Re:asu-リアス-

元森

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32 『彼女』の意味

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※このお話から過度な性的表現、直接的表現、マニアック表現(浣腸、道具、放置、無理やり、媚薬、鬼畜要素など)が含まれます。観覧にはご注意ください。
 
◆◆◆
 
 意識を覚醒させたとき、ズキンと頭に痛みが走った。身体が妙に痛くて、まるで浮いているような気がした。樹はぼんやりした頭に鞭打って、重くなった瞼をゆっくりと開ける。樹の視界に入ってきたのは、白い天井だった。
 あーちゃんちで寝ちゃったんだっけ…俺…。
 だんだんと今までのことを思い出し、勝手に寝てしまってごめんなさいと明日に申し訳なくなる。そんな明日に対しての謝罪の言葉を思い浮かんでいるとき、自分の状況の違和感に気づき身体を強ばらせる。
 身体に感じた違和感、それは手が伸ばせないことだった。脚も何故か動かそうとしても動かない。何かに縛られているのだ、と気づいたのは無理やり顔を動かしてひも状のもので縛られているのを見てからだった。
「っ、ングッ」
 ベットの上で寝かされている自分は両腕を後ろに縛られ、両足も自由がきかないように動かせないように縛られていた。手を動かそうとすると、痛みが走りうめき声をあげる。
 いったいなんで自分がこうなっているのかまるで分からない樹は、とにかく今のまさに手も足も出ない状況から打破しようと身体をよじらせていた。だが縛られた拘束はビクともしない。樹は芋虫のように身体をよじらせ、ベットを軋ませることしかできず、大量の汗を流すというむなしい成果しか得られなかった。
「あーちゃん…どこ…?」
 こんな状況になっている自分がいるのだから、明日は無事なのだろうかと不安になって樹は泣きそうになる。
 明日のファンがやったことなのか、強盗の仕業なのか、それとも違う人なのか、明日の部屋に一人きりにされ縛られた樹にはわかるわけがない。
「あーちゃん!」
 樹は自由になっている口を開けて大声をあげた。だが、何度呼んでも明日の姿もみえないし、声さえも聞こえない。明日の家は防音になっているのだからそれは当たり前なのかもしれない。不安になって泣きそうになった瞬間、ドアが開いた。そこにはケガをした様子もないの昨日のままの明日がいた。
「あーちゃんっ」
 無事だったの、と安堵の声をあげる樹に明日は一瞬驚いた顔をして―――すぐに蕩けた顔をする。
「イズ。起きたんだね」
「あーちゃん、無事だったんだね?! 怪我はない?!」
 全力で心配する樹に明日は目を丸くする。そんな反応をした彼に樹は違和感を感じた。
 驚いた顔をしたのは一瞬で、明日は次の瞬間弾けたように笑った。声をあげ楽しそうに笑う明日に樹はあっけにとられてしまう。明日は笑いながら開いたドアを閉め、縛られたままベットに転がされている樹の隣に座った。
 ギシと鳴る音が部屋に響く。
「イズを縛ったのは僕だよ?」
「え…」
 べつに泥棒なんてはいってないよ、とクスクスと笑う明日は冗談を言っているわけではないようだ。
 明日のいつも通りの綺麗な顔をみてから、言葉を理解した瞬間、樹の脳に雷(いかずち)が打たれたみたいな衝撃が襲う。明日の言葉は理解できるが、信じたくない樹は瞬きを繰り返す。あーちゃんが俺を縛る? どうして、なんで?
 疑問が頭を埋め尽くしていると明日がその答えを言った。
「イズが逃げないか不安になって」
 まるで鍵を閉めたか不安になったからという感じで明日に言われて、樹は怒りよりも困惑が勝った。
「に、逃げないよ…?」
「…だってこの前は逃げたから」
「そ、それは…」
 この前、というのは明日が樹のことを襲ったときのことだろう。ああ襲われて逃げないほうが変だろう。
 逃げないか不安になったからって普通は縛ったりはしない。仮にも恋人になったのにそこまで信用されていないのか、と樹は悲しくなる。樹は大きく息を吐いて、むくれ面の明日を見つめる。
