溺水支配

元森

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10 尾を振る犬は叩かれず(完結)

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 死を覚悟し、締め付けられ意識が遠のく。このまま、自分は死ぬんだ―――――。そう強く意識した瞬間、頭の中に記憶がフラッシュバックする。
『君も大変だったんだね』
 そう言ったのは、スーツを着た爽やかそうな体育会系の冬賀だった。死のうとして、最後に惇人はあのとき喫茶店に入った。あのとき、混んでいて後からきた彼は相席をしていいかと聞いてきたのだ。惇人は、二つ返事でOKを出した。なんとなく、安心できた。
 今まで忘れていた。それをなぜか思い出した。
 そのあと、暗い顔をどうしたの?と彼は聞いてきた。
『死のうと思うんです』
 なぜか、そのときの惇人はそう素直に答えていた。見ず知らずの自分の突然の言葉にも、冬賀は動じなかった。とめるわけでもなく、慌てるわけじゃなく『そうなんだ』と笑った。今日の天気は最悪ですね、という世間話のような不思議な会話だった。
 惇人は、自分の身の上を少しだけ語った。大好きな祖父が死んで、生きる希望がなくなってしまって、もう死のうと思います。そういうと、冬賀は少し驚いた顔をした。そして、少し考えたあとこう言った。
『そうだ。そのお手伝い俺にやらせてくれないか? きっと役に立つよ』
 森に送ってもらえるのか、と思いうなずいた。冬賀は、蠱惑的な威圧感で一言付け加える。
『その変わり君には俺の…――――ドレイになって貰う』
 ドレイ、と聞いて冗談だと思った。
『君が奴隷になってくれれば、俺が希望を与えてあげるよ。ちゃんと殺してあげる』
 営業セールスのように言われて、『じゃあ、お願いします』と惇人は言った。全部、冗談だと思った。これから死にに行く心境だからか、あのときの惇人の考えは少しおかしかった。そのあとの記憶はない。たしか、車で連れてって貰えると聞いてホイホイついていった気がする。
 そして、たぶんきっと睡眠薬を車のなかでもらった水の中に仕込まられたのだろう。そのまま、記憶が飛ぶぐらい寝てしまった。
 苦しい靄がかった意識のなか、惇人はそうかと気づいた。
「あ゛、っ…! ぁ、り、が、っ…ッと、……っ」
 あの時、惇人を生かせてくれたのは冬賀だった。あのとき、彼に会っていなかったら、惇人はそのまま死んでいた。別にそれでよかった。なのに、今心に浮かぶのは感謝の言葉だった。冬賀にしめられ苦しくなる息のなか、惇人は一滴の涙を流す。掠れたお礼は、冬賀に届いているのだろうか。
 希望を、与えてくれた。殺してくれる、希望を。それと同時に、生きていくあの極限の苦しみを。冬賀は、惇人に生かせてくれたのだ。
 もう、限界だ――――…。
 意識を飛ばす寸前で、一気に息が入ってくる。
「がはっ…!」
 突然の解放に、惇人は大きく咳き込む。冬賀は、首から両手を放しその代りひしと裸で傷だらけの惇人を抱きしめた。今までにないほどの、強い抱擁だった。突然のことに、まだ飽和状態の頭が追い付かない。死ぬ寸前で蘇生をされ、心臓がバクバクと脈を打っている。
「すまない…」
 脳内に入ってきた言葉は、耳を疑うものだった。耳元で言われて、まさか冬賀が謝るわけがないと静かに腕の中で混乱していた。
「俺は、これでしか…お前を愛せない……」
 胸になにか、ストンと落ちるものがあった。
 聞いたことのない切羽詰まった声は、どう聴いても「饗庭冬賀」にはふさわしくなかった。それをぼんやりと感じつつ、抱擁を受け止め続ける。彼の、愛の言葉を聞いて、どうしてだろう―――胸がぎゅうっと痛む。
 この胸の痛みは、今まで感じたこともないものだった。苦しいけれど、幸福感が湧き上がる。こんな気持ちは初めてだった。黙っている惇人に、冬賀は心配そうに問う。見たこともないような、表情をしていた。
「おい…。返事しろよ、トんでんのかよ」
 荒々しい言葉だったが、どこか優しさを孕んでいる。
「俺も…すきです」
「…っ」
 心に浮かんだ言葉をそのまま口に出したら、すんなりと心の欠けたピースにはまった。その刹那、息が止まるようなキスをされる。歯をこじ開けられ舌を入れられ、突然の甘い快感に頭がついていけない。
 酸欠になりかけたところで、やっと口が離れる。その瞬間、ぷはっと息を吸いなんとか呼吸をする。ドクドクと鳴る心臓が自分のモノではないような気がした。そういえば、冬賀と会ってから惇人は知らない自分をたくさん知った。もしかしたら、前までの自分が嘘だったのかもしれないというほど。
「いいのかよ…。そんなこと言って…俺のこと好きだってってことは…奴隷になるんだぞ」
 ニヤついて、興奮した様子の冬賀は惇人の首輪を引っ張る。
 その表情には、先ほどの弱弱しい様子は一切感じられない。何もかも自信があって、王様みたいだ。キスの余韻をまだ感じている惇人は、ぽうっとした頭のまま答える。
「は…い…。俺を、冬賀様の奴隷にしてください………」
 自然と、膝を折り、冬賀に縋りついていた。
 まるで、こうなることが運命だったように。
 惇人は気づいていた。ずっと、冬賀は祖父が死に自暴自棄になっていた惇人に生きる意味を与えてくれていた。そのことに目を背けて、痛みを与えられ続ける行為に抵抗していた。それが、間違いだって知っていたのに。痛みをクスリを借りずに、快感に変わっているとこを知っていたはずなのに。
「…いい子だ…。お前は最高の奴隷になる…」
 すべてを受け入れた惇人に、冬賀は笑みを浮かべた。その嗜虐的な微笑みに、歓喜している奴隷がそこにはいた。その様子は、あの喫茶店で死んだ目をしていた青年の面影は一切感じさせない。
 この時から、惇人の新しい人生が始まった―――。
 
◇◇◇
 
 
「待ってください~…、また、違う奴隷のところで行くんですかっ…」
 コンクリートの要塞の出口であるドアに向かうところを見て思わず衝動に任せ、惇人は冬賀の脚に縋りつく。
 あれから、いつぐらい経ったのだろう。ずいぶんあの告白から、時が経っている。だが、惇人には今はそんなことは考えもしなかった。頭の中には、いつも主人である冬賀が支配していた。心も体も、冬賀なしでは考えられなくなっている。
 冬賀は調教師であり、ほかにも奴隷を飼っていることは知っていた。初めのころはそんなこと気にしなかったのに、今ではそうじゃなくなっている。主人がほかの犬に構っていると思うと、どうしようもないほど苦痛であった。
 冬賀がいない間は、惇人はただ待つことしかできない。主人のいない間の時間は、地獄に等しかった。
「ん? どうした。俺が居なくて寂しいか」
「さ、びしいです…っ! 行かないで…っアァ!」
 思い切り身体を蹴られ呻く。惇人の懇願は、あっけないほど否定された。その与えられる痛みと快感で、どうにかなりそうだった。冬賀の持っていた鞭で、背中を強く叩かれ無数にある傷跡がまた増えることになった。
「ジョン、奴隷の分際で俺の指図するなんてまたお仕置きされたいのか」
 その「お仕置き」という言葉を聞いて、惇人に身体の疼きと顔の震えを感じる。お仕置きと言われて、その先のことに浅ましく興奮している自分がいた。想像するだけで、自分の欲望が膨れ上がり、身体が反応してしまう。その惇人の様子を冬賀は、嘲笑する。それも、とても愉しそうに。獲物を狩るような笑みで、惇人を罵倒する。
「痛みで感じるようになってから、すぐ求めるようになったな。この淫乱」
 我慢もできないのか、と言われて背中がゾクゾク震えてしまう。冬賀の視線、声、行動、表情――――すべてが惇人にとってのすべてだ。
「ぁあ…っ、だって、冬賀さまがっ…、俺をそうしたからっ…」
 身体を仰向けにされて、すぐに達してしまいそうなペニスを持ち上げられたり指の腹で先端を刺激されたりさんざん弄ばれる。その快感は、甘く痛いほどのものだった。イケない切ない快楽に、惇人は身体を震わせ息絶え絶えに訴える。
「そうかもしれないな? だが、もともとジョンにも素質があったんだよ。見ろよコレ、虐められてイキそうになってるだろ?」
「ふっ…っ、んぁあああっ!」
 鞭で、腹の傷口をえぐる様に押される。その激痛に、歓喜しているものを感じていた。その表情は、一切知性を感じないしまりのない貌だった。惇人は、それだけでイッてしまう。冬賀の革靴まで勢いよく白濁が飛び散る。惇人は、スパークする絶頂感に悲鳴をあげる。
「また勝手にイって…。ジョンお前なぁ…俺にお仕置きされたくて、わざとやってるなぁ?」
「は、は…い。ご、ごしゅじん、さまにぃ……、お仕置きされたくて…わざと、イッちゃいましたぁ…」
 へへっ、と蕩けた顔で笑い淫猥な言葉を使う惇人はここに連れてこまれたときとは別人のものだ。冬賀の今までの調教の賜物だ。快楽漬けの日々を送らせ、さんざんその状態を惇人がねだるまで放置するのを繰り返す――――そんな発狂しそうな調教をずいぶん長い間行ってきた。
 そして、最近は冬賀がいなくなるのをひどく寂しがり、いないとなるとこうやって嫉妬をして見せる。まさに、主人なしでは生きていけない身体と心に染まっている。それは、冬賀の待ち望んでいた姿だった。
 冬賀が、惇人を奴隷にしようと決めたのはあの初めてあった喫茶店ではない。惇人の通っている大学を通りかかったとき、惇人の小奇麗な容姿に目を奪われたときだった。性の欠片も感じない惇人に目をつけ、相席をするまでずっと狙っていた。
 はじめは抵抗していたが、今ではすべてを受け入れている。あぁ、長かった――――ここまで。冬賀に、惇人への愛に気づいたのはいつ頃だっただろう。いや、今はそれすらもどうでもいい。
「じゃあ、何するかわかってるな?」
