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幕間劇

第23話 アイドル替え玉大作戦

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「アイドルの替え玉をやってほしい、ですか?」
店長――天馬百合はキョトンとした顔で目の前の男を見た。
「はい、申し遅れましたが、わたくしアイドルのマネージャーをしておりまして」
痩せ型の細長い印象の、スーツ姿の男は名刺を取り出し、店長にうやうやしく差し出す。
「〇〇プロダクション、大東亜だいとうああや専属マネージャー……ですか」
「大東亜綾?」
俺は首をかしげる。そんな変わった名前なら忘れるはずもないと思うのだが、聞き覚えがない。
「まだ売出し中の駆け出しアイドルですから、知名度はそんなものかもしれませんね」
マネージャーは申し訳無さそうに笑う。
「しかし、その……どうして神社にそんな依頼を?」
どうも今回は妖怪とか関係なさそうだし、神社の巫女にアイドルの替え玉の依頼なんて違和感バリバリである。
「こちらが、うちの綾の写真です」
マネージャーが胸ポケットから取り出したのは、アイドルにつきもののブロマイド写真。
そこに写っているのは――
「て、店長!?」
「ホントだ、お姉ちゃんそっくり!」
俺と鈴は写真を覗き込んで驚愕する。
ドッペルゲンガーじゃないかと思うくらい酷似しているのだ。
「実は『モンスターサーカス』のボーカルの方から『綾ちゃんによく似てる子知ってるよ~』とご紹介いただきまして、こうして伺った次第でございます」
「イービルか……」
店長は苦い顔をする。イービルが絡むと、たいていろくなことがない。
「今回の合同ライブはモンスターサーカスさんとも共演することになっておりまして。しかし、綾がその……インフルエンザにかかってしまって、ライブにはとても出られません。せっかく大きな仕事が入ったのに、これを棒に振ってしまうのはいささかもったいない。そこでイービルさんに相談に乗っていただいたのです」
「つまり、イービルと一緒に歌え、と……」
店長はあからさまに嫌そうな顔をする。マネージャーは不思議そうに見ていた。それもそのはずで、モンスターサーカスは女性に人気のバンドである。全員が魔界出身という設定――実際魔界から来ているのだが――で、モンスターとサーカスを融合したコスプレをしている。ハロウィンなんかには必ず毎年CDを出している超売れっ子バンドだと聞く。……俺達は普段のイービルを見てるからとても信じられないけど。
「依頼料は、少ないですがこのくらいの予算で……」
マネージャーが小切手を出した途端、店長は食いつくように値段を見ていた。
「喜んでお引き受けいたしましょう!」
店長は小切手が取り上げられるのを恐れるかのように素早く懐にしまい、マネージャーと固く握手を交わす。
「いや~、やっぱり芸能界って儲かるんだな」
店長は上機嫌で小切手にキスをする。
「いいんすか、店長。イービルもいるのにそんな簡単に引き受けちゃって」
「なぁに、ライブ会場ってことは人の目もあるんだ、あいつもそうそう奇行には走らないだろう」
「だといいですけど……」
俺はやれやれとため息をつく。店長はお金稼ぎも好きだがお金を浪費するのも好きである。「金は天下の回りもの、経済を回さなければな」との談であるが、財産の神様がそれでいいんだろうか。
「それでは私は一人カラオケに行ってくる。喉を温めておかなければな」
店長はそう言って私服で出かけていったのだった。

ライブ当日。
大東亜綾は思っていたよりも大きなステージで歌うことになっていたらしく、広い会場は超満員である。モンスターサーカスの影響が強いのだろう。新人アイドルがこんなステージに立っていたら、緊張で声も出なくなっていたかもしれない。そう考えると、彼女は休んでいたほうが幸せだったのかもしれなかった。
「へえ、アイドルって言うからフリフリの衣装着るのかと思ってたけど、思ってたよりは落ち着いた印象ですね」
俺は感心したような声を上げる。いや、店長がフリフリの衣装着たら絶対面白かったとか思ってないよ。思ってない。
雪の女王をイメージしたような空色のロングドレスに、首周りと裾に豪華なファーがついている。アイドルと言うよりも往年のベテラン歌手のような風格のある衣装だった。
そして、その衣装を身にまとった店長の美しいこと。普段後ろで一本にまとめられている烏の濡れ羽色の艶髪が下ろされ、さらさらストレートのロングヘアーになっているのがまた新鮮である。
「大東亜さん、そろそろ舞台袖でスタンバイお願いしまーす」
スタッフが楽屋のドアを開けて一言そう言った。
「では、まいろうか」
「店長、お気をつけて」
「今の私は、大東亜綾だ」
すっかりなりきっているらしい。
俺と鈴は楽屋に待機して、設置されたテレビからステージの様子を見る。
ステージでは、モンスターサーカスが激しいロック曲を歌っていた。
「ほう、イービルのやつ、歌は意外と上手いじゃないか」
舞台袖で聞いていた店長もそう感心したほどだとあとから聞いた。
女性ファンのキャーという金切り声のような歓声にも負けないほどの、大きく力強い声。
普段のファッションセンスマイナスの優男からは想像もつかない。
ジャン! とギターを勢いよく掻き鳴らしてステージを終えたあとも、歓声は止まない。
並みの歌手なら、このあと自分が歌うことを想像しただけで身がすくむことだろう。
しかし、テレビ画面の中の店長は、イントロと同時に堂々と、ゆっくりと女王のように歩いてステージに立つ。
イントロは静かで、モンスターサーカスの熱狂がしん……と静まり返った。
そうして、店長はマイクを構え、口を開く。
そのあとのことはよく覚えていない。
弁財天。音楽の神様。
俺たちはその意味を正しく理解していなかったのかもしれない。
要約すると、店長が何を歌っても心が震えて涙が止まらなくなるのだ。
店長――大東亜綾になりきったその女は、バラードを歌い、ジャズを歌い、明るいはずのアイドルソングまで熱唱した。
しかし、観客はアイドルソングの段階でもポロポロと涙が落ちてしまう。
観客席では、感動のあまり失神した者まで出たという。
もちろん、楽屋のテレビ越しの俺も鈴も泣いていた。
「お姉ちゃん、いつも私を誘わずに一人でカラオケに行く理由がわかった気がする……」
鈴はのちにそう語ったのだった。
もちろんライブは大成功。
モンスターサーカスのファンまで満足して帰っていったという。

しかし後日。
「あのあと、綾の歌が『あの時みたいに感動しない』と不評になっていて……」
大東亜綾のマネージャーはハンカチで汗を拭いていた。
「あと以前雑誌にすっぱ抜かれたイービルさんと一緒にいた女性が綾ではないかという噂がたってまして……」
その雑誌とは、以前店長とイービルが不本意ながらデートしたときにスクープされたものである。
繰り返すが、大東亜綾と店長は双子かと思うほどそっくりである。写真に写った女性の顔が見えてしまっている以上、言い訳ができない。
「ご愁傷様です……なんかすみません……」
店長は珍しく、心の底から申し訳無さそうだった。
やはりイービルが絡むとろくなことがない。
店長の歌声は、ひとりの歌手を破滅へといざなう滅びの歌だったのかもしれない、と俺は思うのであった。

〈続く〉
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