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5 覆水盆に返らず
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あれから、どれくらい時がたったのだろう。
時計もなく、窓もないこの場所は時間感覚が薄れ、惇人はずっと長い日を過ごしているようだった。冬賀から無理やり犯された日から、冬賀は姿を消した。「仕事に行ってくる」―――そう、言い残して。調教師と言っていたから、ほかの人を≪調教≫しているのだろう。
そんなこと、普通は信じない。だが、惇人はその冬賀の言葉を信じ切っていた。そうとしか、考えられなかったからだ。
惇人は、ずっとこのコンクリートの部屋にいたわけじゃない。まずあの気絶して起きた瞬間に冬賀に「汚い」と言われ、風呂場に無理やり連れていかれた。あの鉄壁のドアが開かれ、久しぶりに外に出られた。廊下は、清潔に保たれており、風呂場も自分のいた家のより大きいユニットバスだった。
そこで、まるで犬を洗うみたいなやり方で汚れを落とされた。傷が水に染みて痛かったが、我慢した。久しぶりの風呂は、惇人の心をやすらげた。冬賀は綺麗好きだと、惇人を荒っぽく洗いながら言った。だから、毎日お前は風呂に入れと、そう言い放った。
惇人はうなづいた。それはとても有難かった。
おずおずと、惇人はトイレに行きたいですと言った。冬賀は、顔をしかめたが、惇人の身体を雑にふきお風呂場を出ると、裸の惇人をトイレに連れてった。綺麗で大きい洋室のトイレで、惇人はふいに自分は人間に戻った気がした。閉じられたトイレのなかで、涙があふれてとまらなかった。
それから、俺は奇妙な監禁生活が始まった。
惇人は、ずっと裸のままだった。そして、お前のだと言われて冬賀につけられた皮の首輪があるだけだ。首を絞めつけられる感覚は、少しだけ慣れた。
ご飯は、不定期にご飯とスープがくる。時計がないので、朝御飯なのか夜ご飯なのかもわからない。ふいにドアが開き、見たことがないスーツ姿のおじいさんが床に置いていく。初めてご飯を食べたとき、毒が入っているかもしれないと思ったが、何日も食べてなかった惇人は我慢できずに箸もスプーンもフォークもないご飯に食らいついた。
犬食いをし、行儀が悪いと知りながらも食べすすめた。おいしくて、惇人は泣きながら食べた。その様は、まるで獣のようだった。
トイレに行きたいときは、カメラに向かって叫ぶしかない。そうするとドアのカギが開き、トイレにいける。はじめは恥ずかしかったが、今ではもう慣れた。惇人は、脱出しようと思ったがトイレとお風呂以外の扉はすべて閉じられていて抜け出すことは不可能に近かった。
カメラでずっと監視されていて、居心地が悪いので、惇人はいつもカメラの死角になるであろうカメラの下にいた。そこで、体育座りをし、身体を縮こませる。ひんやりとしたコンクリートの床は、徐々に自分の体温で温かくなる。
この部屋に娯楽なんてなかった。とても暇でしょうがなく、いつも惇人は考えていた。
大学は、どうなっているのだろう。世間では、行方不明になった自分のことが話題になっているのだろうか。そこまで考えて、それはないだろうなと思う。惇人は天涯孤独の身になった。心配してくれる友人も家族もいない。ずっと惇人は、この世にいないようなものだった。祖父だけが、惇人がこの世にいることの証明だった。
そんなことを思うと、無性に自分が一人だと自覚する。じくじくと、鞭で叩かれた記憶がよみがえる。痛い、死んでしまいたい。誰か、俺を、じいちゃんのところまで連れて行って。そんなネガティブなことばかり考えてしまう。そんな哀しいとき、いつも心に浮かぶのは祖父の声だった。
こんなふうに監禁され、管理されているという状況でまだ惇人の精神が狂乱に陥っていないのは、ひとえに祖父の思い出があったからだった。
「じいちゃん……」
じいちゃん、俺、どうなっちゃうんだろうね。
惇人は、いなくなった穴を埋めようとそっと自分の身体を抱きしめた。その体は、とても冷たく死人のようだった。
「お前に外の景色を見せてやる」
冬賀が久しぶりに帰ってきたときの第一声がこれだった。スーツ姿の冬賀は、初めて見た。体格のよい冬賀に、黒いスーツはよく似合っていた。惇人は、寝ていたところを起こされしばらく惚けていたが、冬賀が舌打ちをして慌てて「はい」と返事をした。