「ぁ…はい…っ、ん、ちゅ…っ」
 冬賀の言葉に酩酊状態になり、惇人は足元に跪き汚した冬賀の革靴を音を立てて舐めて綺麗にしている。普通の人間だったら、ためらう行為を今の惇人にはためらいなくやってみせるのだ。冬賀は満足げに微笑む。惇人は、身体の疼きを止められないでいた。まるで発情期のように、舐めているだけでも背徳感でゾクゾク震えてしまう。
「ん? また勃起して…、舐めてるだけで盛るようになったな…」
 冬賀にもバレてしまい、惇人は上目づかいで主人を愛おしく見つめる。裸の惇人には、何も隠し事はできないのだ。
「ぅ…ぅう…」
「そんな目で見ても俺は何もしないぞ? 可愛くおねだりするんだったら、他のヤツのところに行くのも考え直してもいいけどな」
 冬賀は、そう不敵に笑って見せる。惇人の選択肢は、もうはっきり決まっている。惇人は革靴から口を離し、股を拡げると、腰を受かせ窄まりを冬賀に見せるようにする。興奮で震える指で、息を荒くし、その真っ赤に充血した秘部を拡げる。その瞬間、内部がずくんとうずく。あぁ、愛する人にこんな姿を見られている。こんな姿、誰にも見られたくないのに――――。
「お、俺のここ…、もうパクパクしてて…冬賀さんのほしくて…欲しくて、たまらないですっ…。奥までいっぱいにして、せーし、いっぱいもらいたいです…っ! どうかこの、どうしようもないおれの…っ淫乱なアナルを犯してください…っ!」
 勃起し、すべてを丸見えにさせ、顔を真っ赤にさせ――――いじらしく腰が揺れながら惇人は甘くおねだりをする。隠語を使い、よだれを垂らし、めいいっぱい指で見せようと拡げる。それは、冬賀のお気に召すものだったらしい。
「ん…っぅう~~~っ」
 指を拡げられた穴に突っ込まれ、そのまま噛みつくようなキスをされる。口をいじくりまわされ、唇を離されたときには酸欠になりそうだった。「口を開けろ」と言われ大きく開けると、上から冬賀の唾液が落とされていく。
「全部味わって飲め」
 そう言われて、惇人は指を内部に無遠慮に動かせながらも二人分の唾液を味わって飲み干す。その飲み込んだ時の、幸福感は何にでも得難いものだった。冬賀は、うっとりとした表情で飲み干した惇人を内部を抉りながら笑む。
「ねだるのが上手になったな。ほかの奴隷より全然可愛い」
 それは「お前は最高の奴隷」と言われたも同然だった。惇人は、与えられ続ける快感に酔いしれ、また幸福感も味わい最高に興奮してしまう。うれしかった。今まで生きてなかで、一番。
「は、は…いっ! う、うれしっ…っいです…」
 快楽に酔いながら満面の笑みで、惇人は笑った。冬賀は静かにほかの奴隷に会うのは明日にしよう、と決めていた。それも、これで何度目だろう。これでは、どちらが支配者なのかも分からない。だが、それも冬賀にはどうでもいい。今は、ただこの状況をどう愉しむだけに集中したい。
 これからのことを思い浮かべ、冬賀は満足げに鞭を取り出す。その瞬間、惇人は嬉しそうに冬賀の鞭をみつめていた。
 この世界には、二種類の人間がいる。支配される人と、支配する人―――――。
 この二人は、きっと両方なのだろう―――――。
 
 ◇END◇

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感想 1

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みんなの感想(1件)

るか
2020.09.29 るか

自分はハードなのが好きなのですごく面白かったです
これからも頑張ってください

元森
2020.09.29 元森

コメントありがとうございます!!
ハードな作品なので、受け入れてもらえてよかったです。
応援ありがとうございます!
これからも頑張ります!!

解除

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