アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第一章

第二話 25 十夜と聖月

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 十夜は口を顎が外れそうなほど、あんぐりと大きな口を開け仰天している。
 きっとこの表情は聖月が友人として付き合ってから、このときしか見ていない。今後見ることはできないだろうレアな表情だ。目が落っこちそうなほど、十夜は目を見開いていた。それほど驚いたのだろう。
 数十秒間唖然としていた十夜は、やがて聖月がした行為の意味に気が付いたようで、肩を震わせた。
 わなわなと体を震わせている十夜をみて、聖月は身構えた。
 怒られると思って聖月は目をつぶって、時を過ぎるのを待ったが聞こえてきたのは予想していた罵倒ではなく笑い声だった。
『ぶっあっははは! くくく…っ! なんでゴム窓開けて外に投げたんだよ…っ! ああ、おもしれえっ…!外の女子生徒がびっくりしてたし…!あー…っどうすんの…っ? 外に投げたやつ、先生に見つかったら大問題になるんじゃねえの? ダメだ! 面白くてしかたがねえよ!あはははは』
 お腹を抱えながら、しゃがみこんで十夜はひとしきり大笑いしていた。
 ヒーヒーと言いながら十夜は笑いすぎて、過呼吸症候群になりかけていた。大丈夫だろうかと聖月は心配したが、どうやらそこまでには至らなかったらしい。
 十夜がいっている言葉は非難めいているが、そこまで責められているようには聖月に聞こえない。たぶんそれは笑いながら言われているからだ。
 それは笑いながら、真剣な話をしていてもそれを聞いている相手は冗談にしか聞こえないのと原理は同じことだ。
『あ…ごめん…なんか、びっくりしちゃって…外に投げちゃったんだ。あとで、俺下に行って取りに行くよ』
 聖月は素直に頭を下げた。自分が人の物を投げたことは反省しているからだ。―――それが、学校にまったくもって関係ないような避妊用具でも。
 十夜はまだ笑いながら、
『びっくりしたからって、普通投げるか?! 聖月が回収にいったらそれはそれでびっくりするから俺が取りに行くよ。……いや、まてよ…明日まで放置して先生を驚かせるのも一つの手だな…』
 ブツブツと言っている十夜は本当に楽しそうだった。だが聖月は今してしまったことを悔いている最中なので、申し訳ないという気持ちが湧いてくる。
『なんか、いろいろとごめん…。先生に見つかったらそのことで怒られそうだから、やっぱり俺が取りに行ってくるよ』
 聖月がそういうと十夜はそうだなと、笑いすぎて涙が出ている目を擦りながら座っていた場所から立ちあがった。
 結局二人はその後5階から1階に下がって、聖月が投げ捨てたものを探しにいった。
 移動途中に十夜は先程のことを思い出したのか、聖月を見ながらクスクスと笑っていた。そんなにコンドームに驚いて窓から投げてしまったことは、珍しいのかと聖月は心の中で十夜に悪態を吐く。
 やがて昇降口の前に二人は向かうと、人だかりができているのが聖月たちの目に入る。聖月と十夜は顔を見合わせ、まさかと思いつつ上を仰ぐとそこにはちょうど聖月のクラスの真下だった。
 もしやと聖月は人だかりの方向へ近づいたが十夜が肩を掴み、それを制止しようとする。
 指で十夜に上へ戻ってカバンを取りに行こうとジェスチャーされたのでそれに聖月は従うことにした。
 こういうことを《逃げるが勝ち》というのだろう。聖月はぼんやりとそう思った。
 急いで先生に見つからない様に、二人はクラスへとカバンを取りに帰って成り行きで聖月と十夜は一緒に帰ることになった。
 どうしてそうなったかというと、帰り道が十夜もバス通学で最寄りのバス停まで同じだったからだ。
 奇妙なことになったなと、バス内で聖月はため息をついた。二人掛けの席に十夜と聖月は並んで座っていた。夕方で微妙な時刻だったので、人はかなり少なく学生は十夜と聖月だけであとはお年寄りだけだった。
 十夜と聖月はバス停を降りて、しばらく歩いていた。
 だが唐突に雑談をしていたときに十夜が真顔で
『なあ、俺とセックスしようぜ』
 と、真剣に馬鹿みたいなことをいってきたので、聖月はあまり仲良くなっていない人物に初めて『死ね』と言いながら、十夜の股間に思い切り力を入れて足を蹴りあげた。その蹴りは十夜にクリーンヒットし、十夜は『冗談だよ』と股間を擦りながら顔をかなり歪ませた。
 相当聖月が蹴りあげた股間が痛かったのだろう。その後十夜は口数も少なかった。ちょっとやりすぎたかなと、股を手に抑え、時折さする十夜を見て聖月は反省する。
 次の日にクラスの担任の女教師が、顔を赤くしぼかしながら聖月が投げたものを話していたのはまた別の話である。
 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 

