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16 猫の警告
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明日と樹のツ—ショット写真が拡散した余波は様々に出た。
まずあの写真の見た樹の知り合いはあの写真に映っているのは、樹だと気づくものが居た。明日の兄の明日翔に初めに気づかれ、メ—ルをされた。
『結構大胆だね』
明日翔はそう言いながら画面越しで笑っているのだろう。クスクスと笑う明日翔の姿が容易に想像出来てしまった。明日の行動ははっきり言って軽率だった。メンバ—でもない一般人をのせることの危険さを分かっていなかった。そして次に気づかれたのはクラスメイトで友人のタスキだった。これって樹くん——?と、学校に着いた瞬間聞かれた時は肝が冷えた。何故バレたのかという顔をすると、タスキが真剣な表情で言った。首元に見えるホクロや、顎のライン、雰囲気で気づいたらしい。そもそも明日の一言コメントで『大切な幼馴染と』と書いてあるので樹だということが分かったらしいが。後これはもう少しで気づかれそうになった人がいる。それはクラスメイトでリアスのファンである姫川だ。
姫川にも彼女が学校についた時いきなり駆け寄ってきて『この人滅茶苦茶樹くんに似てない?!』と携帯を見せつけられ言われた時にはさすがに青ざめた。
『友達は、女じゃない?っていうけど男だよねこれ?! 樹くんに身体クリソツなんだけど—!』
『なっ』
お、女———?!
樹は思わず何度も見た明日との写真の自分を見る。確かに——いや認めたくないが、明日より肩が細いのでそう見えるかもしれないがどっからどう見たって男の上半身ではないかと言いたくなる。だがここで反論するとぼろが出そうで樹はぐっとこらえた。
はしゃぐ姫川に困っている樹をタスキが助け舟を出してくれる。
『おい、姫川。樹くんにそんなに躍起になって絡むんじゃねぇよ。反応に困ってんじゃんか』
『え—っ、でもでもコレ樹くんにそっくりじゃない? てかこれが女の子だったら絶対ヤダし! この写真検証班がいるけどコレ男だって言ってたし! こんなにめっちゃ引っ付いてて仲良しそうなのに、女の子だったら炎上必至だし!』
携帯を指さしてツ—ショット写真を強調する姫川の声音は般若のようになり樹は思わず息を呑む。
『け、けんしょうはん…』
まるでドラマで聴くような言葉に血の気が引く。
『アスさんのファン過激派が多いからね…ツ—ショとかで映ってるやつは、男か女か大きな問題だしなぁ。しかもこう仲良さげに映っているやつだとなおさら皆気にするよ』
タスキの言葉に確かにそうかもれないと思った。スタ—にとって一番気にするのはスキャンダルだ。大スタ—ならなおさらイメ—ジは大切で、もしこの写真で樹の場所に女の子が映っていたら大問題だ。この写真に映っているのが樹で男だからこそ、スキャンダルに発展しないだけだ。
『これで女の子だったらマジ泣くわ! ファンやめる!』
『おいおい、薄情だなァ』
タスキがため息を吐くと姫川が悲痛に叫ぶ。
『だってそうでしょ?! ショックすぎるもんっ』
『……』
ショックすぎるもん、という姫川の言葉に胸が重くなる。
明日に恋人が出来たら———。そう思うと、樹も辛く重い気分になる。ファンの皆はこう思っているはずだ。明日の恋人になるのは自分だって。明日のファンがそう思うのは、彼の綴る歌詞が叶わない恋を歌っているからだ。ファンたちは想い、想像するのだ。その歌詞は自分に向けられたものだと。もちろん樹もそう思っているが可能性はゼロに等しい。
もし万が一明日が樹のことを好きでいてくれたとしてもそのままハッピ—エンドに向かう何て思わない。大スタ—とただの高校生である樹が付き合うのは無理なのだ。あまりに障害が多すぎる。
『樹くん? どうしたの?』
樹の表情が暗かったからだろう、タスキが心配げにこちらを見つめる。樹は慌てて何でもないと首を振った。あり得ないことを想像してそのことに落ち込んでいる場合じゃないよね———樹は切り替えるように二人の会話に集中した。
———あの写真には更なる影響が出ていた。
『ふぅ~ん』
その写真を見たリアスのドラマ—、リヤンはホテルの一室でベットの上で寝転がりながら面白くなさそうに呟いた。
『これ、あの地味な子か』
ケ—タイを興味なさそうに放り投げ、天井を見つめるリヤンの表情は無表情だった。だが少し考えると、ふと楽しそうに微笑み、クスクスと笑った。それは鈴のような綺麗な音色で、部屋中に響き渡ったのだった。
樹はお母さんに頼まれた牛乳を引っ提げてフラフラと歩きながら様々なことを考えていた。辺りは暗く夜の帳に満ちている。時計を見ると22時過ぎ。使いパシリが過ぎるんだよなぁ、と樹はため息をはいた。考え事は主に明日のことだったけど、樹の表情は暗かった。
だからだろうか。伸びる手に気づかなかったのは———。
「わっ」
突然身体に衝撃が走り身体の重心がずらされる。樹が驚く声をあげると口を塞がれる。思わぬ事に樹は身体が強張った。もごもごと喋ると、『シット!』と流暢なイラつきの声が聞こえ、樹は背中を突き飛ばされた。
「わわっ」
身体が不安定になり、転びそうになる。樹はすんでのところで抑えたがその勢いで牛乳の入ったコンビニの袋が手からすっぱ抜けた。それは結果として闇夜に現れた人物の腰に投げつけるような形になり、見事にクリ—ンヒットした。
『————ィ!』
言葉にならない悲痛な悲鳴が聞こえたが、混乱した樹には全く聞こえなかった。樹の目には一体何が起こったのか映っていなかったのだ。ただ樹の耳にはボトンと牛乳が勢いよく落ちた音が響き渡る。
「あ、牛乳が!」
樹は人に当たりコンクリ—トの道に叩き付けられ、口が破られ中身が飛び出た牛乳に駆け寄った。うわあ、どうしようと思っていると可愛らしい悲鳴が聞こえた。
『臭いし、痛いんだけど何なの?!』
ふざけないでくれよ!と、綺麗な英語が聴こえ樹はしゃがんだ視線をあげる。すると右手は腰を抑え、左手は鼻を塞ぐサングラスの青年が棒立ちになっていた。黒いコ—トをきてマスクも着ているので、樹の目には不審者にしか見えない。それが夜の暗い道で牛乳の匂いで始まった、牛乳を心配するしゃがんだ樹と、棒立ちになり痛がる外国人の青年の謎の出会いだった。
『ミルクの匂い臭いから嫌いなんだけど! てか謝ってよね! 俺よりミルク気にするキミ本当に何なの? ホントに!』
『あ…え? あ…えっと…ごめんなさい…?』
勢いよく憤られて樹はその剣幕に押されて思わず謝ってしまった。英語で疑問形になってしまったが。
『何でそんな腑の落ちない感じなわけ? あり得ないんだけど! 俺が優しいオ—ストラリア人だからよかったけど普通のオ—ストラリア人だったら訴えることだからね!』
『あ…ぁ、それはどうも…、ありがとうございます…』
樹は訳も分からず目の前の人物にお礼を言っていた。突然樹の口を塞いだ危険な人だというのに。樹のことを見てふんぞり返っている怪しい外国人の声と、背格好をどこかで見たことがあるような気がするが思い出せないでいた。状況がよく分からない樹はとりあえず落ち着こうと零れた牛乳パックを掴み、ビニ—ルに戻す。その様子をぎょっとしてみたのは目の前の青年だった。恐る恐る言った彼の言葉はまるで異世界のものを見る顔で樹の行動を見つめる。
『な、何やってんの…?』
『え? 持って帰ろうと思って』
樹はいたって普通のことを喋ったつもりだったが、青年はこの世の終わりのような顔をする。信じられない、と言った様子だ。
『何ゴミ拾ってんの? 汚いとか思わないわけ? それともその汚れたミルク飲む程貧乏なの?』
嘘でしょ、ありえないと蔑む青年にさすがに樹もムッとした。
『ゴミでも持ち帰りますよ。道にゴミを放置しません』
そもそもあなたのせいで牛乳がダメになったんじゃないか、と怒りたくなったがそんな元気もなかった。樹の棘のある言葉に青年も腰を擦りながら『ふぅん』と一瞥する。
『じゃあ』
樹は埒が明かないと思いその場を後にしようとする。また牛乳を買いに行かなきゃいけないので、コンビニに戻ろうと今まで歩いてきた方向に足を向けた。だがそれは樹の腕を掴まれて制止させられる。グイッ、と引っ張られ身体がつんのめる。
『分からない?』
樹が後ろを振り向くとサングラスを外した見知らぬ青年———いや、それはよく樹が知っている人物だった。茶髪の可愛らしい青年、リアスのドラマ—であるリヤンだった。思わぬスタ—の登場に樹は停止する。月夜に浮かぶ彼の黒猫のような飄飄とした表情に、樹はぼうっと見とれる。
『この前会ったけど、覚えてるよね?』
思ってもみなかったリヤンの登場に目の前で何が起こっているのか樹はよく分かっていなかった。硬直している樹をいいことにリヤンはジロジロと樹を観察している。まるで猫が獲物のネズミをジッと観察しているようだ。
『聞いてる?』
『ッ!』
近い距離に樹は驚き牛乳をまた落としてしまった。せっかく拾ったのに、また———。牛乳は零れず直立している。樹の動揺にリヤンは猫のような鈴の声で笑った。
『アスと仲がいいのはいいけど、彼の価値をどうか落とさないでね?』
耳元に囁かれ、ドクンと血液が沸騰するような感覚が襲う。
『ニホンに来てからアスは妙にはしゃいでる。俺はちょっぴり恐ろしいんだ。アスが変わってしまうんじゃないかって』
君といる時のアスは違うみたいだからね————。
ドクドクと心臓が脈打つ。身体がカァッと熱くなって、身体がふらついた。リヤンの猫なで声と含みのある言葉は、あまりに妖しく、樹を惑わせる。
『…どうかアスの歌を壊さないでね?』
それは狂信者の言葉だった。リヤンはリアスのメンバ—のなかで特に明日の才能に惚れこんでいる人物だった。リヤンの言葉はまるで『私の愛する芸術品の扱いは気を付けてくれよ』と忠告をする美術商の声だったのだ。
樹が彼の言葉を理解しようとする前に、リヤンは猫のような身軽さで樹から離れていった。
『アスの音楽を壊さなければ君の気持ちはどうだって構わないからね』
『———…』
それは樹が明日を思っていることを言っているのか。樹が言葉を失っていると、リヤンはクスクスと笑ってサングラスを華麗に直し闇夜に消えていった。まるで幻のようなリヤンの登場に、樹はしばらくその場を動けない。
…———どうかアスの歌を壊さないでね。
その言葉の本当の意味を樹が知るのは、もっと先のことだった———。
まずあの写真の見た樹の知り合いはあの写真に映っているのは、樹だと気づくものが居た。明日の兄の明日翔に初めに気づかれ、メ—ルをされた。
『結構大胆だね』
明日翔はそう言いながら画面越しで笑っているのだろう。クスクスと笑う明日翔の姿が容易に想像出来てしまった。明日の行動ははっきり言って軽率だった。メンバ—でもない一般人をのせることの危険さを分かっていなかった。そして次に気づかれたのはクラスメイトで友人のタスキだった。これって樹くん——?と、学校に着いた瞬間聞かれた時は肝が冷えた。何故バレたのかという顔をすると、タスキが真剣な表情で言った。首元に見えるホクロや、顎のライン、雰囲気で気づいたらしい。そもそも明日の一言コメントで『大切な幼馴染と』と書いてあるので樹だということが分かったらしいが。後これはもう少しで気づかれそうになった人がいる。それはクラスメイトでリアスのファンである姫川だ。
姫川にも彼女が学校についた時いきなり駆け寄ってきて『この人滅茶苦茶樹くんに似てない?!』と携帯を見せつけられ言われた時にはさすがに青ざめた。
『友達は、女じゃない?っていうけど男だよねこれ?! 樹くんに身体クリソツなんだけど—!』
『なっ』
お、女———?!
樹は思わず何度も見た明日との写真の自分を見る。確かに——いや認めたくないが、明日より肩が細いのでそう見えるかもしれないがどっからどう見たって男の上半身ではないかと言いたくなる。だがここで反論するとぼろが出そうで樹はぐっとこらえた。
はしゃぐ姫川に困っている樹をタスキが助け舟を出してくれる。
『おい、姫川。樹くんにそんなに躍起になって絡むんじゃねぇよ。反応に困ってんじゃんか』
『え—っ、でもでもコレ樹くんにそっくりじゃない? てかこれが女の子だったら絶対ヤダし! この写真検証班がいるけどコレ男だって言ってたし! こんなにめっちゃ引っ付いてて仲良しそうなのに、女の子だったら炎上必至だし!』
携帯を指さしてツ—ショット写真を強調する姫川の声音は般若のようになり樹は思わず息を呑む。
『け、けんしょうはん…』
まるでドラマで聴くような言葉に血の気が引く。
『アスさんのファン過激派が多いからね…ツ—ショとかで映ってるやつは、男か女か大きな問題だしなぁ。しかもこう仲良さげに映っているやつだとなおさら皆気にするよ』
タスキの言葉に確かにそうかもれないと思った。スタ—にとって一番気にするのはスキャンダルだ。大スタ—ならなおさらイメ—ジは大切で、もしこの写真で樹の場所に女の子が映っていたら大問題だ。この写真に映っているのが樹で男だからこそ、スキャンダルに発展しないだけだ。
『これで女の子だったらマジ泣くわ! ファンやめる!』
『おいおい、薄情だなァ』
タスキがため息を吐くと姫川が悲痛に叫ぶ。
『だってそうでしょ?! ショックすぎるもんっ』
『……』
ショックすぎるもん、という姫川の言葉に胸が重くなる。
明日に恋人が出来たら———。そう思うと、樹も辛く重い気分になる。ファンの皆はこう思っているはずだ。明日の恋人になるのは自分だって。明日のファンがそう思うのは、彼の綴る歌詞が叶わない恋を歌っているからだ。ファンたちは想い、想像するのだ。その歌詞は自分に向けられたものだと。もちろん樹もそう思っているが可能性はゼロに等しい。
もし万が一明日が樹のことを好きでいてくれたとしてもそのままハッピ—エンドに向かう何て思わない。大スタ—とただの高校生である樹が付き合うのは無理なのだ。あまりに障害が多すぎる。
『樹くん? どうしたの?』
樹の表情が暗かったからだろう、タスキが心配げにこちらを見つめる。樹は慌てて何でもないと首を振った。あり得ないことを想像してそのことに落ち込んでいる場合じゃないよね———樹は切り替えるように二人の会話に集中した。
———あの写真には更なる影響が出ていた。
『ふぅ~ん』
その写真を見たリアスのドラマ—、リヤンはホテルの一室でベットの上で寝転がりながら面白くなさそうに呟いた。
『これ、あの地味な子か』
ケ—タイを興味なさそうに放り投げ、天井を見つめるリヤンの表情は無表情だった。だが少し考えると、ふと楽しそうに微笑み、クスクスと笑った。それは鈴のような綺麗な音色で、部屋中に響き渡ったのだった。
樹はお母さんに頼まれた牛乳を引っ提げてフラフラと歩きながら様々なことを考えていた。辺りは暗く夜の帳に満ちている。時計を見ると22時過ぎ。使いパシリが過ぎるんだよなぁ、と樹はため息をはいた。考え事は主に明日のことだったけど、樹の表情は暗かった。
だからだろうか。伸びる手に気づかなかったのは———。
「わっ」
突然身体に衝撃が走り身体の重心がずらされる。樹が驚く声をあげると口を塞がれる。思わぬ事に樹は身体が強張った。もごもごと喋ると、『シット!』と流暢なイラつきの声が聞こえ、樹は背中を突き飛ばされた。
「わわっ」
身体が不安定になり、転びそうになる。樹はすんでのところで抑えたがその勢いで牛乳の入ったコンビニの袋が手からすっぱ抜けた。それは結果として闇夜に現れた人物の腰に投げつけるような形になり、見事にクリ—ンヒットした。
『————ィ!』
言葉にならない悲痛な悲鳴が聞こえたが、混乱した樹には全く聞こえなかった。樹の目には一体何が起こったのか映っていなかったのだ。ただ樹の耳にはボトンと牛乳が勢いよく落ちた音が響き渡る。
「あ、牛乳が!」
樹は人に当たりコンクリ—トの道に叩き付けられ、口が破られ中身が飛び出た牛乳に駆け寄った。うわあ、どうしようと思っていると可愛らしい悲鳴が聞こえた。
『臭いし、痛いんだけど何なの?!』
ふざけないでくれよ!と、綺麗な英語が聴こえ樹はしゃがんだ視線をあげる。すると右手は腰を抑え、左手は鼻を塞ぐサングラスの青年が棒立ちになっていた。黒いコ—トをきてマスクも着ているので、樹の目には不審者にしか見えない。それが夜の暗い道で牛乳の匂いで始まった、牛乳を心配するしゃがんだ樹と、棒立ちになり痛がる外国人の青年の謎の出会いだった。
『ミルクの匂い臭いから嫌いなんだけど! てか謝ってよね! 俺よりミルク気にするキミ本当に何なの? ホントに!』
『あ…え? あ…えっと…ごめんなさい…?』
勢いよく憤られて樹はその剣幕に押されて思わず謝ってしまった。英語で疑問形になってしまったが。
『何でそんな腑の落ちない感じなわけ? あり得ないんだけど! 俺が優しいオ—ストラリア人だからよかったけど普通のオ—ストラリア人だったら訴えることだからね!』
『あ…ぁ、それはどうも…、ありがとうございます…』
樹は訳も分からず目の前の人物にお礼を言っていた。突然樹の口を塞いだ危険な人だというのに。樹のことを見てふんぞり返っている怪しい外国人の声と、背格好をどこかで見たことがあるような気がするが思い出せないでいた。状況がよく分からない樹はとりあえず落ち着こうと零れた牛乳パックを掴み、ビニ—ルに戻す。その様子をぎょっとしてみたのは目の前の青年だった。恐る恐る言った彼の言葉はまるで異世界のものを見る顔で樹の行動を見つめる。
『な、何やってんの…?』
『え? 持って帰ろうと思って』
樹はいたって普通のことを喋ったつもりだったが、青年はこの世の終わりのような顔をする。信じられない、と言った様子だ。
『何ゴミ拾ってんの? 汚いとか思わないわけ? それともその汚れたミルク飲む程貧乏なの?』
嘘でしょ、ありえないと蔑む青年にさすがに樹もムッとした。
『ゴミでも持ち帰りますよ。道にゴミを放置しません』
そもそもあなたのせいで牛乳がダメになったんじゃないか、と怒りたくなったがそんな元気もなかった。樹の棘のある言葉に青年も腰を擦りながら『ふぅん』と一瞥する。
『じゃあ』
樹は埒が明かないと思いその場を後にしようとする。また牛乳を買いに行かなきゃいけないので、コンビニに戻ろうと今まで歩いてきた方向に足を向けた。だがそれは樹の腕を掴まれて制止させられる。グイッ、と引っ張られ身体がつんのめる。
『分からない?』
樹が後ろを振り向くとサングラスを外した見知らぬ青年———いや、それはよく樹が知っている人物だった。茶髪の可愛らしい青年、リアスのドラマ—であるリヤンだった。思わぬスタ—の登場に樹は停止する。月夜に浮かぶ彼の黒猫のような飄飄とした表情に、樹はぼうっと見とれる。
『この前会ったけど、覚えてるよね?』
思ってもみなかったリヤンの登場に目の前で何が起こっているのか樹はよく分かっていなかった。硬直している樹をいいことにリヤンはジロジロと樹を観察している。まるで猫が獲物のネズミをジッと観察しているようだ。
『聞いてる?』
『ッ!』
近い距離に樹は驚き牛乳をまた落としてしまった。せっかく拾ったのに、また———。牛乳は零れず直立している。樹の動揺にリヤンは猫のような鈴の声で笑った。
『アスと仲がいいのはいいけど、彼の価値をどうか落とさないでね?』
耳元に囁かれ、ドクンと血液が沸騰するような感覚が襲う。
『ニホンに来てからアスは妙にはしゃいでる。俺はちょっぴり恐ろしいんだ。アスが変わってしまうんじゃないかって』
君といる時のアスは違うみたいだからね————。
ドクドクと心臓が脈打つ。身体がカァッと熱くなって、身体がふらついた。リヤンの猫なで声と含みのある言葉は、あまりに妖しく、樹を惑わせる。
『…どうかアスの歌を壊さないでね?』
それは狂信者の言葉だった。リヤンはリアスのメンバ—のなかで特に明日の才能に惚れこんでいる人物だった。リヤンの言葉はまるで『私の愛する芸術品の扱いは気を付けてくれよ』と忠告をする美術商の声だったのだ。
樹が彼の言葉を理解しようとする前に、リヤンは猫のような身軽さで樹から離れていった。
『アスの音楽を壊さなければ君の気持ちはどうだって構わないからね』
『———…』
それは樹が明日を思っていることを言っているのか。樹が言葉を失っていると、リヤンはクスクスと笑ってサングラスを華麗に直し闇夜に消えていった。まるで幻のようなリヤンの登場に、樹はしばらくその場を動けない。
…———どうかアスの歌を壊さないでね。
その言葉の本当の意味を樹が知るのは、もっと先のことだった———。
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