「…あーちゃん俺逃げないから、外してほしいな。痛いし…」
「ホントに逃げない? 逃げないって証明できる?」
「証明……」
 子供のように詰め寄る明日に樹はたじろぐ。綺麗すぎる明日の顔が間近にあって飛び上がりそうになった。明日の言う逃げない証明って何だろうと樹は思ってしまう。口に出して反芻してみたが、いい証明方法は出てこない。
 心臓を差し出せば信じてくれるかもしれないが、樹にはそんなことはできない。樹がどうしようかと考えていると、明日は口を開いた。
「イズが僕にキスしてくれたら信じる」
「ッ」
 綺麗な顔が、無邪気で無垢で―――だけれどしっかりと欲望を持った顔に変わった。樹は顔を真っ赤にして、ごくりと唾を飲みこんだ。つい明日のふっくらした色香のある唇を見てしまい、目線を反らす。
「イズやっぱり逃げる気なんだ」
 樹の反応をみてそう判断したのか明日はさらに拗ねた声を出した。これじゃあさらに話がこじれそうだ。樹は覚悟を決めて勢いのまま叫んだ。
「ち、ちがう! す、するから…するから縛るの外して…」
「……」
 顔が熱い。言った言葉は最後のほうがしぼんで消えそうになるほど小さい声になってしまった。明日はしばらく黙っていたけれどキツく縛っていた縄を外してくれた。外した瞬間、身体が解放されたと同時に急に動かしたせいか軋んだ痛みがした。
 身体をゆっくりと動かし、痛む上半身を起き上がらせると明日と向き合った。明日の美しすぎる貌に、心臓が痛いほど張り詰める。
「キス」
 そう口にして…ん、と口をとがらせ強請る明日に身体がゾクリと震える。それは興奮と緊張が混じった震えだった。樹は震える身体で好きな人の唇に―――恋人にキスをした。唇が触れた瞬間、あまりに柔らかくて驚いて離れようとしたがそのまま噛みつくように明日が口づけを深くした。
「ん、んぅ…っぅ」
「イズ、っ、―――っぅ」
 驚いて離れようとすると、明日は逃げる身体をベットに押し倒し樹を逃がさないようにしてしまった。明日の舌が無理やり樹の口腔を嬲り、樹に欲望を叩きこむ。明日のキスは脳も身体もグチャグチャにしてしまう。突然の激しいキスに樹は息が出来ずに明日の肩を叩いて助けてくれと縋る。
 苦しさに涙を浮かべてやっと明日は口から離してくれた。
「…は、っ、はぁ…」
 樹は荒く呼吸を繰り返し、なんとか呼吸を整えようとしていると明日が何かをポケットの中から出しているのがみえた。
「…イズ、こっち見て」
 性急に囁かれて樹の腰が蕩けそうになる。明日の言葉に従い、ぼんやりとした頭をあげて明日の示したほうを見る。
「…っ、なに?」
 いまだ飽和状態の脳で肩で息をしていた樹に、明日は見慣れない錠剤を見せてきた。樹の手を引っ張り、無理やりその薬を握らせる。そしてなんだろうと考えていた樹に、明日は美しい声で耳を疑うことを言った。
「…これね、浣腸剤」
 明日の口から一生出てこないような単語が出てきて、樹は素っ頓狂な声をあげてしまった。
「え?」
 かんちょうざい? 
 頭が真っ白になる。明日の言葉を何度も反芻しても、到底理解できるわけがなかった。明日はべつに普段通りに言った。樹は自分の手にある錠剤と何故か楽しそうに笑う明日を交互に見た。だが明日を見ても、浣腸剤と言われた薬を見ても、明日の意図を読み取ることはできない。
「今すぐに飲んでくれる?」
 さらに続けて言われた言葉に混乱が深くなる。
「えっえ? ど、どうして? な、なんで? え? 俺が飲むの?」
 自分でも何を言っているのか混乱しすぎてももう分からない。
 明日が何故そんなものを飲ませようとするのか、樹にはまったく分からなかった。恋人って、そういうことをするんだっけ? 目に見えて混乱しきった樹に明日は目を細める。
「恋人になったから準備をしなくちゃいけないでしょ?」
「―――」
 言葉が出なかった。明日の言葉で、どうして彼が自分にそんなものを飲ませようとするのかやっと理解した。――――明日は樹と、セックスをしようとしているのだ。そう理解したとたん、身体に湧きあがったのは激しい恐怖と、嫌悪感、そして仄かな暗い興奮だった。
 樹も男同士でする方法は知っている。だから受け入れる側は直腸を洗浄しなくてはならない、ということは分かっていた。そこまで考えてから、樹はあることに気づき戦慄した。
「じゃあ、あ、あの。あ。あーちゃんが…、俺に彼女でいいかって聞いたのって…」
 言いながら声が、身体が震えていた。明日の顔が見れない。つまり明日は、恋人で本当にいいのかではなく、セックスのときに女役でいいかということを聞いたということなのか?
 あまりのことに頭がガンガンと痛くなる。
 樹の考えていた恋人のすることと、明日の考えていたことはまったく違っていたのだ。
「そうだよ? イズに入れてもいいか確認がしたかったんだよね。イズがOKしてくれて嬉しかったなぁ」
 明日の言葉を聞いて心が割れた音が聴こえた気がした。自分の最悪の答えが当たっていた。自分がとんでもない勘違いとそれに間違いをおかしていたことに気づき、樹は打ちひしがれる。なんで自分はあの時OKしてしまったのだろう。
 あのとき少しでも自分が喜んだのが馬鹿みたいだ。
 明日は今にも消えそうなほど震えている樹を見てとても嬉しそうに笑っていた。混乱している樹を見るのが面白くて仕方がないというように。
「嫌だっ、俺こんなの飲めないよっ」
 大きくかぶりを振って樹は抵抗する。普通は恋人にこんなことさせないだろう。こんなひどいこと明日に言われていなかったら、今すぐに顔を殴って逃げていたはずだ。
 今の明日は狂っている。いや、昔からそうだったのかもしれない。気づかなかった自分が悪いのだ。
「え~? イズは僕に突っ込みたかったの?」
「っ?!」
 明日のはっきりした言葉に樹は顔を赤らめ、硬直させる。―――そうだ。樹は妄想で明日を抱いていた。だがそんなこと言えるわけがなくて、樹はただ顔を赤くして黙っていることしかできない。
「僕はべつにいいけどさぁ、今日は僕の彼女になるって決まったでしょ? 駄目だよぉ、イズ逃げないって言ったじゃん。今日は諦めて、一緒に気持ちよくなろう? ね?」
 明日は樹に近づき、逃げないようにしてしまった。彼はとびきり甘い声で樹を誘惑する。明日の香りがさらに強くなるのを感じ、本能的な恐怖でかぶりをふる。
「や、やだぁ…」
 樹はもう自分に逃げ場がないことに気づき、薬を握りしめ何度も首を振った。明日の言葉が、表情が、声が、何もかもが狂気に満ちている。
 どこに好きな人に下剤を飲めと言われて喜んで受ける人がいるのだろうか。
「どうしたの?泣きそうだよ? あっクスリ飲むのが怖いの? 大丈夫だよ、僕がちゃんとイズが怖くないように見守っててあげるからさ。イズが苦しくなったら、痛くならないようにお腹撫でてあげるよ? 頑張ってって応援してあげるよ。それに10分間我慢するだけだよ? すぐ終わるよ」
 明日の声は樹にもわかるほど興奮していて早口だった。下剤を飲んだ恥辱的な樹の想像をしているのだろう。恍惚した表情で虚ろな瞳は、天使というにはあまりにも欲望に塗れていた。
「い、嫌……見られたくない…、恥ずかしいよ…」
 浣腸され呻いている自分の姿なんて絶対に明日に見られたくない。そんなところ見られたら死んでしまう。樹は今にも泣きそうな顔で必死に明日に縋りついて懇願した。その声は恋人に向けるにはあまりに悲愴めいていた。
「…そっか。じゃあここで待ってるからさ。…準備してきて?」
 明日が完璧な笑みを浮かべ樹を送り出した。そっと樹から離れて、ドアのほうに目線を向ける。その顔をみてあぁ、明日は本気なんだ、と思い知る。
 樹は自分が浅はかだったと気づく。恋人になれてうれしい?―――たしかにそうかもしれない。だが今味わっているのは本来の恋人同士の甘さじゃない。恋人同士の甘さと言うにはあまりにも屈辱的すぎるものだ。
 樹は逃げるのを諦めてふらふらと立ち上った。そして洗面所に向かうと握りしめた薬を口に放り込んで水で流し込んだ。それが強力な下剤と知っていても好きな人のためなら耐えきれると今にも崩れそうなプライドを奮い立たせて。
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