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3 病院での2週間
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義孝が目を覚ますと、視界が揺らいでいた。
意識を覚醒させた義孝は、ちょうどストレッチャーからベットに移されているところだったらしい。周りを見ると、どこかの部屋のようだ。白く閉鎖的な壁や清潔感のあるところを見ると、病室かもしれない。
白衣を着ている人や、看護師らしい人が忙しなく動いているのを見て義孝は自分が手術を受けていたことを思い出した。自分が今さっき手術を受けていたことがまだ信じられない。
麻酔を打たれ数を数えていたのはぼんやりと覚えているがそこからまったく記憶がない。
麻酔科の医者と数を数えている間に、いつの間にか眠ってしまったということなのだろうか。やはり本で見たとおり、全身麻酔ではあまり夢を見ないらしい。見る人もいるだろうが、見ない人のほうが大半だとその本には書いてあった。どうしてそんな本を買ったのかも、もう義孝には朧気である。
夢も見ていないので、もしかしたらまだ手術はやっていないのではないかという錯覚に陥りそうだ。―――だがきちんと手術前のことを覚えているのでそれはないだろう。
マスク姿で顔が半分隠れていても、体格が大きくてクマみたいな町山先生のことを義孝はじいっと見ていた。彼は義孝の執刀医だ。手術がどうなったかはもちろん知っていると義孝は思って目で訴える。
その視線に気づいたらしい町山先生は義孝のほうへ振り向いてくれた。
「目は覚めたかい?」
「は、はい…」
おっとりと町山先生は笑顔で義孝に尋ねる。それに義孝は首を縦に振って頷いた。
「手術は成功したぞ」
聞く前にそう言われて、義孝は安心して身体を脱力させたのだった。
◇◇◇
結局義孝は、二週間程入院することになった。
感染病や、リハビリを兼ねてのことだがやはり本音でいえば入院はしたくなかったのである。普通のサラリーマンだったら喜びそうな入院だが、やっぱり仕事の虫の義孝にとっては一日でも多く働きたいものなのだ。ここまでいくとワーカーホリックだと義孝は、呆れにも近い笑いを溢す。
仕事を休むと、その分休み明けに返ってくる事が嫌なのである。
―――こんな入院時のときは、それはないと思いたいけど…。義孝はため息をついて窓を見て外を眺める。今日は、曇りだ。雲は黒く雨が降りそうな空模様をしている。梅雨ということもあってか、病室のなかはじめじめとして湿度が高い。これだから梅雨は嫌いだと義孝は鋭く冷たい目だと評された両目を細める。
義孝のことを担当してくれる先生は、執刀医でもあった町山先生になった。
全然知らない医者よりは、町山先生のほうが何倍もいいのでそれは喜ばしいことだった。
手術の費用はというと、保険に入っていたのでほぼ無償だった。その少しのお金は、責任を感じたのか会社が払ってくれた。実質義孝は一銭も今回はお金を払っていないのだ。
障害者保険も降り、労災保険等、様々な保険に義孝は入っていたのでその分も義孝に支給されることになった。その金額がかなり多いものだったので、義孝は違う意味でも驚いた。
それだけ見ればこの怪我もいいものなのではないかと思ってしまう。だがこんな大変な怪我をしてまで貰いたくはなかった。
手術が終わった後、すぐに勤めている会社から謝罪がきた。
謝罪と一緒に、裁判を起こさないでくれというなんとも馬鹿らしい上司のお願いもついてきた。どうやら、前に同じようなことで指をなくしてしまった社員が、会社に対して裁判を起こしたことがあっての対応らしい。
もちろんそんなことは義孝はしない。
たしかに義孝の指が元に戻らなかったら裁判をやっていたのかもしれない。あんな古びた裁断機を使っていた会社が一番悪いが、結局不注意で切ってしまったのは義孝なのだ。
それに訴えたりしたら、司にもっと傷つけてしまう。それだけは避けたかった。
義孝が今居る病室は個室だった。
義孝が入院すると決まった時運悪く集団病室が空いてなく、どうしようかと悩んでいたときにちょうど個室が空いていたのでそこに仕方なくいれたのだと町山先生は軽快に笑っていた。個室はお金がかかるというものだと思うが、入院代は同じでいいと先生は微笑んでいた。
そんなわけないと義孝は突っ込んでみたかったが、町山先生の不気味な笑顔を見て、考えてはダメだという警告音が鳴ったので深く考えないことにした。きっと知らなくていいことだってあるはずだ。
入院してからもう3日になった。入院生活は意外と快適だった。リハビリや検査は辛いがその他は働いているときよりもやはりかなり安らぐ時間を過ごしている。今までとても働いていたのだとこの入院生活を体験して身を持って自覚した。
朝は6時に起きて、8時に朝食、12時に昼食、16時に夕食23時までに就寝と、かなり健康的な生活を送っている。今まで送ってきた不健康な生活とは大違いだ。
個室ということもあってか、静かで心地いい。自分の時間がたくさんあるというのはやはりよかった。元気に動き回れたらもっと楽しめるだろうが今はあいにく義孝はあまり動けないので意味はない。今まで働き詰めの身体を休めるにはちょうどいい。
睡眠が毎日ちゃんととれるといいのは、やはり心身を休めるのに効果的だった。落ち込んでいたことも、ふっきれそうな気がする。
今同僚がせっせと義孝の分まで働いているのは心を痛めるが、復帰したら今まで以上に頑張ればいいだけだ。手術で接合した中指の部分は、ぐるぐる巻きで包帯を巻かれている。まだ町山先生の言った通り指先の感覚はない。
手持無沙汰になり腕時計を見ると、11時半すぎだった。
もうすぐで昼食の12時になる。病院食は美味しくないと誰かがいっていたが、M総合病院の病院食はなかなかの美味であった。質素ではあるが、バランスもよく考えられていてこれを毎日食べれば健康になるのは間違いないだろう。
昨日面会時間ギリギリに、司が義孝に会いに来てくれた。仕事をした後だったため、彼は疲れている様子だった。終始彼は義孝の心配ばかりしていた。まるでその様子は、義孝自身の母のようだった。だがこうして甲斐甲斐しく世話してもらえるのは、嫌なことではない。
来てくれるだけ友人が少ない義孝にとって嬉しいものだが、それに飽き足らずに果物まで持ってきてくれた。
後輩にこんなに心配されるのは、何やら恥ずかしいが司は義孝に今回のことで責任を感じているのか、言葉の一言一言に謝罪の念が込められていた。
そこまで責任を感じなくてもいいと言ってしまいそうになるが、司がやりたがっているのなら義孝は無理に止めに入らない。彼の好きなようにさせて、それで満足してくれればいいだけだ。
その後、司と義孝は取りとめもない雑談をした。
仕事は、思っていた通り義孝が居ない分きついらしい。
だけどこのぐらいがちょうどいいと、司が笑った。元気があっていいなと義孝は、素直に思う。
―――義孝が起こした怪我は会社でとても有名になったらしい。それもそうだろう。この怪我は、もう少しで大怪我になるところだった。司はこの何日間のどこかで、会社の同僚がお見舞いに来るかもしれないと話していた。
それが今入院していて暇をしている、義孝の楽しみだった。同僚たちが来てくれるのなら大歓迎だ。
そんなことを喋っていると面会時間は終わってしまった。そうして楽しい時間は終わりを告げた。
誰かがいっていた通り嫌な時間は遅く、楽しい時間はあっという間に終わってしまう。その司が帰ってから、義孝の元には誰も来ていない。
義孝には、友人と呼べる人なんてあまりいない。いても、高校のときの友人や学生時代も人ばかりだ。忙しいこともあってか、社会人になってから友人をつくる機会がまったくなくなってしまった。
それが実際に司以外、面会に来ていないことで物語っていた。友人がいない理由は、なんとなくだが自分でも義孝は分かっているつもりだ。
この友人を作ろうとしてもできない普通の人より積極的ではない性格と、たぶんこの自分の容姿のせいだ。
いつだったか、中学生のときに母親に言われた言葉が胸の奥でいつも義孝を苦しめている。母の義孝を疑うような目で、異物感を吐き出すような顔で言われたあの忌々しい言葉。
――なんで、お前はそんな――………
「あ、鈴岡さん」
「えっ」
義孝は、意識を誰かの言葉で引き戻されて驚きの声をあげた。義孝の隣にいたのは、白衣姿の怪我をした義孝を助けてくれた透だった。
透は黄金色の髪をなびかせる様に、首を傾げにっこりと義孝を見て微笑んだ。こうしてみるとやはり彼はどこかの王子様みたいに気品があって色香を溢れさせている。美しい貌に見慣れていない義孝は、気恥ずかしくなって顔を背けた。
透は入院してから、よく義孝を構うようになった。いや義孝と透は会ってからあまり日がたってないので、よく話しかけてくれている―――と言ったほうが正しいのかもしれない。
「どうしたんですか? 僕の顔に何かついています…?」
「い、いや…そういうわけでは…」
心配しそうに、透は自分の顔を触って確かめている。義孝は誤解をとこうと首を横に振って否定した。否定をした義孝を見ると透はほっとした様子で、微笑んだ。
「そうですか。びっくりしました。僕が来た途端に顔を俯かせたから」
「…話しかけられて、び、びっくりしたんです…」
「あ…物音とか立てなかったからですよね。今度から気を付けます」
柔らかい物腰で、透は優雅に言った。
彼について、義孝は驚いたことがある。透は28歳で義孝よりも年下ということだった。29歳の義孝とは、1歳違いだということだ。その大人っぽく、洗練されたイメージから勝手に年上かと義孝は考えていたのだがどうやら違うらしい。
話の物腰や、雰囲気で勝手に推測していただけなのだがかなり義孝には驚きの真実だった。
しかも医者という職業柄か、年上かと思っていた節もある。
年下とは言われたが、結局義孝は敬語で彼と話している。透は、後輩の司と同じような扱いでいいと笑っていたが、初めは敬語だったので今更変えるのもどうかと思ったのだ。
それに、やはりお医者さんには敬語を使わなければならないという先入観もあってか、義孝は透に対して敬語のままだった。
「どうかしたんですか?」
義孝は急にやってきた理由を知りたくてそう透に問いかけていた。
透は義孝と目を合わせて不敵な笑みを浮かべこう答えた。
「僕はただ、鈴岡さんと話をしに来ただけですよ」
意識を覚醒させた義孝は、ちょうどストレッチャーからベットに移されているところだったらしい。周りを見ると、どこかの部屋のようだ。白く閉鎖的な壁や清潔感のあるところを見ると、病室かもしれない。
白衣を着ている人や、看護師らしい人が忙しなく動いているのを見て義孝は自分が手術を受けていたことを思い出した。自分が今さっき手術を受けていたことがまだ信じられない。
麻酔を打たれ数を数えていたのはぼんやりと覚えているがそこからまったく記憶がない。
麻酔科の医者と数を数えている間に、いつの間にか眠ってしまったということなのだろうか。やはり本で見たとおり、全身麻酔ではあまり夢を見ないらしい。見る人もいるだろうが、見ない人のほうが大半だとその本には書いてあった。どうしてそんな本を買ったのかも、もう義孝には朧気である。
夢も見ていないので、もしかしたらまだ手術はやっていないのではないかという錯覚に陥りそうだ。―――だがきちんと手術前のことを覚えているのでそれはないだろう。
マスク姿で顔が半分隠れていても、体格が大きくてクマみたいな町山先生のことを義孝はじいっと見ていた。彼は義孝の執刀医だ。手術がどうなったかはもちろん知っていると義孝は思って目で訴える。
その視線に気づいたらしい町山先生は義孝のほうへ振り向いてくれた。
「目は覚めたかい?」
「は、はい…」
おっとりと町山先生は笑顔で義孝に尋ねる。それに義孝は首を縦に振って頷いた。
「手術は成功したぞ」
聞く前にそう言われて、義孝は安心して身体を脱力させたのだった。
◇◇◇
結局義孝は、二週間程入院することになった。
感染病や、リハビリを兼ねてのことだがやはり本音でいえば入院はしたくなかったのである。普通のサラリーマンだったら喜びそうな入院だが、やっぱり仕事の虫の義孝にとっては一日でも多く働きたいものなのだ。ここまでいくとワーカーホリックだと義孝は、呆れにも近い笑いを溢す。
仕事を休むと、その分休み明けに返ってくる事が嫌なのである。
―――こんな入院時のときは、それはないと思いたいけど…。義孝はため息をついて窓を見て外を眺める。今日は、曇りだ。雲は黒く雨が降りそうな空模様をしている。梅雨ということもあってか、病室のなかはじめじめとして湿度が高い。これだから梅雨は嫌いだと義孝は鋭く冷たい目だと評された両目を細める。
義孝のことを担当してくれる先生は、執刀医でもあった町山先生になった。
全然知らない医者よりは、町山先生のほうが何倍もいいのでそれは喜ばしいことだった。
手術の費用はというと、保険に入っていたのでほぼ無償だった。その少しのお金は、責任を感じたのか会社が払ってくれた。実質義孝は一銭も今回はお金を払っていないのだ。
障害者保険も降り、労災保険等、様々な保険に義孝は入っていたのでその分も義孝に支給されることになった。その金額がかなり多いものだったので、義孝は違う意味でも驚いた。
それだけ見ればこの怪我もいいものなのではないかと思ってしまう。だがこんな大変な怪我をしてまで貰いたくはなかった。
手術が終わった後、すぐに勤めている会社から謝罪がきた。
謝罪と一緒に、裁判を起こさないでくれというなんとも馬鹿らしい上司のお願いもついてきた。どうやら、前に同じようなことで指をなくしてしまった社員が、会社に対して裁判を起こしたことがあっての対応らしい。
もちろんそんなことは義孝はしない。
たしかに義孝の指が元に戻らなかったら裁判をやっていたのかもしれない。あんな古びた裁断機を使っていた会社が一番悪いが、結局不注意で切ってしまったのは義孝なのだ。
それに訴えたりしたら、司にもっと傷つけてしまう。それだけは避けたかった。
義孝が今居る病室は個室だった。
義孝が入院すると決まった時運悪く集団病室が空いてなく、どうしようかと悩んでいたときにちょうど個室が空いていたのでそこに仕方なくいれたのだと町山先生は軽快に笑っていた。個室はお金がかかるというものだと思うが、入院代は同じでいいと先生は微笑んでいた。
そんなわけないと義孝は突っ込んでみたかったが、町山先生の不気味な笑顔を見て、考えてはダメだという警告音が鳴ったので深く考えないことにした。きっと知らなくていいことだってあるはずだ。
入院してからもう3日になった。入院生活は意外と快適だった。リハビリや検査は辛いがその他は働いているときよりもやはりかなり安らぐ時間を過ごしている。今までとても働いていたのだとこの入院生活を体験して身を持って自覚した。
朝は6時に起きて、8時に朝食、12時に昼食、16時に夕食23時までに就寝と、かなり健康的な生活を送っている。今まで送ってきた不健康な生活とは大違いだ。
個室ということもあってか、静かで心地いい。自分の時間がたくさんあるというのはやはりよかった。元気に動き回れたらもっと楽しめるだろうが今はあいにく義孝はあまり動けないので意味はない。今まで働き詰めの身体を休めるにはちょうどいい。
睡眠が毎日ちゃんととれるといいのは、やはり心身を休めるのに効果的だった。落ち込んでいたことも、ふっきれそうな気がする。
今同僚がせっせと義孝の分まで働いているのは心を痛めるが、復帰したら今まで以上に頑張ればいいだけだ。手術で接合した中指の部分は、ぐるぐる巻きで包帯を巻かれている。まだ町山先生の言った通り指先の感覚はない。
手持無沙汰になり腕時計を見ると、11時半すぎだった。
もうすぐで昼食の12時になる。病院食は美味しくないと誰かがいっていたが、M総合病院の病院食はなかなかの美味であった。質素ではあるが、バランスもよく考えられていてこれを毎日食べれば健康になるのは間違いないだろう。
昨日面会時間ギリギリに、司が義孝に会いに来てくれた。仕事をした後だったため、彼は疲れている様子だった。終始彼は義孝の心配ばかりしていた。まるでその様子は、義孝自身の母のようだった。だがこうして甲斐甲斐しく世話してもらえるのは、嫌なことではない。
来てくれるだけ友人が少ない義孝にとって嬉しいものだが、それに飽き足らずに果物まで持ってきてくれた。
