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21 僕だけを見てよ
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あれから樹は明日に会おうと誘われても、何かと理由をつけ会わないようにしていた。会わない理由は様々だったが、ほとんど嘘をついていた。夜に少しでいいから会いたいと言われても、明日は早いから寝ないといけないんだとか、土曜日に会えないかと言われてもその日は用事があるから…など。
樹は自分が明日に対して最低のことをしているとは分かっている。だがどんな顔をして会えばよいのか分からなかった。
明日が自分のことを好いている、それは分かっていた。
だがたとえ友人としての好きだとしても明日のスキンシップは度が過ぎている。一度離れたほうがいいかもしれない、と樹は考えたのだ。
自分の理性を保つためにも、一度距離を置くことにし、心の整理をつけることにした。
だがそれは1週間ほどで終わりを告げた。
それは一本のメールだった。その差出人はリアスのリーダーであるトーマスだ。彼とは1度しか会っていないがアドレスの交換はしていた。だからメールがきたのだ。
内容としてはこうだった。
『リアスがでる音楽番組を見にきてほしい』
樹はすぐにOKを出した。また生でリアスが見れる!と興奮しながら。だが、送ってしまってから気づく。リアスの番組ということは、当たり前だが明日がいるのではないかと。一瞬ごめんなさいとおくりなおそうとしたが、結局樹は欲に負けた。
また生のリアスがみたいと。あの歌声を間近にみて感じたいと。
自分でも馬鹿だと思う。だがファンとしてはそんなチャンスを逃すわけがない。
あーちゃんとは極力話さないようにしなきゃな、そう思いながら樹の心は生のリアスに会えるんだと浮足立っていた。
あのときの友達も来て、とトーマスが誘ってくれたのでタスキもくることになった。タスキは心底嬉しそうだった。当たり前だ。大ファンであるリアスの番組観覧が出来るのだから。
――当日。テレビ局に入ったのは初めてで、ドキドキした。タスキも興奮していたが、緊張もしているようだった。
「やっべ~、緊張して心臓バクバクだよ~」
私服姿の二人はぎこちなくテレビ局のスタジオに向かう廊下を歩いていた。樹もタスキの目に見えてわかる緊張にあてられて、胸を抑え痛くなる心臓を感じていた。
「俺もなんか緊張してきた…」
「俺たちのこと覚えてるかなぁ~」
「覚えてなかったらちょっとショックだな…」
はぁ、とため息をついて2人は案内してくれる人の後ろについていく。係の人が「ここです」と言うと、スタジオにほかの観覧する人たちとともに入っていく。スタジオは想像以上に大きく、慌てたスタッフが何人も仕事をしている姿が目に入る。
案内された席に2人は座った。観覧している人は少数で、限られた人しかいないことが分かる。
しばらくしてからここで拍手してくださいこういう感じでお願いしますと、スタッフが丁寧に説明してくれた。
樹とタスキはその指示を必死に覚え、出来上がったスタジオを見渡す。するとその刹那、黄色い悲鳴があがった。
その声が向けられた方へ目線を向けると、ちょうど出演者であるRe:asuのメンバー4人がスタジオに入ったところだった。その圧倒的存在感に共演者も、観覧者も、仕事をしているスタッフも足を止める。
樹は見ちゃいけないと分かっているはずなのに――距離を置こうと思っていた人物を見つけると、つい目で追ってしまう。その男の人とは思えない美貌が樹のほうに向けられ、そして目が合ってしまった。その瞬間、その美貌は蕩けるような笑みを浮かべる。
あ―――!
「―――イズ!」
スタジオに入って大きく手を振り近づこうとする人物に、樹は思わず目を逸らす。目を逸らしたのは罪悪感と、見たらいけないという本能の囁きによるものだった。
キラキラした笑顔を振りまいて樹の心をかき乱す天使がそこにはいた。
「樹くん、アスさんが手ふってるよ!」
「…っ」
肩を揺さぶるタスキの興奮した声に、強く拳を握る。樹は目をぎゅっとつぶり答えることはなかった。一瞬だけ見えた笑顔だけで、樹は決心が揺らぎそうになった。距離を置くなんて無理だよ…―――。
『おい、アス。一般人に軽々しく近づくな。ほかのやつらに勘違いされちまう』
『でも、イズは俺の…っ』
樹が気づいていないと思った明日は、さらに樹に近づこうとした。だが、それは隣にいたジャックに腕を引かれ止められた。樹は思わずほっと息を吐く。
ジャックに止められた明日はぷくぅ、と頬を膨らませる。そんな明日の可愛い拗ねらせかたに、うっとほだされそうになるジャックに、ジャックの隣にいたリヤンが助け舟を出す。
『ア~ス。ジャックにそんな顔したら敵わないってしっててやってるでしょ? 今はリハーサルで仕事なんだから、集中しなくちゃダメだよ』
『そうだよアス。またイツキくんには会えるから、ファンがいるみんなが居るところで親しそうに会っちゃったらまずいよ』
リーダーであるトーマスにも諭され、明日はようやく諦めたようだ。とても不服そうだったが『住む世界が違うんだからわきまえろ』と言うジャックの言葉に思うことがあったようだ。明日は小さく頷き、背中を向けた。樹は、しゅんぼりと肩を落とした明日の背中を見つめる。
ごめんね、あーちゃん…。
樹は心の中で明日に謝罪をしたが、ジャックが明日に対して言った言葉が頭にこびりついた。
―――住む世界が違うんだからわきまえろ。
「イツキくん、どうしたの? だいじょうぶ?」
「えっ? あ、うん…」
樹はずいぶんとタスキの言葉が聞こえていなかったようだ。樹はタスキの必死に呼ぶ声に我に返った。隣にいるタスキの心配そうな表情に慌てて、なんでもないよと笑みをつくる。その笑みは震えたものになった。
ジャックが一瞬こちらを見て言った言葉が呪いのように頭にめぐっている。
―――住む世界が違うんだからわきまえろ。
わかってるよ、そんなこと…。
わかっているのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。樹はズキズキと痛む胸を抱え俯いた。足元がぐにゃりと歪んだ気がした。
「あ、そろそろリハーサル始まるみたい」
樹はタスキの言葉ではっとなり、ステージのほうに目を向けた。
「あっホントだ」
出演者がそれぞれ配置につき、リハーサルが始まった。音楽番組なのでさまざまな有名なバンドが集まっていて、そのなかでもやはりリアスが目立っていた。この番組は司会も有名な芸能人がやっており、樹とタスキは初めて見る大物芸能人たちに興奮していた。リハーサルでもわかるリアスの圧倒的存在感に驚きながらも、リハーサルで問題がなかったようなので収録が始まった。
二人は拍手や声を出して笑ったりするのを係の人が言っていたタイミングで行っていた。
様々な有名なバンドが演奏を披露し、歌を歌う。二人はそのプロの仕事に感嘆の息を吐きっぱなしだった。だがその収録の一番のトリを務めたリアスは、その中でも別格だった。リアスの新曲が披露され、その圧倒的な存在感と歌唱力に圧巻される。
宮田さんが質が落ちたと言っていたがそんなことは一切樹は感じなかった。
「すげぇっ…」
タスキが隣で目をキラキラと輝かせている。やはり生のリアスの音楽は圧巻の一言だった。樹もタスキと同じようにジャックが紡ぐギター、ビートを刻むリヤンのドラム、すべてをまとめるトーマスのキーボード、そして明日の天使の声で歌われる愛の歌に酔いしれた。
―――なんで? どうして、こうなってしまったの? 私は耐えられない。貴方がいないと、今にも私の心は崩れ落ちそうなの。
――…一緒に居たいだけなのに、冷たい夜風に当てられると弱い私はもうどうしようも出来ないの。
周りの環境によってどうしようもない結末になってしまう恋を、明日は扇情的に歌い上げた。今回の曲はアップテンポで激しい激情を表している。リアスらしいキャッチーなフレーズで一瞬で歌に虜にさせられる。
―――私だけでいいって言わないと、もうおかしくなっちゃいそう…。
「お願い、僕だけを見て…」
「ッ」
きゃあっ、と隣に座っていた女性が黄色い歓声をあげた。その人は勢い余って後ろに倒れこんだ。樹も卒倒しそうになった。――明日の日本語のセリフはこちらを見て言われたものだったからだ。それはまるで自分に言われている錯覚に襲われる。
明日の切羽詰まった表情と声に、樹は一気に体温が上がる。タスキも小さく乙女のような悲鳴をあげ間近に見た明日のプロの顔に、顔を真っ赤にさせている。樹も動悸がおさまらず、胸をぎゅうっと掴んだ。
―――アスさんは貴方のことを友人以上に見ています
宮田さんの声が頭に響き渡る。違う。そんなわけがない。カメラがこちら側にあっただけで、明日になにも他意はないだろう。自分に向けて言われたメッセージだなんて、そんな都合の良い話があるわけがない。
樹はステージで輝きを放つ明日を見ながら、強く拳をつくる。
