23 / 52
23 豹変
しおりを挟む
結局そのあと明日は戻ることはなかった。宮田さんに「そろそろ時間が…」と言われて、タスキと樹は迷惑にならないように急いで帰った。帰りの電車ではタスキと樹は興奮して番組の感想やリアスの生歌の感想を話した。
樹はすっかり明日とあの別れから話していないことに気づかずそのまま家路についた。
タスキと別れて自分の部屋に帰ってからそう言えば、さよならの挨拶もせずに帰ったと少し落ち込んだ。
何かメールで一言言った方がよいのかもしれない、と思ったが結局「あーちゃんも忙しいからやめといたほうがいいかな」と樹は結論付けとくに何もせずにそのまま御飯を食べて寝た。
その日の深夜―――。
樹が寝息を立てて寝ていると、枕もとに置いてあるケータイが小さく震えた。
樹はその小さなプルッ、と震えた音を過敏に反応し目を覚ます。乱暴な手つきで充電器からケータイを離し、電源を入れる。だが、寝ぼけた目でケータイの画面を見てもなんのことだが分からなかった。結局ろくな確認もせず―――樹は眠気に逆らうこともなくケータイを握りしめて寝た。
次の日。樹はけたたましい目覚ましの音で目が覚めた。
「んぐぅ…」
耳を塞ぎ、身体を丸め込む。冬の部屋は寒くて、温かいベットのなかにいないとキツイ。
樹は昨日の疲れからかなかなかベットの中から出れないでいた。温かい布団が気持ちよいのだ。
だが、ふと目を覚ましケータイの時計を確認すると樹は青ざめた。
「うっわ、もう8時過ぎ?! てか、ケータイの充電ないし! やっべ~っ、今日お母さん朝早かったんだった!」
不幸とは重なるもので、樹は慌てて支度すると急いで家から飛び出した。ケータイは昨日の夜に寝ぼけて抜いた充電器から外れていたせいで、もともとぎりぎりの充電池がもう虫の息だった。今日はケータイが使い物にならないだろう。
そして昨日母が言っていた「明日は朝早く出かけるからね」という言葉をすっかり忘れていた樹は、どうせお母さんがギリギリになったら起こしてくれるだろという想いでアラームが鳴ってもまた寝続けていた。
両親がいない静かな家を飛び出した樹は、遅刻ギリギリの時間に登校しタスキに「おいおい大丈夫か?」と心配されてしまったのだった。
その日の授業はまだ昨日の疲れが取れていなかったのか、睡魔が授業中やってきてほとんど聞いていなかった。授業を聞くよりも、睡魔と戦うのに必死だった。そろそろ冬休みだからか、クラスのみんなは浮足立っていた。
今日の帰りは1週間に2回ある姫川と帰る日だった。樹の仮の恋人役が効いたのか、姫川へのストーカー行為も最近なくなっているらしい。それはすごく喜ばしいことでつい樹は「じゃあこれでタスキくんに告白できるね」と言ってしまって、姫川の可愛らしい顔がみるみると真っ赤になった。
あ、やばい―――そう思う前に、肩を思い切り叩かれてしまった。
照れ隠しだと思うが、滅茶苦茶樹にとっては痛いのでやめて欲しい。まあそんなことを言った自分が悪いことは分かっているので言わないけれど。
でもあの時の姫川さんは可愛かったかも―――。
そう思って思わずニコニコして家の前の道を歩いていると、自分の家の近くに誰かが座っているのがみえた。
誰だろう?と思ってしゃがんでいる人物を覗き込んだ瞬間だった。その人物が顔をあげてこちらを見る。
「あっ……」
顔を認識する前にその人物が立ちあがり、樹の腕を掴んだ。性急に、乱暴に捕まれた腕は痛みで悲鳴をあげる。
「あーちゃ…」
その掴まれた手は冷たくて、一瞬目があった瞳は冷たくて、自分が知っている人ではないような気がした。でも、つかんだ腕も、綺麗な顔も、スタイルのいい男の身体も樹の好きな人に違いなかった。
どうして?――いろいろな疑問が湧き上がる。なんでこんなところにいるのか、なんで自分を待っているように家の近くにいたのか、どうしてそんなに綺麗な笑みを浮かべているのか。どうしてその顔に似合わない力強い手で、樹の腕を掴んでいるのか。
私服姿の明日は、こちらを見て笑っていた。
「こっち来て」
そう言って明日は、樹の腕を無理やり引っ張りずんずんと道を進んでいく。そっちは明日の家の方向だ。
「あーちゃんっ」
急にどうしたの?
そう言いたいのに、声が出てこない。心がざわざわとしていた。どうしてだろう。いつもの明日じゃないような気がした。笑っているけど、怒っている。そんな気がしてならなかった。
ろくな抵抗も出来ないで樹はそのまま明日の家に連れてこられた。乱暴に玄関の鍵を開ける明日は見たこともない違う人のようだった。寒い空気が、樹の不安をさらにかきたてる。あーちゃん、どうしたの。そう聞きたいのに、なぜか声が出なかった。
明日のいつもと違う様子に、身体が委縮してうまく逃げることもできない。逃げたほうがいい、そうは分かっているのに身体が明日のひかれる手のまま動いてしまう。
「っ…!」
そうこうしているうちに明日の家のリビングまで来ていた。薄暗いリビングには誰もいなかった。この家にいるのは明日と樹だけだった。いつもだったらうれしいはずの明日の家が、会えてうれしいはずの明日が今は怖くて仕方がない。
リビングに投げ出されて、樹はしりもちをつく。なんでこんなことになっているのか、まったく分からなかった。
明日は昔から強引なところがあったけど、いままでこういうことはされたことなかったから。
「なんで…電話に出てくれなかったの…?」
「え…、あっ…ごめん…昨日の夜から電池…なくて…」
問われて樹はしどろもどろになって答える。言いながらなんだか自分の言葉が真実なのに嘘っぽく聞こえてきた。
「ふうん…そっか」
昨日の夜の電話は明日だったのか? ―――そんな疑問を聞く前に、明日が口を開く。
「イズ、愉しそうだったね」
「…え?」
いつもの声だけど少しだけ違う甘く低い声。樹は目の前に立っている明日を見上げる。汗が噴き出た。薄暗い部屋で明日の顔はあまり見えなかったけれど、言葉と、声と、甘い香りと、彼の存在だけで樹は堪らなくなる。
ドクンドクンそう心臓が脈打つ。寒い部屋なのに、汗が噴き出る。冷や汗だ。
「彼女いたんだね」
「…ッ」
―――見られてた。
樹は喉がひくつくのを感じた。きっと姫川さんのことを言っているのだ。彼女とはそういう関係じゃないのに。どうしよう。どうしよう。どうしよう―――。樹は混乱し、視線を右往左往させる。
―――べつにいいじゃないか。誤解させたままで。
自分の中で二つの想いが駆け巡る。ドクドクと心臓が大きく鳴り響いた。全身が脈打っている。
「なんで僕にだけは教えてくれなかったの?」
明日の言葉にぞくっと背筋に電流が走る。明日の声が、言葉が―――怒りに満ちていたから。やさしい声をしていたけれど、どこか怒りを抑えている声をしていたから。樹は思わず顔を俯かせた。
あーちゃん、どうして…?
「みんなは知っていたけど、イズ…僕だけに教えてくれなかったよね…。ひどいよ…」
「ちが…ッ」
皆は知っていた? 何のことだ?
樹は悲しそうな声を出している声に反応し顔をあげた。明日はいつの間にか樹と同じ視線にいた。しゃがみ込み樹と目を合わせていたのだ。突然の明日の近い距離に、尻が後ろへずり下がる。それは本能からのものだったのかもしれない。
薄暗い部屋の明日の表情はいつものより暗い影を落としていた。
「トーマスが言ってた……イズには可愛い恋人がいるって…」
樹が後ろへ下がると、明日は一歩こちらへ近づく。
「そ、それは…っ」
―――違う、違う、誤解なんだよ!