冬賀に「ついてこい」と言われて、惇人は急いで後ろについていった。ドアの外をでて、トイレを通り過ぎ、ある開かずの扉の前に立った。惇人は、思わず唾を飲み込む。やがて、その白いドアは開かれた。キイ…と扉が開くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
まるで最新のモデルルームを見せられているようだった。そこに広がる光景は、ずっとコンクリートの要塞にいた惇人にとって別世界だった。塵一つない、綺麗好きと言っていた冬賀が住んでいる部屋だとはっきりわかる。
テーブル、テレビ、デスク、棚―――すべてが完璧に配置されてある。そしてどれも、高級そうだった。モノクロに統一された大きな部屋は、ある意味完璧すぎて恐ろしかった。惇人は、まずまぶしい光に目を顰める。大きなガラスの窓からは、陽が出ていた。夏らしい、灼熱の太陽がさんさんと光っている。
「…っ」
あまりのまぶしさで、顔を覆うと冬賀は嗤った。
「人間の身体は、一週間に一度は太陽の陽にあたらないとダメになるらしいからな」
その言葉で、自分は一週間ここにいたのだ、と惇人は気づく。
「ぁ…」
薄く手からすけて見えた世界は、一面が海に広がっていた。夏の太陽に照らされた海は、綺麗だった。群青に光る海と、光の反射でキラキラと光る世界。今まで灰色の世界に包まれていたから、余計にこの世のものじゃないように見えた。惇人は、ぼんやりと思い出す。
祖父と一緒に行った、小さなころの大切な思い出。海で拾った綺麗な淡いピンク色の貝殻。あれは、今でも家にあるのだろうか。
「貝殻……」
ふいに呟いていた。冬賀は、小さく言った惇人の言葉に答えた。
「あぁ、拾えるぞ。まあお前には拾わせてやることはできねぇけど」
ジョンが逃げちゃったら大変だ、と冬賀は笑った。
だが、惇人の耳にはそんな言葉は聞こえてこなかった。耳鳴りのするような、あの貝殻を耳に押し当てたときの潮の音。あの音が耳に鳴っている。あれを、もう一度聞けたら―――…。
「じいちゃん………」
――――じいちゃんに、会えそうだ。
そう考えた瞬間だった。
「ッ…」
背中に、今まで感じたこともない痛みを感じた。惇人は、声にならない悲鳴をあげる。惇人は、そのままその場に倒れこんだ。瞬間的に、自分は鞭でぶたれたのだと、察した。その考え通り、冬賀が冷酷な表情で、鞭を手に持ち自分のことを見下ろしていた。その見下した瞳は、今後の状況がよくないことを知らせていた。
「ジョン、今なんつった?」
無表情で言い放つ。その表情は、すべてを圧倒させるものだった。そして惇人は、自分のしでかしたことに今気づいた。
「ぁ……、お、れ」
じいちゃん、助けて。――――惇人は、何度もそう願う。
「死者を想って何になる? まさか、ジョンお前じいさんが生きてると今でも思ってんじゃないよな?」
「じ…じいちゃんは、生きてる……あがっ!」
―――俺の心のなかで、ずっと。
惇人の言葉が言い終わる前に、大きく鞭が振るわれる。今までの、鞭打ちよりも鋭く貫く痛みだった。惇人は、フローリングの床でムカデのようにのたうった。
「俺は甘かったんだなジョン。お前が手がかかる子だって知ってたのに甘やかしてた」
「ア゛アアアァアアアアアッ!」
言葉は無機質なのに、鞭は荒く激しい。今まで以上の激痛に、惇人は絶叫する。この前の鞭打ちなんて非じゃないほどに、重く身体を引き裂く痛みだった。今まで、冬賀は本気じゃなかった。まだ、上があったんだ。
「ジョンも、そうやって叫ぶんだ。初めて知った」
まるで、他人事のように言う。それでもなお、身体の鞭打ちは止めない。骨にまで響く痛みに気が狂いそうで、惇人は懇願し叫ぶ。
「や、やめっ、ああっ、あああああぁっ」
やめてくれ、と叫ぼうにも次々に打ちつけられてまともに叫べない。断片的な叫びをあげても、冬賀の心は揺さぶれない。
「背中が真っ赤に腫れたな。打つところがなくなったぞ。全身を鞭の痕に染めたいのに。今度はどこにぶたれたい?」
「ひいっ」
この世の言葉ではない恐怖の言葉を聞き、惇人は恐怖で後ろに後ずさる。張り付いた悲鳴が、しゃがれて出た。全身が痛いはずなのに、生命的危機的状況で身体が本能的に逃げる。すると、冬賀は嬉しそうに笑った。
「まだ腹があったな」
ニヤリ、と獣が牙を出していた。鞭が、床を激しくたたき惇人を追い詰めていく。
「やだっ、いやだあああああっ」
もう、痛くなりたくない。その一心で、惇人は逃げようとする。だが、仰向けに押し付けられ一発腹に決まると逃げるという選択肢が消え失せた。
「あああぁっ」
腹を殴られたような痛みが、惇人に襲い掛かる。一発の重みが、初めての鞭でぶたれたときよりも格段に重い。これ以上打たれたら、壊れる。
「今の一発、キたみたいだな」
冬賀が、野獣の笑みを浮かべる。舌なめずりして、惇人の下半身を見つめる。そこには、勃起しかかった惇人のペニスがあった。惇人は、また自分の性器が馬鹿になってしまったと、混乱してしまった。強烈な痛みが、身体を異常にさせているのかもしれない。
浅く息をして、惇人は抗議する。
「ちがう…身体が馬鹿に…なっただけで…」
震えながら口を動かす。すると、冬賀は小さく口角をあげる。
「ホントかよ。じゃあ、これには耐えられるよな」
そう言って、冬賀は惇人に体育座りをさせた。そして、そのまま股を広げられる。所謂、御開帳、と呼ばれる格好に惇人は酷く狼狽える。だが、射抜く視線に惇人は、泣きそうになりながらその要望にこたえなければならなかった。
自分の性器が屹立し、冬賀の目に晒されている。そう考えるだけでも、羞恥で頭が煮えたぎりそうだった。惇人の格好は、何もかもが丸見えの状態だった。手で足をつかんでいろ、と命令され身体にゾクリとうずくのを感じた。
いったい、何が起こるのか――――。そう思ったときだった。
「ア゛ぁっ!」
ヒュン、と風の音とともに衝撃が惇人に起こった。太ももに、一発鞭が打たれたのだ。際どい部分の痛みに、惇人は大きく悲鳴をあげることしかできなかった。痛みとともに、考えたくない感覚が襲ってくる。惇人は、痙攣し、目線を冬賀に向ける。
「まだ分からないか? お前は痛みに感じる淫乱な奴だって」
「…そ、んな……あぁあああっ」
また、ピンポイントに鞭がかなり際どい部分に打たれた。性器に触れるか触れないかの、ギリギリの部分だ。
それから、惇人にとって耐えようのない責苦が始まろうとしていた。
時計もなく、窓もないこの場所は時間感覚が薄れ、惇人はずっと長い日を過ごしているようだった。冬賀から無理やり犯された日から、冬賀は姿を消した。「仕事に行ってくる」―――そう、言い残して。調教師と言っていたから、ほかの人を≪調教≫しているのだろう。
そんなこと、普通は信じない。だが、惇人はその冬賀の言葉を信じ切っていた。そうとしか、考えられなかったからだ。
惇人は、ずっとこのコンクリートの部屋にいたわけじゃない。まずあの気絶して起きた瞬間に冬賀に「汚い」と言われ、風呂場に無理やり連れていかれた。あの鉄壁のドアが開かれ、久しぶりに外に出られた。廊下は、清潔に保たれており、風呂場も自分のいた家のより大きいユニットバスだった。
そこで、まるで犬を洗うみたいなやり方で汚れを落とされた。傷が水に染みて痛かったが、我慢した。久しぶりの風呂は、惇人の心をやすらげた。冬賀は綺麗好きだと、惇人を荒っぽく洗いながら言った。だから、毎日お前は風呂に入れと、そう言い放った。
惇人はうなづいた。それはとても有難かった。
おずおずと、惇人はトイレに行きたいですと言った。冬賀は、顔をしかめたが、惇人の身体を雑にふきお風呂場を出ると、裸の惇人をトイレに連れてった。綺麗で大きい洋室のトイレで、惇人はふいに自分は人間に戻った気がした。閉じられたトイレのなかで、涙があふれてとまらなかった。
それから、俺は奇妙な監禁生活が始まった。
惇人は、ずっと裸のままだった。そして、お前のだと言われて冬賀につけられた皮の首輪があるだけだ。首を絞めつけられる感覚は、少しだけ慣れた。
ご飯は、不定期にご飯とスープがくる。時計がないので、朝御飯なのか夜ご飯なのかもわからない。ふいにドアが開き、見たことがないスーツ姿のおじいさんが床に置いていく。初めてご飯を食べたとき、毒が入っているかもしれないと思ったが、何日も食べてなかった惇人は我慢できずに箸もスプーンもフォークもないご飯に食らいついた。
犬食いをし、行儀が悪いと知りながらも食べすすめた。おいしくて、惇人は泣きながら食べた。その様は、まるで獣のようだった。
トイレに行きたいときは、カメラに向かって叫ぶしかない。そうするとドアのカギが開き、トイレにいける。はじめは恥ずかしかったが、今ではもう慣れた。惇人は、脱出しようと思ったがトイレとお風呂以外の扉はすべて閉じられていて抜け出すことは不可能に近かった。
カメラでずっと監視されていて、居心地が悪いので、惇人はいつもカメラの死角になるであろうカメラの下にいた。そこで、体育座りをし、身体を縮こませる。ひんやりとしたコンクリートの床は、徐々に自分の体温で温かくなる。
この部屋に娯楽なんてなかった。とても暇でしょうがなく、いつも惇人は考えていた。
大学は、どうなっているのだろう。世間では、行方不明になった自分のことが話題になっているのだろうか。そこまで考えて、それはないだろうなと思う。惇人は天涯孤独の身になった。心配してくれる友人も家族もいない。ずっと惇人は、この世にいないようなものだった。祖父だけが、惇人がこの世にいることの証明だった。
そんなことを思うと、無性に自分が一人だと自覚する。じくじくと、鞭で叩かれた記憶がよみがえる。痛い、死んでしまいたい。誰か、俺を、じいちゃんのところまで連れて行って。そんなネガティブなことばかり考えてしまう。そんな哀しいとき、いつも心に浮かぶのは祖父の声だった。
こんなふうに監禁され、管理されているという状況でまだ惇人の精神が狂乱に陥っていないのは、ひとえに祖父の思い出があったからだった。
「じいちゃん……」
じいちゃん、俺、どうなっちゃうんだろうね。
惇人は、いなくなった穴を埋めようとそっと自分の身体を抱きしめた。その体は、とても冷たく死人のようだった。
「お前に外の景色を見せてやる」
冬賀が久しぶりに帰ってきたときの第一声がこれだった。スーツ姿の冬賀は、初めて見た。体格のよい冬賀に、黒いスーツはよく似合っていた。惇人は、寝ていたところを起こされしばらく惚けていたが、冬賀が舌打ちをして慌てて「はい」と返事をした。
冬賀に「ついてこい」と言われて、惇人は急いで後ろについていった。ドアの外をでて、トイレを通り過ぎ、ある開かずの扉の前に立った。惇人は、思わず唾を飲み込む。やがて、その白いドアは開かれた。キイ…と扉が開くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
まるで最新のモデルルームを見せられているようだった。そこに広がる光景は、ずっとコンクリートの要塞にいた惇人にとって別世界だった。塵一つない、綺麗好きと言っていた冬賀が住んでいる部屋だとはっきりわかる。
テーブル、テレビ、デスク、棚―――すべてが完璧に配置されてある。そしてどれも、高級そうだった。モノクロに統一された大きな部屋は、ある意味完璧すぎて恐ろしかった。惇人は、まずまぶしい光に目を顰める。大きなガラスの窓からは、陽が出ていた。夏らしい、灼熱の太陽がさんさんと光っている。
「…っ」
あまりのまぶしさで、顔を覆うと冬賀は嗤った。
「人間の身体は、一週間に一度は太陽の陽にあたらないとダメになるらしいからな」
その言葉で、自分は一週間ここにいたのだ、と惇人は気づく。
「ぁ…」
薄く手からすけて見えた世界は、一面が海に広がっていた。夏の太陽に照らされた海は、綺麗だった。群青に光る海と、光の反射でキラキラと光る世界。今まで灰色の世界に包まれていたから、余計にこの世のものじゃないように見えた。惇人は、ぼんやりと思い出す。
祖父と一緒に行った、小さなころの大切な思い出。海で拾った綺麗な淡いピンク色の貝殻。あれは、今でも家にあるのだろうか。
「貝殻……」
ふいに呟いていた。冬賀は、小さく言った惇人の言葉に答えた。
「あぁ、拾えるぞ。まあお前には拾わせてやることはできねぇけど」
ジョンが逃げちゃったら大変だ、と冬賀は笑った。
だが、惇人の耳にはそんな言葉は聞こえてこなかった。耳鳴りのするような、あの貝殻を耳に押し当てたときの潮の音。あの音が耳に鳴っている。あれを、もう一度聞けたら―――…。
「じいちゃん………」
――――じいちゃんに、会えそうだ。
そう考えた瞬間だった。
「ッ…」