いつも以上に色っぽい歌詞を完璧に熱唱したリアスにはスタッフから、共演者から、観覧者から―――大きな拍手が送られた。樹も圧倒的なその歌声と音楽にますます距離を遠くなるのを感じながら、「海岸最高!」と叫んでいた。
出演者のトークも終わりプロの仕事を垣間見えた番組観覧は、あっという間に終わってしまった。ぼんやりとその余韻を味わっていると、どこからか宮田さんがやってきて『皆さんが呼んでいます。早く来てください』と二人を誘い出した。
皆さん、は誰ですかなんて聞かなくてもわかった。
宮田さんは2人を『Re:asu-リアス- 様』と書かれたナンバープレートがある部屋の前に案内する。タスキは見た瞬間、緊張して樹に倒れかかった。
「もう、駄目…」
「ちょっと、タスキくんだいじょうぶ?! って重っ」
樹が心配した声をあげたとき、目の前のドアが大きく開けられた。
「イズ!!」
バンッ、と大きな音が鳴ってステージ衣装のままの明日が飛び出した。樹はタスキを受け止めた手を思わず緩めた。それは驚きからだった。
「アスさん…?!」
驚いた声をあげたのは宮田さんだった。樹は声も出せずに突然の登場に驚いていた。
明日は樹を見ると嬉しそうに顔を緩めたが、もたれかかったタスキを見るとその顔を歪ませる。眉を顰め唇を歪ませ不快感を露わにした明日の表情は今まで見たこともないものだった。樹はどきっとしてタスキを思わず離す。タスキは我に戻ったのか、いつも通りに立った。
樹とタスキの距離が生まれたとき、明日はいつも通りの笑みを向け2人を出迎える。その笑みは先ほどの不愉快感を表していたものとはあまりに違うものだった。
あまりのギャップに樹は言葉を失う。
「2人ともよく来てくれたね。メンバーみんな会いたがったってたんだよ」
きらきらとした笑顔を向ける明日に、樹の頭にはある言葉が蘇っていた。
―――貴方のことがたぶん…恋愛対象として好きなんだと思います。
宮田さんのその言葉が、グルグルと頭に回っていた。
そんなわけないじゃないか、樹は祈るような気持ちで胸の締め付けるような笑みを向ける明日を見つめていた。
樹は自分が明日に対して最低のことをしているとは分かっている。だがどんな顔をして会えばよいのか分からなかった。
明日が自分のことを好いている、それは分かっていた。
だがたとえ友人としての好きだとしても明日のスキンシップは度が過ぎている。一度離れたほうがいいかもしれない、と樹は考えたのだ。
自分の理性を保つためにも、一度距離を置くことにし、心の整理をつけることにした。
だがそれは1週間ほどで終わりを告げた。
それは一本のメールだった。その差出人はリアスのリーダーであるトーマスだ。彼とは1度しか会っていないがアドレスの交換はしていた。だからメールがきたのだ。
内容としてはこうだった。
『リアスがでる音楽番組を見にきてほしい』
樹はすぐにOKを出した。また生でリアスが見れる!と興奮しながら。だが、送ってしまってから気づく。リアスの番組ということは、当たり前だが明日がいるのではないかと。一瞬ごめんなさいとおくりなおそうとしたが、結局樹は欲に負けた。
また生のリアスがみたいと。あの歌声を間近にみて感じたいと。
自分でも馬鹿だと思う。だがファンとしてはそんなチャンスを逃すわけがない。
あーちゃんとは極力話さないようにしなきゃな、そう思いながら樹の心は生のリアスに会えるんだと浮足立っていた。
あのときの友達も来て、とトーマスが誘ってくれたのでタスキもくることになった。タスキは心底嬉しそうだった。当たり前だ。大ファンであるリアスの番組観覧が出来るのだから。
――当日。テレビ局に入ったのは初めてで、ドキドキした。タスキも興奮していたが、緊張もしているようだった。
「やっべ~、緊張して心臓バクバクだよ~」
私服姿の二人はぎこちなくテレビ局のスタジオに向かう廊下を歩いていた。樹もタスキの目に見えてわかる緊張にあてられて、胸を抑え痛くなる心臓を感じていた。
「俺もなんか緊張してきた…」
「俺たちのこと覚えてるかなぁ~」
「覚えてなかったらちょっとショックだな…」
はぁ、とため息をついて2人は案内してくれる人の後ろについていく。係の人が「ここです」と言うと、スタジオにほかの観覧する人たちとともに入っていく。スタジオは想像以上に大きく、慌てたスタッフが何人も仕事をしている姿が目に入る。
案内された席に2人は座った。観覧している人は少数で、限られた人しかいないことが分かる。
しばらくしてからここで拍手してくださいこういう感じでお願いしますと、スタッフが丁寧に説明してくれた。
樹とタスキはその指示を必死に覚え、出来上がったスタジオを見渡す。するとその刹那、黄色い悲鳴があがった。
その声が向けられた方へ目線を向けると、ちょうど出演者であるRe:asuのメンバー4人がスタジオに入ったところだった。その圧倒的存在感に共演者も、観覧者も、仕事をしているスタッフも足を止める。
樹は見ちゃいけないと分かっているはずなのに――距離を置こうと思っていた人物を見つけると、つい目で追ってしまう。その男の人とは思えない美貌が樹のほうに向けられ、そして目が合ってしまった。その瞬間、その美貌は蕩けるような笑みを浮かべる。
あ―――!
「―――イズ!」
スタジオに入って大きく手を振り近づこうとする人物に、樹は思わず目を逸らす。目を逸らしたのは罪悪感と、見たらいけないという本能の囁きによるものだった。
キラキラした笑顔を振りまいて樹の心をかき乱す天使がそこにはいた。
「樹くん、アスさんが手ふってるよ!」
「…っ」
肩を揺さぶるタスキの興奮した声に、強く拳を握る。樹は目をぎゅっとつぶり答えることはなかった。一瞬だけ見えた笑顔だけで、樹は決心が揺らぎそうになった。距離を置くなんて無理だよ…―――。
『おい、アス。一般人に軽々しく近づくな。ほかのやつらに勘違いされちまう』
『でも、イズは俺の…っ』
樹が気づいていないと思った明日は、さらに樹に近づこうとした。だが、それは隣にいたジャックに腕を引かれ止められた。樹は思わずほっと息を吐く。
ジャックに止められた明日はぷくぅ、と頬を膨らませる。そんな明日の可愛い拗ねらせかたに、うっとほだされそうになるジャックに、ジャックの隣にいたリヤンが助け舟を出す。
『ア~ス。ジャックにそんな顔したら敵わないってしっててやってるでしょ? 今はリハーサルで仕事なんだから、集中しなくちゃダメだよ』
『そうだよアス。またイツキくんには会えるから、ファンがいるみんなが居るところで親しそうに会っちゃったらまずいよ』
リーダーであるトーマスにも諭され、明日はようやく諦めたようだ。とても不服そうだったが『住む世界が違うんだからわきまえろ』と言うジャックの言葉に思うことがあったようだ。明日は小さく頷き、背中を向けた。樹は、しゅんぼりと肩を落とした明日の背中を見つめる。
ごめんね、あーちゃん…。
樹は心の中で明日に謝罪をしたが、ジャックが明日に対して言った言葉が頭にこびりついた。
―――住む世界が違うんだからわきまえろ。
「イツキくん、どうしたの? だいじょうぶ?」
「えっ? あ、うん…」
樹はずいぶんとタスキの言葉が聞こえていなかったようだ。樹はタスキの必死に呼ぶ声に我に返った。隣にいるタスキの心配そうな表情に慌てて、なんでもないよと笑みをつくる。その笑みは震えたものになった。
ジャックが一瞬こちらを見て言った言葉が呪いのように頭にめぐっている。
―――住む世界が違うんだからわきまえろ。
わかってるよ、そんなこと…。
わかっているのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。樹はズキズキと痛む胸を抱え俯いた。足元がぐにゃりと歪んだ気がした。
「あ、そろそろリハーサル始まるみたい」
樹はタスキの言葉ではっとなり、ステージのほうに目を向けた。
「あっホントだ」
出演者がそれぞれ配置につき、リハーサルが始まった。音楽番組なのでさまざまな有名なバンドが集まっていて、そのなかでもやはりリアスが目立っていた。この番組は司会も有名な芸能人がやっており、樹とタスキは初めて見る大物芸能人たちに興奮していた。リハーサルでもわかるリアスの圧倒的存在感に驚きながらも、リハーサルで問題がなかったようなので収録が始まった。
二人は拍手や声を出して笑ったりするのを係の人が言っていたタイミングで行っていた。
様々な有名なバンドが演奏を披露し、歌を歌う。二人はそのプロの仕事に感嘆の息を吐きっぱなしだった。だがその収録の一番のトリを務めたリアスは、その中でも別格だった。リアスの新曲が披露され、その圧倒的な存在感と歌唱力に圧巻される。
宮田さんが質が落ちたと言っていたがそんなことは一切樹は感じなかった。
「すげぇっ…」
タスキが隣で目をキラキラと輝かせている。やはり生のリアスの音楽は圧巻の一言だった。樹もタスキと同じようにジャックが紡ぐギター、ビートを刻むリヤンのドラム、すべてをまとめるトーマスのキーボード、そして明日の天使の声で歌われる愛の歌に酔いしれた。