後輩にこんなに心配されるのは、何やら恥ずかしいが司は義孝に今回のことで責任を感じているのか、言葉の一言一言に謝罪の念が込められていた。
そこまで責任を感じなくてもいいと言ってしまいそうになるが、司がやりたがっているのなら義孝は無理に止めに入らない。彼の好きなようにさせて、それで満足してくれればいいだけだ。
その後、司と義孝は取りとめもない雑談をした。
仕事は、思っていた通り義孝が居ない分きついらしい。
だけどこのぐらいがちょうどいいと、司が笑った。元気があっていいなと義孝は、素直に思う。
―――義孝が起こした怪我は会社でとても有名になったらしい。それもそうだろう。この怪我は、もう少しで大怪我になるところだった。司はこの何日間のどこかで、会社の同僚がお見舞いに来るかもしれないと話していた。
それが今入院していて暇をしている、義孝の楽しみだった。同僚たちが来てくれるのなら大歓迎だ。
そんなことを喋っていると面会時間は終わってしまった。そうして楽しい時間は終わりを告げた。
誰かがいっていた通り嫌な時間は遅く、楽しい時間はあっという間に終わってしまう。その司が帰ってから、義孝の元には誰も来ていない。
義孝には、友人と呼べる人なんてあまりいない。いても、高校のときの友人や学生時代も人ばかりだ。忙しいこともあってか、社会人になってから友人をつくる機会がまったくなくなってしまった。
それが実際に司以外、面会に来ていないことで物語っていた。友人がいない理由は、なんとなくだが自分でも義孝は分かっているつもりだ。
この友人を作ろうとしてもできない普通の人より積極的ではない性格と、たぶんこの自分の容姿のせいだ。
いつだったか、中学生のときに母親に言われた言葉が胸の奥でいつも義孝を苦しめている。母の義孝を疑うような目で、異物感を吐き出すような顔で言われたあの忌々しい言葉。
――なんで、お前はそんな――………
「あ、鈴岡さん」
「えっ」
義孝は、意識を誰かの言葉で引き戻されて驚きの声をあげた。義孝の隣にいたのは、白衣姿の怪我をした義孝を助けてくれた透だった。
透は黄金色の髪をなびかせる様に、首を傾げにっこりと義孝を見て微笑んだ。こうしてみるとやはり彼はどこかの王子様みたいに気品があって色香を溢れさせている。美しい貌に見慣れていない義孝は、気恥ずかしくなって顔を背けた。
透は入院してから、よく義孝を構うようになった。いや義孝と透は会ってからあまり日がたってないので、よく話しかけてくれている―――と言ったほうが正しいのかもしれない。
「どうしたんですか? 僕の顔に何かついています…?」
「い、いや…そういうわけでは…」
心配しそうに、透は自分の顔を触って確かめている。義孝は誤解をとこうと首を横に振って否定した。否定をした義孝を見ると透はほっとした様子で、微笑んだ。
「そうですか。びっくりしました。僕が来た途端に顔を俯かせたから」
「…話しかけられて、び、びっくりしたんです…」
「あ…物音とか立てなかったからですよね。今度から気を付けます」
柔らかい物腰で、透は優雅に言った。
彼について、義孝は驚いたことがある。透は28歳で義孝よりも年下ということだった。29歳の義孝とは、1歳違いだということだ。その大人っぽく、洗練されたイメージから勝手に年上かと義孝は考えていたのだがどうやら違うらしい。
話の物腰や、雰囲気で勝手に推測していただけなのだがかなり義孝には驚きの真実だった。
しかも医者という職業柄か、年上かと思っていた節もある。
年下とは言われたが、結局義孝は敬語で彼と話している。透は、後輩の司と同じような扱いでいいと笑っていたが、初めは敬語だったので今更変えるのもどうかと思ったのだ。
それに、やはりお医者さんには敬語を使わなければならないという先入観もあってか、義孝は透に対して敬語のままだった。
「どうかしたんですか?」
義孝は急にやってきた理由を知りたくてそう透に問いかけていた。
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