背中に、今まで感じたこともない痛みを感じた。惇人は、声にならない悲鳴をあげる。惇人は、そのままその場に倒れこんだ。瞬間的に、自分は鞭でぶたれたのだと、察した。その考え通り、冬賀が冷酷な表情で、鞭を手に持ち自分のことを見下ろしていた。その見下した瞳は、今後の状況がよくないことを知らせていた。
「ジョン、今なんつった?」
無表情で言い放つ。その表情は、すべてを圧倒させるものだった。そして惇人は、自分のしでかしたことに今気づいた。
「ぁ……、お、れ」
じいちゃん、助けて。――――惇人は、何度もそう願う。
「死者を想って何になる? まさか、ジョンお前じいさんが生きてると今でも思ってんじゃないよな?」
「じ…じいちゃんは、生きてる……あがっ!」
―――俺の心のなかで、ずっと。
惇人の言葉が言い終わる前に、大きく鞭が振るわれる。今までの、鞭打ちよりも鋭く貫く痛みだった。惇人は、フローリングの床でムカデのようにのたうった。
「俺は甘かったんだなジョン。お前が手がかかる子だって知ってたのに甘やかしてた」
「ア゛アアアァアアアアアッ!」
言葉は無機質なのに、鞭は荒く激しい。今まで以上の激痛に、惇人は絶叫する。この前の鞭打ちなんて非じゃないほどに、重く身体を引き裂く痛みだった。今まで、冬賀は本気じゃなかった。まだ、上があったんだ。
「ジョンも、そうやって叫ぶんだ。初めて知った」
まるで、他人事のように言う。それでもなお、身体の鞭打ちは止めない。骨にまで響く痛みに気が狂いそうで、惇人は懇願し叫ぶ。
「や、やめっ、ああっ、あああああぁっ」
やめてくれ、と叫ぼうにも次々に打ちつけられてまともに叫べない。断片的な叫びをあげても、冬賀の心は揺さぶれない。
「背中が真っ赤に腫れたな。打つところがなくなったぞ。全身を鞭の痕に染めたいのに。今度はどこにぶたれたい?」
「ひいっ」
この世の言葉ではない恐怖の言葉を聞き、惇人は恐怖で後ろに後ずさる。張り付いた悲鳴が、しゃがれて出た。全身が痛いはずなのに、生命的危機的状況で身体が本能的に逃げる。すると、冬賀は嬉しそうに笑った。
「まだ腹があったな」
ニヤリ、と獣が牙を出していた。鞭が、床を激しくたたき惇人を追い詰めていく。
「やだっ、いやだあああああっ」
もう、痛くなりたくない。その一心で、惇人は逃げようとする。だが、仰向けに押し付けられ一発腹に決まると逃げるという選択肢が消え失せた。
「あああぁっ」
腹を殴られたような痛みが、惇人に襲い掛かる。一発の重みが、初めての鞭でぶたれたときよりも格段に重い。これ以上打たれたら、壊れる。
「今の一発、キたみたいだな」
冬賀が、野獣の笑みを浮かべる。舌なめずりして、惇人の下半身を見つめる。そこには、勃起しかかった惇人のペニスがあった。惇人は、また自分の性器が馬鹿になってしまったと、混乱してしまった。強烈な痛みが、身体を異常にさせているのかもしれない。
浅く息をして、惇人は抗議する。
「ちがう…身体が馬鹿に…なっただけで…」
震えながら口を動かす。すると、冬賀は小さく口角をあげる。
「ホントかよ。じゃあ、これには耐えられるよな」
そう言って、冬賀は惇人に体育座りをさせた。そして、そのまま股を広げられる。所謂、御開帳、と呼ばれる格好に惇人は酷く狼狽える。だが、射抜く視線に惇人は、泣きそうになりながらその要望にこたえなければならなかった。
自分の性器が屹立し、冬賀の目に晒されている。そう考えるだけでも、羞恥で頭が煮えたぎりそうだった。惇人の格好は、何もかもが丸見えの状態だった。手で足をつかんでいろ、と命令され身体にゾクリとうずくのを感じた。
いったい、何が起こるのか――――。そう思ったときだった。
「ア゛ぁっ!」
ヒュン、と風の音とともに衝撃が惇人に起こった。太ももに、一発鞭が打たれたのだ。際どい部分の痛みに、惇人は大きく悲鳴をあげることしかできなかった。痛みとともに、考えたくない感覚が襲ってくる。惇人は、痙攣し、目線を冬賀に向ける。
「まだ分からないか? お前は痛みに感じる淫乱な奴だって」
「…そ、んな……あぁあああっ」
また、ピンポイントに鞭がかなり際どい部分に打たれた。性器に触れるか触れないかの、ギリギリの部分だ。
それから、惇人にとって耐えようのない責苦が始まろうとしていた。
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