明日の苦しそうな表情に、樹は否定するため大きく首を振る。明日はいろいろな誤解をしているようだった。
―――樹くんはいるの? 恋人。
昨日トーマスに楽屋で問われて、否定したのに…。どうやら本当に信じられていなかったのだ。そして誤解されたまま明日に伝わったようだ。最悪だった。明日はその言葉を信じて、確かめるため樹に会いに来たのだろう。そして先ほどの姫川と一緒に下校しているところを目撃した。
「恋人ができたら僕に一番に教えてくれるって思ったのに………」
それは子供の嫉妬心のようにみえた。だが、樹は怖かった。
樹の恋人がいるか聞くためだけに会いに来た明日の自分への執着に。
「あーちゃん……」
駄目だよ、そんなことをしたら。俺が勘違いしちゃうだろ? ―――本当に、宮田さんの言う通りかもしれないって。
ぎゅうっと握りしめた手は樹の苦労が透けて見えた。
「どうして教えてくれなかったの?!」
あっ、と言う前に樹は冷たいフローリングに押し倒されていた。頭が真っ白になる。明日の叫びと見たこともない明日の表情に、何かが割れた音がする。明日の悲痛な表情に、思わず嫌だと思った。全部嘘だと信じていた。自身の身体が明日の重さに悲鳴をあげている。
こんなの違うって言ってくれよ。こんな悲しい悲劇起こってほしくなかったんだ。
―――…これじゃあまるで本当に、あーちゃんが俺のことを好きみたいだ。そんなこと、あり得ないのに。
「だって……あーちゃんに、関係ないから……」
だが、樹は万が一のため――心を鬼にして明日を拒絶する。だって宮田さんに、こっぴどく振ってくれと頼まれたから。これが明日のためになるって思うから…。
言いながら自分の言葉に引き裂かれそうになる。明日に関係なくないのに。
樹の言葉に明日は目を見開いた。樹はぎゅうっと目をつぶる。それは明日の表情を見たくなかったから。ある意味でその選択は正しかった。明日の表情は今までの明るい表情しか見てこなかった樹にはショックすぎるものだったから。
―――まるで悪魔の表情を明日はした。それは狂った想いの終着点だったかもしれない。
どちらにせよ、樹は選択を間違えた。
明日の底知れぬ怖さをまだ樹は知らなかった。それをこれから思い知ることになることを、まだ樹は知るはずもない―――。
樹はすっかり明日とあの別れから話していないことに気づかずそのまま家路についた。
タスキと別れて自分の部屋に帰ってからそう言えば、さよならの挨拶もせずに帰ったと少し落ち込んだ。
何かメールで一言言った方がよいのかもしれない、と思ったが結局「あーちゃんも忙しいからやめといたほうがいいかな」と樹は結論付けとくに何もせずにそのまま御飯を食べて寝た。
その日の深夜―――。
樹が寝息を立てて寝ていると、枕もとに置いてあるケータイが小さく震えた。
樹はその小さなプルッ、と震えた音を過敏に反応し目を覚ます。乱暴な手つきで充電器からケータイを離し、電源を入れる。だが、寝ぼけた目でケータイの画面を見てもなんのことだが分からなかった。結局ろくな確認もせず―――樹は眠気に逆らうこともなくケータイを握りしめて寝た。
次の日。樹はけたたましい目覚ましの音で目が覚めた。
「んぐぅ…」
耳を塞ぎ、身体を丸め込む。冬の部屋は寒くて、温かいベットのなかにいないとキツイ。
樹は昨日の疲れからかなかなかベットの中から出れないでいた。温かい布団が気持ちよいのだ。
だが、ふと目を覚ましケータイの時計を確認すると樹は青ざめた。
「うっわ、もう8時過ぎ?! てか、ケータイの充電ないし! やっべ~っ、今日お母さん朝早かったんだった!」
不幸とは重なるもので、樹は慌てて支度すると急いで家から飛び出した。ケータイは昨日の夜に寝ぼけて抜いた充電器から外れていたせいで、もともとぎりぎりの充電池がもう虫の息だった。今日はケータイが使い物にならないだろう。
そして昨日母が言っていた「明日は朝早く出かけるからね」という言葉をすっかり忘れていた樹は、どうせお母さんがギリギリになったら起こしてくれるだろという想いでアラームが鳴ってもまた寝続けていた。
両親がいない静かな家を飛び出した樹は、遅刻ギリギリの時間に登校しタスキに「おいおい大丈夫か?」と心配されてしまったのだった。
その日の授業はまだ昨日の疲れが取れていなかったのか、睡魔が授業中やってきてほとんど聞いていなかった。授業を聞くよりも、睡魔と戦うのに必死だった。そろそろ冬休みだからか、クラスのみんなは浮足立っていた。
今日の帰りは1週間に2回ある姫川と帰る日だった。樹の仮の恋人役が効いたのか、姫川へのストーカー行為も最近なくなっているらしい。それはすごく喜ばしいことでつい樹は「じゃあこれでタスキくんに告白できるね」と言ってしまって、姫川の可愛らしい顔がみるみると真っ赤になった。
あ、やばい―――そう思う前に、肩を思い切り叩かれてしまった。
照れ隠しだと思うが、滅茶苦茶樹にとっては痛いのでやめて欲しい。まあそんなことを言った自分が悪いことは分かっているので言わないけれど。
でもあの時の姫川さんは可愛かったかも―――。
そう思って思わずニコニコして家の前の道を歩いていると、自分の家の近くに誰かが座っているのがみえた。
誰だろう?と思ってしゃがんでいる人物を覗き込んだ瞬間だった。その人物が顔をあげてこちらを見る。
「あっ……」
顔を認識する前にその人物が立ちあがり、樹の腕を掴んだ。性急に、乱暴に捕まれた腕は痛みで悲鳴をあげる。
「あーちゃ…」
その掴まれた手は冷たくて、一瞬目があった瞳は冷たくて、自分が知っている人ではないような気がした。でも、つかんだ腕も、綺麗な顔も、スタイルのいい男の身体も樹の好きな人に違いなかった。
どうして?――いろいろな疑問が湧き上がる。なんでこんなところにいるのか、なんで自分を待っているように家の近くにいたのか、どうしてそんなに綺麗な笑みを浮かべているのか。どうしてその顔に似合わない力強い手で、樹の腕を掴んでいるのか。
私服姿の明日は、こちらを見て笑っていた。
「こっち来て」
そう言って明日は、樹の腕を無理やり引っ張りずんずんと道を進んでいく。そっちは明日の家の方向だ。
「あーちゃんっ」
急にどうしたの?
そう言いたいのに、声が出てこない。心がざわざわとしていた。どうしてだろう。いつもの明日じゃないような気がした。笑っているけど、怒っている。そんな気がしてならなかった。
ろくな抵抗も出来ないで樹はそのまま明日の家に連れてこられた。乱暴に玄関の鍵を開ける明日は見たこともない違う人のようだった。寒い空気が、樹の不安をさらにかきたてる。あーちゃん、どうしたの。そう聞きたいのに、なぜか声が出なかった。
明日のいつもと違う様子に、身体が委縮してうまく逃げることもできない。逃げたほうがいい、そうは分かっているのに身体が明日のひかれる手のまま動いてしまう。
「っ…!」
そうこうしているうちに明日の家のリビングまで来ていた。薄暗いリビングには誰もいなかった。この家にいるのは明日と樹だけだった。いつもだったらうれしいはずの明日の家が、会えてうれしいはずの明日が今は怖くて仕方がない。
リビングに投げ出されて、樹はしりもちをつく。なんでこんなことになっているのか、まったく分からなかった。
明日は昔から強引なところがあったけど、いままでこういうことはされたことなかったから。
「なんで…電話に出てくれなかったの…?」
「え…、あっ…ごめん…昨日の夜から電池…なくて…」
問われて樹はしどろもどろになって答える。言いながらなんだか自分の言葉が真実なのに嘘っぽく聞こえてきた。
「ふうん…そっか」
昨日の夜の電話は明日だったのか? ―――そんな疑問を聞く前に、明日が口を開く。
「イズ、愉しそうだったね」
「…え?」
いつもの声だけど少しだけ違う甘く低い声。樹は目の前に立っている明日を見上げる。汗が噴き出た。薄暗い部屋で明日の顔はあまり見えなかったけれど、言葉と、声と、甘い香りと、彼の存在だけで樹は堪らなくなる。
ドクンドクンそう心臓が脈打つ。寒い部屋なのに、汗が噴き出る。冷や汗だ。
「彼女いたんだね」
「…ッ」
―――見られてた。
樹は喉がひくつくのを感じた。きっと姫川さんのことを言っているのだ。彼女とはそういう関係じゃないのに。どうしよう。どうしよう。どうしよう―――。樹は混乱し、視線を右往左往させる。
―――べつにいいじゃないか。誤解させたままで。
自分の中で二つの想いが駆け巡る。ドクドクと心臓が大きく鳴り響いた。全身が脈打っている。
「なんで僕にだけは教えてくれなかったの?」
明日の言葉にぞくっと背筋に電流が走る。明日の声が、言葉が―――怒りに満ちていたから。やさしい声をしていたけれど、どこか怒りを抑えている声をしていたから。樹は思わず顔を俯かせた。
あーちゃん、どうして…?
「みんなは知っていたけど、イズ…僕だけに教えてくれなかったよね…。ひどいよ…」
「ちが…ッ」
皆は知っていた? 何のことだ?
