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×38 思い出シーカー 『メリル』
しおりを挟む「クイナは変わったね」
どこかの町の飲食店、テーブル席についたメリルとクイナが会話している。
「むしろ戻ったと思うんだけどね! ぎゃはは!」
対面に座っているメリルを見て、フォークで料理を口に運びながらクイナが笑う。マナーが悪すぎる。
「変わったよ……強くなった。以前のクイナだったら、きっと怖い顔になっちゃってたと思うから」
「ん……師匠が死んだ時のこと言ってんの?」
「うん……あの時からクイナ……ずっと変だったから。記憶が無かった時は戻ってたって感じだけど、今は体を包む気が強く輝いてる。昨日と今日の間に何があったの?」
「オウカとちょっとね。悩んでた時に背中押してもらえたっていうか、開き直ることを認めてもらえたっていうか」
「そうなんだ……そうやって、わたしを置いてどんどん大人になって行っちゃうんだね……」
クイナはピタッと手を止めた。
「何言ってんの。アンタの方がずっと大人でしょ。シェリィのことだって迷いすらしてないみたいだし……アレス教の人はこんな時どうするの?」
メリルは視線をテーブルに落として口を開く。
「……人の魂とは皆未熟なもの、多くの成功と失敗を積み、その魂を輝かせるために人は現世にやって来る。人生における万事は魂の修行であり、母なる神が定めた霊的真理である…………これがまず一つ、人間は誰だって失敗をするのですよ~って意味」
クイナは無言で食事を再開。メリルは話を続ける。
「二つ目……因果の法則――人の自由意思による行いは全て自分に還る。善行悪行問わず人の行動は全てが巡る…………悪い事をしたらいつか自分も酷い目にあいますよ~ってこと」
「…………ゴメン、聞くのが面倒になって来た。簡単にまとめて」
それを聞いたメリルはにま~っと笑って言う。
「悪い事をした人はね、いつか酷い目に合って償う日が来るから、他の人が責める必要は無いって考えるの。それを責める自分だって、いつか失敗をする日が来るかもしれないからね。だからシェリィさんもそのうち、誰が何をしようと、絶対的な神の法則のもとで償いをする日が来るから、わたしが何かをする必要はないって感じかな」
「フ~~~ン……そういやアレス教って死刑や復讐を認めてなかったわね。そういうことか……」
感心したようにクイナは言う。
「でもね……本当にそれでいいのかなって考える時があるんだ」
「……アレス様が間違ってるってこと?」
「ううん、そうじゃなくて……アレス様の言葉は信じてるんだけど……あの方はね、この世の法則とかについては語ったけど、自分に従って生きなさいとは言ってないの……」
意味が分からん……という顔のクイナ。
「だからね、生きていて困った時に、アレス様がこう言ったからこうしよう! って、なんでもかんでもアレス教の教えに合わせて決めちゃうのって……良くないんじゃないかなって……アレス様が語るようにこの世が修行の場なら、クイナやルキちゃんみたいにしっかり自分の頭で考えて、悩みながら答えを出していくべきなんじゃないかって……そう思うんだ」
真剣な面持ちでメリルは言った。
「……もしかして、アタシの方が大人とか言ってたのってソレ?」
「うん、クイナは凄いよ。わたしよりよっぽどアレス様の言葉に沿った生き方をしている気がするの」
「や、やめてよ」
「本当なんだけどなぁ……」
ジュリ屋に戻ったメリルとクイナ。
入り口から中に入ったところで意外な人物と再会する。
「エルク! アンタも戻って来たのね」
そこにいたのは浴衣を着たエルク。無言のまま、のしのしとクイナに近付いて来た。
「どこにいっていた。くいな」
「えっ?」
エルクはクイナの胴にガシッと両腕を回すとぎゅうっと力を入れて抱きしめた。
「あぎゃあああああああああ!!!」
