26 / 82
26 月村成吾
しおりを挟む
鈴岡義孝(すずおか よしたか)は昔から、自分の容姿が嫌いだった。
幼稚園の頃から強面ぶりを発揮して、友達が出来なかった思い出がある。母は女の子しか欲しくなかったといい、義孝を愛してくれなかった。それどころか、ストレスのはけ口にされて、罵声を浴びせられた。
父は義孝のことを愛してくれ、たくさんの愛情を貰ってきた。妹のユイも、義孝をちゃんと兄として慕ってくれていた。
小学生のころは、鉄仮面とあだ名で言われた。ショックだったが、その通りだったので義孝は何も反論しなかった。
その頃に出会ったのが、柔道だった。父親に連れられた大会でのプロの戦いに、子供ながらに熱中した。自分も『勝ち』というものを体験したくて、小学生のときに道場に通った。技や受身を取るのが楽しかった。
中学入学まで道場に通い、中学に入ってからは柔道部に入部した。
中学校に入って、義孝はメキメキと体格もよくなって、身長もほかの同級生よりも大きくなっていった。クラスの女子には怖がられ、男子からは喧嘩が強いと噂が立てられた。義孝が強かったのは、柔道だけで喧嘩はやってはいない。なのに女子からも男子からも怖がれてしまった。
案の定義孝は容姿のせいか、あまり友人は出来なかった。だが、柔道部にいた男子たちとは仲良くなれた。
そのなかでも、一番仲をよくしてくれたのが、佐藤弦(さとう げん)だった。
彼は3年間中学のクラスが一緒だった。初めて会った時も「お前ってすげえ背でかいなぁ~」と、気さくに話しかけてくれた。出席番号が近くて並ぶときに、隣だった義孝に話しかけただけだろうが、義孝は嬉しかった。
それまで、背が大きく目も鋭い義孝に声をかけてくれる人はいなかったから。そんな佐藤も、義孝と同じ柔道部に入部した。
1,2年生と、部活に打ち込む日々が続いた。家では、母が妹のユイだけを可愛がり、そんな家に帰りたくなかったのもあったし、何よりも柔道をやっていると嫌なことも忘れられた。部活で出来た友達と過ごすのも、楽しくてしょうがない。
大会で先輩たちがいいところまでいって応援したが、結局最後で負けてしまったときは悔しくてこっそりとその夜に泣いた。
義孝が3年で大会が終わって、部活全体のミーティングのときに義孝は「お前が今度の主将だ」と言われた。部長、主将と言う役目を義孝は務めることになった。自分がそんな大きい役を引き取っていいのだろうかと思ったが、顧問の先生や友達に「お前は顔も怖いし、うまいから平気だ。フォローはちゃんとやる」と背中を押されて、義孝は頷いた。
中学3年生になって、進路を考えないといけない時期になった。
クラス替えをして、また佐藤と一緒になれて義孝は嬉しかった。正直義孝は新しい友達を作れなそうな気しかしなかったのである。
義孝の身長は伸び、中3にしては大きい177センチになってしまっていた。その頃は目が悪くなく眼鏡をかけていなかったので、鋭い目つきは隠しきれなかった。それは柔道には大きく役に立ったが、友達作りには適していなかったのである。
佐藤は始業式でクラス名簿を見たときに、げえっと嫌な顔をする。
「どうした?」
義孝が聞くと、佐藤は一重の目を細めて小声で喋る。
「いや。かなり悪い奴らが、同じクラスになっちゃったなって思って」
「そうなんだ。誰?」
義孝が聞くと、佐藤は名簿に小さく指差した。そこには『月村成吾』の文字が書いてある。義孝は、聞いたことのある名前で眉をしかめる。たしかに、あまりいい噂を聞いたことのない人物だった。
月村成吾(つきむら せいご)――義孝がその人物を聞いたことがあったのは、この人物が窓ガラスを割ったということを2年生で聞いたことがあったからだった。月村は学校でも悪い意味で有名だ。
親が金持ちで、髪は赤茶色に染められている。田舎であるここではそれだけでも目立つというのに、彼は容姿がよかった。整った鼻筋に、二重の目、薄い唇。それだけならよかったのに、彼の性格は破綻しているらしい。素行の悪い2人と仲良くしており、3人で様々な悪さをしているらしい。
同じ学校でそんな人がいるのも嫌だというのに、まさかそんな人と同じクラスとはついてない。
「んで、しかも…」
佐藤は顰めている義孝を追い込むように名簿に指をまた刺す。
佐藤は矢花海(やばな かい)、田鍋高次(たなべ たかじ)の名前を指差した。義孝はぎょっとしてしまう。その2人は、月村の例の仲良くしている2人なのだ。矢花は一重で金髪に染めていてかなり目立っている。先生が髪のことで怒っていても、知らんぷりをしているらしい。
田鍋は一見普通の黒髪の男子だが、かなり問題が多いらしい。その内容は詳しくは知らないがふとしたことで怒って、暴力沙汰になるという。
そんな危ない3人と同じクラスだとは、義孝は思ってみなかったので、驚くしかなかった。佐藤の名前があったことで、満足していたのである。
「…なんで3人とも同じクラスに集めてんだよ。先生、何考えてんだ…」
義孝は、ぼそりと呟いた。
「な、意味わかんねぇよなぁ。一気に集めて、他のせんせー、ラクしたかったんじゃね?」
「…なんでうちなんだよ…」
唸り声で呟くと、さあなと言いたげに佐藤は首を振る。
「知らん。あー、まぁ関わることはないだろうし。触らぬ神になんとやらで」
「だな」
義孝と、佐藤はそういってこの話題を終結させる。
この3人とは、関わらないほうがいい。それは、本能的に分かった。義孝は、あまり彼らを刺激しないことを決めて、目を瞑る。どうせこの人たちは違う世界に生きている人たちだろうとそのときは思っていた。
それが変わったのは3年になってから、初めての席替えのことだった。
そのときは、最後の夏の大会を控え、部活に打ち込む日々が続いた。受験生なので、勉強も頑張らなければいけない。義孝は慌ただしい日々を過ごしていた。義孝は高校は少し自分の学力より上の学校を目指していたので、テスト勉強や予習を死ぬ気でやっていた。
そんな受験の中で同級生たちは鬱屈した日々を過ごしていた。そんなときに、先生の一声で席替えが行われることになった。
楽しい席替えというイベントに、反対するものはいなかった。義孝は友達の佐藤と前後ろだったので、席替えは本音を言えばやりたくない。だが、席替えに反対する人と先生に言われると手を上げにくい。賛成、賛成という、同級生の言葉が上がり席替えは行われた。
くじ引きの結果義孝は後ろから二番目、窓側の席になった。佐藤にはいいポジションじゃんと云われたが、全くそんなことはなかった。
後ろは問題児の月村がいたのだ。義孝は、ついぎょっとした顔で席が書かれた黒板を見てしまっていた。しかも運のないことに、月村の両隣には矢花、田鍋の2人が席に座っていた。どんな仕掛けがあったんだといいたくなるぐらい、悪い席順になった。
義孝は関わりたくない人の近くになったことに、気分が落ち込んだ。プリントを配るときは後ろを向かなければいけないし、班を組むときに一緒になるのは確実だろう。
前のほうで、よかったと言い合っている男女の声が聞こえて、もっと嫌になってくる。しかも頼みの綱の佐藤は、一番前になってしまっている。
運なさすぎだろ、オレ―――…。
後ろを向きたくなくて、授業が終わった後、義孝はすぐ佐藤の席に行く。
「鈴岡ぁ~、オレ前になっちゃったよ。先生と目あいまくり~…」
廊下を歩いているとき、佐藤はのんきなことを言っている。義孝は、イラついて怒気をこめた言い草で喋る。
「だったら俺と交換しろよ。やべえのが後ろに3人いんだけど」
「お前には同情するわ。正直あそこらへん行きたくねぇもん」
佐藤は珍しく義孝に哀れみの目を送ってくる。
「…だよな。異様な感じがするし、早く席替えしねえかな」
「オレもしたい~。まぁ、鈴岡の場合関わらなければなんとかなるだろ。俺たちにあいつら興味なさそうだし」
佐藤の言い草に「それもそうか」と思う。とりあえず怒らせなければいいのだ、と義孝は考える。あと1ヶ月すれば、どうにかなるだろう。それまで、関わらなければいいだけの話だ。佐藤の話に、義孝は一種の希望を覚えた。
それは間違えだったと気づかされたのは、すぐだった。月村たち3人は、よく授業中に話していた。かなり騒いでいるので、先生は怒るが、彼らはまったく無視している。その度胸に義孝は感心するしかない。
矢花、田鍋は勉強が出来ないということだったが、月村は違った。授業中喋っていて、何も聞いていないように見えるがテストの点数はいいらしい。小テストなども答案を集めるとき見たら、全問解いていた。そのテストは満点だったらしく、矢花に「すげえ~」と言われていた。
月村は顔もよく成績もよく、金持ちだったので一部の女子からはかなり人気なようだった。
それはかなり一部の人たちで、大半は授業中の煩さや、問題を時折起こす問題児ぶりに嫌われているみたいだ。
―――授業中によく視線を義孝は感じていた。
それは、誰かか分からないが、どこか嫌悪に染まったもので恐ろしかった。誰のものかと考えれば、後ろの人物しか有り得ないので、恐怖を感じていた。
月村は、授業中に喋ったかと思うと寝ていることも多かった。義孝はずっと寝ていて欲しいと思いながら授業を受けていた。
中休みは、その場にいるのが怖くて、佐藤のほうの机に避難したりもした。それ程3人が集まっていると恐ろしい。本当に触らぬ神に祟りなしだった。佐藤は早く席替えしたいと言いつつ、義孝の話に付き合ってくれていた。
そんなある日の授業中。ある出来事が起こり、事態は悪い方へ変化していた。
それは本当に些細な出来事だった。後ろの机から落ちてきたものを、義孝はふと拾った。それは消しゴムだった。
後ろにいるのは、月村しかいない。義孝は、親切心で後ろを振り向いた。
「落としてる」
義孝は月村にそう言って机の上に消しゴムを置く。月村は驚いた様子で、義孝を見詰めた。まじまじと見た月村の顔は、中学生らしからぬ整った顔で驚いた。だが見詰めていると、義孝は睨んでしまうので目を逸らすようにすぐに前を向く。
「どぉもぉ~」
特徴的な語尾の上げ方で、月村は後ろからお礼をいう。矢花と田鍋は、けらけらと笑っている。義孝は、やった後に、どっと心臓が鳴り響く。後から緊張がやってきて、義孝の身体は震えそうになる。
今ので何かやらかしてないよな――?
その後義孝は、ドキドキしながら授業を受けることになった。
―――その時感じた嫌な予感は的中した。
義孝はその頃から3人にからかわれるようになっていったのだ。
授業中にガンッと椅子を蹴られてビクリと身体が撥ねる。突然のことに義孝は混乱した。義孝は信じられない気持ちで後ろを見ると月村が感じ悪く笑っていた。初めは気のせいだと思っていたが、それは間をあけて何度も続けられた。
軽い悪戯だったが、義孝は泣きたくなった。
どうして、こんな目にあわないといけないんだろう―…。
そう泣き言を言いたくなる時に追い討ちがやってくる。ある日義孝が月村の隣の席を通るとき、矢花が足を出した。突然のことに、慌てて脚を飛び越えたが、義孝はぞっとした。思わず睨みつけると、当のやった本人は椅子に座ってけらけらと笑いながら「おぉ、こっわ~」と、馬鹿にしたように言っていた。
義孝はかあっと頭に血が上ったが気にしていないように振る舞いその場から立ち去った。教室を去った後どっと笑いが起きていて、義孝はそのまま頭を打ち付けて死んでしまいたかった。―――義孝を転ばせようとしていたものだと分かったから。
泣きたくなるのを堪え、義孝は廊下を歩いた。
幼稚園の頃から強面ぶりを発揮して、友達が出来なかった思い出がある。母は女の子しか欲しくなかったといい、義孝を愛してくれなかった。それどころか、ストレスのはけ口にされて、罵声を浴びせられた。
父は義孝のことを愛してくれ、たくさんの愛情を貰ってきた。妹のユイも、義孝をちゃんと兄として慕ってくれていた。
小学生のころは、鉄仮面とあだ名で言われた。ショックだったが、その通りだったので義孝は何も反論しなかった。
その頃に出会ったのが、柔道だった。父親に連れられた大会でのプロの戦いに、子供ながらに熱中した。自分も『勝ち』というものを体験したくて、小学生のときに道場に通った。技や受身を取るのが楽しかった。
中学入学まで道場に通い、中学に入ってからは柔道部に入部した。
中学校に入って、義孝はメキメキと体格もよくなって、身長もほかの同級生よりも大きくなっていった。クラスの女子には怖がられ、男子からは喧嘩が強いと噂が立てられた。義孝が強かったのは、柔道だけで喧嘩はやってはいない。なのに女子からも男子からも怖がれてしまった。
案の定義孝は容姿のせいか、あまり友人は出来なかった。だが、柔道部にいた男子たちとは仲良くなれた。
そのなかでも、一番仲をよくしてくれたのが、佐藤弦(さとう げん)だった。
彼は3年間中学のクラスが一緒だった。初めて会った時も「お前ってすげえ背でかいなぁ~」と、気さくに話しかけてくれた。出席番号が近くて並ぶときに、隣だった義孝に話しかけただけだろうが、義孝は嬉しかった。
それまで、背が大きく目も鋭い義孝に声をかけてくれる人はいなかったから。そんな佐藤も、義孝と同じ柔道部に入部した。
1,2年生と、部活に打ち込む日々が続いた。家では、母が妹のユイだけを可愛がり、そんな家に帰りたくなかったのもあったし、何よりも柔道をやっていると嫌なことも忘れられた。部活で出来た友達と過ごすのも、楽しくてしょうがない。
大会で先輩たちがいいところまでいって応援したが、結局最後で負けてしまったときは悔しくてこっそりとその夜に泣いた。
義孝が3年で大会が終わって、部活全体のミーティングのときに義孝は「お前が今度の主将だ」と言われた。部長、主将と言う役目を義孝は務めることになった。自分がそんな大きい役を引き取っていいのだろうかと思ったが、顧問の先生や友達に「お前は顔も怖いし、うまいから平気だ。フォローはちゃんとやる」と背中を押されて、義孝は頷いた。
中学3年生になって、進路を考えないといけない時期になった。
クラス替えをして、また佐藤と一緒になれて義孝は嬉しかった。正直義孝は新しい友達を作れなそうな気しかしなかったのである。
義孝の身長は伸び、中3にしては大きい177センチになってしまっていた。その頃は目が悪くなく眼鏡をかけていなかったので、鋭い目つきは隠しきれなかった。それは柔道には大きく役に立ったが、友達作りには適していなかったのである。
佐藤は始業式でクラス名簿を見たときに、げえっと嫌な顔をする。
「どうした?」
義孝が聞くと、佐藤は一重の目を細めて小声で喋る。
「いや。かなり悪い奴らが、同じクラスになっちゃったなって思って」
「そうなんだ。誰?」
義孝が聞くと、佐藤は名簿に小さく指差した。そこには『月村成吾』の文字が書いてある。義孝は、聞いたことのある名前で眉をしかめる。たしかに、あまりいい噂を聞いたことのない人物だった。
月村成吾(つきむら せいご)――義孝がその人物を聞いたことがあったのは、この人物が窓ガラスを割ったということを2年生で聞いたことがあったからだった。月村は学校でも悪い意味で有名だ。
親が金持ちで、髪は赤茶色に染められている。田舎であるここではそれだけでも目立つというのに、彼は容姿がよかった。整った鼻筋に、二重の目、薄い唇。それだけならよかったのに、彼の性格は破綻しているらしい。素行の悪い2人と仲良くしており、3人で様々な悪さをしているらしい。
同じ学校でそんな人がいるのも嫌だというのに、まさかそんな人と同じクラスとはついてない。
「んで、しかも…」
佐藤は顰めている義孝を追い込むように名簿に指をまた刺す。
佐藤は矢花海(やばな かい)、田鍋高次(たなべ たかじ)の名前を指差した。義孝はぎょっとしてしまう。その2人は、月村の例の仲良くしている2人なのだ。矢花は一重で金髪に染めていてかなり目立っている。先生が髪のことで怒っていても、知らんぷりをしているらしい。
田鍋は一見普通の黒髪の男子だが、かなり問題が多いらしい。その内容は詳しくは知らないがふとしたことで怒って、暴力沙汰になるという。
そんな危ない3人と同じクラスだとは、義孝は思ってみなかったので、驚くしかなかった。佐藤の名前があったことで、満足していたのである。
「…なんで3人とも同じクラスに集めてんだよ。先生、何考えてんだ…」
義孝は、ぼそりと呟いた。
「な、意味わかんねぇよなぁ。一気に集めて、他のせんせー、ラクしたかったんじゃね?」
「…なんでうちなんだよ…」
唸り声で呟くと、さあなと言いたげに佐藤は首を振る。
「知らん。あー、まぁ関わることはないだろうし。触らぬ神になんとやらで」
「だな」
義孝と、佐藤はそういってこの話題を終結させる。
この3人とは、関わらないほうがいい。それは、本能的に分かった。義孝は、あまり彼らを刺激しないことを決めて、目を瞑る。どうせこの人たちは違う世界に生きている人たちだろうとそのときは思っていた。
それが変わったのは3年になってから、初めての席替えのことだった。
そのときは、最後の夏の大会を控え、部活に打ち込む日々が続いた。受験生なので、勉強も頑張らなければいけない。義孝は慌ただしい日々を過ごしていた。義孝は高校は少し自分の学力より上の学校を目指していたので、テスト勉強や予習を死ぬ気でやっていた。
そんな受験の中で同級生たちは鬱屈した日々を過ごしていた。そんなときに、先生の一声で席替えが行われることになった。
楽しい席替えというイベントに、反対するものはいなかった。義孝は友達の佐藤と前後ろだったので、席替えは本音を言えばやりたくない。だが、席替えに反対する人と先生に言われると手を上げにくい。賛成、賛成という、同級生の言葉が上がり席替えは行われた。
くじ引きの結果義孝は後ろから二番目、窓側の席になった。佐藤にはいいポジションじゃんと云われたが、全くそんなことはなかった。
後ろは問題児の月村がいたのだ。義孝は、ついぎょっとした顔で席が書かれた黒板を見てしまっていた。しかも運のないことに、月村の両隣には矢花、田鍋の2人が席に座っていた。どんな仕掛けがあったんだといいたくなるぐらい、悪い席順になった。
義孝は関わりたくない人の近くになったことに、気分が落ち込んだ。プリントを配るときは後ろを向かなければいけないし、班を組むときに一緒になるのは確実だろう。
前のほうで、よかったと言い合っている男女の声が聞こえて、もっと嫌になってくる。しかも頼みの綱の佐藤は、一番前になってしまっている。
運なさすぎだろ、オレ―――…。
後ろを向きたくなくて、授業が終わった後、義孝はすぐ佐藤の席に行く。
「鈴岡ぁ~、オレ前になっちゃったよ。先生と目あいまくり~…」
廊下を歩いているとき、佐藤はのんきなことを言っている。義孝は、イラついて怒気をこめた言い草で喋る。
「だったら俺と交換しろよ。やべえのが後ろに3人いんだけど」
「お前には同情するわ。正直あそこらへん行きたくねぇもん」
佐藤は珍しく義孝に哀れみの目を送ってくる。
「…だよな。異様な感じがするし、早く席替えしねえかな」
「オレもしたい~。まぁ、鈴岡の場合関わらなければなんとかなるだろ。俺たちにあいつら興味なさそうだし」
佐藤の言い草に「それもそうか」と思う。とりあえず怒らせなければいいのだ、と義孝は考える。あと1ヶ月すれば、どうにかなるだろう。それまで、関わらなければいいだけの話だ。佐藤の話に、義孝は一種の希望を覚えた。
それは間違えだったと気づかされたのは、すぐだった。月村たち3人は、よく授業中に話していた。かなり騒いでいるので、先生は怒るが、彼らはまったく無視している。その度胸に義孝は感心するしかない。
矢花、田鍋は勉強が出来ないということだったが、月村は違った。授業中喋っていて、何も聞いていないように見えるがテストの点数はいいらしい。小テストなども答案を集めるとき見たら、全問解いていた。そのテストは満点だったらしく、矢花に「すげえ~」と言われていた。
月村は顔もよく成績もよく、金持ちだったので一部の女子からはかなり人気なようだった。
それはかなり一部の人たちで、大半は授業中の煩さや、問題を時折起こす問題児ぶりに嫌われているみたいだ。
―――授業中によく視線を義孝は感じていた。
それは、誰かか分からないが、どこか嫌悪に染まったもので恐ろしかった。誰のものかと考えれば、後ろの人物しか有り得ないので、恐怖を感じていた。
月村は、授業中に喋ったかと思うと寝ていることも多かった。義孝はずっと寝ていて欲しいと思いながら授業を受けていた。
中休みは、その場にいるのが怖くて、佐藤のほうの机に避難したりもした。それ程3人が集まっていると恐ろしい。本当に触らぬ神に祟りなしだった。佐藤は早く席替えしたいと言いつつ、義孝の話に付き合ってくれていた。
そんなある日の授業中。ある出来事が起こり、事態は悪い方へ変化していた。
それは本当に些細な出来事だった。後ろの机から落ちてきたものを、義孝はふと拾った。それは消しゴムだった。
後ろにいるのは、月村しかいない。義孝は、親切心で後ろを振り向いた。
「落としてる」
義孝は月村にそう言って机の上に消しゴムを置く。月村は驚いた様子で、義孝を見詰めた。まじまじと見た月村の顔は、中学生らしからぬ整った顔で驚いた。だが見詰めていると、義孝は睨んでしまうので目を逸らすようにすぐに前を向く。
「どぉもぉ~」
特徴的な語尾の上げ方で、月村は後ろからお礼をいう。矢花と田鍋は、けらけらと笑っている。義孝は、やった後に、どっと心臓が鳴り響く。後から緊張がやってきて、義孝の身体は震えそうになる。
今ので何かやらかしてないよな――?
その後義孝は、ドキドキしながら授業を受けることになった。
―――その時感じた嫌な予感は的中した。
義孝はその頃から3人にからかわれるようになっていったのだ。
授業中にガンッと椅子を蹴られてビクリと身体が撥ねる。突然のことに義孝は混乱した。義孝は信じられない気持ちで後ろを見ると月村が感じ悪く笑っていた。初めは気のせいだと思っていたが、それは間をあけて何度も続けられた。
軽い悪戯だったが、義孝は泣きたくなった。
どうして、こんな目にあわないといけないんだろう―…。
そう泣き言を言いたくなる時に追い討ちがやってくる。ある日義孝が月村の隣の席を通るとき、矢花が足を出した。突然のことに、慌てて脚を飛び越えたが、義孝はぞっとした。思わず睨みつけると、当のやった本人は椅子に座ってけらけらと笑いながら「おぉ、こっわ~」と、馬鹿にしたように言っていた。
義孝はかあっと頭に血が上ったが気にしていないように振る舞いその場から立ち去った。教室を去った後どっと笑いが起きていて、義孝はそのまま頭を打ち付けて死んでしまいたかった。―――義孝を転ばせようとしていたものだと分かったから。
泣きたくなるのを堪え、義孝は廊下を歩いた。
23
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!

こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる