RIP IT UP

元森

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14 予期せぬ来訪者

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 その後は、二人でお酒を飲みあった。明日は仕事だというのに、グビグビと義孝は酒を煽った。脳内にお盆が来れば実家に帰らなければいけないというストレスがかかっているせいかもしれない。飲んでいくと頭が霞んで、酔いが回ってくる。
 義孝は、酒はあまり飲まないほうだった。だからといって、下戸でもない。普段慣れない量の酒を飲んでいたので、だんだんと眠くなってくる。
 だが、先に落ちたのは、目の前の男のほうが早かった。
「あー…おきてくださぁい、伊勢さあん…」
 呂律が回っていない口調と、ぼんやりしている表情で、酔いが回っている義孝は、机に突っ伏している透を揺らす。完全に落ちてしまったのか、揺らしてもまったく透は目を覚まさない。
「んー…」
 呻き声をあげるだけで、透は寝てしまっている。透の周りにはかなりの量の酒がある。これだけ飲んだら酔ってしまうのも無理はない。
「どうしよう…」
 これでは家に帰れない。
 義孝は寝てしまった透をどうにかしなければと、酒が回っている脳で考える。とりあえずここにずっといれば店に迷惑が掛かるのは明白だ。とりあえず、ふらつく足で会計をすませた。会計のときのお金がかなりの額――といっても、義孝にとってだが膨大な額で少し酔いが覚めた。
 会計をすまし戻ってみても、透はまだ寝てしまっている。揺らしても起きない。
 ―――今日はタクシーで帰ろう…。
 そう決めて、財布の中を確認する。―――多分足りる額だろう。幸い、ここから義孝の家は近い。
 タクシーで帰ればなんとかなるだろう、と決めて、寝ている透を肩に手をかけ運ぶ。足運びは重く遅いが外までは近いのでなんとか着くだろう。
 こういうとき柔道を習っていてよかったと思う。かなり透は重かったが、日ごろの恩だと思えば軽いものだった。近くにいる透の顔はやっぱり綺麗で、思わず心臓が早まる。
 伊勢さんは、男だぞ――!
 自分を我に返させて、足を動かす。大きなが介抱されているのが、珍しいのか視線が二人に集まった。相手が透だからということもあるだろう。外に出ると、真っ暗で、時間を確認するとさすがに深夜近かった。
 呼んでいたタクシーが来て、車内に透を押し込んだ。揺らしても起きる気配すらない。
「伊勢さん…おきてください…どこですかぁ、おうち」
 呼びかけても、彼の長い睫毛が揺れるだけだった。
「お客さん、どうします? 目的地」
 タクシーの運転手の年配の男性が、言いづらそうに聞く。
「えー…っと…」
 ちらりと横を見てもスースーと寝息を立てている透が窓に寄りかかっているだけだった。彼はきっとまだまだ起きないだろう。夢の中にいるのか気持ちよさそうな寝顔で寝ている。その彼を無理やり起こすのは、可哀想に思えてしまう。
「えっと、じゃあ…」
 覚悟を決めて、義孝は自分の住所を運転手に伝えたのだった。


 
 


 しばらくしてタクシーが義孝のマンションの前に着いた。運転手に手伝ってもらい車内から脱出した。
 完全に寝ているのか義孝が動くたび透の手が奔放に揺れる。エレベーターに乗り、やっとのことで透を自分の部屋まで運び込む。
「つきましたよぉ…伊勢さぁん…」
 鍵を取り出しながら言っても、うんともすんとも言わない。完全に寝てしまっている。
 開けづらいドアを頑張って開け、玄関に鞄を投げる。透の靴を乱暴に脱がせ、廊下を肩に透を乗せて歩きながら、義孝は寝てしまいそうになる自我をなんとか保とうとする。
「よおっと」

 透を、ベットに掛け声をあげて放り投げる。
 透の無抵抗な身体が宙に浮いた。そして、ベットの上でバウンドする。
「いっちょあがりぃ…あははっ」
 一仕事を終えて、笑いがこみ上げてくる。
「あっはっは、あはははっ」
 どうやら、自分は笑い上戸だったみたいだ。義孝は、楽しくなってきて、台所まで駆けた。
「ギャッ」
 ふらついた足取りで走ったせいでもつれて床に倒れこむ。大きな衝撃が襲い、義孝は寝たままのた打ち回った。
「うわーん、いたいよーっあはは」
 わんわんと泣きながら、笑う義孝は傍から見たらおかしな人だろう。日頃のストレスがきてしまったのか、義孝は酒を飲んで思考回路がおかしくなったのだ。普段は絶対にしないようなことを、義孝は深夜の台所で行っていた。
 そして、しばらく笑うと我に返ったように「寝よ」と呟き、立ち上がった。
「どこでねようかなぁ…ソファかなぁ…」
 透に義孝は自分のベットを貸してしまった。だから、あるとしたらソファしかない。
「明日、筋肉痛だ。おれ、仕事やすんじゃおっかなぁ~」
 義孝は他人事のように、ケタケタ笑う。仕事虫の義孝がそんなことを言っているので、相当酔っている。
 それにこんな状態のままソファで寝たら節々が痛くなるに決まっている。電気も付けず先ほどの行為をしていた義孝は、ソファに向かって下手くそな鼻歌をのんきに歌いながら、真っ暗な部屋を歩き出す。
「おやすみ~」
 ソファに寝転がり、義孝は目を瞑る。
 しばらくして、眠気が襲ってきたので、その睡魔に流されようと、意識を手放した。



 ――――気持ちいい…。
 義孝は夢の中で、微睡むように木に寄りかかって寝ていた。このままずっとここにいたい。あったかくて、ぬるま湯みたいだ。そう思っていたのだが、どこか違和感がある。
「…ん…?」
 小さく呻くと、その違和感がなくなる。
 なんだ気のせいかと、義孝はまた気持ちよく夢のなかに舞い戻る。しばらくその微睡みを堪能していると、また違和感がやってくる。
「ぅ…ぅうん…?」
 また呻くと、ソレは引っ込んだ。なんだこの違和感。なんというか、自分が何かに触っているような…。義孝は、ぼんやりした意識の中で、その違和感の正体を探る。だけれど、眠くなってきて、また義孝はすやすやと寝息を立てる。
 しばらくして、また違和感がやってくる。人が幸せに気持ちよく寝ているんだから邪魔すんな、と身をよじる。
 身をよじったのに、またしつこく違和感がやってくる。しかも、強く。
 違和感というより、これは…――。
「邪魔するなっ」
 思わず、叫ぶと、その違和感が消える。
 完全に消えたような気がして安心して、すやすや義孝は木に寄りかかって眠る。また隙を見て、それがやってくる。今度こそ違和感を追い払おうと義孝は文句を叫ぶ。
「俺は寝ているんだっ、邪魔しないでくれっ」
 その声を聞いたそれは、義孝の尻の部分を触っていた所で止まる。
 って、尻…――…?!
「ぎゃぁああっ」
 義孝は完全に意識を取り戻して、目を開ける。尻の違和感を感じて、義孝は叫びながら飛び起きた。
「…あ」
 義孝の目の前にいた人物が、固まる。
 目の前は真っ暗だが、そこにいるのは人だと分かる。というより、先ほど義孝は叫ぶ前に見てしまった。完璧に、義孝の身体をまさぐるような手つきで触っている人物のことを。顔は見てないが、体格から男だろうと推測する。一種のパニック状態で、酔いも完全に覚め、義孝はソファの上に慌ただしく立つ。
 目の前の人物は、言葉を失い、固まって微動だにしない。
「ギャァアアッ、ど、どろぼーっ、変質者っ」
 大声で叫びながら、義孝は、ソファの上からキックを食らわせる。その拍子に、自分の眼鏡が吹っ飛んだ。カシャンッ、と床に眼鏡が落ちる音がする。真っ暗で分からないが、顔面に直撃したらしい。
「グエッ」
 痛そうに男が呻く。渾身の力で蹴ったので男が吹っ飛んだ。壁に激突してとても大きな音がした。黒い物体が蠢いたので、多分男が呻いているのだと思う。
 義孝は眼鏡がないので視界がぼやけたまま、よたよたと黒い物体に近づく。眼鏡を探そうにも、真っ暗で探そうにない。
「出てけっ、どうやって入ったんだ! うちには金がないから、早くここから出やがれっ」
 ゲシゲシと、たまに不発して、何度も男の腹だと思われる部分を踏みつける。その度に声にならない叫びを男は上げる。なんとも痛そうに身体を四方八方によじっている。義孝には黒い物体が蠢いているようにしか見えないので、気持ち悪いとしか思えないが。
「…――ッ」
「ひッ、…いってぇ! なにすんだ、テメーッ」
 男に自分の足を捕まれ、尻餅をさせられてしまった。大きな衝撃が背骨に響く。義孝があまりの痛みに呻いていると、よろよろと黒い物体が立ち上がり、そのままドアに駆け足で向かっていった。
「こらっ、待ちやがれっ」
 四つんばいで、呻きながら義孝は男を追う。だが、その物体は思いのほか早く、ドアが閉まる音が響く。義孝は男に完全に逃げられてしまった。今から走っても間に合わないだろう。
 ドアが閉まったその瞬間、部屋が静まる。
 ドッと冷や汗をかく。心臓が痛いぐらいに早まった。ドキドキと悪い意味で心臓が張り詰める。
「……ど、どろぼー…?」
 こんな深夜に、入ってくる泥棒がいるのか分からないが、もしかしたら自分は危機一髪だったのかもしれない。突然自分に降りかかったことに、義孝は思わず身体を震わせた。
 ―――もしかしたらあと一歩で、俺はとんでもないことになっていた――?
 そう思ったら寒気がした。そういえば、義孝は部屋に入ったとき鍵を閉めてなかった。
 ―――それで、寝ているうちに入られたのか…?
 ゾッとして、しばらく義孝は動けなかった。時間が経ってから恐怖がやってくる。どうしようもなく怖かった。大の大人が泣くのはみっともないが、自然と涙が出てきた。
「110番…」
 安堵の涙を流し、呟いてみたが眼鏡もないし、場所も分からないと途方に暮れる。腰が抜けその場からも動けない。透が出てこないので、かなりぐっすりと寝ているのだろう。あれだけ物音がしたから、起きてもおかしくないとは思うが―――…。
 何もかもが、怖くなってそれ以上に疲れが襲ってきて――…その場に倒れるように義孝は眠りにつく。床はまるで死人のように冷たかった。
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