RIP IT UP

元森

文字の大きさ
上 下
9 / 82

9 嬉しい休日

しおりを挟む
 きっかけは、たぶん些細なことだった。後ろ机から落ちてきた消しゴムを親切心で拾ったという、些細でしかない出来事で、その後の生活に俺の心に大ダメージを受けることになるなんて知る由もなかったのである。
 あの人が、席替えで俺の後ろの席になってしまってから俺の今後の学校生活に大きく響くなんて考えてなんていなかったのだ。
 俺は、あの人に振り返って消しゴムを「落としてる」と言って手渡しただけなのに。そしてそのままあの人が「ありがとう」と言うだけで、あの時の自分は成立したはずで、今まで記憶に残るようなことでもなかったはずなのに。
 あの出来事が起こってから、俺の人生は無茶苦茶になってしまった。今でも思い出すたびに、酷い吐き気がするほどだ。
 まさか、あんなことで地獄が始まるなんて思ってもみなかった。
 

◇◇◇
 


 義孝は、最悪な気分で目を覚ました。
 パジャマのシャツが、べとべとと肌に汗でくっ付いて気持ちが悪い。しかもいまは梅雨の季節なので、部屋の中がじめじめしているということも、頭痛を引き起こす材料にしかなりえない。とても嫌な夢を見ていたはずだが、いっさい何も覚えていない。こんな夢はしょっちゅうなのに、今日はなんだか引っかかる。
 嫌な夢を思い出しても意味はないと判断して、義孝は布団から脱出した。
 今日は日曜日。嬉しい休日だ。入院していたときは、仕事をしたいなんて思っていたが今は素直に休日が嬉しい。やはり、仕事は休息と量のバランスが大切なんだと思い知らされた。
 なので、今の時刻はいつも起きている時間よりも2時間も遅く起きた。久しぶりに寝れて、そろそろ若い身体ではなくなってしまう義孝にとっては嬉しい休息を取ることが出来た。大きな伸びをして、欠伸を一つする。
 朝食の準備をしながら、今日の予定を振り返る。今日は楽しみである透との食事である。人とこうやって約束をして、食事に行くのはいつぐらいぶりだろう。
 そんな疑問を抱えながら、卵を割って卵焼きを作った。
 長い一人暮らしのせいか、ここ最近料理のレパートリーが増えてきた。まだまだ卵料理しか得意なものはないがもっと作るようになれば上達するのには時間はかからないだろう。自ら一人暮らしを長引かせる考えを持っていることに気づき、義孝は苦笑いをした。
 そろそろ30歳になり、将来を考えないといけない時期になってきた。あとのことを考えるのは嫌だが、やっぱりお嫁さんになる人を探さないとな――――とは心では思っているが、肝心の彼女が義孝にはいない。
 それよりも、自分に結婚なんて出来るのだろうかと漠然とした不安が義孝にはある。別に恋をしたことがないわけじゃない。大学生のときには、ちゃんと恋人がいた。
「2カ月で別れたけど…」
 義孝にとっては念願の初めての彼女だったのに早々に別れてしまったのだ。
 原因は、彼女の『ごめん、新しい好きな人が出来た』という言葉だった。義孝は、言われた瞬間頭の中がフリーズしてしまった。4度目のデートだったのに、最悪のデートにその瞬間なってしまった。
 とどめに彼女に『自分から好きになっておいてなんだけど、あなたじゃなかったみたい。顔も怖いし』という言葉で、義孝の心は打ち砕かれた。なによりも『顔も怖いし』という呪いの言葉が義孝の心を抉った。
 しかもご丁寧にそのあと元彼女が作った新しい彼氏所謂「草食系男子」だったから、義孝は笑いたくなった。自分とは全く違うタイプの容姿の男好きになったというのは、なんとも皮肉な話であった。おとなしい、おしとやかな彼女があんな酷いことを言うとは思わず、義孝はしばらくの間落ち込んでいたし人間不信になるところだった。
 あれのせいで、『しばらくは彼女をつくらないぞ』と義孝は決意した。それが今でも続いているのだから、そろそろ作りたいところだ。だが、自分がモテた試しがない。容姿は怖いし、もう若くもないので、出来ないのではないかという不安はある。実際に今まで大学生に出来たその彼女から出来た試しがない。
 義孝は自分の顔が嫌いだった。彼女が言った通り義孝の顔は『怖い』という印象を持たれるからだ。学生時代も『鉄仮面』というあだ名だったし、もうコンプレックスの塊でしかない。
 司がこの間『先輩はカッコいいです。結構なレベルで顔が整ってますよ。目つきは悪いかもしれないけど、それにしたって危険な雰囲気がでていい感じだし。髪型変えれば相当モテると思います』と、大口叩いていたが、何かの悪い冗談でしかない。
 自分が本気でかっこいいというのなら、そう言った司はどうなるだろう。司は顔立ちがいいので、それこそ馬鹿にさせているようにしか思えないのだ。
「はぁ…」
 どんどんとネガティブになっている自分が嫌になって、義孝はため息をついた。
 一通り朝食を作り、それを食した。メニューは卵焼きと、ワカメの味噌汁と、ご飯と、味付け海苔と、市販のきゅうりの漬物だ。なんともおやじ臭い朝食だが、とてもおいしいので義孝は気にいっている。それらを机に持っていき黙々と食べ、それが食べ終わるとお皿を洗って食器棚に戻した。
 そこからは、一週間の家事を一気にやった。
 洗濯物に、掃除、洗い物――…休まずに黙々と続けて終わったころには、もうお昼ご飯の時間になっていた。
「もう、1時か…」
 昼食を作るのが掃除やらなんやらをして疲れており億劫になったので、広告のチラシを適当にとり、そこに載っていた親子丼を頼むことにした。そこに記載されていた電話番号にかけ、注文すると、20分程で親子丼が届いた。
「いただきます」
 手を合わせて、義孝は割り箸を割った。
 朝食のようにまた黙々と義孝は食べ終え、お皿を外に出しておいた。また後で時間が経ったら、お店の人がそのお皿を回収するみたいだ。最近の出前はこうなのかと、義孝は感心する。食べ終えたあと、しばらくはテレビを見続けていたがやることを思いだし義孝は飛び起きた。
「今日着ていく服考えてねぇ!」
 まだ時間にはまだまだあるが、早めに決めとくに越したことはないと義孝はタンスを開けた。間違えて隣のタンスを開けてしまったことに小さく舌打ちをし、クローゼットの中身を物色する。
「うーん、スーツにするか、私服にするか…」
 うーん、うーんと頭をひねりながら義孝は必死になって考える。
 お世辞でもないが、義孝の服のセンスはあまりない。センスというよりは、レパートリーが極端にすくないのだ。たぶん、透がオシャレそうなので、自分と並んだときを考えて逆に透の見目が下がってしまうような気がした。
 なんとも恐ろしくなって、義孝はある答えを決めた。
「スーツにしよう」
 どうしてスーツなのかと聞かれれば、なんて答えていいか判らないがこんな私服よりはいくぶんマシだ。
「…会社に忘れ物したから、取りにいったっていえばいいか…」
 聞かれたときの言い訳を思いついて、義孝はまたため息をつく。
 今度の休日に、服を買いにいかなきゃな…――と義孝は密かに計画を立てた。


