RIP IT UP

元森

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28 ミーティング

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 3人は独特の雰囲気を発しつつ、そこにいた。
 義孝の顔には、風に煽られやってきた霧雨が打ちつけられる。それが冷たさを持って、義孝に襲い掛かる。今の状況でもとても寒いというのに、天気まで義孝まで追い込もうとしている気がした。月村は固まっている義孝を一瞥すると、舌打ちをする。義孝はますます動けなかった。
 何を言われるんだろう―――…。
 義孝は胸騒ぎを覚えつつ、月村たちの言葉を待った。どうせ、嫌なことを言われることは分かりきっていたので、義孝は心を落ち着かせようとした。だが、今までの仕打ちを思い出すと、身体がどうしても言うことを聞いてくれない。
 すらりとした足が、こちらに向かってくる。へらへらとしながら、月村が義孝のほうへやってきている。
 身構えた瞬間腹部に衝撃が走る。
「…ッ」
 月村から殴られたのだと気づいたのはしばらく経ってからだった。
 思い切り腹部を拳で殴られて義孝は、思わずよろめいた。予想外の出来事に、義孝の身体中に衝撃が走る。腹部からは、鈍い痛みがした。それは、今起きたことを真実だと物語っている。殴られた痛みよりも、殴られたということが義孝にはショックでどうにかなりそうだった。
「ムカつくんだよ」
 耳元に落とされたのは、月村の声。
 その声は今まで聞いたことのない冷たい低い声だった。普段の独特な喋り方ではなかった。それが余計に、義孝に恐怖を駆り立てた。
 どうしてこうなったのか、義孝はまったく理解できていなかった。身体は震えて自分では抑えることが出来ない。今の出来事は衝撃的で、義孝は言われた言葉や殴れた痛みがグルグルと回っていた。
 月村は、義孝の困惑している顔を見て、大きく笑い声をあげた。とても楽しげに笑っている。なんて悪趣味なやつなのだろうか、と思う同時に恐怖を抱く。2人も面白そうに、げらげらと下品に笑っている。心がナイフでそぎ落とされているみたいだ。
「じゃあねぇ」
 そう言って笑いながら月村たちはその場から立ち去った。
 義孝は、その場に崩れ落ちた。
 なんで、こんな目にあわなくちゃいけないんだろう。俺は、何もやってないのに。そう思うと、悔しくて、哀しくて、恐ろしくて、義孝は泣きそうになる。なんで、あの3人は義孝にこんなことをしているのだろう。
 これで、嫌がらせもすべて終わればいい。だが、嫌な予感しかしなくて義孝は、首をふった。
 教室に戻りたくなかった。どうせ、戻ったらあの3人がいる。義孝は、嫌で嫌でしょうがなかった。だんだんと気持ちが悪くなってきた。
 やっとのことで、立ち上がって、教室に戻るため先ほど通った道をいく。休めばいいと思ったが、サボったらどんなことを3人にされるか分からない。目頭が熱くなってきたが、それを抑えて義孝はゆっくりと歩き出した。義孝には、授業をサボるほどの度胸もなかったのだ。
 だから、いじめられるのかな…――。
 そんな思考になってきて、義孝は気を紛らせようと髪を弄る。そんなことをしても先ほどのことはなくならない。
 腹部から伝わる鈍い痛みだけが、義孝の脳内にこびりついていた。
 
 
 
 教室に戻ると、懸念していたあの3人はいなかった。その代わりに佐藤がいた。佐藤は義孝が教室に入ってくるやいなや、駆け寄ってきた。表情からは心配そうにしてくれていることが透けて見えていた。
「なあ、お前今までどこ行ってたんだよ」
 ドキッとすることを佐藤は問う。
「どこにも…」
 とてもじゃないが答えられないので、義孝は曖昧に答えた。
「どこにもってコトはないだろー。あ、そういえば今日の部活ミーティングだっけ」
「あぁ、たしかそうだったけど」
 話が違うものに変わり、義孝は胸を撫で下ろした。これ以上聞かれたら、つい弱音を吐いてしまいそうだ。佐藤にはこの事がバレないようにしなければならない。これで、佐藤まで迷惑がかかったら、義孝はどうしようもなく嫌だった。
 その後、結局3人は授業が終わっても来なかった。佐藤がサボりかねと言った言葉にほっとする。
 あの後で彼らに会ったら、自分でもどうなってしまうのか分からなかった。
 授業が終わり佐藤と部活に行くと、顧問の先生に今度ある夏の大会のことを皆に話すように言われた。先生に貰ったその紙を見て、これで3年の自分は引退なのだなと実感する。
「お前は強いからな、鈴岡」
「…ありがとうございます。先生」
 顧問に言われて、義孝は頭を撫でられる。顧問である椙山 (すぎやま )先生は、ガタイが大きくて、筋肉がたくさんついている。容姿も体育会系で濃い顔立ちだ。始めは少しこの先生が怖かったけれど、3年になってからはこの先生がいい人だと思い知らされた。
「背、伸びたなぁ」
「そうですか?」
 部活が始まる前の更衣室で、先生がマジマジと義孝のことを見て感慨深げに言った。
「ああ、伸びたよ。前は170ぐらいじゃなかったか? なのに、もうすっかりこんなに伸びて」
 今では中学生としては大きい177センチである義孝に椙山はそんなことを話す。
「よく見てますね先生。でも、先生のほうが大きいです」
 椙山は、義孝の言葉にバツの悪そうな表情になる。
「…俺お前のこと可愛がってるから」
 照れながら、椙山はそう言ってはにかんだ。身長が180センチ後半越えで、もうすぐで190である先生の赤くなった顔はちょっと義孝には恐ろしかった。恐ろしい、というよりは驚きのほうが大きいかもしれない。
「俺なんかより、他の奴可愛がってくださいよ。こんな強面、可愛がっても仕方ないです」
 自嘲気味に、義孝は俯いて口を動かす。
 椙山は、義孝に優しかった。どうしてかは分からないけれど何かと気にかけてくれている。義孝の自分を卑下した言葉に、先生の雰囲気が変わる。
「そういうことを言わなくていい。お前が言うことじゃないだろう?」
「…先生」
 優しい言葉に泣きそうになった。先ほどの月村たちのことがあってか、義孝の心が普段より脆い気がする。こんな椙山の軽い言葉でさえ、とても嬉しく思えてしまう。つい感傷的な気分になって、振り払おうと小さく首を振った。
「ほら、行くぞ。部長さん」
「…はい」
 椙山に肩を叩かれて、義孝は頷いた。俯いてしゃがれた声になりつつ、武道場に先生と向かった。
 もう武道場には皆が集まっていた。椙山と部長である義孝は、今後の部活の活動を話す。もうすぐで、大会なのでそれに向けて頑張るように。大会のメンバーを決めるので、精一杯練習をと取り組むように。そんなことを話して、ミーティングはお開きとなった。
 佐藤と一緒に帰る途中、ふと彼は言った。空はもう薄暗くて、辺りの道はぼんやりと影っている。
「椙山せんせー、なんかお前のこと贔屓してるよな」
「え? 急にどうした」
 贔屓、という言葉に義孝は眉を顰める。義孝の顔を見た佐藤は、首を振った。
「いや、別に鈴岡のこと嫉妬?とかしてるわけじゃねえよ。羨ましいとも思わない。けど、なんか気に入られているよな。お前って。先生に」
 どこか含みのある言い方で佐藤は言う。羨ましい、という言葉は佐藤には似合わなかった。どこか佐藤は、そこまで人に関心を向けるタイプではなかったから、急に椙山の話題を振られて義孝は驚く。
 2人の歩きながらの会話は、どこか奇妙な方向になっていた。
「可愛がってもらってるけど、別に贔屓はされてない。佐藤の思い違いじゃないか?」
 義孝の言葉に、佐藤は首を振って否定した。
「いーや、あれ贔屓だよ。……あの先生オレ、あんま好きじゃない」
 そんなことを言った彼の目は、あまりに冷たかった。
「むさ苦しいから?」
 佐藤は、嫌悪感を露わにして言葉を吐き出している。そんな彼を見るのは、久しぶりで義孝は目を瞬かせた。
「違うって。そうじゃない。…なんつーか、言葉に表せないけど、嘘っぽくてむり」
「…へー」
 佐藤の言ってることはよく分からなくて、義孝は首を傾げた。義孝は、いい先生だと思うけどなぁと勝手に一人で思っていた。他人事のように言う義孝に、佐藤は眉を上げて怒った。
「いっちばん心配してんのは、お前だよっ。あの先生なんかやばい香りしてんのに、鈴岡はへらへら笑って懐いてさぁ。アイツがお前になにかするかもしれないのに、お前って結構馬鹿だよな。ああいうタイプは懐いちゃだめだっつの」
 大声で怒鳴るように言った佐藤に、義孝は目を丸くする。急に怒ってどうしたというのだろうか。
「……先生が俺になにするっつうんだ。」
 マシンガンで言われた言葉の嵐に、義孝はますます疑問が深まる。どうしてこんなに佐藤は先生を目の敵にしているのだろうか。
「しらねーよ、んなこと。アイツの頭の中覗いた事ないのに。…俺、お前の友達だから警告してんだよ。アイツが危ない奴だって。根拠はないけど…まあ俺の勘だよ、勘!」
 謎の自信に溢れた言葉に、義孝はつい笑ってしまった。佐藤の勘は、どうしてかよく当たるので、少しだけ椙山のことが怖くなってきた。―――義孝の前でたまにする先生のどこか義孝ではないものを見る表情が引っかかった。
「肝に銘じとく」
「おう、そうしとけそうしとけ」
 義孝は笑いながら、ぼんやりと月村たちの顔を思い出した。
 今の義孝に何よりも危ない奴らは、あの3人だ。先生なんて、もうどうでもよかった。彼がいい人でも、悪い人でも、今の義孝には関係のないことだ。先生は義孝に嫌がらせや悪口を本人の目の前でする人ではないのだから。明日も学校かと思うと嫌でしょうがなかった。
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