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正義のミカタ第3章~はじまりの想い出~
第5話(第3章エピローグ)正義のミカタの誕生
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その後、六花ちゃんは緊急手術を受け、生命の危機は免れた。霧崎が傷をすぐ塞いだためか、案外出血量は少なかったらしい。それより、手足を切られたことによるショックで死ななかった方が奇跡的だ、と医者が言っていた。
一方ぼくはというと、特に怪我はしていないものの、過度の恐怖で黒かった髪が全て真っ白になっていた。
ぼくは六花ちゃんとの面会をゆるされ、彼女のいる個室をたずねた。
ノックして入ると、年配の男がこちらを向いた。
「ん? あ、君が月下ちゃん?」
「え、あ、はい……」
「はじめまして、だね。あ、僕、六花の父親の角柱寺凍牙だよ。いやあ、六花が迷惑かけちゃってごめんね?」
六花ちゃんの父親。
イコール、警視総監。
「いいいいいいいいいえっ!! むしろぼくがお世話になってますっ!」
反射的に敬礼。
いや、かっこ悪いって言われたって、あれだよ、警察のトップだよ? ビビるって、普通に。
「月下君、もう大丈夫かい?」
六花ちゃんが、枕に背を預けてベッドに座っていた。当然ながら、手足はない。思わず目をそむけてしまう。
「六花様……申し訳ありませんでした」
ぼくは床に膝をついて六花ちゃんと父親に土下座した。
「ちょ……月下君、やめてよ」
六花ちゃんの慌てた声が頭上から聞こえる。
「六花様を助けられなかったのはぼくのせいです。ぼくがもっと早く辿り着けていれば……こんなことには……!」
ちなみに、霧崎零は捕まることなく、逃げおおせた。あれだけ警官がいながら、最深部への道を探すことに夢中だった彼らは、堂々と玄関から逃亡した霧崎に、あろうことか全く気付かなかったのだ。
屋敷の前に誰もいなかったのが致命的だった。……そして、本来屋敷の前で待機するべきだったのは――ぼくだ。
「月下君は何も悪くないよ」
「警視総監、どんな処罰も覚悟しております。どうぞ、好きに罰してください」
「お、ホント? じゃあ、どうしようかな」
「父上!」
六花ちゃんが、父親に珍しく怒鳴っている。
「――じゃあ、六花の面倒でも見てもらおうかな」
凍牙は優しく笑って言った。
ぼくは、きょとんとして、顔を上げた。
「いや、実はさ、警視庁に刑事が一人欲しかったんだよね。月下ちゃん、ちょっと警視庁に転勤してくんない? 警視庁からなら、僕んち近いし」
「それ、って……」
罰、っていうか、昇格に近い。
「六花から話、聞いたよ? 他の警官どもは自分の出世のことしか見えてなくて、結局犯人――霧崎を逃がした。でも、君は、霧崎を逃がしはしたけど娘の命を救ってくれた。月下ちゃん、十分頑張ったじゃない。ほんとに、ありがとね」
……やべ。
また涙出てきた。
「……わかりました。一生面倒みます。動けない娘さんの手足となって――」
「あ、そうだ、そのことなんだけどさ」
凍牙さんが、ぼくのちょっといいセリフを遮った。
「六花。……『正義のミカタ』やる気無い?」
少しの間、沈黙が流れた。
「――ふふん、まさか、本当にこんなときが来るとはね……」
六花ちゃんは遠い目をして苦笑した。
……あれ、ぼくだけ置いてけぼりですか?
「あの……正義のミカタ、って……?」
「ボクの小さい頃の話さ」
六花ちゃんが答えた。
「ほら、戦隊ものとか見て、『僕もヒーローになりたい!』……とか、憧れたりするだろ? アレだよ」
……。
うん、まあ、ぼくも男だからよくわかる。
女の子も憧れたりするのかは、よくわかんないけど。
「で、父上に『ボクが死にかけたら身体改造して正義の味方にしてね』と、言ったわけだよ」
「言ったわけですか」
「ちょうど最近、犯罪増えてて困ってたんだよね。六花、高校進学しなくていいから、ちょっと犯罪撲滅してよ。んで、勉強は月下ちゃんにでも教えてもらいなよ。月下ちゃん確か、結構名門の大学出てたよね? エリートコースからは外れちゃったみたいだけど」
「よく、ご存じで……」
外れたっていうか、競争するの面倒臭いからあえて進まなかったんだけれども。
「一応、部下のことは把握してないとね。僕の友達に同じような境遇のヤツがいるから印象に残ってるし。あ、月下ちゃん、これからそいつの部下になるんだけどね!」
がっはっは、と豪快に笑う警視総監殿。
親子そろって変わっている。ぼくは苦笑した。
「で、身体改造というのは……?」
「あ、うん、実はもう準備できてるんだよね。六花さえオーケーすれば、特注で義手義足セット造ってもらえんの。六花、どうする?」
「……まあ、手足ないと困るよね、色々」
「ん、じゃあ決まり! ちょっと技師の人呼んでくるね」
娘の不幸の割にテンション高めのお父様が病室から出て行った。
再び沈黙が流れる。
「……月下君」
「はい、なんでしょうか、六花様」
「……その敬語、やめてくんない? あと、様もいらない」
「いや、なんとなく……」
ふう、と六花ちゃんがため息をつく。
「あのね、父上は父上、ボクはボクだよ。ボクが警視総監の娘だからって、そんなにビビらなくていいだろ?」
「……わかった、敬語はやめよう。ただ、お父様を目の前に、ちゃんづけは、ちょっとアレかな、と……」
「婚約した彼氏かい、月下君は。……まあ、ついさっき、それっぽいことは言ったか」
――一生面倒みます。
――動けない娘さんの手足となって。
……。
今更、恥ずかしくなってきた。
「ははっ、赤くなっちゃって可愛いなあ、月下君は。……そうだな、ちゃんづけが嫌なら、呼ばれてみたい呼び名があったんだよね」
「どんなの?」
「お嬢。」
…………。
「……それは……あれだね、仁侠の世界の住人の親玉の娘さんとかが呼ばれる呼び名だね?」
「ちょっと憧れだったんだよね。ほら、昔の偉い人も、『警察とヤクザは紙一重』って言ってたし」
「誰だ、そんな恐ろしいこと言ったのは!」
っていうか、この子の憧れるものは酷く偏っているな。対極的だし。
まあ、そんなわけで。
ぼくはお嬢に忠誠を誓い、お嬢は義手義足をつけて『正義のミカタ』として、犯罪撲滅のため、暗躍することとなる。
*
……なんだ、ぼく、昔と全然変わってないや。
そこまで考えて現在に立ち返る。うすら寒い廊下。
お嬢と警視総監はまだお取り込み中のようだ。
捜査官の命を助けるために、手足を切られている最中でも笑顔で堪え切り、鋼鉄の義肢をつけて、リハビリも乗り越えた、強いお嬢と、昔も今も、臆病で、霧崎を見ただけで、髪の色が抜けてしまった、弱いぼく。昔も、そしてこの前の事件でも、お嬢を助けられず、病院に運ぶだけで精一杯のぼく……。
かちゃ、と音がして、不意に扉が開いた。
「月下君、おまたせ」
お嬢が部屋から出てきた。ひょこ、と後ろから警視総監殿も顔をのぞかせる。
「あ、月下ちゃ~ん。久しぶりだね」
「は、ど、どうも……」
ぼくは敬礼した。――未だにこの人、ちょっと苦手だ。
「六花と一緒に部屋入ってくれば良かったのに。寒くない?」
「あ、大丈夫です。お気づかい感謝します」
正直寒いけど、部屋に入ると落ち着かないので、廊下で待っていたのだ。
「どう? 捜査一課、楽しい?」
「はい、皆さんいい人ばかりで……」
そう、転勤先は警察の花形(?)、捜査一課。いやはや、警視庁のトップの力、恐るべし。
現在ぼくは、刑事として警視庁で働きながら、お嬢の助手役として『正義のミカタ』のお仕事を手伝っている。……どっちかというと、足引っ張ってる気がしないでもない。
「それは良かった。月下ちゃん、これからも、娘のことよろしくね。じゃ、僕これから仕事あるから」
そう言って、お父様は廊下を歩いて行ってしまった。
「お勤め御苦労さまだね、月下君。廊下につっ立って、何してたんだい? ずいぶん暇だろうに」
お嬢がからかって言った。
「ああ、暇だったね。昔のことを思い出すくらい」
「へえ、月下君、昔のことは覚えていられる頭があったのかい。自分の携帯の番号は未だに覚えられないくせに」
「自分の携帯に電話をかける機会は、あんまりないからね」
「昔、ね。どうせまた、霧崎のことでも思い出してヘコんでたんだろ」
図星。
「霧崎といえば、父上が面白いことを言ってたな」
「面白いこと?」
ぼくはお嬢と廊下を歩きながら首をかしげた。首をかしげると、足が少しふらつく。
「おいおい、大丈夫かい? ――これは警察の上層部しか知らないんだけど、『霧崎零』という男は、一世紀以上前から、その名を警察の未解決事件簿に残しているらしい」
上層部しか知らないのは、誰も事件簿なんて見ないからだけどね。
お嬢はそう言って、複雑な顔をして笑った。――何故だろう、お嬢の口はあの事件以来笑ったままなんだけれど、ぼくは彼女の表情の変化がわかる。
「ふーん、一世紀以上前から……………………? 先生、ぼく馬鹿だから質問があります」
ぼくは歩きながら手を挙げた。
「何かな、月下君」
お嬢がびしっと指をさす。
「一世紀って何年でしたっけ、十年でしたっけ」
「一世紀は百年なんだね」
なるほど、わっかりやすーい。百年か、へえー。
「もう一個質問いいですか」
「何だろう、言ってごらん」
「……あの時の霧崎、何歳に見えた?」
「……さあ。ボク、人の年齢、見ただけじゃわかんないんだよね。月下君は、何歳に見えた?」
「少なくとも百歳ではなかったと思います先生」
たしかに、銀髪だけ見たら相当年くってるイメージはあるけども。顔はしわ一つなかったし、動きも軽やかだった。多めに見積もっても、三十代か四十代前半くらいだろう。
「……これは、どういうことだ?」
「さあ。人魚の肉でも食べたんじゃない?」
お嬢はどうでも良さそうに、適当に答えた。
「不老不死だろうが化け物だろうがボクには関係ないよ。むしろ――」
――寿命がないほうが都合がいいかもね。
お嬢はくす、と笑った。
「あいつを終身刑で永遠に牢屋に幽閉……ボクの望みはそれだけさ」
ゾクッ。
ぼくは隣の少女に鳥肌が立った。
霧崎の話になると、いつもこれだ。
お嬢の笑みが冷たく変わる。
お嬢が、霧崎と同じ『向こう側』に行ってしまいそうで。
ぼくは無意識に、お嬢の手を取った。
「? どうしたの、月下君」
「お嬢は、」
人間をやめないでね。
そう言うと、お嬢はきょとん、として、
ふっと笑った。
「愚問だね。……さっさとケリをつけたいね」
ぎゅ、とお嬢が手を握って、ぼくらは歩き出した。
〈第3章・了〉
一方ぼくはというと、特に怪我はしていないものの、過度の恐怖で黒かった髪が全て真っ白になっていた。
ぼくは六花ちゃんとの面会をゆるされ、彼女のいる個室をたずねた。
ノックして入ると、年配の男がこちらを向いた。
「ん? あ、君が月下ちゃん?」
「え、あ、はい……」
「はじめまして、だね。あ、僕、六花の父親の角柱寺凍牙だよ。いやあ、六花が迷惑かけちゃってごめんね?」
六花ちゃんの父親。
イコール、警視総監。
「いいいいいいいいいえっ!! むしろぼくがお世話になってますっ!」
反射的に敬礼。
いや、かっこ悪いって言われたって、あれだよ、警察のトップだよ? ビビるって、普通に。
「月下君、もう大丈夫かい?」
六花ちゃんが、枕に背を預けてベッドに座っていた。当然ながら、手足はない。思わず目をそむけてしまう。
「六花様……申し訳ありませんでした」
ぼくは床に膝をついて六花ちゃんと父親に土下座した。
「ちょ……月下君、やめてよ」
六花ちゃんの慌てた声が頭上から聞こえる。
「六花様を助けられなかったのはぼくのせいです。ぼくがもっと早く辿り着けていれば……こんなことには……!」
ちなみに、霧崎零は捕まることなく、逃げおおせた。あれだけ警官がいながら、最深部への道を探すことに夢中だった彼らは、堂々と玄関から逃亡した霧崎に、あろうことか全く気付かなかったのだ。
屋敷の前に誰もいなかったのが致命的だった。……そして、本来屋敷の前で待機するべきだったのは――ぼくだ。
「月下君は何も悪くないよ」
「警視総監、どんな処罰も覚悟しております。どうぞ、好きに罰してください」
「お、ホント? じゃあ、どうしようかな」
「父上!」
六花ちゃんが、父親に珍しく怒鳴っている。
「――じゃあ、六花の面倒でも見てもらおうかな」
凍牙は優しく笑って言った。
ぼくは、きょとんとして、顔を上げた。
「いや、実はさ、警視庁に刑事が一人欲しかったんだよね。月下ちゃん、ちょっと警視庁に転勤してくんない? 警視庁からなら、僕んち近いし」
「それ、って……」
罰、っていうか、昇格に近い。
「六花から話、聞いたよ? 他の警官どもは自分の出世のことしか見えてなくて、結局犯人――霧崎を逃がした。でも、君は、霧崎を逃がしはしたけど娘の命を救ってくれた。月下ちゃん、十分頑張ったじゃない。ほんとに、ありがとね」
……やべ。
また涙出てきた。
「……わかりました。一生面倒みます。動けない娘さんの手足となって――」
「あ、そうだ、そのことなんだけどさ」
凍牙さんが、ぼくのちょっといいセリフを遮った。
「六花。……『正義のミカタ』やる気無い?」
少しの間、沈黙が流れた。
「――ふふん、まさか、本当にこんなときが来るとはね……」
六花ちゃんは遠い目をして苦笑した。
……あれ、ぼくだけ置いてけぼりですか?
「あの……正義のミカタ、って……?」
「ボクの小さい頃の話さ」
六花ちゃんが答えた。
「ほら、戦隊ものとか見て、『僕もヒーローになりたい!』……とか、憧れたりするだろ? アレだよ」
……。
うん、まあ、ぼくも男だからよくわかる。
女の子も憧れたりするのかは、よくわかんないけど。
「で、父上に『ボクが死にかけたら身体改造して正義の味方にしてね』と、言ったわけだよ」
「言ったわけですか」
「ちょうど最近、犯罪増えてて困ってたんだよね。六花、高校進学しなくていいから、ちょっと犯罪撲滅してよ。んで、勉強は月下ちゃんにでも教えてもらいなよ。月下ちゃん確か、結構名門の大学出てたよね? エリートコースからは外れちゃったみたいだけど」
「よく、ご存じで……」
外れたっていうか、競争するの面倒臭いからあえて進まなかったんだけれども。
「一応、部下のことは把握してないとね。僕の友達に同じような境遇のヤツがいるから印象に残ってるし。あ、月下ちゃん、これからそいつの部下になるんだけどね!」
がっはっは、と豪快に笑う警視総監殿。
親子そろって変わっている。ぼくは苦笑した。
「で、身体改造というのは……?」
「あ、うん、実はもう準備できてるんだよね。六花さえオーケーすれば、特注で義手義足セット造ってもらえんの。六花、どうする?」
「……まあ、手足ないと困るよね、色々」
「ん、じゃあ決まり! ちょっと技師の人呼んでくるね」
娘の不幸の割にテンション高めのお父様が病室から出て行った。
再び沈黙が流れる。
「……月下君」
「はい、なんでしょうか、六花様」
「……その敬語、やめてくんない? あと、様もいらない」
「いや、なんとなく……」
ふう、と六花ちゃんがため息をつく。
「あのね、父上は父上、ボクはボクだよ。ボクが警視総監の娘だからって、そんなにビビらなくていいだろ?」
「……わかった、敬語はやめよう。ただ、お父様を目の前に、ちゃんづけは、ちょっとアレかな、と……」
「婚約した彼氏かい、月下君は。……まあ、ついさっき、それっぽいことは言ったか」
――一生面倒みます。
――動けない娘さんの手足となって。
……。
今更、恥ずかしくなってきた。
「ははっ、赤くなっちゃって可愛いなあ、月下君は。……そうだな、ちゃんづけが嫌なら、呼ばれてみたい呼び名があったんだよね」
「どんなの?」
「お嬢。」
…………。
「……それは……あれだね、仁侠の世界の住人の親玉の娘さんとかが呼ばれる呼び名だね?」
「ちょっと憧れだったんだよね。ほら、昔の偉い人も、『警察とヤクザは紙一重』って言ってたし」
「誰だ、そんな恐ろしいこと言ったのは!」
っていうか、この子の憧れるものは酷く偏っているな。対極的だし。
まあ、そんなわけで。
ぼくはお嬢に忠誠を誓い、お嬢は義手義足をつけて『正義のミカタ』として、犯罪撲滅のため、暗躍することとなる。
*
……なんだ、ぼく、昔と全然変わってないや。
そこまで考えて現在に立ち返る。うすら寒い廊下。
お嬢と警視総監はまだお取り込み中のようだ。
捜査官の命を助けるために、手足を切られている最中でも笑顔で堪え切り、鋼鉄の義肢をつけて、リハビリも乗り越えた、強いお嬢と、昔も今も、臆病で、霧崎を見ただけで、髪の色が抜けてしまった、弱いぼく。昔も、そしてこの前の事件でも、お嬢を助けられず、病院に運ぶだけで精一杯のぼく……。
かちゃ、と音がして、不意に扉が開いた。
「月下君、おまたせ」
お嬢が部屋から出てきた。ひょこ、と後ろから警視総監殿も顔をのぞかせる。
「あ、月下ちゃ~ん。久しぶりだね」
「は、ど、どうも……」
ぼくは敬礼した。――未だにこの人、ちょっと苦手だ。
「六花と一緒に部屋入ってくれば良かったのに。寒くない?」
「あ、大丈夫です。お気づかい感謝します」
正直寒いけど、部屋に入ると落ち着かないので、廊下で待っていたのだ。
「どう? 捜査一課、楽しい?」
「はい、皆さんいい人ばかりで……」
そう、転勤先は警察の花形(?)、捜査一課。いやはや、警視庁のトップの力、恐るべし。
現在ぼくは、刑事として警視庁で働きながら、お嬢の助手役として『正義のミカタ』のお仕事を手伝っている。……どっちかというと、足引っ張ってる気がしないでもない。
「それは良かった。月下ちゃん、これからも、娘のことよろしくね。じゃ、僕これから仕事あるから」
そう言って、お父様は廊下を歩いて行ってしまった。
「お勤め御苦労さまだね、月下君。廊下につっ立って、何してたんだい? ずいぶん暇だろうに」
お嬢がからかって言った。
「ああ、暇だったね。昔のことを思い出すくらい」
「へえ、月下君、昔のことは覚えていられる頭があったのかい。自分の携帯の番号は未だに覚えられないくせに」
「自分の携帯に電話をかける機会は、あんまりないからね」
「昔、ね。どうせまた、霧崎のことでも思い出してヘコんでたんだろ」
図星。
「霧崎といえば、父上が面白いことを言ってたな」
「面白いこと?」
ぼくはお嬢と廊下を歩きながら首をかしげた。首をかしげると、足が少しふらつく。
「おいおい、大丈夫かい? ――これは警察の上層部しか知らないんだけど、『霧崎零』という男は、一世紀以上前から、その名を警察の未解決事件簿に残しているらしい」
上層部しか知らないのは、誰も事件簿なんて見ないからだけどね。
お嬢はそう言って、複雑な顔をして笑った。――何故だろう、お嬢の口はあの事件以来笑ったままなんだけれど、ぼくは彼女の表情の変化がわかる。
「ふーん、一世紀以上前から……………………? 先生、ぼく馬鹿だから質問があります」
ぼくは歩きながら手を挙げた。
「何かな、月下君」
お嬢がびしっと指をさす。
「一世紀って何年でしたっけ、十年でしたっけ」
「一世紀は百年なんだね」
なるほど、わっかりやすーい。百年か、へえー。
「もう一個質問いいですか」
「何だろう、言ってごらん」
「……あの時の霧崎、何歳に見えた?」
「……さあ。ボク、人の年齢、見ただけじゃわかんないんだよね。月下君は、何歳に見えた?」
「少なくとも百歳ではなかったと思います先生」
たしかに、銀髪だけ見たら相当年くってるイメージはあるけども。顔はしわ一つなかったし、動きも軽やかだった。多めに見積もっても、三十代か四十代前半くらいだろう。
「……これは、どういうことだ?」
「さあ。人魚の肉でも食べたんじゃない?」
お嬢はどうでも良さそうに、適当に答えた。
「不老不死だろうが化け物だろうがボクには関係ないよ。むしろ――」
――寿命がないほうが都合がいいかもね。
お嬢はくす、と笑った。
「あいつを終身刑で永遠に牢屋に幽閉……ボクの望みはそれだけさ」
ゾクッ。
ぼくは隣の少女に鳥肌が立った。
霧崎の話になると、いつもこれだ。
お嬢の笑みが冷たく変わる。
お嬢が、霧崎と同じ『向こう側』に行ってしまいそうで。
ぼくは無意識に、お嬢の手を取った。
「? どうしたの、月下君」
「お嬢は、」
人間をやめないでね。
そう言うと、お嬢はきょとん、として、
ふっと笑った。
「愚問だね。……さっさとケリをつけたいね」
ぎゅ、とお嬢が手を握って、ぼくらは歩き出した。
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