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裏話(藤井スバル視点)
第4話・裏話
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こずえさんが逃げるように――いや、実際逃げたのでしょうが――廊下を走り去っていくのを呆然と見ていたわたくしは、どうすればいいのか分かりませんでした。
追いかけようにも、彼女は思っていたよりも足が早く、あっという間に見失ってしまいました。
ひとまず、電話で喫煙室のメンバーに今日は来れないことを伝えて、わたくしは総務部に探しに戻ることにしました。
結果を言うと、総務部に彼女は戻っていませんでした。おそらく昼休み中には戻ってこないだろう、という確信がありました。
「社長、どうしたんですか? なんだかすごく切ない顔をしてますけど……」
総務部に残って弁当を食べていた男性社員がわたくしに訊ねました。
「ああ、いえ……能登原さんに用事があったのですが……」
「? さっき一緒に総務部出ませんでした?」
どうやら見られていたようで、わたくしは一層みじめな気持ちでした。
昼休みが終わるまで総務部で待っていましたが、結局彼女は帰ってきませんでした。わたくしも業務があります。諦めて社長室に戻りました。
社長室に戻ると、秘書の皆さんが声をかけてきました。
「社長、『マジック&サマナーズ』のことなんですが」
「ああ、やっと名前を覚えてくれたんですか」
わたくしは浮かない顔を隠さずに言いました。秘書の皆さんはカードゲームに疎く、なかなか『マジック&サマナーズ』の名前を覚えられませんでした。
――能登原さんが秘書だったら良かったのに。
わたくしは思わずそう願ってしまいました。こずえさんが秘書課の人間なら、仕事中でも四六時中一緒にいられるのに。まあ、総務部に所属したのはこずえさんの希望だったのですが。
「能登原さんがカードゲームを教えてくれたんです」
「……能登原さんが?」
わたくしは思わず秘書を二度見してしまいました。
わたくしから逃げたこずえさんが、昼休みの間、秘書にカードゲームを教えていた。
その真意がわからず、ただただ困惑しました。
「能登原さんって、本当に親切ですね。親身になって教えて下さいましたよ」
知っております。能登原さんが優しいことは。
なにをいまさら、とわたくしは冷めた気持ちで聞いておりました。
「これでなんとか、社長や取引先の方々と話が通じそうです」
「よかったですね」
わたくしは秘書の言葉にそっけなく返しました。
こずえさんのいないところでは、わたくしはとてもドライでした。
「私たち、社長と能登原さんのこと、応援してますからね!」
わたくしのつれない態度にも関わらず放たれた言葉に、わたくしは耳を疑いました。
「……え? 応援してくださるんですか……?」
「もちろん! 社長が最近幸せそうにしているのは、能登原さんのおかげでしょう?」
「その、あなたがたは、わたくしを狙っていたのでは……?」
自分で言うのも恥ずかしい台詞でした。
「いえ、取引先の方々とカラオケに行ったときに冷めました」
「あ、そうですか……」
秘書にきっぱりと言われて、わたくしはストンと椅子に座りました。
やはり、わたくしの好きな歌は女性に不人気のようでした。なぜだ。かっこいい歌なのに。
とにかく、早く仕事を終わらせて、こずえさんを迎えに行こう。
流石にもう総務部へは戻っていると思うので、こずえさんが定時で上がる前に仕事を片付けねば。
わたくしはその一心でデスクに向かいました。
***
わたくしの頑張りは報われ、定時前に業務を終えました。
わたくしが総務部へ向かうと、こずえさんは女性たちに囲まれておりました。なんだか剣呑な雰囲気でした。
「――能登原さんも定時で上がるでしょ? 今日ちょっと飲みに行かない?」
「え、ええと……」
「私たち、能登原さんとお話したいなあ……?」
その女たちには見覚えがありました。やたらとわたくしに話しかけてくる女たち。
たしか、非公式でわたくしのファンクラブとやらを結成してるとか。
まあ、一企業の社長のファンクラブに公式も非公式もないと思いますが。
わたくしはそのファンクラブの存在を認知しておりました。知ったときは、まあ(どうでも)いいか、と放置しておりましたが、その女たちに囲まれて青ざめた顔のこずえさんを見てしまうと、やはりファンクラブを潰しておけばよかった、と悔やみました。
「――ああ、能登原さん。総務部に戻っていらしてたんですね」
わたくしはずっと見ていましたが、白々しくもそう声をかけました。
「あっ、社長~! お疲れさまです!」
ファンクラブの女たちが黄色い声をあげました。違う、わたくしが用があるのはあなたたちではない。
「能登原さんと一緒に飲みに行こうと思ったのですが……まだ体調すぐれませんか?」
わたくしは本心から心配な声音でこずえさんを見ました。
こずえさんは、心ここにあらずといった様子でした。ファンクラブの面々に囲まれて怯えているのか、顔が青ざめていました。ああ、可哀想に……。
「ごめんなさい、能登原さんは私たちと先約があって~」
お局さんといった感じの女性が猫なで声でそう言いました。わたくしはこの会社の人間はすべて記憶しております。もちろんこの方も存じております。名前は敢えて申し上げませんが、件のファンクラブの会長をしている者でした。弊社を創業したときから在籍している古株です。
「ああ、そうなんですね、残念です……では能登原さん、また明日お会いしましょう」
わたくしは一度引き下がったふりをして、手を振ってその場を去り、すぐに電話をかけました。
***
「――ターゲット、能登原こずえさんは特に何もされておりません。ただ話をしているだけのようです」
「そうですか」
わたくしは電話で会話をしておりました。
急遽探偵を雇い、こずえさんがファンクラブに連れ込まれた居酒屋に潜入させて、様子を監視させ、報告させていたのです。
客を装って会話が聞こえる位置に座った探偵は、逐一電話で様子を伝えてくださいます。
「どうも、藤井様との出会いのきっかけを根掘り葉掘り聞き出されているようですね。――今は、スマホを持ち寄って何か――能登原さんがゲームを教えているようです。マジック――なんだ? よく聞き取れないな……」
――『マジック&サマナーズ』をファンクラブにも教えているのか。
こずえさんが何をしたいのか、いまいちわたくしにはわかりませんでした。
探偵の報告内容を聞くに、ファンクラブに脅されている、という様子でもなさそうでした。
カードゲーム仲間が増えるのはいいですが、どうせわたくしと話を合わせて媚を売りたい女が増えるだけでしょうに。
しかし、探偵の盗聴した内容を聞いて、わたくしは真相を知りました。
こずえさんがわたくしの手を離した理由。わたくしとこずえさんが付き合ってると噂を流されてわたくしに迷惑をかけたと思いこんでいること。わたくしを慕う女子社員の嫉妬に怯え、怖気づいたこと。そして、逃げてしまったこと。
ファンクラブの会長が思っていたよりも理性的でわたくしはほっと胸を撫で下ろしました。お局さんなどと思って申し訳ありませんでした。
「――とりあえず飲も飲も! 失恋酒だ~!」
「――能登原さんと社長の未来にカンパーイ!」
そんな大声が聞こえて、探偵の調査は終了しました。
「とりあえず、ターゲット、能登原こずえさんは無事に帰ったようです」
「そうですか、安心いたしました。急にご依頼したのにありがとうございました。報酬は弾ませていただきます」
わたくしはすぐに探偵事務所の口座に高額の報酬を奮発して振り込んだのでした。
〈続く〉
追いかけようにも、彼女は思っていたよりも足が早く、あっという間に見失ってしまいました。
ひとまず、電話で喫煙室のメンバーに今日は来れないことを伝えて、わたくしは総務部に探しに戻ることにしました。
結果を言うと、総務部に彼女は戻っていませんでした。おそらく昼休み中には戻ってこないだろう、という確信がありました。
「社長、どうしたんですか? なんだかすごく切ない顔をしてますけど……」
総務部に残って弁当を食べていた男性社員がわたくしに訊ねました。
「ああ、いえ……能登原さんに用事があったのですが……」
「? さっき一緒に総務部出ませんでした?」
どうやら見られていたようで、わたくしは一層みじめな気持ちでした。
昼休みが終わるまで総務部で待っていましたが、結局彼女は帰ってきませんでした。わたくしも業務があります。諦めて社長室に戻りました。
社長室に戻ると、秘書の皆さんが声をかけてきました。
「社長、『マジック&サマナーズ』のことなんですが」
「ああ、やっと名前を覚えてくれたんですか」
わたくしは浮かない顔を隠さずに言いました。秘書の皆さんはカードゲームに疎く、なかなか『マジック&サマナーズ』の名前を覚えられませんでした。
――能登原さんが秘書だったら良かったのに。
わたくしは思わずそう願ってしまいました。こずえさんが秘書課の人間なら、仕事中でも四六時中一緒にいられるのに。まあ、総務部に所属したのはこずえさんの希望だったのですが。
「能登原さんがカードゲームを教えてくれたんです」
「……能登原さんが?」
わたくしは思わず秘書を二度見してしまいました。
わたくしから逃げたこずえさんが、昼休みの間、秘書にカードゲームを教えていた。
その真意がわからず、ただただ困惑しました。
「能登原さんって、本当に親切ですね。親身になって教えて下さいましたよ」
知っております。能登原さんが優しいことは。
なにをいまさら、とわたくしは冷めた気持ちで聞いておりました。
「これでなんとか、社長や取引先の方々と話が通じそうです」
「よかったですね」
わたくしは秘書の言葉にそっけなく返しました。
こずえさんのいないところでは、わたくしはとてもドライでした。
「私たち、社長と能登原さんのこと、応援してますからね!」
わたくしのつれない態度にも関わらず放たれた言葉に、わたくしは耳を疑いました。
「……え? 応援してくださるんですか……?」
「もちろん! 社長が最近幸せそうにしているのは、能登原さんのおかげでしょう?」
「その、あなたがたは、わたくしを狙っていたのでは……?」
自分で言うのも恥ずかしい台詞でした。
「いえ、取引先の方々とカラオケに行ったときに冷めました」
「あ、そうですか……」
秘書にきっぱりと言われて、わたくしはストンと椅子に座りました。
やはり、わたくしの好きな歌は女性に不人気のようでした。なぜだ。かっこいい歌なのに。
とにかく、早く仕事を終わらせて、こずえさんを迎えに行こう。
流石にもう総務部へは戻っていると思うので、こずえさんが定時で上がる前に仕事を片付けねば。
わたくしはその一心でデスクに向かいました。
***
わたくしの頑張りは報われ、定時前に業務を終えました。
わたくしが総務部へ向かうと、こずえさんは女性たちに囲まれておりました。なんだか剣呑な雰囲気でした。
「――能登原さんも定時で上がるでしょ? 今日ちょっと飲みに行かない?」
「え、ええと……」
「私たち、能登原さんとお話したいなあ……?」
その女たちには見覚えがありました。やたらとわたくしに話しかけてくる女たち。
たしか、非公式でわたくしのファンクラブとやらを結成してるとか。
まあ、一企業の社長のファンクラブに公式も非公式もないと思いますが。
わたくしはそのファンクラブの存在を認知しておりました。知ったときは、まあ(どうでも)いいか、と放置しておりましたが、その女たちに囲まれて青ざめた顔のこずえさんを見てしまうと、やはりファンクラブを潰しておけばよかった、と悔やみました。
「――ああ、能登原さん。総務部に戻っていらしてたんですね」
わたくしはずっと見ていましたが、白々しくもそう声をかけました。
「あっ、社長~! お疲れさまです!」
ファンクラブの女たちが黄色い声をあげました。違う、わたくしが用があるのはあなたたちではない。
「能登原さんと一緒に飲みに行こうと思ったのですが……まだ体調すぐれませんか?」
わたくしは本心から心配な声音でこずえさんを見ました。
こずえさんは、心ここにあらずといった様子でした。ファンクラブの面々に囲まれて怯えているのか、顔が青ざめていました。ああ、可哀想に……。
「ごめんなさい、能登原さんは私たちと先約があって~」
お局さんといった感じの女性が猫なで声でそう言いました。わたくしはこの会社の人間はすべて記憶しております。もちろんこの方も存じております。名前は敢えて申し上げませんが、件のファンクラブの会長をしている者でした。弊社を創業したときから在籍している古株です。
「ああ、そうなんですね、残念です……では能登原さん、また明日お会いしましょう」
わたくしは一度引き下がったふりをして、手を振ってその場を去り、すぐに電話をかけました。
***
「――ターゲット、能登原こずえさんは特に何もされておりません。ただ話をしているだけのようです」
「そうですか」
わたくしは電話で会話をしておりました。
急遽探偵を雇い、こずえさんがファンクラブに連れ込まれた居酒屋に潜入させて、様子を監視させ、報告させていたのです。
客を装って会話が聞こえる位置に座った探偵は、逐一電話で様子を伝えてくださいます。
「どうも、藤井様との出会いのきっかけを根掘り葉掘り聞き出されているようですね。――今は、スマホを持ち寄って何か――能登原さんがゲームを教えているようです。マジック――なんだ? よく聞き取れないな……」
――『マジック&サマナーズ』をファンクラブにも教えているのか。
こずえさんが何をしたいのか、いまいちわたくしにはわかりませんでした。
探偵の報告内容を聞くに、ファンクラブに脅されている、という様子でもなさそうでした。
カードゲーム仲間が増えるのはいいですが、どうせわたくしと話を合わせて媚を売りたい女が増えるだけでしょうに。
しかし、探偵の盗聴した内容を聞いて、わたくしは真相を知りました。
こずえさんがわたくしの手を離した理由。わたくしとこずえさんが付き合ってると噂を流されてわたくしに迷惑をかけたと思いこんでいること。わたくしを慕う女子社員の嫉妬に怯え、怖気づいたこと。そして、逃げてしまったこと。
ファンクラブの会長が思っていたよりも理性的でわたくしはほっと胸を撫で下ろしました。お局さんなどと思って申し訳ありませんでした。
「――とりあえず飲も飲も! 失恋酒だ~!」
「――能登原さんと社長の未来にカンパーイ!」
そんな大声が聞こえて、探偵の調査は終了しました。
「とりあえず、ターゲット、能登原こずえさんは無事に帰ったようです」
「そうですか、安心いたしました。急にご依頼したのにありがとうございました。報酬は弾ませていただきます」
わたくしはすぐに探偵事務所の口座に高額の報酬を奮発して振り込んだのでした。
〈続く〉
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