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7 嬉しい誘い
しおりを挟む「もしかして、俺を誘ってくれてます?」
義孝は聞きたい衝動を抑え切れず、そう口が早々と動かしていた。
自分を誘ってくれているのだと思えば嬉しいが、急に言われてどうして自分を誘ったのか――…という疑問もぬぐえない。真剣にいった義孝の言葉に、透は複雑そうな表情をしてみせた。
「…分かりずらかったですか?」
透は言い方が悪かったのかと、首を傾げている。あらぬ誤解に、義孝は首を力弱く横に振った。
「い、いえ、そう言うわけではなくて…」
さすがに、自分自身で『俺と食事したって、あなたはつまらないだろうに、どうして誘うんですか?』なんて軽く口に出せるわけながない。ましてや義孝を誘ってくれた人だ。自分を誘ってくれた人物にそんな失礼なことは出来るわけがなかった。
口ごもっていると、透が微笑む。金色の髪がゆるやかに揺れた。
透の瞳の中の水晶みたいな綺麗な目も、眩くキラキラとたゆたう。
「…いいですか?」
透がこの笑顔だったら女性はイチコロでやれてしまうだろうという笑みを、義孝の目の前でこれでもかというほど披露している。正面でそうされてしまうと、義孝も男だというのに妙に緊張してしまう。
「え…あ、あの…」
どんな風に自分の気持ちを伝えるのかよくわからなくなって、義孝の目線が泳いだ。透の真剣な紳士的な目に、NOといえる雰囲気ではなくなっていく。初めから義孝には断る理由なんてない。
「俺なんかでいいんですか…? 全然話したことないのに」
言おうとは思ってはいなかったが、透の目線に急かされするりと義孝の本音が出てきてしまった。あっ、しまった――義孝の悲鳴が出る前に、透がふっと笑みをこぼす。
透が、それなら――と笑って見せた。その姿は、妖艶で見る者を落としてしまう笑みだった。義孝も例外ではなくて、しばらくの間美しい微笑みに酔ってしまっていた。
「知らない者同士だから、たくさん話すんじゃないですか。…僕、鈴岡さんのこと知りたいんです」
真面目な表情で囁かれ、義孝は俺と仲良くしたいなんて変な人だななんて失礼なことを考えながら、静かに頷いた。
透はその義孝の言葉を聞きこれまで見たこともない極上の笑みを浮かべたのだった―――。
◇◇◇
その後入院中には、司や会社の人たちが続々と来てくれた。
同僚たちはきっと乗り気ではないのだろうけど、司がどうやら誘って一緒にお見舞いに来てくれたらしい。義孝はわざわざ自分のために来てくれたことが嬉しかったので喜んだ。
ちょくちょくユイも遊びに来てくれて、義孝は入院中退屈に過ごせずにすんだ。そうでなくても、透が義孝に暇さえあれば話しかけてくれたおかげで義孝が寂しい想いをしなかったといえるだろう。
透の話は、とても面白く博識に冴えていることが分かる内容ばかりだった。医者になるべくして生まれてきた存在だと熱弁されても信じてしまうぐらい透の話には起承転結があり、知性に溢れていた。
知能レベルが同じではない義孝にも分かりやすく話してくれているので、飽きることはない楽しい時間を送っていたと言える。そうしてリハビリや、検査等をしていたら入院期間が終わりを告げていた。
義孝にとって長いようで、少ないような入院だった。入院中に義孝は透とアドレスを交換しあった。今後も検査もするだろうという事務的なものと、プライベートによるものだった。
電話帳に新たな人物が増えて、義孝は温かい気持ちが浮かび上がる。
友人が出来たのは、いつぐらいだろう。大学生のとき以来だ。
そう思ったら、義孝は泣きそうになる。目頭を押さえて、耐えた。透は義孝のことを友人とでもなんでも思っていないかもしれないが、義孝はそれでも嬉しかった。大人になって友人が出来るなんて今まで想像していなかったのだ。
それほど、義孝は友人という存在を社会人になってからつくっていなかった。作る暇もなかったし、なによりそんな勇気がなかった。人と深く関わろうとする勇気が。
もし、透も自分のことを友人だと思っていてくれたらどれだけ幸せなのだろうか。もしかしたら、ただの透の気遣いなのかもしれないし、食事に誘ってくれたのだって上辺だけの話なのかもしれない。だが、義孝はそれでもいいと考えていた。
誘ってくれたという事実が嬉しいのだ。メルアドも交換したし、少し希望を持てる。
―――義孝は息を吐き出していつの間にかレンズが曇ってしまった眼鏡を外す。
久しぶりに会社の椅子に座った義孝の目の前にはやっていない仕事がたんまりと溜まっている悲惨な状況だった。
入院中には仕事がないだろう――と考えていたが、やはり少しはあった。それが少しづつ溜まって結構な量になってしまっている。なんとか日中に片づけようとはしたが、あまりにも量が多く結局は残業をするはめになってしまった。
世の中はそう上手くいくものではないのだと、義孝は何度目かも分からぬ重い息を吐く。
義孝の会社は、残業を取らないという会社なので皆はすぐに仕事を切り上げ定時になると大体が帰ってしまう。同僚が帰っていく中、仕事をするのは精神的にまいってしまうというのが本音である。司は義孝を手伝うと言ってくれて、一緒に残ってくれていた。
手伝ってくれてありがたい気持ちと、申し訳ない思いが義孝の中で交差する。
――これだから、原はモテるんだよなあ…。
司はお人よしな面と、なにより優しいところがある。いい性格だとは義孝も思うが、これは同時に騙されやすい性格ということだ。義孝がその気だったら、きっと『お前のせいで怪我したんだから、全部仕事をやれ』と頼んでしまえば、たぶん司はその申し出を喜んでするだろう。
やはり、司は義孝を怪我させたのは自分だと思い込んでいるらしくことあるごとに義孝に構ってくれている。優しいのは前からだったが、もっとかいがいしく義孝に接している。ここまで構われてしまうと、男だというのに勘違いを引き起こして惚れてしまいそうになる。
義孝が女性だったら、きっと恋に落ちている所だろう。というか、きっと絶対に落ちている。だが、同性同士なので義孝にはそんな気は起きない。
ぼやけた視界に、ため息をつくと眼鏡を外したまま椅子に深く座りなおした。ギッ、と古い椅子が軋む音がした。眼鏡を眼鏡拭きで拭いていると、司に声を掛けられた。
「あの、こっち終わりましたけど先輩はどこまで終わりました?」
相変わらず司は仕事が早い。10分前に始めたばっかりなのに、もう終わったのか。
仕事も出来て、容姿もよかったらそれはもうモテて当たり前だな――なんて改めて義孝は考えてしまう。見習いたいところだが、今はそんな馬鹿げたことを考えている場合ではないと自分を叱咤した。
「…手伝ってくれてありがとう。助かった」
義孝にはぼやけた顔をしている司に顔を見詰め、義孝は頭をゆるやかに下げた。電気が節電のため視界はどこかいつもより薄暗いが、司の顔が驚いた表情に強張ったのが分かる。
「え、先輩に褒められた!」
きゃあと、女子高生の歓声があげるみたいに司の声音が上げる。
そこまで自分は司に褒めていなかったのだろうかと、眉を密かに寄せる。その気持ちが表れてしまっているのか、声に怒声が混じる。
「俺は、結構褒めているけど」
「笑うというオプション付きは初めてですよ」
「あ、そう」
自分は笑っているつもりはなかったのだが、どうやら司によると笑っていたらしい。確かに最近は人と話をたくさんするようになって笑うことが多くなったからその影響かもしれない。これもユイや透や司のおかげなのかもしれない。考え込む姿勢をとっていると、ふいに熱い視線を感じた。
ここにいるのは一人しかいない。上を仰ぐと、じっと義孝を熱っぽく見詰めている司がいた。そんな様子の司に驚いていると、司が言葉を紡いだ。
「先輩、やっぱり前から思ってはいたんですけど、男前っすね」
「…はあ?」
司の言葉は突拍子もなくて、義孝を混乱させるのには十分破壊力があった。間抜けな単語が、義孝の口から滑り落ちた。コーヒーをもし飲んでいたら噴き出していたに違いない。
―――冗談はやめてほしい、心臓に悪いから。
「なに言ってんだ? お前」
「いや、俺ずっと思ってたんですよ。眼鏡のせいでちょっと分かり辛かったっすけど、やっぱ外している今なら分かります」
「いやいやいや、何でそんな冗談言ってるわけ? 俺褒めたってなんもでねえよ」
「お世辞じゃないです。前も女子社員が鈴岡さんは、よく見たらかっこいいっていってましたし」
「おいおい、目おかしいんじゃねえの…ってかよく見たらって…」
司に熱く熱弁されて、義孝は呆れしか出てこない。女子社員が噂してたのだって、どうせ司のお世辞をしたいがための作り話に決まっている。もし、司の言う通りいっていたとしても、趣味が悪いとしか義孝にはいいようがない。
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