ヤンデレな後輩社員に懐かれてしまった件

永久保セツナ

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第9話 ヤンデレな後輩と喧嘩した件

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 私――茜時子と後輩の九段坂真墨は、頻繁にデートと称して一緒に出掛けることが多くなった。ラーメンの食べ歩きや私が前々から行こうと思っていた場所に九段坂を連れ回すのは楽しい。しかし会社が休みの日まで先輩に付き合わされるのは迷惑ではなかろうか、と思っていたのだが、彼は「そんなことありません! 先輩と仕事関係なく一緒にいられるの嬉しいです!」と忠犬の如き態度であった。
 そんな、とある休日のこと。今回は九段坂に誘われ、街を歩いていく。九段坂はすっかり私と手を繋ぐのに慣れたようで、散歩にはしゃぐ犬のように私の手をグイグイと引っ張っていく。
「ところでどこに向かってるんだい?」
「秘密です。サプライズにしたいので」
 ニコニコと笑いながら、九段坂は私をビル街へと導いていく。とあるビルの入口前で立ち止まったので、そのビルを見上げた時、私の第六感が告げた。
 ここに入ってはいけない、と。
 なにか得体の知れない嫌な予感があった。多分、ビルの窓が目張りしてあって、昼間なのに窓が真っ黒だったからだ。
「……あの、九段坂くん……」
「どうしたんですか、先輩? 早く入りましょう」
 ドクドクと、自分の脈が速くなっていくのが感じられたが、九段坂は楽しそうに笑っている。その笑顔を曇らせるのもなんだか悪い気がしたので、私は否応なしにビルの中へ入ったのだった。

「ううぅぅぅぅぅぅううう」
「せ、先輩、立ってください……。後ろつかえちゃいますから……ね?」
 九段坂は、しゃがみ込んで唸る私を必死で宥めすかしている。
 嫌な予感は的中した。最近流行りの、街中に期間限定で登場した――お化け屋敷だ。
 ビルの一角を間借りしてお化け屋敷に仕立てあげているアレだ。窓が目張りされている時点で気付くべきだったのだ。
 ここまで読めばわかると思うが、私はホラーが大の苦手である。お化けとかゾンビとか本当にダメ。なので、しゃがみこんで動けなくなっている。せめて遊園地みたいに乗り物に乗って自動的にゴールまで行ければいいのだが。いやお化け屋敷の時点で全然良くないが。
 しかし、いつまでもうずくまってはいられなかった。痺れを切らしたらしいお化け屋敷のスタッフが、私たちの後ろからゾンビを送り込んで急かそうとしてくる。
「にぎゃああぁぁぁぁあ!!!!!」
 私は無様に泣き叫んでしまう。しかし、恐怖のあまり身体が動かない。ゾンビも客に触ってはいけない決まりがあるので、ウーウー唸ったまま動かない。私を急かそうとした結果、却って身動きが取れなくなっていた。
「もうやだ殺せ!!!ここで死ぬ!!!!!」
「先輩!?」
 私は恐怖で錯乱し、床に大の字で寝転がってしまう。九段坂はオロオロしていたが、やがて意を決して、
「――先輩、失礼します!」
 バッと私の身体を抱き上げて、そのまま走り出す。いわゆるお姫様抱っこの形になってしまったのだが、私はそれどころではなかったので気付かなかった。
 九段坂に運ばれ、やっとのことでゴールした私たちを、スタッフが「お疲れ様でした!」と温かく迎える。私をゴールさせるために苦労したはずなのに、彼らは笑顔であった。
「うう……もういやだ……」
「先輩、終わりましたよ」
 九段坂は優しい微笑みでハンカチを差し出す。私は涙でベシャベシャになった顔を拭いた。
「はぁ……それにしても怖がってる先輩すっごく可愛かった……サプライズで連れてきた甲斐があった……」
「…………」
 私はその言葉を聞いた瞬間、体温が下がる心地がした。怒りというより殺意に近い。口より先に手が出ていた。
 私に平手打ちされた九段坂は大袈裟なほど壁際まで吹っ飛んだ。
「せ、先輩……?」
 九段坂は叩かれた頬を押さえて、何が起こったのか分からないという顔をしていた。
「九段坂くんの馬鹿! 嫌いだ!」
「先輩!?」
 私はそのまま駆け足でビルを出ていった。九段坂は追いかけてこなかった。
 そんな感じで、九段坂と喧嘩――というか、私が一方的に激怒したのである。
 家に帰ってから、九段坂のハンカチを握りしめたままだったことに気付き、返さなければいけないわけだが、どうしよう……と悩んだまま、とりあえず洗濯した。
 そんな散々な休日であった。

〈続く〉 
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