アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第一章

第四話 42 虫籠の中で*

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 バッタとのキスなんて、最悪だ。
 涙を流しながら、そんな現実に失望する。どうして、俺が汚いバッタとキスをしなくてはならないのだろうか――…。聖月は、今の状況を恨んだ。恨んだって、何も状況が変わらないのは承知のうえだ。
 醜いバッタは、聖月の身体を前足で弄っている。実際には、男たちが弄っているのだが、一種の混乱状態の聖月にはバッタに囲まれているという風に認識されてしまっている。
 聖月は、なによりも虫のなかだったら、バッタが嫌いだった。そんなバッタに触れているだけでも、虫唾が走る。しかも、大きなありえないサイズのバッタだ。バッタの顔も、聖月より大きい。どうしてこうなってしまったのだろう、と疑問を持っても何も解決はしない。
 バッタたちに弄られながら、聖月は目を開けられないでいた。
 目を開けたら、目の前にはバッタの顔があるからだ。小さいサイズでもだめなのに、人間ぐらいのバッタなんて気持ち悪すぎる。
 思わず想像してしまい、吐き気がしてきて、即座に口を押さえる。「うっ…」と、気持ち悪さから来る嗚咽を漏らさずにいるのが、今の聖月には苦痛だった。
「おい、私にも触らせてくれ」
 聞き覚えのあるバッタの声だった。が、今の聖月には人間の男の声なのに、バッタの言語に聞こえてならなかった。
「ぅ…ぅう…っ」
 今自分は嫌いにバッタに触れているんだ…。
 聖月は、あまりの嫌悪感に呻きを漏らす。どこか急かす声に、男の声をしたバッタ窘める。
「待ってくださいよ」
「君は脱がすのが遅いなぁ」
 このバッタたちは器用だった。
 バッタの癖に…と、聖月は心の奥で罵る。
 バッタ――ではなく、人間の男たちはやはりこの道に通ってから長いのか、人の服を脱がすのはうまかった。聖月の水で濡れてしまったシャツをあっという間に脱がすと、そのシャツを遠くに放り投げる。
 聖月の肌が外気に晒される。シャツについてた水がまだ肌に残っているのか、普段より何倍も寒く感じた。クーラーの効いているこの部屋だったから、聖月にとって寒さは周りにいる男たちよりも一通りではないだろう。
「さ、さむい…」
 聖月は、寒さにぶるりと身体を震わせた。
 今の状況にも緊張しているのか、身体が小刻みに震える。かたかたと震えるさまはまるで、どこかの森に迷い込んでしまった子鹿のよう。目を怖くて閉じているから、今自分に何が起こっているのかがまったくわからない。
「さむいの?」
 優しげに、大きなバッタがいう。鼻息を荒くして言われても、心配したように聞こえないから不思議だ。
 まだ幼児返りが治っていない聖月は、コクコクと素直に頷く。聖月は寒さよりも、ここから早く出たいというのが本音だった。
「下が濡れているからじゃない? 脱がそうか」
 ぎょっとしたことを云われて、思わず目を開ける。だが、目を開けた瞬間バッタたちがこちらを向いてみているという、最悪の状況を知ってしまい、またぎょっと聖月は目を見開かせる。さっきの男とは違う、バッタたちがこちらを見ている。何匹いるのだか分からないほどの数が、目の前にいた。
 気持ち悪い、気持ち悪い…。
 バッタに囲まれている――それだけでもいやなのに触られるなんて絶対に嫌だ。
 今後のことを考えて胃酸が、喉の奥にまでせりあがってくる。
「うっうぇ…」
 聖月は吐いてしまわない様に、両手で口を押さえる。もう、限界だった。こんな状況に耐えられるわけがない。こんな異常な空間にいることも、もう耐えられない。
 だが、また大声を出して助けを読んだらキダがまた鞭を振るうに決まっている。それだけは、嫌だった。
 だからって、このまま何もせずにバッタたちに犯されるのも絶対に嫌だ。だが、助けを呼んだり抵抗すればバッタたちの機嫌を損ない、もっと酷いことをされるかもしれない――。俺は、ただこのまま流されればいいのだろうか…?
 でも、このまま流されてしまうのも嫌過ぎる。
 ぐるぐると、自分の考えがループしていく。つまり、何をしたって自分にとっては地獄なのだ。と、聖月は気づいてしまう。
 あきらめたほうがまだマシかもしれない。諦めないで、反抗して、罰を受けるよりも、諦めて従順に従ったほうがまだ痛みは少ない。どうせやられるのだったら、軽いほうがマシだ。だが、そうは思っても、嫌なものは嫌だ。
 バッタの足が、自分のズボンに向かっているのを見て思わず叫んでしまう。
「嫌だ! 脱がさないでっ」
 足をばたつかせて、抵抗する。
 どうせ逃げられないのだとしても、反抗せずにはいられなかった。
 拒絶すると、バッタの目の色が変わる。
「俺は、反抗的な男の子が好きだけどここまで露骨なのは…ねぇ?」
 声が冷たくなったのが分かって、背中につめたいものが走る。
 やっぱり、従順に従ったほうがよかった。まだ、やられるにしても軽いものだったのかもしれない。聖月は、自分の失敗に気づいて、肩をガタガタと震わせた。
「ごめんなさいっ、おれがわるかったから、ぶたないでっ」
 ギャーギャーと喚きながら、聖月はこの場から逃げようとする。
 涙目になって、子供のように喚く姿は普段の聖月からはまったく想像の出来ない姿だった。ただ、暴力を恐れ、泣きながら謝る姿はこの場にいる男たちの欲望に触れるものだとは聖月はまったく考えていないに違いない。この行動が、もっとこの場の興奮を煽るものだとはいっさい思っていないだろう。
 男は、ニヤついて口を動かす。興奮しているのか、息遣いが荒い。
 心底この部屋の空気に酔っていた。この異常な空間に、みんなが酔っていたのだ。
「じゃあ、脱いでくれるの?」
 男が泣いている聖月の顔に触れながら、問うた。
 聖月は、バッタの前足に触れられていることを嫌悪しながら、やっとのことで答える。
「い、いやだっ…。ぬ、ぬぎたくないっ」
 反抗すればするほど男たちが興奮することも知らないで、聖月は泣きながら懇願する。その答えに、男たちはクスクスと笑う。
「だったら、無理やりでも脱がさないとね」
 男たちの手が無数に伸びてきて、聖月は思い切り叫んだ。バッタと思い込んでいる聖月にとっては、恐怖に他ならない状況になる。
「ギャーッ、さわんないでっ、きたないっ」
 身体をばたつかせて抵抗する聖月に、男たちが〔無理やりにでも〕と云った通りに身体を押さえ込んでしまう。これで、聖月は完全に逃げられなくなってしまった。どうにか逃れようとしても身体が無数の手に拘束されてしまっては何も出来ない。
「つかまえた」
「あっけなかったな」
「まぁ、子供だしこんなもんだろう。早く脱がせようぜ」
 男たちが、あっさり捕まってしまった聖月を見て鼻で笑う。バタバタ必死に足を動かそうとしても、どうにもこうにも動かない。完全に捕まってしまった。
「イヤーッ」
 ガチャガチャと、ジーパンのベルトを外そうとしているのを見て甲高く聖月は叫ぶ。
 いつもの聖月が出さないであろう声で、わたわたと脱がせられないように手で隠そうとする。だが、その手も捕らえられてしまう。
「可愛いところもあるんだね」
 ガリガリの男――もとい細いバッタが、耳元でささやく。聖月は耳に突如あったこしょばゆい感触に、「ギャーッ!」と叫び、またどうにかここから逃げようと、もがく。
「あーもう、ぜんぜん脱がせられないじゃん。どうすんの?」
 イラつきぎみに、眼鏡の男が言う。聖月には、眼鏡をかけているバッタにしか見えなくなっている。
「無理やりでいいんじゃないですか?」
「でも~、キダみてよ暴れて全然脱がせられないだよね。どうかしてよ」
「…っ!」
 キダ、という名前を聞いて聖月は身体を強張らせる。先ほどの、キダによる最悪の出来事の記憶が蘇る。キダが、バッタたちのなかから出てきて驚いた。聖月は、バッタたちの中からひょっこり人間のキダが出てきて驚いていた。口を押さえて「うわー、人間だー!」と叫びそうになるのを堪える。
 久しぶりに人間…というものを見たような気がしてならない。
 バッタのなかに、いつも通りのキダが出てきたのはほっとするが今はそんなことを云ってる場合じゃない。
 出てきたのが、十夜や衛だったら大喜びだが、よりによってキダだ。だが小向だったり、蒼やケイだったらそれはそれで驚くし、やっぱり嫌だ。キダが出てきたことにより、動きが鈍り、かたまってしまった聖月にキダはにやりと笑う。
「なーに、かたまっちゃって」
「…ヒッ」
 頬に手をあてられ、聖月は固まる。キダに触れられると、何かまた酷いことをされるのではないかと恐怖心が出てきてしまう。それが、顔に出ていたのかキダが馬鹿にしたように、口角をあげ言葉を紡ぐ。
「ふーん、怖いんだ。俺のこと」
 ガタガタと、身体が痙攣する。恐怖心が、身体を支配してここから逃げられない。聖月は、端正な顔をしたキダを震えながら見つめた。
「俺のことトラウマになっちゃったか」
 ため息をつきながら、キダは儚げに笑う。が、その笑顔がうそのように彼の手先は本心を語っていた。
「ぁ…あぁ…」
 怖くて怖くて、聖月はキダのされるがままになる。キダが自分のズボンを脱がそうとしているのを、震えながら黙って見ることしか出来ない。心の中では、嫌だ嫌だと叫んでいるのに、声には出なかった。
 キダが、畏怖の対象にしか聖月には見えなかったからだった。ここで反抗したら、鞭を振るわれるだろう。だから、聖月は何も出来ずに震えているだけだ。
 これほど、男にとって屈辱的なものはないだろう。だが、それ以上にキダのことが恐ろしかったのだ。
「ほら、足あげて…」
 愉しそうにキダに指示され、あっという間に水分を含んだジーパンが脱がされた。今の聖月の状態は、下着をつけてなかったらほぼ全裸の状態だった。緊張と、寒さで震えが止まらない。
 恥ずかしくて、もじもじと足を閉じようとする。それを、キダの手が許さない。
「コラ、だめでしょ? 足開けて」
「…ぅ、ぅう…」
 足を開けるのは、どうしても躊躇われた。羞恥が頭にのぼる。バッタたちと、キダに下着を脱がされたあとどうなるかは、子供でも分かる。
「い、いやだ…」
 頭を、小さく振った。
「今更?」
 震えながらいった言葉に、キダはまた鼻で笑う。彼は笑いながら、聖月の下着を強引に引っ張った。
「いーやーっ!」
 大きな声で悲壮感ありげに叫んだが、あっけなく下着を取られ、その下着もどこかに投げ出されて全裸にされてしまった。聖月は、自分が裸にされ、大きな衝撃が襲う。まさか、本当に自分が全裸にされるなんて思ってなかった。いや、本当はされるだろうとは分かっていたが分かっていても、衝撃は大きい。この人たちは、本気で自分を抱こうとしているのだ…――と改めて知ってしまった。
 聖月は、呆然とした表情で今後のことを考えていた。どう考えても、地獄につながるとは分かっていたとしても、考えずにはいられなかった。
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