「ミツ、聞いてる? ミツッ! おーい」
 不意に、衛の声がした。
「え! な、なにっ?」
「あーやっぱり、聞いてなかったんだ」
 記憶を巡らせどっぷりと思考の中に入っていた聖月は驚きの声をあげた。そんな聖月をじいっと食い入るように見ながら、聞いてなかったんだねと衛は呆れながら大きな息を吐いてみせた。
「はぁーっ、ミツってひっどいなぁー、オレが何回もミツーミツーっ! って呼んだのに、気付いてくれないなんてこのハクジョウモノ!」
 腕を組み衛はレジャーシートの上で、胡坐を組みながらぷりぷりと怒っている。
 座っているレジャーシートがピンク色をしているので、どことなくそんな衛の様子とアンバランスだ。聖月は衛の機嫌を損ねてはいけないと、すぐに姿勢を正して誠意を込めて衛に謝った。
 そうしないとダメだということを聖月はこれまでの経験で分かっている。
「ご、ごめん! 衛くんっ! 今ちょっとぼーっとしてて聞いてなかった。何の質問してたの? もう一回言ってくれると助かるんだけど…」
 必死に謝っている聖月に、衛は少し意地悪い笑みをして待ちのポーズをしながら、聖月の様子を窺っていた。
 衛がこんな仕草をするときはだいたいろくでもない要求が聖月に来る時だ。
 聖月はどんな要求が来るのだろうと、思わず身構えた。
「そんなに謝るんだったら別にそのことは許すけど…。あのさオレずぅぅぅっと思ってたんだけどなんでミツって、じゅうくんには呼び捨てでオレには《くん》がついてるの?  ある種の差別なの? オレにも名前で呼んでほしいんだけどなぁ~ミツに~」
 それは聖月にとって、痛い内容の要求だった。
 十夜に聖月は呼び捨てで呼べるようになるまで、とても時間がかかったのだ。
 衛にも呼び捨てで聖月が呼ぶには、かなりの勇気がいることなのだ。
 他の人は何をいっているんだと笑うかもしれないが、聖月にとっては難しいことなのである。
 十夜は衛と聖月の会話にはいることはなく、サディスティックな笑みを浮かべるだけだ。優しい十夜だがこの問題に関して聖月を助けてくれるわけではないのだ。
 十夜はこの話に対し傍観者になることを決めたようで聖月が助けてくれるよう目線を送ったが、そっぽを向かれてしまった。
 聖月はおどおどと、冷や汗を肌に感じながらゆっくりと答えた。
「えーっと…それは…まだ早いっていうか…俺にはちょっとハードルが高すぎるっていうか…。だって少し前までは、十夜のことも十夜くんって呼んでたし…。…衛くんだって、あともう少し時間がたてばいずれ俺だって呼び捨てで呼べるようになるよ」
「あと少しじゃなくて、今! 今がいいの! ほら、いえるでしょミツ! 簡単なことじゃんっ オレ、ミツに呼び捨てで呼ばれたいの――ッ」
 衛は駄々をこねるように、その場でごろごろと転がった。
 そうして目の前の高校生が癇癪を起しじたばたと手足を動かしている。まるで子供が好きなおもちゃを取られて、不貞腐れるような顔を衛はしている。
 子供みたいな行動をしている衛に、十夜は迷惑そうにレジャーシートから立ち上がった。十夜の目からは雄弁に聖月へ『早くコイツを黙らせろ』といっていることが、その表情から分かる。
「わ、分かったから! まも、まも…る…って呼ぶからっお願いだから、レジャーシートで転がるのをやめてくれ!」
 たどたどしく拙い勇気を出して、衛のことを呼び捨てにした聖月は暴れる怪獣を必死になって止めた。
 すると《まもる》という呼び方が聞いたのか、衛の動いていた体はピタリと止まった。
 レジャーシートの上に横たわりながら、衛は嬉しそうに微笑んだ。その微笑みはまだまだ幼いものだった。衛は程なくして上半身をあげた。
 そして、確認するように聖月に問う。
「これからはちゃんと、呼んでくれる? ちゃんとじゅうくんみたいに毎日」
「え…と、うん…出来る限り呼ぶ。まだ慣れてないから《くん》をつけるかもしれないけど、頑張ってみる」
「うん、うん…そっかぁ~」
 どうやら衛の機嫌はよくなったようだ。
 聖月はそのことに安堵してそっと胸を撫で下ろした。
 十夜は衛が静かになったことを確認して、レジャーシートに座り直した。
「さて、続きするか」
 それはやっと勉強会の始まる合図になった。
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