樹は悲しそうな声を出している声に反応し顔をあげた。明日はいつの間にか樹と同じ視線にいた。しゃがみ込み樹と目を合わせていたのだ。突然の明日の近い距離に、尻が後ろへずり下がる。それは本能からのものだったのかもしれない。
薄暗い部屋の明日の表情はいつものより暗い影を落としていた。
「トーマスが言ってた……イズには可愛い恋人がいるって…」
樹が後ろへ下がると、明日は一歩こちらへ近づく。
「そ、それは…っ」
―――違う、違う、誤解なんだよ!
明日の苦しそうな表情に、樹は否定するため大きく首を振る。明日はいろいろな誤解をしているようだった。
―――樹くんはいるの? 恋人。
昨日トーマスに楽屋で問われて、否定したのに…。どうやら本当に信じられていなかったのだ。そして誤解されたまま明日に伝わったようだ。最悪だった。明日はその言葉を信じて、確かめるため樹に会いに来たのだろう。そして先ほどの姫川と一緒に下校しているところを目撃した。
「恋人ができたら僕に一番に教えてくれるって思ったのに………」
それは子供の嫉妬心のようにみえた。だが、樹は怖かった。
樹の恋人がいるか聞くためだけに会いに来た明日の自分への執着に。
「あーちゃん……」
駄目だよ、そんなことをしたら。俺が勘違いしちゃうだろ? ―――本当に、宮田さんの言う通りかもしれないって。
ぎゅうっと握りしめた手は樹の苦労が透けて見えた。
「どうして教えてくれなかったの?!」
あっ、と言う前に樹は冷たいフローリングに押し倒されていた。頭が真っ白になる。明日の叫びと見たこともない明日の表情に、何かが割れた音がする。明日の悲痛な表情に、思わず嫌だと思った。全部嘘だと信じていた。自身の身体が明日の重さに悲鳴をあげている。
こんなの違うって言ってくれよ。こんな悲しい悲劇起こってほしくなかったんだ。
―――…これじゃあまるで本当に、あーちゃんが俺のことを好きみたいだ。そんなこと、あり得ないのに。
「だって……あーちゃんに、関係ないから……」
だが、樹は万が一のため――心を鬼にして明日を拒絶する。だって宮田さんに、こっぴどく振ってくれと頼まれたから。これが明日のためになるって思うから…。
言いながら自分の言葉に引き裂かれそうになる。明日に関係なくないのに。
樹の言葉に明日は目を見開いた。樹はぎゅうっと目をつぶる。それは明日の表情を見たくなかったから。ある意味でその選択は正しかった。明日の表情は今までの明るい表情しか見てこなかった樹にはショックすぎるものだったから。
―――まるで悪魔の表情を明日はした。それは狂った想いの終着点だったかもしれない。
どちらにせよ、樹は選択を間違えた。
明日の底知れぬ怖さをまだ樹は知らなかった。それをこれから思い知ることになることを、まだ樹は知るはずもない―――。
15
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
Snow Burst~出逢ったのは、大学構内でもなくライブ会場でもなく、雪山だった~
夏目碧央
BL
サークル仲間とスキーにやってきた涼介は、超絶スキーの上手い雪哉と出逢う。雪哉が自分と同じ大学のスキー部員だと分かると、涼介はその場でスキー部に入部する。涼介は、良いのは顔だけで、後は全てにおいて中途半端。断るのが面倒で次々に彼女を取り替えていた。しかし、雪哉と出逢った事で、らしくない自分に気づく。
雪哉はスキーが上手いだけでなく、いつもニコニコ笑っていて、癒やし系男子である。スキー部員の男子からモテモテだった。スキー合宿から帰ってきた後、涼介の所属するアニソンバンドがライブを行ったのだが、そこになんと雪哉の姿が。しかも、雪哉は「今日も良かったよ」と言ったのだ。前にも来たことがあるという。そして、何と雪哉の口から衝撃の「ずっとファンだった」発言が!
藤枝蕗は逃げている
木村木下
BL
七歳の誕生日を目前に控えたある日、蕗は異世界へ迷い込んでしまった。十五まで生き延びたものの、育ててくれた貴族の家が襲撃され、一人息子である赤ん坊を抱えて逃げることに。なんとか子供を守りつつ王都で暮らしていた。が、守った主人、ローランは年を経るごとに美しくなり、十六で成人を迎えるころには春の女神もかくやという美しさに育ってしまった。しかも、王家から「末姫さまの忘れ形見」と迎えまで来る。
美形王子ローラン×育て親異世界人蕗
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる