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正義のミカタ第2章~北の大地の空の下~
第8話 正義の味方か化け物か
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「私、そんなことやってません!」
「そんなこと言ったって、見た人がいるんだよ」
「知らないわよ、そんなこと! 実際やってないんだから!」
警察署内は、なんだか白熱していた。
「お~、やってるな」
おやっさんは呑気にそう言った。
おそらく、警官と口論しているのが、捕まった犯人とやらなのだろう。確かに黒い長髪だ。しかし――
「白い……着物、ではないみたいですね」
女性は、この寒いのに、真っ白いワンピースしか着ていない。上着も持っていないようだ。
「おお、皆さん、おいで下さいましたか」
現場であった警官が声をかけてくれた。
「犯人、捕まったんですね」ぼくは言った。
「ええ、電車に乗って逃げようとしていたんですが、妙にキョロキョロと挙動不審だったので、職務質問しようとしたら、いきなり逃げ出したんですわ。それで、逮捕した、と」
「でも、犯人は白い着物を着ていたんですよね?」
「多分、吹雪でよく見えなくて見間違えたんでしょう。まだ小さい子供ですからなあ。でも、顔は間違いなくあの女だったらしいですよ。なあ、圭太君?」
警官は後ろを振り向いた。圭太君も警察署に来ていたようだ。
「うん。あの人だったよ」
圭太君はうなずいた。
「へえ、着物とワンピースを間違えたのに、顔はちゃんと見えたのかい?」お嬢が言った。
「だ、だって、ぼく、見たもん……」
圭太君は、すっかりお嬢が苦手になったようだ。なるべく目を合わせないようにしている。
「お嬢、そんな言い方しなくても……」
「ああ、ごめんごめん。子供、嫌いなんでね」
子供の目の前で言うなよ。
「とりあえず、その女性の話を聞かせてもらっていいですか?」崇皇先輩が言った。
「ええ、どうぞどうぞ。まあ、犯人はあの女で決定だと思いますけどね」警官はにこやかに言った。
女性とぼく達と圭太君と警官は、取調室に移動して、話をすることになった。
「聞いて下さい、私じゃないんです」
女性は口を開いて最初にそう言った。
「私はただ、家に帰りたかっただけなんです」
「わかってますよ、お姉さん」お嬢は優しく笑った。
「貴女のような綺麗な方が、犯人なわけないですよね」
「お嬢、それは偏見だよ……」ぼくは呆れてしまった。
「顔と犯罪は関係ないだろ」
「ボクがいつ顔のことを言ったんだい?」
お嬢が笑いながら言った。「手だよ、手。雪を持って車の排気口に詰めたんなら、年頃の女性は霜焼けなりひび割れなりになっちゃうもんだろ? 見てごらんよ、こんなに綺麗な手をしてるじゃないか。あ、もちろん顔も美しいですけどね」
最後のセリフは女性に向けられた言葉だ。
「……あなた、一体何者なの……?」
女性は不思議そうにお嬢に尋ねた。
「ただの『正義のミカタ』ですよ」
お嬢はにっこり笑って言った。
「ボクは貴女の味方です。だから、教えてください。貴女は、どうして逃げようとしたんですか?」
「……私は、冬山冷子と申します」
冷子さんは、しばらくたって口を開いた。
「実は、私はある病院から逃げてきたんです。病院の人間に追いつかれる前に、家に帰らなきゃならない……だから、職務質問されて、思わず……」
「冬山冷子さん……ね」
お嬢は、いきなりパソコンを開いた。
「……ああ、あった。冷子さん、この病院に入院してたんですね」
お嬢は、冷子さんに例のカルテを見せた。
「はい、この病院です」
冷子さんはうつむきながら答えた。
「こ、こりゃあ、この近くの精神病院じゃないですか!」
警官が驚いて叫んだ。
「重度の精神障害、ね。まったくそうは見えないけど」
崇皇先輩はカルテを見ながら言った。
「私は精神障害ではありません」
冷子さんははっきりと言った。「お医者様に薬を飲まされて、おかしくされたんです。私は、薬が切れて自我を取り戻し、逃げ出したんです」
「お嬢さん、あなたはどこでそのカルテを見つけたんです?」警官がお嬢に尋ねた。
「被害者の車の中だよ」お嬢が答えた。
「どうやら被害者は病院の関係者のようだね」
「ええ、その病院の医者らしいです」と警官。
「これで決定ですな。この女は病院を脱走し、恨みを持った医者を排気ガスで殺そうと――」
「あのねえ……」お嬢が呆れ気味に言った。「さっきも言っただろ? この人、手が綺麗だから違うよ」
「手なんぞ、手袋をすれば……」
「じゃあ、その手袋、見つかったのかい?」
「そ、それは、まだですが……」
「じゃあ、ちょっと黙ってなよ。今から、犯人当ててあげるから」
「え? 犯人わかったのかい、お嬢?」
ぼくはお嬢に尋ねた。
「うん、まあね。犯人、君でしょ? 圭太君、だっけ?」
お嬢はほとんど時間をおかずに圭太君を指差した。……そこは時間を延ばすとこじゃないのか? いや、それより……。
「あなたは何を言っとるんですか!?」
警官が叫んだ。
「こんな小さな子供が犯人なわけないでしょう!」
「どうしてそう言い切れるんだい? 犯人が冷子さんじゃないなら、目撃者が嘘ついてるに決まってるじゃないか」
「そ、そんな、無茶苦茶な……」
「どこが無茶苦茶なんだい? それを言うなら、圭太君の証言のほうが余程無茶だよ。白い着物とワンピースを間違えたくせに、夜中の吹雪の中で犯人の顔が見えている。というか、そもそも何故こんな子供が吹雪の夜に外にいたっていうんだい?」
お嬢の眼は、すでに鋭い光を放っている。
「――この子が、車のマフラーに雪を詰めた犯人だからじゃないのかい? 目撃証言は嘘っぱちだ。最初から、雪女なんていなかったのさ」
――あの子、どこかで嘘をついてるね。
なんのことはない。
最初から、全てが嘘だったのだ。
「たまたま、適当に言った目撃証言の特徴にあてはまる人物が逮捕された。だから、その人のせいにしようと思った。――ガキらしい、あまりに幼稚な犯行だね」
「ガキじゃない」圭太君の顔つきが変わった。
「訂正しろ。俺はガキじゃない」
「ガキはガキだろう? ちなみに証拠もちゃんとあるよ。車の周りの足跡。マフラーの近く、一番上の足跡がやけに小さい靴だった。調べれば圭太君のものだってわかると思うよ。おそらく、雪で隠れると思ったか、誰かが踏んでくれると思ったか知らないけど、頭が悪いにもホドがある。いかにもガキらしいと思わないかい?」
「てめえ!!」
突然、圭太君がポケットに手をつっこんで、お嬢の懐に飛び込んだ。お嬢が体をくの字に折って、膝をついた。
「……ふん、油断、しちゃったな……」
お嬢のわき腹が紅く染まっていた。
圭太君の右手にはカッター、左手には彫刻刀が握られていた。――ポケットに隠し持っていたのか……!
「黙れ……黙れ黙れ! 俺はガキじゃねえ!
どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……!
俺は、霧崎零みたいな天才殺人鬼になるんだ……! どいつもこいつも、俺をガキ扱いしやがって……
死ね、死ね死ね死ね! みんな殺してやる! うあああああああ!」
圭太君は叫びながら、何度も何度も両手を振りまわしてお嬢に刃物を突きたてようとする。お嬢は両腕で刃物を受けた。両腕の袖と人工皮膚が破れ、機械のような義肢があらわになる。
カッターと彫刻刀が折れた。
「ひっ……!」圭太君がひるんだ。
「な、なんだよお前……なんだよその腕……!?」
「言っただろ?」
お嬢は初めて会った時のように、両手で優しく圭太君の顔をつつんだ。今度はむき出しの機械の腕で。
「ボクは『正義のミカタ』だよ」
「違う……!」
圭太君はお嬢の手から逃げ出そうとしている。
「お前なんか正義じゃない……! この、化け物……!」
「そうだね」お嬢は目を細めた。
「君たち悪に対しては、化け物にだってなるさ。どこで霧崎のことを知ったかしらないけど、あんなやつに憧れるなら子供でも容赦しないよ。……まあ、どのみち、あんな手口じゃ、君は殺人鬼にはなれないけど」
圭太君は、すっかり戦意を失ったようだ。
その場に座り込んでしまった。
お嬢も、その場に崩れるように倒れた。
「――お嬢!」
ぼくはお嬢に駆け寄った。
「きゅ、救急車……」警官が未だに信じられないように言った。
「救急車を待ってる場合じゃない! お嬢は手足がないから、身体に血があまりないんです!」ぼくは叫んだ。
「血が流れすぎたら、命が危ない!」
ぼくは、お嬢の身体を抱えて、取調室から飛び出した。あとから、崇皇先輩やおやっさんも走ってついてくる。
お嬢は、鋼の義肢をつけているのに、今だけは不思議と重さを感じなかった。
ぼくは、ただひたすら、警察署から病院まで走って行った。
〈続く〉
「そんなこと言ったって、見た人がいるんだよ」
「知らないわよ、そんなこと! 実際やってないんだから!」
警察署内は、なんだか白熱していた。
「お~、やってるな」
おやっさんは呑気にそう言った。
おそらく、警官と口論しているのが、捕まった犯人とやらなのだろう。確かに黒い長髪だ。しかし――
「白い……着物、ではないみたいですね」
女性は、この寒いのに、真っ白いワンピースしか着ていない。上着も持っていないようだ。
「おお、皆さん、おいで下さいましたか」
現場であった警官が声をかけてくれた。
「犯人、捕まったんですね」ぼくは言った。
「ええ、電車に乗って逃げようとしていたんですが、妙にキョロキョロと挙動不審だったので、職務質問しようとしたら、いきなり逃げ出したんですわ。それで、逮捕した、と」
「でも、犯人は白い着物を着ていたんですよね?」
「多分、吹雪でよく見えなくて見間違えたんでしょう。まだ小さい子供ですからなあ。でも、顔は間違いなくあの女だったらしいですよ。なあ、圭太君?」
警官は後ろを振り向いた。圭太君も警察署に来ていたようだ。
「うん。あの人だったよ」
圭太君はうなずいた。
「へえ、着物とワンピースを間違えたのに、顔はちゃんと見えたのかい?」お嬢が言った。
「だ、だって、ぼく、見たもん……」
圭太君は、すっかりお嬢が苦手になったようだ。なるべく目を合わせないようにしている。
「お嬢、そんな言い方しなくても……」
「ああ、ごめんごめん。子供、嫌いなんでね」
子供の目の前で言うなよ。
「とりあえず、その女性の話を聞かせてもらっていいですか?」崇皇先輩が言った。
「ええ、どうぞどうぞ。まあ、犯人はあの女で決定だと思いますけどね」警官はにこやかに言った。
女性とぼく達と圭太君と警官は、取調室に移動して、話をすることになった。
「聞いて下さい、私じゃないんです」
女性は口を開いて最初にそう言った。
「私はただ、家に帰りたかっただけなんです」
「わかってますよ、お姉さん」お嬢は優しく笑った。
「貴女のような綺麗な方が、犯人なわけないですよね」
「お嬢、それは偏見だよ……」ぼくは呆れてしまった。
「顔と犯罪は関係ないだろ」
「ボクがいつ顔のことを言ったんだい?」
お嬢が笑いながら言った。「手だよ、手。雪を持って車の排気口に詰めたんなら、年頃の女性は霜焼けなりひび割れなりになっちゃうもんだろ? 見てごらんよ、こんなに綺麗な手をしてるじゃないか。あ、もちろん顔も美しいですけどね」
最後のセリフは女性に向けられた言葉だ。
「……あなた、一体何者なの……?」
女性は不思議そうにお嬢に尋ねた。
「ただの『正義のミカタ』ですよ」
お嬢はにっこり笑って言った。
「ボクは貴女の味方です。だから、教えてください。貴女は、どうして逃げようとしたんですか?」
「……私は、冬山冷子と申します」
冷子さんは、しばらくたって口を開いた。
「実は、私はある病院から逃げてきたんです。病院の人間に追いつかれる前に、家に帰らなきゃならない……だから、職務質問されて、思わず……」
「冬山冷子さん……ね」
お嬢は、いきなりパソコンを開いた。
「……ああ、あった。冷子さん、この病院に入院してたんですね」
お嬢は、冷子さんに例のカルテを見せた。
「はい、この病院です」
冷子さんはうつむきながら答えた。
「こ、こりゃあ、この近くの精神病院じゃないですか!」
警官が驚いて叫んだ。
「重度の精神障害、ね。まったくそうは見えないけど」
崇皇先輩はカルテを見ながら言った。
「私は精神障害ではありません」
冷子さんははっきりと言った。「お医者様に薬を飲まされて、おかしくされたんです。私は、薬が切れて自我を取り戻し、逃げ出したんです」
「お嬢さん、あなたはどこでそのカルテを見つけたんです?」警官がお嬢に尋ねた。
「被害者の車の中だよ」お嬢が答えた。
「どうやら被害者は病院の関係者のようだね」
「ええ、その病院の医者らしいです」と警官。
「これで決定ですな。この女は病院を脱走し、恨みを持った医者を排気ガスで殺そうと――」
「あのねえ……」お嬢が呆れ気味に言った。「さっきも言っただろ? この人、手が綺麗だから違うよ」
「手なんぞ、手袋をすれば……」
「じゃあ、その手袋、見つかったのかい?」
「そ、それは、まだですが……」
「じゃあ、ちょっと黙ってなよ。今から、犯人当ててあげるから」
「え? 犯人わかったのかい、お嬢?」
ぼくはお嬢に尋ねた。
「うん、まあね。犯人、君でしょ? 圭太君、だっけ?」
お嬢はほとんど時間をおかずに圭太君を指差した。……そこは時間を延ばすとこじゃないのか? いや、それより……。
「あなたは何を言っとるんですか!?」
警官が叫んだ。
「こんな小さな子供が犯人なわけないでしょう!」
「どうしてそう言い切れるんだい? 犯人が冷子さんじゃないなら、目撃者が嘘ついてるに決まってるじゃないか」
「そ、そんな、無茶苦茶な……」
「どこが無茶苦茶なんだい? それを言うなら、圭太君の証言のほうが余程無茶だよ。白い着物とワンピースを間違えたくせに、夜中の吹雪の中で犯人の顔が見えている。というか、そもそも何故こんな子供が吹雪の夜に外にいたっていうんだい?」
お嬢の眼は、すでに鋭い光を放っている。
「――この子が、車のマフラーに雪を詰めた犯人だからじゃないのかい? 目撃証言は嘘っぱちだ。最初から、雪女なんていなかったのさ」
――あの子、どこかで嘘をついてるね。
なんのことはない。
最初から、全てが嘘だったのだ。
「たまたま、適当に言った目撃証言の特徴にあてはまる人物が逮捕された。だから、その人のせいにしようと思った。――ガキらしい、あまりに幼稚な犯行だね」
「ガキじゃない」圭太君の顔つきが変わった。
「訂正しろ。俺はガキじゃない」
「ガキはガキだろう? ちなみに証拠もちゃんとあるよ。車の周りの足跡。マフラーの近く、一番上の足跡がやけに小さい靴だった。調べれば圭太君のものだってわかると思うよ。おそらく、雪で隠れると思ったか、誰かが踏んでくれると思ったか知らないけど、頭が悪いにもホドがある。いかにもガキらしいと思わないかい?」
「てめえ!!」
突然、圭太君がポケットに手をつっこんで、お嬢の懐に飛び込んだ。お嬢が体をくの字に折って、膝をついた。
「……ふん、油断、しちゃったな……」
お嬢のわき腹が紅く染まっていた。
圭太君の右手にはカッター、左手には彫刻刀が握られていた。――ポケットに隠し持っていたのか……!
「黙れ……黙れ黙れ! 俺はガキじゃねえ!
どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……!
俺は、霧崎零みたいな天才殺人鬼になるんだ……! どいつもこいつも、俺をガキ扱いしやがって……
死ね、死ね死ね死ね! みんな殺してやる! うあああああああ!」
圭太君は叫びながら、何度も何度も両手を振りまわしてお嬢に刃物を突きたてようとする。お嬢は両腕で刃物を受けた。両腕の袖と人工皮膚が破れ、機械のような義肢があらわになる。
カッターと彫刻刀が折れた。
「ひっ……!」圭太君がひるんだ。
「な、なんだよお前……なんだよその腕……!?」
「言っただろ?」
お嬢は初めて会った時のように、両手で優しく圭太君の顔をつつんだ。今度はむき出しの機械の腕で。
「ボクは『正義のミカタ』だよ」
「違う……!」
圭太君はお嬢の手から逃げ出そうとしている。
「お前なんか正義じゃない……! この、化け物……!」
「そうだね」お嬢は目を細めた。
「君たち悪に対しては、化け物にだってなるさ。どこで霧崎のことを知ったかしらないけど、あんなやつに憧れるなら子供でも容赦しないよ。……まあ、どのみち、あんな手口じゃ、君は殺人鬼にはなれないけど」
圭太君は、すっかり戦意を失ったようだ。
その場に座り込んでしまった。
お嬢も、その場に崩れるように倒れた。
「――お嬢!」
ぼくはお嬢に駆け寄った。
「きゅ、救急車……」警官が未だに信じられないように言った。
「救急車を待ってる場合じゃない! お嬢は手足がないから、身体に血があまりないんです!」ぼくは叫んだ。
「血が流れすぎたら、命が危ない!」
ぼくは、お嬢の身体を抱えて、取調室から飛び出した。あとから、崇皇先輩やおやっさんも走ってついてくる。
お嬢は、鋼の義肢をつけているのに、今だけは不思議と重さを感じなかった。
ぼくは、ただひたすら、警察署から病院まで走って行った。
〈続く〉
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