「あっ、えるくちゃん」
少し遅れてメリルが気付く。そう、彼女はエルクではなくえるく。
ジュリアンテが作ったエルクそっくりの魔導ゴーレムだ。
「おかえり、めりる。くいなよ、きさまにはしんぱいをかけたばつとして、おりじなるのそうさくをてつだってもらうぞ! いでよ! るき!」
「おうよ!」
えるくが呼ぶとルキが一瞬で現れる。忍者みたいだ。
「ではいってくる。はかせ、るすばんをたのむ」
「うむ、暗くなる前には帰って来いよ」
受付に座ったオウカに見送られ、えるくは気絶したクイナを抱えて出て行った。ついでにルキも引き連れて。
「いってらっしゃ~い」
ぱたぱたと手を振ってメリルは見送った。そしてオウカに話し掛ける。
「オウカさん。クイナちゃんのこと、ありがとうございました」
「おう、と言ってもちょっと話し相手になっただけだよ。あの子の気持ちは最初から決まっていた。そこに自信を持たせてやっただけさ」
「メリルちゃん、おかえり」
オウカと話していたらシェリィが二階から下りてきた。
「メリルちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな? ヴィスタリアに送ってほしいの……」
「え……? でもあそこは……」
ヴィスタリアはシェリィが滅ぼしてしまったはずだ。
「みんなが作ったっていう、アルシアのお墓に行きたいんだ……」
「アルシア様の…………分かったよ。でも、わたしも同行します。いいよね?」
「うん、ごめんね……」
二人は手を繋いで、ヴィスタリアに飛んだ。
ヴィスタリアの町へ飛んだ二人。
相変わらず白骨死体が転がり、町は荒らされたまま。
たまに徘徊するモンスターと遭遇するが、シェリィは影の剣を生み出し、悲鳴をあげる間すら与えずに切り倒す。
(これが記憶を取り戻したシェリィさんの力……わたしたちと戦っていた時も、手加減してくれてたんだよね……)
再びシェリィが人間の敵となれば、誰にも止めることは出来ないだろう。
彼女から一歩下がって町を歩きながら、メリルはそんなことを考えていた。
「ここなんだ。ルキと出会ったのは……」
道の途中で立ち止まり、シェリィはメリルの方を見ずに言った。
「ルキちゃんと……」
「母親から毎日殴られて、町の子たちから石を投げられていた私を……あの子は初めて人間として扱ってくれたの」
聞いているだけでも胸が痛い。メリルは辛そうに顔を歪める。
「アレス様って愛の重要性を説いてまわったんだってね。今だから良く分かる……愛情の力って凄いよ。現実に耐えられなくて、弱い命を奪うことでどうにか生きてた私を、ルキとお父さんはあの時愛してくれた……人間として扱われることで……人間になれたんだ」
「シェリィさん……」
「私はどうしようもなく愚かだから、その愛を裏切ってしまった……それでもあの子は諦めないで愛してくれた……おかげでこうして、私はまた人間に戻ることが出来た……アレス様もきっと、こうして沢山の人を救ったんだろうね」
メリルの方へ振り返り、シェリィは笑顔になる。
「メリルちゃん……あなたはこれから、大勢の人を救うような存在になるんだと思う。その人生のなかで……あなたの愛を裏切るような子も出てくると思うの、私のような人間が。……それでも……その子を諦めないであげてほしい……その子のこと、愛してあげてほしい……お願いしてもいいかな……」
「…………はい……任せて……ください」
この時のシェリィの姿と言葉は、とても重くメリルの心に刻まれる。
今後、彼女の生涯にわたり、大きな意味を持つ言葉となった。
廃墟となったヴィスタリア城の中庭。
簡単にではあるが、以前ルキたちはここにアルシアの墓を作った。
墓の前までやってきたシェリィとメリルは、手を合わせて亡きアルシアに祈りを捧げる。
(アルシア様……色々な事がありましたが、魔王は倒れ、世界は平和を取り戻しました……落ち着いたら、またみんなで挨拶に来ますね)