―――なんで? どうして、こうなってしまったの? 私は耐えられない。貴方がいないと、今にも私の心は崩れ落ちそうなの。
――…一緒に居たいだけなのに、冷たい夜風に当てられると弱い私はもうどうしようも出来ないの。
周りの環境によってどうしようもない結末になってしまう恋を、明日は扇情的に歌い上げた。今回の曲はアップテンポで激しい激情を表している。リアスらしいキャッチーなフレーズで一瞬で歌に虜にさせられる。
―――私だけでいいって言わないと、もうおかしくなっちゃいそう…。
「お願い、僕だけを見て…」
「ッ」
きゃあっ、と隣に座っていた女性が黄色い歓声をあげた。その人は勢い余って後ろに倒れこんだ。樹も卒倒しそうになった。――明日の日本語のセリフはこちらを見て言われたものだったからだ。それはまるで自分に言われている錯覚に襲われる。
明日の切羽詰まった表情と声に、樹は一気に体温が上がる。タスキも小さく乙女のような悲鳴をあげ間近に見た明日のプロの顔に、顔を真っ赤にさせている。樹も動悸がおさまらず、胸をぎゅうっと掴んだ。
―――アスさんは貴方のことを友人以上に見ています
宮田さんの声が頭に響き渡る。違う。そんなわけがない。カメラがこちら側にあっただけで、明日になにも他意はないだろう。自分に向けて言われたメッセージだなんて、そんな都合の良い話があるわけがない。
樹はステージで輝きを放つ明日を見ながら、強く拳をつくる。
いつも以上に色っぽい歌詞を完璧に熱唱したリアスにはスタッフから、共演者から、観覧者から―――大きな拍手が送られた。樹も圧倒的なその歌声と音楽にますます距離を遠くなるのを感じながら、「海岸最高!」と叫んでいた。
出演者のトークも終わりプロの仕事を垣間見えた番組観覧は、あっという間に終わってしまった。ぼんやりとその余韻を味わっていると、どこからか宮田さんがやってきて『皆さんが呼んでいます。早く来てください』と二人を誘い出した。
皆さん、は誰ですかなんて聞かなくてもわかった。
宮田さんは2人を『Re:asu-リアス- 様』と書かれたナンバープレートがある部屋の前に案内する。タスキは見た瞬間、緊張して樹に倒れかかった。
「もう、駄目…」
「ちょっと、タスキくんだいじょうぶ?! って重っ」
樹が心配した声をあげたとき、目の前のドアが大きく開けられた。
「イズ!!」
バンッ、と大きな音が鳴ってステージ衣装のままの明日が飛び出した。樹はタスキを受け止めた手を思わず緩めた。それは驚きからだった。
「アスさん…?!」
驚いた声をあげたのは宮田さんだった。樹は声も出せずに突然の登場に驚いていた。
明日は樹を見ると嬉しそうに顔を緩めたが、もたれかかったタスキを見るとその顔を歪ませる。眉を顰め唇を歪ませ不快感を露わにした明日の表情は今まで見たこともないものだった。樹はどきっとしてタスキを思わず離す。タスキは我に戻ったのか、いつも通りに立った。
樹とタスキの距離が生まれたとき、明日はいつも通りの笑みを向け2人を出迎える。その笑みは先ほどの不愉快感を表していたものとはあまりに違うものだった。
あまりのギャップに樹は言葉を失う。
「2人ともよく来てくれたね。メンバーみんな会いたがったってたんだよ」
きらきらとした笑顔を向ける明日に、樹の頭にはある言葉が蘇っていた。
―――貴方のことがたぶん…恋愛対象として好きなんだと思います。
宮田さんのその言葉が、グルグルと頭に回っていた。
そんなわけないじゃないか、樹は祈るような気持ちで胸の締め付けるような笑みを向ける明日を見つめていた。
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