RIP IT UP

元森

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 なんだか頭が重くなってきたところで、ユイが言う。
『お兄ちゃん有名人じゃん、それすごいことだと思うけど』
 妹の能天気な声に、なんだかイラついてしまう。義孝はその気持ちのままにぶっきら棒に言い放った。
「俺、そういうの興味ないし」
『でもさ、これの写真許可したんでしょ?」
「許可はしたけど、こんな大きい会社の、こんなデカイ広告だって知らなかったんだよ。知ってたら、絶対に断わってた。もっと小さいものだと思ってたんだよ」
 妹は、へえそうなんだといった。もっとちゃんと説明すればいいのにね、と義孝を心配した言葉をくれた。それを聞くと、なんだか安心した。妹にイライラしていたのが、馬鹿らしく思えた。ユイに八つ当たりしたって変わらないものは変わらないだろう。自分を恥じながら、ユイの言葉を待つ。
『電車の広告、撮ってあるから後で送ろうか?』
 予想外の言葉に、思わず固まってしまった。
「うん…、まぁ。欲しい…」
 自分の写真を送ってこられるのは、ちょっとしょっぱいけれど、貰って損はないだろう。
『分かった。あ、お風呂沸いたみたいだから、切るね』
「ああ、じゃあまた」
 ユイに別れを言って、電話を切った。その一時間後に、ユイから雑誌の広告が電車に貼られている写真が送られてきて、義孝は頭が痛くなった。かなり大きく場所をとって貼ってある。しかも座席の上という目立つところに堂々とあった。義孝は、偏頭痛を感じながら、携帯を閉じた。
 
◇◇◇
 
 
 ―――…うわあ、ホントにあった…。
 義孝は眼を擦りながら、通勤電車の中で自分の映っている広告を見つけた。
 思わず、ちらちらと周りを見渡すが、誰もこの広告が義孝だとは気づいていないようだった。あたりまえか、と思う。この義孝は、別人だし、今の自分とはまったくもって雰囲気そのものが違う。座席の上にあるプラスチック製のもので守られた、存在感のある広告。
 今、満員電車とはいえないものの、空いてるともいえない電車のなかで、広告に目を止めるのはあまりに不自然だ。義孝はなるべく見ないようにやり過ごして電車を降りた。なんだか、どっと疲れた。とぼとぼと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「義孝さん」
 身の覚えのある声だった。後ろを振り向くと、敦也が後ろに立っていた。
「敦也くん。あ、おはよう」
「おはようございます」
 相変わらず、すごい美形だなと思ってしまう。そして、センスのいい服を着ていて男の義孝でも素直にカッコいいと感じた。彼の印象的に、可愛いほうがいいのかもしれないけれど。二人は、隣になって歩き出した。敦也は言葉を続けた。
「今から俺、仕事なんです。義孝さんもですか?」
「そうだ。今、会社に向かってるところで…」
「この辺に会社あるんですか?」
「ああ。駅の近くなんだ」
 そうなんですか、と義孝の言葉に敦也は頷いた。彼は目立つので、どうやら義孝も同様に人に見られているのを感じた。そのせいで、足が少し速めに動いてしまう。敦也はそんな義孝を知ってか知らずか、後に続いている。なんだか、申し訳なかった。敦也が今思い出したというふうに喋った。
「そういえば、豪円さんが、広告料出したいって言ってました。今度来て欲しい、って」
 豪円――そう聞いて、義孝は心臓が跳ねた。
「そう…なのか」
 さっき見た広告のせいで、頭の中が少し混乱している。
「俺、また送りますよ。いつがいいですか?」
「いや、そこまでしなくていいから…」
「でも…」
 敦也にそこまでさせられない、と首を振った。敦也は、不服そうだった。そこまでして欲しくない。そこまでされられたくない。そう率直に思う。敦也の優しさがそこまでしてくれると思うのだか、義孝には、それは重く思えた。自分はそこまで、心配させるべき存在ではないと自分では感じているからだ。
 そこまで甘えた存在になりたくない、頼ってばかりではいけない。義孝は断わった理由にそんな気持ちを隠していた。
「そのぐらい、自分で出来るから。敦也くんだって、自分の仕事あるだろ?」
「……」
 義孝を見て、敦也の顔が強張ったものになった。
 ――また、やってしまった。
 義孝の顔は、きっと不快感を露にしたものになっていたのだろう。そんなことは一切思っていないのに、この顔がそう思わせてしまう。義孝は、汗が吹き出るのを感じた。嫌な―――気持ちの悪い汗だった。弁解しようと、口を開こうとしたが、タイミングが悪く自分が曲がる道に出てしまう。
「じゃぁ…、俺、こっちだから」
「あ、はい…。また」
 敦也の表情は暗い。小さく手を振ってくれたので、義孝も同様に小さく手を振った。義孝は、ため息を彼と別れた瞬間についた。なんて、運のないことなのだろう。敦也に、申し訳なかった。
 ――――また、縁切れるかもな。
 ネガティブな自分がそう呟いたので、それを一心不乱に打ち消した。義孝はつい思考が暗いほうへ向かってしまう癖を直そうと決心する。気分が重く、足も遅くなり、会社に着いたのはいつもより10分ほど遅かった。会社へ着き部署に行くと、先に来ていた人間がいた。
「先輩。遅かったですね」
 後輩である司だった。ガタイのいい、身体をこちらに向けて爽やかな笑顔を向けてくる。無駄に、キラキラしてるな――そう思わずにはいられなかった。
「いや、別に。お前っていいよな」
 つい声に出してしまったことに、思わず口を手で塞いだ。義孝の言葉に、司はハテナマークの表情で聞く。
「いいよな、ってなんですか?」
「…元気だなって」
「なんですかそれ~」
 司が不思議そうになって義孝の顔を覗く。男の顔が、近くに来て仰天した。びくりと体が跳ねて、本能的に後ろに下がる。司はそんな義孝を見て、不快感を露わにした表情になった。
「なんですか。そんなビビらなくてもいいじゃないですか」
「…ぁ、あぁ。ごめん。ちょっと、驚いて」
 心臓がまだ早鐘を打っている。嫌な汗を感じた。義孝は一瞬フラッシュバックのような感覚が襲い掛かるのを感じた。―――あれはもう終わった事だって言うのに。もうアイツらには会わないというのに―――…。
 まだあの頃のことを覚えていて、引きずっている自分が嫌だった。この頃、昔の夢をよく見るからだろうか。
 近づく司の顔が、アイツらに重なって―――……。
「大丈夫ですか?」
「………ッ」
 パシン…――乾いた拒絶の音が部屋に響き渡る。司の近づいてくる手を義孝が跳ね除けた音だった。司は目を見開き瞠目している。義孝は自分のしたことに驚き、慌てて司に小さく謝った。
「ごめん…、寝ぼけてたんだ。…手、大丈夫か?」
「……ええ! だいじょうぶ、です」
 司は驚いていた顔をすぐに笑顔に変えてくれた。とりあえず、義孝はほっとした。義孝は赤くなった撫でながら「ごめん」といった。司は俯いて顔は見えなかったが「平気です」と返事をくれた。
 …何やってんだ、俺―――。
 自分のデスクに戻って、まだ震えている自身の手をどうにかして収めようとした。だが、抑えようとすればするほど、震えは強くなる気がした。心臓は早鐘を打ち、嫌な冷や汗を背中にじんわりと感じた。自分を叱咤しても、頭の中はグチャグチャだった。
 頭のなかでは、黒く塗りつぶされている人物が、義孝に「ほらな、お前はやっぱり俺たちのこと覚えてんだ」と言っている。身体の底からゾッとして、頭を振った。気持ちを切り替えようと―――心を入れ替えようと努力した。
 仕事が終わる時間になり義孝は思わずため息をつきたくなった。
 全然仕事に身が入らなかった。忙しい月曜日だっていうのにこんな体たらく。義孝は疲れ切ってしまった。
 大きなミスはなかったものの、小さなミスは何回もした。それは仕事命な義孝にとって、滅多にないことだった。ミスをやってしまったとき上司にも、今日はどうしたのか、と言われた程だった。どうしてこんなことに、と言いたくなるのをグッと抑え仕事をなんとか終わらせた。まるで怪我のある脚のようにゆっくりと家路をついた。
 プライベートと仕事を切り替えないと駄目なのは、分かっている。よく肝に銘じている。それを、今日破ってしまった。義孝は、まだ頭の中を整理しきっていなかった。最近色々なことがありすぎて、頭のなかはぐちゃぐちゃになっている。ストレスがかかり過ぎていて、自分自身でもよく分かっていない。
 部屋につき、夕食の準備をしようと思ったが、そんな気分にはなれない。ぼんやりと携帯を見る。画像フォルダに自分のあの写真があって、ドキリとした。拡大して見てもこれが自分の顔だとは分からない。本当に、奇跡の一枚だ。
 どうしてか義孝は用もないのにのろのろと立ち上がり義孝は洗面所に向かった。鏡を見ても、やっぱり自分は自分で、それ以外でもなかった。こんなことをやっている自分が馬鹿に思えて、その夜は夕食も食べずに不貞寝した。そのことを明日になってから後悔したことは言うまでもない。
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