9 / 12
第9話 ヤンデレな後輩と喧嘩した件
しおりを挟む
私――茜時子と後輩の九段坂真墨は、頻繁にデートと称して一緒に出掛けることが多くなった。ラーメンの食べ歩きや私が前々から行こうと思っていた場所に九段坂を連れ回すのは楽しい。しかし会社が休みの日まで先輩に付き合わされるのは迷惑ではなかろうか、と思っていたのだが、彼は「そんなことありません! 先輩と仕事関係なく一緒にいられるの嬉しいです!」と忠犬の如き態度であった。
そんな、とある休日のこと。今回は九段坂に誘われ、街を歩いていく。九段坂はすっかり私と手を繋ぐのに慣れたようで、散歩にはしゃぐ犬のように私の手をグイグイと引っ張っていく。
「ところでどこに向かってるんだい?」
「秘密です。サプライズにしたいので」
ニコニコと笑いながら、九段坂は私をビル街へと導いていく。とあるビルの入口前で立ち止まったので、そのビルを見上げた時、私の第六感が告げた。
ここに入ってはいけない、と。
なにか得体の知れない嫌な予感があった。多分、ビルの窓が目張りしてあって、昼間なのに窓が真っ黒だったからだ。
「……あの、九段坂くん……」
「どうしたんですか、先輩? 早く入りましょう」
ドクドクと、自分の脈が速くなっていくのが感じられたが、九段坂は楽しそうに笑っている。その笑顔を曇らせるのもなんだか悪い気がしたので、私は否応なしにビルの中へ入ったのだった。
「ううぅぅぅぅぅぅううう」
「せ、先輩、立ってください……。後ろつかえちゃいますから……ね?」
九段坂は、しゃがみ込んで唸る私を必死で宥めすかしている。
嫌な予感は的中した。最近流行りの、街中に期間限定で登場した――お化け屋敷だ。
ビルの一角を間借りしてお化け屋敷に仕立てあげているアレだ。窓が目張りされている時点で気付くべきだったのだ。
ここまで読めばわかると思うが、私はホラーが大の苦手である。お化けとかゾンビとか本当にダメ。なので、しゃがみこんで動けなくなっている。せめて遊園地みたいに乗り物に乗って自動的にゴールまで行ければいいのだが。いやお化け屋敷の時点で全然良くないが。
しかし、いつまでもうずくまってはいられなかった。痺れを切らしたらしいお化け屋敷のスタッフが、私たちの後ろからゾンビを送り込んで急かそうとしてくる。
「にぎゃああぁぁぁぁあ!!!!!」
私は無様に泣き叫んでしまう。しかし、恐怖のあまり身体が動かない。ゾンビも客に触ってはいけない決まりがあるので、ウーウー唸ったまま動かない。私を急かそうとした結果、却って身動きが取れなくなっていた。
「もうやだ殺せ!!!ここで死ぬ!!!!!」
「先輩!?」
私は恐怖で錯乱し、床に大の字で寝転がってしまう。九段坂はオロオロしていたが、やがて意を決して、
「――先輩、失礼します!」
バッと私の身体を抱き上げて、そのまま走り出す。いわゆるお姫様抱っこの形になってしまったのだが、私はそれどころではなかったので気付かなかった。
九段坂に運ばれ、やっとのことでゴールした私たちを、スタッフが「お疲れ様でした!」と温かく迎える。私をゴールさせるために苦労したはずなのに、彼らは笑顔であった。
「うう……もういやだ……」
「先輩、終わりましたよ」
九段坂は優しい微笑みでハンカチを差し出す。私は涙でベシャベシャになった顔を拭いた。
「はぁ……それにしても怖がってる先輩すっごく可愛かった……サプライズで連れてきた甲斐があった……」
「…………」
私はその言葉を聞いた瞬間、体温が下がる心地がした。怒りというより殺意に近い。口より先に手が出ていた。
私に平手打ちされた九段坂は大袈裟なほど壁際まで吹っ飛んだ。
「せ、先輩……?」
九段坂は叩かれた頬を押さえて、何が起こったのか分からないという顔をしていた。
「九段坂くんの馬鹿! 嫌いだ!」
「先輩!?」
私はそのまま駆け足でビルを出ていった。九段坂は追いかけてこなかった。
そんな感じで、九段坂と喧嘩――というか、私が一方的に激怒したのである。
家に帰ってから、九段坂のハンカチを握りしめたままだったことに気付き、返さなければいけないわけだが、どうしよう……と悩んだまま、とりあえず洗濯した。
そんな散々な休日であった。
〈続く〉
そんな、とある休日のこと。今回は九段坂に誘われ、街を歩いていく。九段坂はすっかり私と手を繋ぐのに慣れたようで、散歩にはしゃぐ犬のように私の手をグイグイと引っ張っていく。
「ところでどこに向かってるんだい?」
「秘密です。サプライズにしたいので」
ニコニコと笑いながら、九段坂は私をビル街へと導いていく。とあるビルの入口前で立ち止まったので、そのビルを見上げた時、私の第六感が告げた。
ここに入ってはいけない、と。
なにか得体の知れない嫌な予感があった。多分、ビルの窓が目張りしてあって、昼間なのに窓が真っ黒だったからだ。
「……あの、九段坂くん……」
「どうしたんですか、先輩? 早く入りましょう」
ドクドクと、自分の脈が速くなっていくのが感じられたが、九段坂は楽しそうに笑っている。その笑顔を曇らせるのもなんだか悪い気がしたので、私は否応なしにビルの中へ入ったのだった。
「ううぅぅぅぅぅぅううう」
「せ、先輩、立ってください……。後ろつかえちゃいますから……ね?」
九段坂は、しゃがみ込んで唸る私を必死で宥めすかしている。
嫌な予感は的中した。最近流行りの、街中に期間限定で登場した――お化け屋敷だ。
ビルの一角を間借りしてお化け屋敷に仕立てあげているアレだ。窓が目張りされている時点で気付くべきだったのだ。
ここまで読めばわかると思うが、私はホラーが大の苦手である。お化けとかゾンビとか本当にダメ。なので、しゃがみこんで動けなくなっている。せめて遊園地みたいに乗り物に乗って自動的にゴールまで行ければいいのだが。いやお化け屋敷の時点で全然良くないが。
しかし、いつまでもうずくまってはいられなかった。痺れを切らしたらしいお化け屋敷のスタッフが、私たちの後ろからゾンビを送り込んで急かそうとしてくる。
「にぎゃああぁぁぁぁあ!!!!!」
私は無様に泣き叫んでしまう。しかし、恐怖のあまり身体が動かない。ゾンビも客に触ってはいけない決まりがあるので、ウーウー唸ったまま動かない。私を急かそうとした結果、却って身動きが取れなくなっていた。
「もうやだ殺せ!!!ここで死ぬ!!!!!」
「先輩!?」
私は恐怖で錯乱し、床に大の字で寝転がってしまう。九段坂はオロオロしていたが、やがて意を決して、
「――先輩、失礼します!」
バッと私の身体を抱き上げて、そのまま走り出す。いわゆるお姫様抱っこの形になってしまったのだが、私はそれどころではなかったので気付かなかった。
九段坂に運ばれ、やっとのことでゴールした私たちを、スタッフが「お疲れ様でした!」と温かく迎える。私をゴールさせるために苦労したはずなのに、彼らは笑顔であった。
「うう……もういやだ……」
「先輩、終わりましたよ」
九段坂は優しい微笑みでハンカチを差し出す。私は涙でベシャベシャになった顔を拭いた。
「はぁ……それにしても怖がってる先輩すっごく可愛かった……サプライズで連れてきた甲斐があった……」
「…………」
私はその言葉を聞いた瞬間、体温が下がる心地がした。怒りというより殺意に近い。口より先に手が出ていた。
私に平手打ちされた九段坂は大袈裟なほど壁際まで吹っ飛んだ。
「せ、先輩……?」
九段坂は叩かれた頬を押さえて、何が起こったのか分からないという顔をしていた。
「九段坂くんの馬鹿! 嫌いだ!」
「先輩!?」
私はそのまま駆け足でビルを出ていった。九段坂は追いかけてこなかった。
そんな感じで、九段坂と喧嘩――というか、私が一方的に激怒したのである。
家に帰ってから、九段坂のハンカチを握りしめたままだったことに気付き、返さなければいけないわけだが、どうしよう……と悩んだまま、とりあえず洗濯した。
そんな散々な休日であった。
〈続く〉
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
Fly high 〜勘違いから始まる恋〜
吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。
ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。
奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。
なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。


【完結】こんにちは、君のストーカーです
堀川ぼり
恋愛
数ヶ月前から届く差出人不明の手紙をひそかに心待ちにしている中小企業の事務員、坂北あかり。
たとえストーカーからの手紙だとしても、初めて寄せられた好意を無下にできずにいたある日。郵便受けに手紙を入れようとする怪しい男とバッタリ鉢合わせてしまう。
怖がるあかりを必死に宥めるその男、よく見れば、もしかして、大好きなアイドル斎賀紀広(さいがきひろ)なのでは──?
「ずっと手紙だけで我慢してたけど、こんなにガード緩いと流石に心配なる。恋人って形でそばにいてよ」
虎視眈々と溺愛してくる推し兼(元)ストーカーに流されて絆されるお話。
社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"
桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる