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第4話 ヤンデレな後輩と映画を見に行った件
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「茜先輩、映画見に行きませんか?」
私の後輩――九段坂がそう持ちかけてきたのは、いつものように仕事帰りに駅まで並んで歩いていたある日のことだ。
「俺の友達が映画のチケット取ったのはいいんですけど、彼女と別れたからもう行く予定がないって押し付けられちゃって」
そう言いながら、九段坂はチケットを二枚、ひらひらと揺らす。
「ふぅん、何の映画?」
九段坂に問うと、小説が原作の恋愛映画らしい。彼から一枚渡されたチケットのタイトルを読む。
「俺、この小説好きなんです」
「君、恋愛小説なんて読むのか」
「小説ならわりとなんでも読みますよ」
どうやら九段坂は読書が趣味らしい。
今度、オススメの本でも教えてもらおうかな。
と九段坂に言うと、彼は顔を紅潮させて喜んでいた。
「うん、九段坂くんが面白いと言うなら映画見てみようかな」
「本当ですか!?」
九段坂は友達から押し付けられたわりには、自分のことのように嬉しそうだ。
というわけで、私たちは日曜日に待ち合わせの約束をして、駅で別れた。
――日曜日。
私が待ち合わせ場所へ赴くと、九段坂は既に待っていた。
「待たせたかな」
「いえ、先輩のためなら十年でも二十年でも待ちます」
「いや、そこまで待たせないよ」
九段坂のジョークに思わず笑ってしまう。
「スーツじゃない茜先輩、なんか新鮮ですね」
「そうかい? そう言う九段坂くんも、私服そんな感じなんだな」
私は普段パンツスーツなのだが、今日はロングスカートである。
九段坂は水色のシャツに紺色のカーディガンを羽織っていて、色合いが爽やかだ。
「茜先輩とのデートなので、気合い入れて新しく買ってきました」
「わざわざ買ったのか」
というか、これデートだったのか。
でもまあ、女子校時代にも『デート』と称して女の子とよく買い物に出掛けたものだし、そういう感覚なのかな。
私はそう思ってスルーした。
「じゃあ……行きましょうか」
九段坂はそう言って、スルッと私の手を握る。指と指を絡められ、ガッチリとホールドされた。
「あ、あの、はぐれると困るので!」
「心配性だな、九段坂くんは」
はぐれたところで、映画館の場所はわかっているからそこで落ち合えばいい話なのだが。
私はなんだか微笑ましくなってしまった。
映画館に着いた私たちは、コーラとポップコーンを買って、席に着いた。
映画が始まり、場内に闇が降りる。
スクリーンの中では高校生の男女が様々な人間関係を織り成しながら、だんだんと絆を深めていく。
……恋愛映画と聞いていたので覚悟はしていたが、ラブシーンが入るとどうしても反応に困ってしまう。こういうとき、どういう顔をしたらいいのだろうか。
と思っていると、不意に隣に座っている九段坂が私の手を触ってきた。手の甲を撫で、私の手の上から指を絡めてくる。九段坂のほうを見ると、彼は私の顔を見つめていた。スクリーンからの光が九段坂の顔を照らしている。彼はどこか愛おしそうな目を向けていた。
やがて映画が終わり、私たちは映画館に併設されているカフェに入った。
「面白かったですね、先輩!」
「君はちゃんと映画を見てたのか?」
笑顔の九段坂に私は少し呆れた目を向ける。
「君、さてはずっと私を見てただろう」
「あ、バレました?」
えへへ、と九段坂は照れくさそうな顔をする。
「俺の好きな小説が原作の映画、先輩にどうしても見てほしくて。先輩、どんな反応するかなって気になって、思わず観察しちゃいました」
「? 友達からチケットを押し付けられたのでは?」
「あ、えっと」
私が突っ込むと、九段坂は答えに窮してしまう。
「まあ、それはおいといて。暗闇の中で先輩と一緒にいたら、すごい興奮しちゃいました」
九段坂はうっとりした目を向けてくる。うーん、どうもよくわからん後輩だな。
「人がいるからまだ我慢できましたけど、二人きりだったらヤバかったな……」
「……? そうか」
九段坂の言っていることがよく分からないまま、とりあえず頷く。ヤバいってなんだろう。
「じゃ、映画も見たしそろそろ帰るか」
「えっ? もう帰っちゃうんですか?」
「? 休みとはいえ、九段坂くんだって忙しいだろう?」
私も家に帰って家事を片付けたいし、九段坂が一人暮らしかどうかは知らないが、色々やることはあるだろう。
「……俺、先輩ともう少し一緒にいたいな……」
九段坂は耳まで真っ赤になっていた。なんだろう、彼はすぐ顔が赤くなるな。
「九段坂くんがそうしたいならいいが、この後どうする?」
「そうですね……」
九段坂は思案を始めたのか、視線を宙に彷徨わせる。
「…………ホテル…………いやダメだ、まだ早すぎる。もう少し様子を見てから……」
「なんだ、ホテルに行きたいのか?」
「!? あっいえ、なんでもないです!」
「いいぞ、行きたいなら。私が行きたいホテルあるから、そこでいいなら行こう」
「ファッ!?」
私が了承すると、九段坂は目を剥いて更に赤くなる。頭に血が上りすぎて今にも倒れそうだが、大丈夫かコイツ。
「せっ、先輩! もっと自分を大事にしてくださいっ!」
「? 行かないのか?」
「…………い、いきましゅ……」
頭から煙が出そうな九段坂を連れて、私は店を出た。
――某ホテルの一階。
普段パーティー会場などに使われる場所だが、その日は特別にケーキバイキングが催されていた。
「先輩はそうやって……! 俺をぬか喜びさせる……!」
「ケーキ食べないのか、九段坂くん」
「食べます! 美味しいです!」
何故か悔しそうな顔をしながら、九段坂はバクバクとケーキを頬張っていた。
〈続く〉
私の後輩――九段坂がそう持ちかけてきたのは、いつものように仕事帰りに駅まで並んで歩いていたある日のことだ。
「俺の友達が映画のチケット取ったのはいいんですけど、彼女と別れたからもう行く予定がないって押し付けられちゃって」
そう言いながら、九段坂はチケットを二枚、ひらひらと揺らす。
「ふぅん、何の映画?」
九段坂に問うと、小説が原作の恋愛映画らしい。彼から一枚渡されたチケットのタイトルを読む。
「俺、この小説好きなんです」
「君、恋愛小説なんて読むのか」
「小説ならわりとなんでも読みますよ」
どうやら九段坂は読書が趣味らしい。
今度、オススメの本でも教えてもらおうかな。
と九段坂に言うと、彼は顔を紅潮させて喜んでいた。
「うん、九段坂くんが面白いと言うなら映画見てみようかな」
「本当ですか!?」
九段坂は友達から押し付けられたわりには、自分のことのように嬉しそうだ。
というわけで、私たちは日曜日に待ち合わせの約束をして、駅で別れた。
――日曜日。
私が待ち合わせ場所へ赴くと、九段坂は既に待っていた。
「待たせたかな」
「いえ、先輩のためなら十年でも二十年でも待ちます」
「いや、そこまで待たせないよ」
九段坂のジョークに思わず笑ってしまう。
「スーツじゃない茜先輩、なんか新鮮ですね」
「そうかい? そう言う九段坂くんも、私服そんな感じなんだな」
私は普段パンツスーツなのだが、今日はロングスカートである。
九段坂は水色のシャツに紺色のカーディガンを羽織っていて、色合いが爽やかだ。
「茜先輩とのデートなので、気合い入れて新しく買ってきました」
「わざわざ買ったのか」
というか、これデートだったのか。
でもまあ、女子校時代にも『デート』と称して女の子とよく買い物に出掛けたものだし、そういう感覚なのかな。
私はそう思ってスルーした。
「じゃあ……行きましょうか」
九段坂はそう言って、スルッと私の手を握る。指と指を絡められ、ガッチリとホールドされた。
「あ、あの、はぐれると困るので!」
「心配性だな、九段坂くんは」
はぐれたところで、映画館の場所はわかっているからそこで落ち合えばいい話なのだが。
私はなんだか微笑ましくなってしまった。
映画館に着いた私たちは、コーラとポップコーンを買って、席に着いた。
映画が始まり、場内に闇が降りる。
スクリーンの中では高校生の男女が様々な人間関係を織り成しながら、だんだんと絆を深めていく。
……恋愛映画と聞いていたので覚悟はしていたが、ラブシーンが入るとどうしても反応に困ってしまう。こういうとき、どういう顔をしたらいいのだろうか。
と思っていると、不意に隣に座っている九段坂が私の手を触ってきた。手の甲を撫で、私の手の上から指を絡めてくる。九段坂のほうを見ると、彼は私の顔を見つめていた。スクリーンからの光が九段坂の顔を照らしている。彼はどこか愛おしそうな目を向けていた。
やがて映画が終わり、私たちは映画館に併設されているカフェに入った。
「面白かったですね、先輩!」
「君はちゃんと映画を見てたのか?」
笑顔の九段坂に私は少し呆れた目を向ける。
「君、さてはずっと私を見てただろう」
「あ、バレました?」
えへへ、と九段坂は照れくさそうな顔をする。
「俺の好きな小説が原作の映画、先輩にどうしても見てほしくて。先輩、どんな反応するかなって気になって、思わず観察しちゃいました」
「? 友達からチケットを押し付けられたのでは?」
「あ、えっと」
私が突っ込むと、九段坂は答えに窮してしまう。
「まあ、それはおいといて。暗闇の中で先輩と一緒にいたら、すごい興奮しちゃいました」
九段坂はうっとりした目を向けてくる。うーん、どうもよくわからん後輩だな。
「人がいるからまだ我慢できましたけど、二人きりだったらヤバかったな……」
「……? そうか」
九段坂の言っていることがよく分からないまま、とりあえず頷く。ヤバいってなんだろう。
「じゃ、映画も見たしそろそろ帰るか」
「えっ? もう帰っちゃうんですか?」
「? 休みとはいえ、九段坂くんだって忙しいだろう?」
私も家に帰って家事を片付けたいし、九段坂が一人暮らしかどうかは知らないが、色々やることはあるだろう。
「……俺、先輩ともう少し一緒にいたいな……」
九段坂は耳まで真っ赤になっていた。なんだろう、彼はすぐ顔が赤くなるな。
「九段坂くんがそうしたいならいいが、この後どうする?」
「そうですね……」
九段坂は思案を始めたのか、視線を宙に彷徨わせる。
「…………ホテル…………いやダメだ、まだ早すぎる。もう少し様子を見てから……」
「なんだ、ホテルに行きたいのか?」
「!? あっいえ、なんでもないです!」
「いいぞ、行きたいなら。私が行きたいホテルあるから、そこでいいなら行こう」
「ファッ!?」
私が了承すると、九段坂は目を剥いて更に赤くなる。頭に血が上りすぎて今にも倒れそうだが、大丈夫かコイツ。
「せっ、先輩! もっと自分を大事にしてくださいっ!」
「? 行かないのか?」
「…………い、いきましゅ……」
頭から煙が出そうな九段坂を連れて、私は店を出た。
――某ホテルの一階。
普段パーティー会場などに使われる場所だが、その日は特別にケーキバイキングが催されていた。
「先輩はそうやって……! 俺をぬか喜びさせる……!」
「ケーキ食べないのか、九段坂くん」
「食べます! 美味しいです!」
何故か悔しそうな顔をしながら、九段坂はバクバクとケーキを頬張っていた。
〈続く〉
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