 そんなことをしていていたら約束の時間を1時間を切っていた。急いで義孝は用意したスーツに着替えて、カバンを持ち待ち合わせの場所に向かった。
 待ち合わせ場所は、透が決めてくれ予約してくれたとあるホテルのなかになるレストランだった。名前は聞いたことはないレストランだったが、そのホテルのことは知っていたので義孝は驚いていた。そのホテルは、高級ホテルということで世間では知られていたからだ。
 そんなホテルにあるのだから、レストランも同様に高いお店なのだろうということは簡単に推測できた。
 電車を乗り継ぎ、駅から5分歩いた場所にあったそのホテルはとても義孝が簡単に踏み入れられない場所だと分かった。 煌びやかすぎて、ホテルに足を踏み入れることを躊躇したのは、義孝にとって初めてのことだった。
 何階まであるのだろう、もしかして100階までか?――そう思ってしまうほど、高いホテルだ。よく海外のセレブが高級ホテルに泊ったというニュースがあるが、それが目の前にそびえ立っている。
 綺麗な外観に驚いていたが、待ち合わせの時間に近付いていることに気づいて義孝は唾を飲み込みロビーに足を踏み入れた。
 ホテルマンが丁寧にドアを開けてくれ、中に踏み入れると思わず息を飲んだ。広々としたロビーは大きなシャンデリアや、高級そうなソファが置かれており絢爛華やかな様子で、義孝を迎えている。客もただの普通の人間ではないと分かるぐらい気品に満ちていた。
 自分が場違いな場所にいることを再認識しながらも、義孝はロビーにあるソファに腰掛ける。
 ここで、何かホテルの人に言われたらどうしよう――…義孝は唐突に不安を感じたので、ここから早く離れようと、レストランの場所を確認するために案内板に向かった。案内板も高そうな感じで、義孝は感嘆のため息をはく。
 どうやら、レストランは30階にあるらしい。そこの場所を覚えて、義孝は案内板から離れた。
 義孝は、少しぎこちない動きでエレベーターに乗った。30階を押すボタンに触れるとき、震えていて緊張していると思い知らせられる。30階に着き、レストランに向かった。レストランの店員も当たり前だがファミレスとは全然違う、美しい動きで義孝に微笑みかける。男の店員は、微笑を浮かべながら
「何名様でしょうか?」
 と、義孝に問うた。義孝は、いい大人なのに声を上ずりながら答える。
「予約しているんですが…あ、二名ですっ」
 緊張している義孝に気づいたのか、店員は温厚そうな笑みを口にのせた。
「予約させているのですか、お名前は?」
「あ、俺の名前じゃないんですけど…伊勢です」
「伊勢様ですね、こちらにどうぞ」
 従業員は、義孝を窓側の席に案内させた。義孝は、こんないい席を透はとったのかと別の意味でびっくりしていた。こんないい席をとるなんて、透は何を考えているのだろう。こんな場所、まるでプロポーズにピッタリないい席なんて取って―――。
「ごゆっくり」
 そう微笑み、男は義孝の席から去っていった。しかも、義孝が席に座るとき椅子まで引いてくれた。義孝は、緊張した面持ちで透が来るのを黙って待っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...