える手を押さえて、水を出そうと蛇口に手をのばそうとする。
「うあああっ」
 自分の手首を見て、聖月は信じられなくって大声で叫ぶ。まるで世界の終わりだと言いたげな、悲鳴が出てきた。聖月には、もう世界の終わりといえた。聖月が驚愕の表情で見つめるそこには、すべてを語っている痕がくっきりと残っていた。
 ――…こんなのは、うそだ…うそに決まっている…!
 聖月は、自分の手首に残っているまるで縛られた痕のような鬱血痕が、刻まれていたのを見てしまい一種のパニック状態に陥る。
「あ…ああぁ…ァア…」
 両手に残っている、縛られてた痕は悪夢のような出来事は本当にあったとことだと、証明していた。まるで、聖月にとっては呪いのような痕だった。昨夜のことが、頭の中で走馬灯のように蘇ってくる。
 ――やっぱり君の泣き顔は最高だよ。
 そういって、バッタがキスする光景が。
 ――わたしにも代わってくれ。もう、ガマン出来ないんだ…。
 そういって、汚いアレを聖月の顔に押し付ける光景が。
 ――あぁ、いい風に撮れている。こっちにアングルよせて。
 そういって、泣いてる聖月にカメラを向ける光景が。
 ――ねえ、聖月? きもちいい?
 そういって、キダが聖月の身体中舐めている光景が。
 フラッシュバックするように、頭の中を駆け巡る。目からは、自然に涙が溢れていた。これから、自分はどこにいってしまうのだろうと、不安でいっぱいで、押しつぶされそうだ。聖月は、すべてが現実だと思い知って、その場にふらふらとへたり込んだ。まるで誰かに懇願するように、わんわん泣き出す。
「ぁ…あ…ゆ、ゆめ…だと思ったのに…っ、おもったのにぃい…ッ!」
 呻くような泣き声が、部屋に木霊する。
 大声で泣きながら――――聖月は今日十夜と遊ぶことを思い出し、服を着替えた。
 どうしても、十夜と遊びたかった。十夜が楽しみだと云ってくれていた映画だ。そんな気持ちを無下には出来ない。何より、聖月自身が一緒に映画に行きたかったのだ。
 もしかしたら、映画に行って帰ってきたらすべてが冗談といって、蒼が笑ってくれるはずだ。ごめん、冗談がすぎたとかいってくれるはずなのだ。それを信じて、聖月はロボットのように黙々と出かける用意をしていた。
 決して今日の体調はよくない。
 本当は、ずっとベットで寝ていたい。だけどどうしても、人の約束をドタキャンする気にはなれない。
 着替える時、ちらりと見た鏡に映る自分の背中は、赤く爛れていた。つぶれた果実を押し付けたような、無残で痛々しい背中だった。今でもじくじく痛んで、膿が出てきそうだ。なんて忌々しい痕なのだろうか。
 これを見るたびに、聖月は昨夜のことを思い出さなければいけないのかと思うと、なんともやりきれなかった。今の時間を確認すると、もう12時だった。
 約束の時間に遅れないようにと、聖月はぎこちない動きでドアを開けた。
 ドアを開けた瞬間の自身を照らす光が、どうしようもなく聖月には眩しく思えてしかたがなかった。









 待ち合わせ場所につくと、ご機嫌よさそうな笑顔で十夜が待っていた。待ち合わせ時間より、15分早いというのに。
「よっ、よく寝坊しなかったなっ」
 相変わらずの美形で、お洒落な私服で出迎えられて、昨晩のことはやはり夢だという錯覚に陥りそうだ。待ち合わせ場所は駅だったが、多くの人々が行き交う駅のなかでもかなり十夜は目立っていた。
 こちらをチラチラ見てくる女性の視線が、痛い。
 爽やかに、手をあげて待っていたのである意味十夜らしくなくて怖い。今日は、なんだかご機嫌だ。
「う、うん…。あ、ごめん待った?」
「いーや、待ってない。さっき来たところ。早く向かおうぜー」
「そうなんだ、よかった。うん、じゃあいこう」
 ウキウキした様子な十夜とは裏腹に、聖月の声はどこか沈んでいた。そのことに気づいたらしい十夜が、心配そうにいう。
「おい、どうしたんだ? 歩き方ぎこちなくね?」
「えっ」
 思わず、顔が引きつる。たしかに、映画館に向かっている今でさえ、腰が痛くて歩き方がぎこちなくなっている。そんなことに気づかれるなんて、そこまでおかしい歩き方をしていたのだろうかと、不安になる。
 そんな聖月の心情を察したのか、十夜が微妙な顔でいう。
「なんかあった?」
「え…っ、あ…」
 なんというか、聖月は口ごもる。
「あー…ベットから落ちて。腰痛めちゃったんだよね…」
「マジ? 聖月寝相悪かったもんなー」
 寝相が悪いのは本当のことだった。聖月は、すこぶる寝相が悪い。ベットから落ちたことも、本当だ。ベットから落ちて、腰を痛めたのもある。今回の腰を痛めた理由は、これとはぜんぜん違うが。
「気をつけろよー」
 笑いながら、十夜が笑う。
 嘘がばれなくなくてよかった…―――と聖月は心の底から思った。
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