29 / 42
×29 暗く濁った記憶という海の底で ③
しおりを挟むアイリーンは逃げ出した。家からも、ルキからも。
全てを投げ出し必死で走る。
ヴィスタリアの城下町を飛び出し、東に広がる森の中へと身を隠した。
もう町には戻れない、ルキに会う事も出来ない。
ライザを殺してなお、収まらぬ憎悪を持て余し、落ちていた古びた剣を持って、森の動物たちへと振り下ろす。
「くそっ……くそっ……なんで……なんでこんなことにッ!!!」
暴れて暴れて、殺して殺して、アイリーンは他者を傷つけることでしか、自分の感情を鎮めることが出来ない。
「全部あの女が悪いのに……!」
だが、いくら殺しても心が軽くなる事はなかった。
ライザに短剣を突き立てた時のような快感は得られない。
『うふふ……荒れてるわね、アイリーン』
「……だれ?」
突如、女の声で話し掛けられる。
「シェリィ?」
現れたのは、ルキが飼っていた黒猫、シェリィだった。
『あなたはいつかライザを殺すと思っていたけれど、想像より早かったかな。ラルゴがいなくなった影響は大きかったわね』
シェリィの小さな体は黒い影のようなものに包まれ、徐々に形を変えていく。
それは次第に人型に代わり、白い肌をした、赤い瞳の少女に変化した。
『これが私の本当の姿、名前はエリーヌよ』
エリーヌと名乗った少女は、アイリーンの瞳を見つめて、妖しく笑った。
「そりゃあ驚くわよね。飼ってた猫がいきなり話し掛けて来たんですもの」
呆然としているアイリーンを見て、エリーヌはくすくすと笑う。
足元の影が形を変え、椅子のようなものに変化する。
エリーヌはその椅子に腰掛けて足を組んだ。
「アイリーン、あなたこれからどうするつもり? 町に戻っても捕まるだけよね」
「あなた……何なの……?」
エリーヌは胸に手を当てて、魔族……とだけ呟いた。
「っ! ぅああ!」
聞いた途端、剣を構えエリ―ヌに襲い掛かるアイリーン。
剣をまっすぐ突き出し、エリーヌの胸を貫いた。
「どお? 気持ちいい? アイリーン……」
「ヒッ!?」
エリーヌは胸を刺された状態で、アイリーンの頭を抱き寄せ耳元で囁く。
「アイリーンのことは何でも知ってるのよ、私。ライザを殺した時の恍惚とした表情……思い出しただけで体が疼くわ……」
アイリーンはその場にへたり込んでしまう。
エリーヌは胸から剣を引き抜き投げ捨てる。胸の傷は黒い煙をあげて一瞬で回復した。
「これが私たち魔族の力。傷を癒すことも、形を変えることも自由自在。影を操るのは、私が生み出した術だけどね」
そう言って、アイリーンに手を差し伸べた。
「エリーヌ……人間の敵であるあなたが……どうしてヴィスタリアに……私とルキの近くにいたの?」
少し落ち着いたアイリーン。
エリーヌが作った影の椅子に座り話をする。
「暇つぶし♪」
エリーヌは笑顔で答える。
どう反応していいか分からず黙るアイリーン。
「ふざけてるわけじゃないのよ? 本当に暇つぶし。戦争だとか言って騒いでるのは人間だけ。私たちにそんなつもりはないわ。本気で戦うのなら、私や魔王様が行けば、ヴィスタリアなんて一晩で滅ぼせるもの」
ハッタリとは思えなかった。
目の前の少女からは、それを可能だと思わせるほどのオーラを感じる。
「絶望や憎悪、人間の負の感情が、私たちの『お父様』の力に変わるの。だから全滅させてしまっては意味がない。生かさず殺さず、時間をかけて苦しめる」
「フフッ……最悪だね、それ」
「でしょ? けど困ったことが一つあってね。私や魔王様は力がありすぎて仕事がないの。それこそかつての聖王や、勇者に近い存在でも現れない限りは……」
「それで悪趣味な人間観察ってわけ?」
「そういうこと♪ 元々は勇者の再来とか言われてるお姫様に近付いたんだけど……特に面白い子じゃなかったわ。そんな時に出会ったのがルキ」
「……ルキ」
「人間としては高い身体能力に鋭い五感、欠落している憎しみの感情……何より目立つのは、不安定な魔力性質」
「魔力?」
「誰にでも備わっている魂の力よ。あなただったら――大地の力ね。あの子はそれが定まっていないの。本来ありえないのよ? こんなこと」
楽し気に語るエリーヌ。
「父親のラルゴは普通の人間だったんだけどね。ルキは明らかに変……中々その正体はつかめないのだけれど、時折魔王様のような雰囲気を感じることもある……暇つぶしの観察対象としては丁度良かったわ」
「ルキを……どうするつもりなの?」
「うふふ……怖い顔しないで……何もしないわ……というより、あの子にはもうあまり興味がない。私は今あなたに夢中なの。アイリーン」
「意味が分からないんだけど」
「言葉通りの意味よ? 一目惚れだったわ……こんなに弱々しいのに、死臭と憎悪に塗れたあなたは本当に美しい……実は最後まで見てるだけのつもりだったんだけど、ライザを殺した時のあなたがとても素敵で……我慢できずに声を掛けてしまった」
うっとりとした表情で、エリーヌはアイリーンの頬に手をやる。
「……ねぇ? アイリーン。あなたはこれからどうするの? 危険を冒してでも、ルキに会いに町に戻る? それともこのまま逃げ続けるのかしら?」
「…………どうだっていい」
「え?」
「全てを打ち明ければ、ルキはきっと私を許してくれる……でもあの子にとって、私の存在は重荷にしかならない。だったらこのまま、会わない方がいい……」
立ち上がり、エリーヌが捨てた剣を拾うアイリーン。
「それに、弱い私に一人で生きていく力はない。逃げ出したところで野垂れ死ぬだけ……だから、先のことなんてどうだっていい」
再び、エリーヌの胸に剣を突き刺す。
「私はね、憎いんだよ。人間も魔族も全部……ルキやお父さんの前では隠していたけど……楽しそうに笑ってる奴等を、こうやってみんな突き殺してやりたい」
「ア、アイリーン……」
刺しては抜いて、また刺して、エリーヌの体に何度も剣を突き入れる。
「ああ、気持ちいい……この感触だけが私を癒してくれる……嫌なことを忘れさせてくれる……どうせ私はもう終わり……ならこのまま死んでしまいたい……この快楽に溺れたまま……永遠に眠ってしまいたい……」
薄く笑みを浮かべながら、歪んだ欲望をエリーヌに吐き出して行く。
「アイリーン……どうしてあなたはこんなにも素敵なの……? どうしてこんなにも私の心を惹きつけるの……?」
悦びに身を震わせるエリーヌ。
「分かったわアイリーン。あなたは死になさい。でも眠る事なんて許さない。人間としての命を終わらせて、私と共に魔族として生きるのよ」
アイリーンが深く剣を突き入れた時、エリーヌは彼女を強く抱きしめる。
「……後悔するよ……私なんかを連れていったら……必ず後悔する……人間にも魔族にも……私の存在は、災いにしかならない……」
「後悔なんてしない……アイリーンが喜んでくれるのならば……私は全てを捧げても構わない……」
そう言って、エリーヌはアイリーンの心臓を引きずり出した――――
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ネカマ姫のチート転生譚
八虚空
ファンタジー
朝、起きたら女になってた。チートも貰ったけど、大器晩成すぎて先に寿命が来るわ!
何より、ちゃんと異世界に送ってくれよ。現代社会でチート転生者とか浮くだろ!
くそ、仕方ない。せめて道連れを増やして護身を完成させねば(使命感
※Vtuber活動が作中に結構な割合で出ます
【R18】無口な百合は今日も放課後弄ばれる
Yuki
恋愛
※性的表現が苦手な方はお控えください。
金曜日の放課後――それは百合にとって試練の時間。
金曜日の放課後――それは末樹と未久にとって幸せの時間。
3人しかいない教室。
百合の細腕は頭部で捕まれバンザイの状態で固定される。
がら空きとなった腋を末樹の10本の指が蠢く。
無防備の耳を未久の暖かい吐息が這う。
百合は顔を歪ませ紅らめただ声を押し殺す……。
女子高生と女子高生が女子高生で遊ぶ悪戯ストーリー。
【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。
千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。
風月学園女子寮。
私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…!
R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。
おすすめする人
・百合/GL/ガールズラブが好きな人
・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人
・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人
※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。
※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[不定期更新中]
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【R18】やがて犯される病
開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。
女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。
女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。
※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。
内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。
また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。
更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる