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9月編(体育祭編)
第23話 文月栞と体育祭。【プロローグ】
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時は九月。
この末吉高校では体育祭が開催されようとしていた。
――今、私――文月栞の目の前では、担任の今ちゃん先生が必死に私を説得しようとしている。
「お願い、文月さん! 徒競走のランカーをやってほしいの!」
「いや~……私、文系なんで……」
「あら、七夕の件、私が平謝りしてお咎めなしになったの、忘れたとは言わせないわよ?」
「うう……それを言われると弱い……」
七夕まつりで他校の生徒を相手に暴れまわった件については、生徒会――神楽坂緋月が握りつぶしたのと、なりたてピカピカの新任教師でありながら問題児である私を必死にかばった今ちゃん先生の功績が大きい。だから私は今ちゃん先生には恩義を感じているし頭が上がらない。
しかしそこで問題が発生してしまう。今ちゃん先生は喧嘩ができる私を「運動ができる生徒」と認識してしまったのだ。そこで、体育祭で大いに活躍してもらいたい、と、現在説得中というわけである。
「文月さん、まだクラスに仲のいい人、曽根崎くんくらいしかいないでしょう? みんなと仲良くなるチャンスだと思うの。体育祭で思いっきり身体を動かしてリフレッシュしてほしいし」
――その曽根崎のせいで、女子との仲が最悪なんですけどね。
とは、流石に言えなかった。
曽根崎が私に近寄るたびに女子の突き刺すような殺気を感じるし、私を恐れているためかイジメまでは発展しなかったが、ぼっちに「はーい、好きな子と班を組んでくださーい」の言葉は無情なものである。
そして、曽根崎が私を班に誘ってくれるから同じ班の女子の圧がすごい。
……いい加減、「脈なし」と判断して、曽根崎が離れてくれればいいのだが。
もともと一匹狼気質の私は曽根崎にベタベタされると落ち着かない。たまには一人になりたい。教室の隅っこで本でも読んでたほうが落ち着く。
「ね、お願い文月さん! 徒競走の練習してる間は図書委員も部活も休んでいいことになってるから!」
「いえ、それが一番困るんですけど」
大好きな図書委員の仕事まで取り上げられてしまうのか。部活はもともと幽霊部員だったからどうでもいいけど。
「やめなよぉ、今ちゃん先生。文月さん嫌がってるじゃん」
「そもそも喧嘩と足の速さは関係ないっしょ。ランカーなんて荷が重いからやりたくないだけなんじゃないの?」
クラスの女子たちが冷やかし半分に笑いながら今ちゃん先生を諌める。
「じゃあ、実際にタイムを測ってみましょう! 文月さん、ジャージに着替えて」
「ええ……」
「みんなに言われっぱなしで悔しくないの?」
今ちゃん先生はきっと、教師という職業に真摯に向き合う熱血派なのだろう。私をクラスに溶け込ませたい気持ちもわかる。
反面、私の気持ちは冷めてゆくばかりである。
女子に馬鹿にされようがどうでもいい。興味がない。そもそも徒競走のランカーなんて思いっきり目立つポジションではないか。
私は本性を暴かれてもなお、学校で目立つのを嫌っていた。
しかし、私の抵抗もむなしく、現在私はジャージ姿でグラウンドに立たされている。
このグラウンドは体育祭でも使われるものだ。白線引きもテントの設営もまだ途中である。
「いい、文月さん? ちゃんと本気で走ってね?」
今ちゃん先生の笑顔に威圧感を感じる。
徒競走に参加する他の女子生徒たちもグラウンドでなんだなんだと集まっていた。
好奇心。恐怖心。嫉妬心。その他諸々のなんとも言えない感情の視線が一点に集中し、刺さるような感覚を覚える。
……これで手なんか抜いたら、流石に全員に責め立てられてしまうな。
私はスタート地点で構える。ゴール付近では今ちゃん先生がタイマーを持ち、周りに生徒がタイムを見てやろうと集まっている。
「よーい……ドン!」
号令役の女子の合図とともに、真っ直ぐに駆け抜ける。
百メートル。人によって長いか短いかは微妙なところである。私にはゴールまであっという間に感じた。
ゴールと同時に、「ピッ」とタイマーを止める音がする。
「今ちゃん先生、何秒!? 何秒!?」
「めっちゃ足早くね!?」
女子たちが今ちゃん先生のタイマーめがけて群れ始める。
「……文月さん、やっぱりあなたはアンカーをやるべき人間よ。担任命令です。文月栞さんを今日から徒競走のアンカーに任命します」
「ええ……」
せめてタイムを教えてほしかったのだが、今ちゃん先生はすぐにタイマーをリセットしてしまった。
「さあ、徒競走のメンバーもちょうど集まってるし、今日から特訓よ!」
「おーっ」
徒競走組は盛り上がっているようだったが、私は図書委員の仕事を奪われたことに落胆を隠せなかった。
体育祭当日。
この高校の体育祭は赤組・白組ではなく、学年ごとのA組とB組に分けられる。
つまり、私の知り合いで言うならば、私・曽根崎・神楽坂・桐生VS銀城・猫春となる。
「銀城があっち側にいるのは痛手だけど、これで正々堂々と中島を潰せるわけだ?」
「運動できる人が運動できない人にマウント取ろうとするのホント見苦しいですよね」
ククク……と嫌な笑いを浮かべている曽根崎に、私は冷たく返した。
すると、銀城先輩と猫春が歩いてくるのが見えた。
「中島、自分の足を引っ張らないように気をつけろ」
「はっ、はひ……」
あまり接点がない上に、無表情でキツめの言葉を投げかけてくる銀城先輩に苦手意識を持っているのか、猫春は緊張気味……というか、怯え気味だ。
「ちょっと、銀城先輩。猫春くんをいじめたら許しませんよ」
私が諌めると、銀城先輩はフン、と鼻を鳴らす。
「運動が出来ないやつは体育祭で居場所がなくて可哀想だな」
「カーッ、体育会系のこういうとこ嫌だわ~」
私は思い切り顔をしかめた。
「まあまあ……。中島が銀城の近くに来て怪我しないようにって遠回しに言ってるんだよ、アレは」
曽根崎は微苦笑を浮かべながらとりなすように言う。
そうなのかなあ……。
「まあどのみち中島くんは保健委員で体育祭には参加しませんがね」
声のする方を見ると、神楽坂緋月先輩と桐生京介先輩が歩いてくるところだった。
「曽根崎くんは運動得意ですか?」
神楽坂先輩の言葉に、曽根崎はニヤリと笑う。
「分かってて聞いてるでしょセンパイ。ちなみにセンパイは?」
「こういうことは桐生に任せているので、わたくしは放送席にいますね」
「へっ、貴族は汗を流さないってか。使えねーな」
曽根崎がそう言うと、桐生先輩はひと睨みする。
「曽根崎逢瀬くん、緋月様への暴言は許しません」
「へえへえ」
猫春と神楽坂先輩は体育祭に参加しない。
よって、実質私・曽根崎・桐生VS銀城である。
数の上ではA組が有利だが、銀城先輩の身体能力はなにせ全国大会で二位を獲るほどの実力である。そこ、微妙とか言ってはいけない。
「桐生センパイ、言っときますけど銀城は強いですよ」
「一度手合わせして実力の高さは充分に実感しております。アレは一般の生徒には抑えられません。当方と曽根崎逢瀬くん、あとは文月栞、あなたの腕力にかかっています」
「なんか期待が重い……」
こんな調子で、私たちは開会式を迎えることとなったのである。
〈続く〉
この末吉高校では体育祭が開催されようとしていた。
――今、私――文月栞の目の前では、担任の今ちゃん先生が必死に私を説得しようとしている。
「お願い、文月さん! 徒競走のランカーをやってほしいの!」
「いや~……私、文系なんで……」
「あら、七夕の件、私が平謝りしてお咎めなしになったの、忘れたとは言わせないわよ?」
「うう……それを言われると弱い……」
七夕まつりで他校の生徒を相手に暴れまわった件については、生徒会――神楽坂緋月が握りつぶしたのと、なりたてピカピカの新任教師でありながら問題児である私を必死にかばった今ちゃん先生の功績が大きい。だから私は今ちゃん先生には恩義を感じているし頭が上がらない。
しかしそこで問題が発生してしまう。今ちゃん先生は喧嘩ができる私を「運動ができる生徒」と認識してしまったのだ。そこで、体育祭で大いに活躍してもらいたい、と、現在説得中というわけである。
「文月さん、まだクラスに仲のいい人、曽根崎くんくらいしかいないでしょう? みんなと仲良くなるチャンスだと思うの。体育祭で思いっきり身体を動かしてリフレッシュしてほしいし」
――その曽根崎のせいで、女子との仲が最悪なんですけどね。
とは、流石に言えなかった。
曽根崎が私に近寄るたびに女子の突き刺すような殺気を感じるし、私を恐れているためかイジメまでは発展しなかったが、ぼっちに「はーい、好きな子と班を組んでくださーい」の言葉は無情なものである。
そして、曽根崎が私を班に誘ってくれるから同じ班の女子の圧がすごい。
……いい加減、「脈なし」と判断して、曽根崎が離れてくれればいいのだが。
もともと一匹狼気質の私は曽根崎にベタベタされると落ち着かない。たまには一人になりたい。教室の隅っこで本でも読んでたほうが落ち着く。
「ね、お願い文月さん! 徒競走の練習してる間は図書委員も部活も休んでいいことになってるから!」
「いえ、それが一番困るんですけど」
大好きな図書委員の仕事まで取り上げられてしまうのか。部活はもともと幽霊部員だったからどうでもいいけど。
「やめなよぉ、今ちゃん先生。文月さん嫌がってるじゃん」
「そもそも喧嘩と足の速さは関係ないっしょ。ランカーなんて荷が重いからやりたくないだけなんじゃないの?」
クラスの女子たちが冷やかし半分に笑いながら今ちゃん先生を諌める。
「じゃあ、実際にタイムを測ってみましょう! 文月さん、ジャージに着替えて」
「ええ……」
「みんなに言われっぱなしで悔しくないの?」
今ちゃん先生はきっと、教師という職業に真摯に向き合う熱血派なのだろう。私をクラスに溶け込ませたい気持ちもわかる。
反面、私の気持ちは冷めてゆくばかりである。
女子に馬鹿にされようがどうでもいい。興味がない。そもそも徒競走のランカーなんて思いっきり目立つポジションではないか。
私は本性を暴かれてもなお、学校で目立つのを嫌っていた。
しかし、私の抵抗もむなしく、現在私はジャージ姿でグラウンドに立たされている。
このグラウンドは体育祭でも使われるものだ。白線引きもテントの設営もまだ途中である。
「いい、文月さん? ちゃんと本気で走ってね?」
今ちゃん先生の笑顔に威圧感を感じる。
徒競走に参加する他の女子生徒たちもグラウンドでなんだなんだと集まっていた。
好奇心。恐怖心。嫉妬心。その他諸々のなんとも言えない感情の視線が一点に集中し、刺さるような感覚を覚える。
……これで手なんか抜いたら、流石に全員に責め立てられてしまうな。
私はスタート地点で構える。ゴール付近では今ちゃん先生がタイマーを持ち、周りに生徒がタイムを見てやろうと集まっている。
「よーい……ドン!」
号令役の女子の合図とともに、真っ直ぐに駆け抜ける。
百メートル。人によって長いか短いかは微妙なところである。私にはゴールまであっという間に感じた。
ゴールと同時に、「ピッ」とタイマーを止める音がする。
「今ちゃん先生、何秒!? 何秒!?」
「めっちゃ足早くね!?」
女子たちが今ちゃん先生のタイマーめがけて群れ始める。
「……文月さん、やっぱりあなたはアンカーをやるべき人間よ。担任命令です。文月栞さんを今日から徒競走のアンカーに任命します」
「ええ……」
せめてタイムを教えてほしかったのだが、今ちゃん先生はすぐにタイマーをリセットしてしまった。
「さあ、徒競走のメンバーもちょうど集まってるし、今日から特訓よ!」
「おーっ」
徒競走組は盛り上がっているようだったが、私は図書委員の仕事を奪われたことに落胆を隠せなかった。
体育祭当日。
この高校の体育祭は赤組・白組ではなく、学年ごとのA組とB組に分けられる。
つまり、私の知り合いで言うならば、私・曽根崎・神楽坂・桐生VS銀城・猫春となる。
「銀城があっち側にいるのは痛手だけど、これで正々堂々と中島を潰せるわけだ?」
「運動できる人が運動できない人にマウント取ろうとするのホント見苦しいですよね」
ククク……と嫌な笑いを浮かべている曽根崎に、私は冷たく返した。
すると、銀城先輩と猫春が歩いてくるのが見えた。
「中島、自分の足を引っ張らないように気をつけろ」
「はっ、はひ……」
あまり接点がない上に、無表情でキツめの言葉を投げかけてくる銀城先輩に苦手意識を持っているのか、猫春は緊張気味……というか、怯え気味だ。
「ちょっと、銀城先輩。猫春くんをいじめたら許しませんよ」
私が諌めると、銀城先輩はフン、と鼻を鳴らす。
「運動が出来ないやつは体育祭で居場所がなくて可哀想だな」
「カーッ、体育会系のこういうとこ嫌だわ~」
私は思い切り顔をしかめた。
「まあまあ……。中島が銀城の近くに来て怪我しないようにって遠回しに言ってるんだよ、アレは」
曽根崎は微苦笑を浮かべながらとりなすように言う。
そうなのかなあ……。
「まあどのみち中島くんは保健委員で体育祭には参加しませんがね」
声のする方を見ると、神楽坂緋月先輩と桐生京介先輩が歩いてくるところだった。
「曽根崎くんは運動得意ですか?」
神楽坂先輩の言葉に、曽根崎はニヤリと笑う。
「分かってて聞いてるでしょセンパイ。ちなみにセンパイは?」
「こういうことは桐生に任せているので、わたくしは放送席にいますね」
「へっ、貴族は汗を流さないってか。使えねーな」
曽根崎がそう言うと、桐生先輩はひと睨みする。
「曽根崎逢瀬くん、緋月様への暴言は許しません」
「へえへえ」
猫春と神楽坂先輩は体育祭に参加しない。
よって、実質私・曽根崎・桐生VS銀城である。
数の上ではA組が有利だが、銀城先輩の身体能力はなにせ全国大会で二位を獲るほどの実力である。そこ、微妙とか言ってはいけない。
「桐生センパイ、言っときますけど銀城は強いですよ」
「一度手合わせして実力の高さは充分に実感しております。アレは一般の生徒には抑えられません。当方と曽根崎逢瀬くん、あとは文月栞、あなたの腕力にかかっています」
「なんか期待が重い……」
こんな調子で、私たちは開会式を迎えることとなったのである。
〈続く〉
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