メリルは目を開けて、隣で祈るシェリィを見た。
シェリィはメリルよりも長く祈りを捧げている。
いったい、その心の中でアルシアになんと言っているのだろう。
そう思いながらメリルはぼんやりと、祈るシェリィの横顔を眺めていた。
「ア、アイリーン様!?」
アルシアの墓の前にいた二人に、背後から何者かが声を掛けた。
驚いて振り向く二人。
「……ラモン」
その者の名をシェリィは知っていた。
そこにいたのはローブを着た、二本足で歩くトカゲのような魔族。
「魔族!?」
「生きていたのですか! しかし、何故人間と一緒に?」
シェリィの隣にいるメリルを見て、ラモンも不思議がる。
「そうだね……ラモンにも話してあげないとね……すべてを……」
「シェリィさん!?」
「メリルちゃん、少し……話しをさせて……」
「……アイリーン様……?」
シェリィはメリルの前で、ラモンに全てを話していく。
たまに質問をしながらシェリィの話しを聞くラモンを見て、メリルは大きなショックを受ける。
これではまるで、人間と変わらないではないか。
生まれや姿は違うが、言葉で意志を伝えることが出来て、怒りや悲しみを感じることが出来る心も持っている。
ならばきっと……あの感情も――
「……それで、人間として生きていくことにしたのですね」
「ラモン。魔王がいない今、あなたはもう私の部下じゃない。だからこれは命令じゃなくてお願いなんだけど――」
「分かっています。もう人間に手を出すことはしません。攻撃されれば反撃はしますがね」
「……そう。ありがとう」
ラモンとの話が終わり、シェリィはメリルの方を向く。
「待たせちゃってごめんね……ラモンとはどうしても話をしておきたくて……」
「え、えっと……なんて言ったらいいのか……」
「やっぱり、納得できないよね……」
「いえ……なんだかびっくりしちゃって……ラモン……さん?」
遠慮がちにラモンに話し掛けてみるメリル。
「……なんだぁ? 人間」
急にガラが悪くなったラモン。こっちが本性なのかもしれない。
「あの、ヴィスタリアからモンスターを遠ざけることは出来ませんか?」
「難しいな。魔王様がいなくなっちまって統制がとれねーんだ。下級な奴は本能だけで動いてやがるから、人間を守りてーんなら殺すしかねーぞ? ですよね? アイリーン様」
「そうだね。知性の高い魔族も人間に友好的なのはほとんどいないから、戦うしかないと思う……ラモンは本当に珍しいタイプだから……」
「でも……いるんですね。魔族の中にも……ラモンさんのような方が……」
メリルの言葉を聞いたラモンは、呆れたような態度を取って話し始めた。
「アホかテメーは……こんな短いやり取りで信用するんじゃねーよ。アイリーン様にビビって話合わせてるだけの可能性を考えろ」
「そ、そっか……」
「フフ……でも本当にそうなら、こうしていつまでも一緒にいないよね?」
「アイリーン様……」
「ラモン、もう会うことは無いと思うから最後に言っておくね。今までありがとう」
「……はっ! それでは私はこれで……」
そう言ってラモンは消えていった。
「……この事がバレたら、またクイナちゃんに蹴られちゃうかな?」
「えへへ……クイナは怒ると思う。でもラモンさんと会わせたら、真っ先に友達になっちゃうのもクイナだと思うなぁ」
「フフフ……確かにそうかも……」
二人で静かに笑い合う。
「……ねぇ、シェリィさん。わたし、お寺に戻るのはやめようと思ってるんだ」
「そう……じゃあ、これからどうするの?」
「医師を目指したいの。再生や転移の術を合わせて使えば、きっと沢山の命を救えるはずだから……」
「そうなんだ、メリルちゃんならきっとなれると思う……頑張ってね……」
「はい♪」
元気よく返事をして、花が咲くようにメリルは笑った。
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