RIP IT UP

元森

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11 楽しいディナー

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 前菜、サラダ…と運ばれてくる料理を、その後二人は美味しく食べていった。
 食事の間は、透が面白可笑しい話をしてくれるので全く飽きない。長く人と話すのは辛いものだというそんな義孝の思いを払拭するかのように、透の話は楽しい話ばかりだった。
 本当に透には非の打ち所のない男だった。トーク力もあれば、博識もある。顔も、スタイルも一級品。こんな出来ている人間なんて人生では会わない。完璧、という言葉が彼には似合う。義孝が思わず惚れ惚れしていると、透が質問してきた。
「鈴岡さんって、学生時代何の部活やってたんですか?」
「…柔道部です」
「そうなんですか。意外ですね、そうは見えないです」
 本当に意外そうな顔をして、透はこちらを見てくる。
「意外?」
 思わずその反応に疑問を持ち首を傾げる。義孝が自分は柔道部だったと言ったとしても驚かれたことはないからだ。ああ、そうなんだ、やってそうな顔してるもんね――と、昔の彼女に言われたことがある。
 その彼女のことを一瞬だけ思い浮かべてしまって、食事が一気にしょっぱくなるような気がした。せっかくいい気分だったのに、思い出すなんて馬鹿なことをしてしまったかもしれない。義孝はそんな気持ちをなくすためワインを一気に煽る。
 自分の部活を言ってもだいたいは納得する。だから、驚いた―――そんな反応をする透に、義孝は疑問を持ってしまったのだ。
「でも、ガッチリしているから何かのスポーツはやってるんだろうとは思ったんですけどね。…柔道ですか」
 透が自分に言い聞かせるように言う。何故、そんな考え込むように言ったのかがまったく義孝には分からない。
「何段ですか?」 
「三段です」
 そういうと、透が目を丸くした。凄いなぁとでも言いそうだ。そんな顔をされるとどんな反応すればいいのか義孝には分からない。
 小学校でも少しやって、中学校、高校時代は部活ばかりしていたから、当然の結果だった。大学入ってからも、ちょくちょく続けていた。社会人になってからはあまりやっていないし、今ではもうからっきしだ。三段までいくのに、才能のなかった自分がここまで来るのは大変だったなと今では思う。
 三段といっても最近はやっていないので高校生時代と同じように技が出来るかは義孝には分からない。義孝は三段の中でも弱い三段だ。ギリギリで合格して先生からはまぐれだと褒められたぐらいだ。
「相当凄いですよ」
「でも、ギリギリで合格したんですよ」
「とっただけでも凄いです。三段なんてそうそういない」
 小さく拍手をして透に褒められる。ここまで褒められると、妙に気恥ずかしい。
「今もやってる?」
 酒が入ってきているからなのか、透はだんだんと子供っぽく口調が変化している。頬がほんのり赤くなっているのでほろ酔い状態なのかもしれない。
「今は、あんまり…時間もないし…技も出来るかどうか…」
「…仕事忙しいんだ?」
 心配そうに見られて、義孝はどうしてか萎縮してしまう。
 ここまで、心配そうに言われたのは久しぶりのことだった。こんな義孝を心配して、そんな優しい言葉をかけてくれる人はいないから、心の中で温かいものが広がっていく。義孝も年をとってきたのでこの頃些細なことでもジーン…としてしまう。運ばれてきたデザートを食べながら、義孝は答える。
「忙しいというか……、でもそれがやっぱり仕事だと思うので」
 そう言うと、何故か透は悲しそうな顔でこちらを見ている。
 一瞬だけこちらに顔を向けると透はそのまま何も言わずに、デザートを口に運んでいた。
 どうしてそんな顔をするのかと聞くのをぐっとガマンしていると、しばらく経ってからいつも通りの笑顔で話を進められたので、悲しそうな顔を垣間見せた透をあまり義孝は気に留めないことにしたのだった。
 面白い話をしている透に、義孝はまたこんな想いを抱いてしまった。
 ―――――こんな完璧すぎる人間に、欠点なんてあるのだろうか――…と。あるとしたら、どんなことだろう…と。
 完璧な笑顔で話している透を見て、頷きながら、義孝は何度か分からない小さなため息を静かに吐いた。


◇◇◆




「はぁ…」
 フランス料理を食べ終わった後、透と別れて家に帰ってきた義孝はまた重い息を吐く。
「楽しかった…でも、差がひどいなぁ…」
 義孝は、自分の部屋を一瞥をしてため息をつく。きちんと掃除し整えられているが、そこまで広くはないリビング。いたって平凡なマンションの一室だ。透との差を考えたら、なんだかため息しか出てこない部屋だった。
 透は一等地の駅も近い高層マンションに一人で暮らしているらしい。義孝はのろのろとソファに座りスーツを脱いでいく。
 今頃透も部屋に帰っていてその高そうなマンションで有意義に一人を過ごしていることだろう。話を聞く限りかなり部屋も大きそうだった。
「負けているとか、そういうものじゃないんだな…」
 自嘲気味に言った言葉が、卑屈めいていて義孝はちょっと驚いた。
 まず透と比べようとするのが間違いなのだ。だが一歳しか変わらない年下の透は、あまりにも高いスペックを持っているのだ。今の自分の状況を考えると、義孝はどうも暗い気分になってしまう。同じ男なのに、こんなに違うのって不公平じゃないか…と、神様に言いたくなる。
「これが、医者とサラリーマンの差かぁ。不公平だな…」
 いや――透と義孝がこんなにも違うのは、サラリーマンと医者とは全く違うものだ。そんなことは義孝自身でも分かる。
「人間性の、差…」
 言っていて、自分でも悲しくなってきた。口に出すと、余計にむなしい。どうして自分はこんなにも卑屈な人間になってしまったのだろうかと、悲しくなってくる。
「…比べちゃうのはしょうがないよな」
 誰だってあんな完璧な人に会ったら自分を卑下してしまうに決まっている。少なくとも、義孝はそうだ。
「だけど、あんな容姿よくてスタイルもよかったら、逆に性格が悪いとかありそうなんだけど、それはないんだもな。とても出来た人だよな、あのヒトって、やっぱすげーや…適わない。俺より年下だってのに…」
 言ってて、だんだんと様々な感情が混ざって泣きそうになってきた。三十路に近い男が泣いたって誰も得しないし、情けないから泣かないけれど。
 ―――きっと義孝は羨ましいのだ。
  あんな完璧なスペックを持っている透が羨ましくて、嫉みに近いものを抱いてしまっているのかもしれない。
 ―――何をやっているんだ…自分。
 勝手に自分を卑下して、相手のことを妬んでいる。
「俺もまだまだだな…」
 天井を見上げながら、そう呟く。義孝は歳を重ねて身体は一人の人間の男として育った。だけれど心は子供のころから変わらない。臆病で、周りの人と比べたがる、そんな人間だ。柔道を始めたのだって、人と争って比べたかっただけだ。今では柔道という競技を心から愛しているが、昔はそんな簡単な理由で始めたのだ。
 自分でもずいぶん安直だとは分かっている。

 一人で苦笑いをしていると、携帯が震えた。メールが届いたみたいだった。
「伊勢さんからか…」
 そこには、『今日は楽しかったです。また行きましょう』と書かれていた。その次の文章には、『何日が開いていますか?』と書いてあった。義孝は思わず、『また行きましょう』という文章を二度見した。
 またいきましょう…ということは、また遊びましょうってことだよな…――?
 義孝は、信じられない気持ちになって身体が震えた。また誘ってくれたという事実が嬉しかった。社交辞令じゃなく、本当にまた誘ってくれたのだ。
 医者と患者という関係性が、だんだんと友人に変わってきている気がして、義孝は心が震える。
「友人なんて…久しぶりに出来たかもしれない」
 嬉しくて泣きそうになる。携帯をぎゅうっと抱きしめて、その涙の代わりにした。もしかしたら透も、自分のことを友人だと思ってくれているのかもしれない。そうじゃなきゃ、ご飯なんて誘われない。
「ちょっとは期待しても、平気だよな?」
 ふふっと笑って、携帯を打つ。予定が開いている日にちを送ると、しばらくして返信が来た。
『僕も開いているので、その日で。詳細は、またあとで送りますね』
『はい、分かりました』
 返信し終わって、義孝は携帯を閉じる。
 幸福感に満たされながら、寝る準備をして、ベットにもぐりこむ。
 義孝は、自分に仕事以外の楽しみが出来たような予感がして、嬉しくてまた笑ってしまう。おっさんが気持ち悪いと心の中で戒めて、目を閉じた。どうしても、次の透と一緒に行くところはどこだろうかとウキウキしてしまう。
まるで、遠足に行く前日みたいな興奮が義孝を包む。
 初めて友人が出来たみたいな喜び方をしている自分がいて、義孝はそうじゃないと首を振る。
 だって、友人とか出来るのは久しぶりだからしょうがないじゃないか――…。 
 自分の中にいる冷静な部分に言い訳をして目を瞑る。義孝はしばらくしてスースーと寝息を立てながら眠りに落ちた。その寝顔は強面な姿を柔らかくさせていた。
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