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第1話 ヤンデレな後輩社員に懐かれてしまった件
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悲劇は新入社員歓迎会で起こった。
酒を飲みすぎた新入社員の一人が、その場で嘔吐してしまったのだ。
女子社員の「汚い」という悲鳴と、それを聞いて涙目になる嘔吐した後輩。歓迎会は騒然としたパニックになった。
私はすかさず吐いた後輩を連れてトイレに向かう。男子トイレだが、つべこべ言っていられない。
「落ち着いて。大丈夫だ」
後輩の背中を擦りながら、胃の中の物を全部吐き出させる。
「す、すいませ……うぷっ」
後輩は目に涙を浮かべながら、便器に吐瀉物をぶちまける。
「部長に無理に飲まされたんだろう? まったくあの人はアルハラという言葉を知らないらしい」
私はため息をつきながら、あの部長どうしてやろうかと画策する。
しばらくして胃も落ち着いたらしい後輩は、青ざめた顔をしていた。
「ごっ、ごめんなさい茜先輩……! 先輩の手も服も汚しちゃって……」
言われてみれば、介抱の際、吐瀉物が手や服についてしまったようだ。吐き気を催す酸っぱい匂いがする。
「気にするな、手や服なんぞ洗えば済む」
私は後輩が気に病まないように、わざとあっけらかんとした口調で済ます。
「それより、ここで少し休んでいきなさい。水を貰ってくる」
私は男子トイレの手洗い場で手を洗って、居酒屋の店員に水を貰いに向かった。
――以上が、私――茜時子が、後輩――九段坂真墨に懐かれるようになった経緯である。
「先輩、おはようございます!」
今日も朝から元気な声がする。
振り返れば思った通り、九段坂がニコニコ笑っている。
「おはよう、九段坂くん。今日も元気そうでなにより」
「はい! 茜先輩に会える日はいつでも元気です!」
「そうか」
真っ直ぐな好意を感じる。少々ストレートすぎる気味はあるが。
九段坂は私の直属の部下になり、私と一緒に仕事が出来ることが嬉しそうだった。まあやる気があるならなによりだ。
「……九段坂くん、またネクタイピンの位置がおかしいぞ。こんな上につけてたら、ネクタイが留まらないだろう」
私は九段坂のネクタイを掴んで、ネクタイピンを直す。九段坂は「あっ」と声を上げた。
「あの、ネクタイピン、直さなくていいですから……」
「私が気になるんだよ」
「こんな下につけたら、先輩の顔撮れなくなっちゃう……」
「今度からカメラ付きのボールペンにしたらどうだ? 私を撮りたいにしても不自然すぎるだろう」
「あ、そっか、胸ポケットに入れればいいですもんね。それにしても、先輩にネクタイ直してもらうなんて、ふ、夫婦みたいですね……」
「寝言は寝て言え。ほら、早くしないと遅刻するぞ」
「はぁい」
私と九段坂の会話に、周りがザワつく。やはり会社の前でネクタイを直すのはそういう仲だと見られてしまうだろうか。気をつけよう。
私と九段坂は、あくまで先輩と後輩である。それ以上でも以下でもない。
〈続く〉
酒を飲みすぎた新入社員の一人が、その場で嘔吐してしまったのだ。
女子社員の「汚い」という悲鳴と、それを聞いて涙目になる嘔吐した後輩。歓迎会は騒然としたパニックになった。
私はすかさず吐いた後輩を連れてトイレに向かう。男子トイレだが、つべこべ言っていられない。
「落ち着いて。大丈夫だ」
後輩の背中を擦りながら、胃の中の物を全部吐き出させる。
「す、すいませ……うぷっ」
後輩は目に涙を浮かべながら、便器に吐瀉物をぶちまける。
「部長に無理に飲まされたんだろう? まったくあの人はアルハラという言葉を知らないらしい」
私はため息をつきながら、あの部長どうしてやろうかと画策する。
しばらくして胃も落ち着いたらしい後輩は、青ざめた顔をしていた。
「ごっ、ごめんなさい茜先輩……! 先輩の手も服も汚しちゃって……」
言われてみれば、介抱の際、吐瀉物が手や服についてしまったようだ。吐き気を催す酸っぱい匂いがする。
「気にするな、手や服なんぞ洗えば済む」
私は後輩が気に病まないように、わざとあっけらかんとした口調で済ます。
「それより、ここで少し休んでいきなさい。水を貰ってくる」
私は男子トイレの手洗い場で手を洗って、居酒屋の店員に水を貰いに向かった。
――以上が、私――茜時子が、後輩――九段坂真墨に懐かれるようになった経緯である。
「先輩、おはようございます!」
今日も朝から元気な声がする。
振り返れば思った通り、九段坂がニコニコ笑っている。
「おはよう、九段坂くん。今日も元気そうでなにより」
「はい! 茜先輩に会える日はいつでも元気です!」
「そうか」
真っ直ぐな好意を感じる。少々ストレートすぎる気味はあるが。
九段坂は私の直属の部下になり、私と一緒に仕事が出来ることが嬉しそうだった。まあやる気があるならなによりだ。
「……九段坂くん、またネクタイピンの位置がおかしいぞ。こんな上につけてたら、ネクタイが留まらないだろう」
私は九段坂のネクタイを掴んで、ネクタイピンを直す。九段坂は「あっ」と声を上げた。
「あの、ネクタイピン、直さなくていいですから……」
「私が気になるんだよ」
「こんな下につけたら、先輩の顔撮れなくなっちゃう……」
「今度からカメラ付きのボールペンにしたらどうだ? 私を撮りたいにしても不自然すぎるだろう」
「あ、そっか、胸ポケットに入れればいいですもんね。それにしても、先輩にネクタイ直してもらうなんて、ふ、夫婦みたいですね……」
「寝言は寝て言え。ほら、早くしないと遅刻するぞ」
「はぁい」
私と九段坂の会話に、周りがザワつく。やはり会社の前でネクタイを直すのはそういう仲だと見られてしまうだろうか。気をつけよう。
私と九段坂は、あくまで先輩と後輩である。それ以上でも以下でもない。
〈続く〉
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