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第2話 吸血鬼ハンターと人狼
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吸血令嬢、マーカラ・フォン・ブラッドルージュの暮らす古城に、夜が来る。
夜が来るとどうなるか?
マーカラの首を狙うヴァンパイアハンターたちが城に押し寄せるのである。
「吸血鬼め、覚悟しろ!」
「500万マエンは俺のものだァ!」
ハンターたちは血走った目でマーカラに迫る。
彼らにとってはマーカラが無害な吸血鬼であろうと関係ない。高額の懸賞金に釣られ、カネに目がくらんでいるのだ。
しかし、それにも関わらず、マーカラは実に楽しそうであった。
「うふふ、またお客様が遊びに来てくれたわ! 今夜はどんなおもてなしをしようかしら!」
何しろ、彼女の身体能力は人間のそれを遥かに超える。
銀の弾丸を踊るように躱し、聖水の入った小瓶を投げつけられればそれをキャッチし、十字架やニンニクにも怯えることがない。ヴァンパイアハンターも手を焼き、お手上げになるほどのじゃじゃ馬娘なのである。
そうしてヴァンパイアハンターをひとりずつ捕らえては、メイド長を始めとした他の従者たちの手によって装備品を没収され、城の外へと放り出される。マーカラは「決してお客様を傷つけるな」と命令していた。
レオスはそんな女主人を観察していた。
決して相手を傷つけないが自分も傷つかない優美な身のこなしは思わず見とれてしまうほどである。自らがヴァンパイアハンターである使命を忘れてしまいそうだ。
メイド長のアリスが「これだけニンニクがあればしばらく食料には困るまい」と、ハンターたちから没収したニンニクの束を握りしめていた時は思わず笑ってしまった。恐らくはマーカラもそのニンニク料理を食べているから鼻が慣れているに違いない。
「最後のお客様は……あら、よく顔を見かける常連さんね」
そのヴァンパイアハンターの名はイゴス・ロゴスという男だった。ハンター仲間なので噂はよく知っている。命知らずで勇猛果敢な金の亡者だ。
「今日こそ、その素っ首いただくぞ、マーカラ!」
イゴスは手に持った太く丈夫な鎖を引っ張り、後ろに隠れていたものを自分の前に引きずり出す。
それは、普通の人間の青年……のようだった。その青年は両手首と両足に枷をはめられて、囚人のように生気のない虚ろな目をしている。マーカラはサッと顔を曇らせた。
「お客様とはいえ、これはいただけないわね」
「ンフフ、そうだろう? なにせ、お前の天敵と言える存在だからな」
イゴスの口が三日月のようにニンマリ笑う。
このボロボロになった雑巾のような青年がなぜマーカラの天敵などと言えるのか、レオスにもある程度予想はついていた。
「――なるほど、今夜は満月か」
レオスが呟くと同時に、鎖に繋がれた青年の口から牙が生え、ザワザワと硬い体毛が体を覆っていく。
「さあ、目の前の吸血鬼を殺すのだ、人狼よ!」
イゴスはパッと鎖から手を離し、距離をとって安全な場所に隠れてしまった。
人狼に吸血鬼を始末させて、自分は高みの見物と洒落込み、あとで相討ちした吸血鬼と人狼を回収するわけだ。なるほど賢くて計算高いやり口である。
完全に狼男となった青年は真っ直ぐにマーカラに突進してくる。人間に比べればずっと素早い。マーカラはその牙と爪を避けるだけで精一杯といった風だった。
「お嬢様をお守りしなければ!」
メイド長のアリスや従者たちはなんとか二人の間に介入しようとするが、彼らはマーカラの父から血を分けてもらった、いわば元人間であり、今も半分人間のような存在である。純粋な怪物の血を持った者たちとは渡り合えるほどの力がなく、中途半端に手出しもできない状態であった。
やがて狼男の鋭い爪がマーカラの頬をかすり、その白い肌に赤い血が伝っていく。吸血鬼の血も赤いのだ、と思った時、レオスは思わず懐に忍ばせた銀のナイフを人狼の背中に投げつけていた。
ナイフが背中に突き刺さり、狼男は痛みからか背中をそらして犬の鳴き声のような叫びを上げる。吸血鬼に限らず、怪物全般に銀でできた弾丸や刃物といった武器は有効である。
人狼が怯んだ隙をついて、マーカラが「はしたないけれど、ごめんあそばせ!」と足を蹴って転ばせる。
レオスは既に、イゴスの喉元に銀のナイフを突きつけていた。
「あの狼につけた枷の鍵を渡せ」
「おいおい……お前さん、ヴァンパイアハンターのレオスだろ? マーカラを退治するために城に潜入したんじゃなかったのか?」
イゴスの三日月形の口がヒクヒク痙攣のように動いている。レオスは正体を暴露されても動揺しなかった。
「な、なあ、レオス。今ならまだ引き返せる。俺と手を組まないか? このまま人狼にマーカラを殺させれば賞金が手に入るんだ。山分けしよう、な?」
「いいから鍵だ」
イゴスの喉に押し付けられたナイフは、血を滲ませ始めていた。
吸血鬼ハンターは諦めて、震える手でレオスに鍵を渡したのである。
レオスがマーカラに鍵を投げ渡し、それを受け取った女主人は狼男の手足の枷を外す。
枷を失った人狼は、ギロリとイゴスを睨みつけ……あとはご想像の通り。
イゴスはすっかり肝を潰して、狼男に追われながら古城から逃げ出したのである。
「お嬢様! お怪我の手当てをしなくては……!」
メイド長が真っ青な顔でマーカラに駆け寄った。
レオスが歩み寄ると、従者たちがキッと鋭い視線で睨みつける。
「レオス・ローズブレイド……! やはりお前はあちら側の人間だったのか!」
「今すぐに城を出ていけ!」
「それともこの場で殺してやろうか!」
口々に喚く従者たちを無視して、レオスは歩みを止めない。
マーカラの御前に跪くと、腕をまくり、ナイフで傷つけた。
腕からはマーカラと同じ、赤い血が滴る。
「吸血鬼は人の血を飲むと回復が早いと伺いました。どうぞ、わたくしの血を飲んでください」
マーカラは静かにレオスの顔と腕を交互に見やった。
「……よろしいの? 私はお前の正体を知っていて黙っていたのに」
「わたくしは面接の時に『人間に疲れた』と申しましたが、誓って真実でございます」
レオスは目を伏せる。
「最初はたしかに貴女様の命を狙っておりました。母の病気を治すために、治療代が必要だったのでございます。しかし、つい先程、母が息を引き取ったと伝書鳩が届きました。もう貴女様を無闇に傷つける必要がございません。今後は身も心も、貴女様にお仕えしたく存じます」
それにアリスが噛み付いた。
「そんな虫のいい話を信じられるとでも……!」
「いいのよ、アリス」
メイド長の言葉を遮ったのは、他の誰でもないマーカラだった。
そして、レオスの腕の傷口にそっと薔薇の花弁のような唇を押し当てて、血を啜る。
その官能的な光景に、レオスの喉が思わずゴクリと鳴った。
「吸血鬼は一度人の血を飲むとなかなか我慢がきかないのだけど、よろしくて?」
「はい……今後はわたくしの血だけを飲んでください」
こうして、レオスはマーカラの命令以外は聞かなくなり、のちに『狂犬執事』と呼ばれる男となるのだ。
〈続く〉
夜が来るとどうなるか?
マーカラの首を狙うヴァンパイアハンターたちが城に押し寄せるのである。
「吸血鬼め、覚悟しろ!」
「500万マエンは俺のものだァ!」
ハンターたちは血走った目でマーカラに迫る。
彼らにとってはマーカラが無害な吸血鬼であろうと関係ない。高額の懸賞金に釣られ、カネに目がくらんでいるのだ。
しかし、それにも関わらず、マーカラは実に楽しそうであった。
「うふふ、またお客様が遊びに来てくれたわ! 今夜はどんなおもてなしをしようかしら!」
何しろ、彼女の身体能力は人間のそれを遥かに超える。
銀の弾丸を踊るように躱し、聖水の入った小瓶を投げつけられればそれをキャッチし、十字架やニンニクにも怯えることがない。ヴァンパイアハンターも手を焼き、お手上げになるほどのじゃじゃ馬娘なのである。
そうしてヴァンパイアハンターをひとりずつ捕らえては、メイド長を始めとした他の従者たちの手によって装備品を没収され、城の外へと放り出される。マーカラは「決してお客様を傷つけるな」と命令していた。
レオスはそんな女主人を観察していた。
決して相手を傷つけないが自分も傷つかない優美な身のこなしは思わず見とれてしまうほどである。自らがヴァンパイアハンターである使命を忘れてしまいそうだ。
メイド長のアリスが「これだけニンニクがあればしばらく食料には困るまい」と、ハンターたちから没収したニンニクの束を握りしめていた時は思わず笑ってしまった。恐らくはマーカラもそのニンニク料理を食べているから鼻が慣れているに違いない。
「最後のお客様は……あら、よく顔を見かける常連さんね」
そのヴァンパイアハンターの名はイゴス・ロゴスという男だった。ハンター仲間なので噂はよく知っている。命知らずで勇猛果敢な金の亡者だ。
「今日こそ、その素っ首いただくぞ、マーカラ!」
イゴスは手に持った太く丈夫な鎖を引っ張り、後ろに隠れていたものを自分の前に引きずり出す。
それは、普通の人間の青年……のようだった。その青年は両手首と両足に枷をはめられて、囚人のように生気のない虚ろな目をしている。マーカラはサッと顔を曇らせた。
「お客様とはいえ、これはいただけないわね」
「ンフフ、そうだろう? なにせ、お前の天敵と言える存在だからな」
イゴスの口が三日月のようにニンマリ笑う。
このボロボロになった雑巾のような青年がなぜマーカラの天敵などと言えるのか、レオスにもある程度予想はついていた。
「――なるほど、今夜は満月か」
レオスが呟くと同時に、鎖に繋がれた青年の口から牙が生え、ザワザワと硬い体毛が体を覆っていく。
「さあ、目の前の吸血鬼を殺すのだ、人狼よ!」
イゴスはパッと鎖から手を離し、距離をとって安全な場所に隠れてしまった。
人狼に吸血鬼を始末させて、自分は高みの見物と洒落込み、あとで相討ちした吸血鬼と人狼を回収するわけだ。なるほど賢くて計算高いやり口である。
完全に狼男となった青年は真っ直ぐにマーカラに突進してくる。人間に比べればずっと素早い。マーカラはその牙と爪を避けるだけで精一杯といった風だった。
「お嬢様をお守りしなければ!」
メイド長のアリスや従者たちはなんとか二人の間に介入しようとするが、彼らはマーカラの父から血を分けてもらった、いわば元人間であり、今も半分人間のような存在である。純粋な怪物の血を持った者たちとは渡り合えるほどの力がなく、中途半端に手出しもできない状態であった。
やがて狼男の鋭い爪がマーカラの頬をかすり、その白い肌に赤い血が伝っていく。吸血鬼の血も赤いのだ、と思った時、レオスは思わず懐に忍ばせた銀のナイフを人狼の背中に投げつけていた。
ナイフが背中に突き刺さり、狼男は痛みからか背中をそらして犬の鳴き声のような叫びを上げる。吸血鬼に限らず、怪物全般に銀でできた弾丸や刃物といった武器は有効である。
人狼が怯んだ隙をついて、マーカラが「はしたないけれど、ごめんあそばせ!」と足を蹴って転ばせる。
レオスは既に、イゴスの喉元に銀のナイフを突きつけていた。
「あの狼につけた枷の鍵を渡せ」
「おいおい……お前さん、ヴァンパイアハンターのレオスだろ? マーカラを退治するために城に潜入したんじゃなかったのか?」
イゴスの三日月形の口がヒクヒク痙攣のように動いている。レオスは正体を暴露されても動揺しなかった。
「な、なあ、レオス。今ならまだ引き返せる。俺と手を組まないか? このまま人狼にマーカラを殺させれば賞金が手に入るんだ。山分けしよう、な?」
「いいから鍵だ」
イゴスの喉に押し付けられたナイフは、血を滲ませ始めていた。
吸血鬼ハンターは諦めて、震える手でレオスに鍵を渡したのである。
レオスがマーカラに鍵を投げ渡し、それを受け取った女主人は狼男の手足の枷を外す。
枷を失った人狼は、ギロリとイゴスを睨みつけ……あとはご想像の通り。
イゴスはすっかり肝を潰して、狼男に追われながら古城から逃げ出したのである。
「お嬢様! お怪我の手当てをしなくては……!」
メイド長が真っ青な顔でマーカラに駆け寄った。
レオスが歩み寄ると、従者たちがキッと鋭い視線で睨みつける。
「レオス・ローズブレイド……! やはりお前はあちら側の人間だったのか!」
「今すぐに城を出ていけ!」
「それともこの場で殺してやろうか!」
口々に喚く従者たちを無視して、レオスは歩みを止めない。
マーカラの御前に跪くと、腕をまくり、ナイフで傷つけた。
腕からはマーカラと同じ、赤い血が滴る。
「吸血鬼は人の血を飲むと回復が早いと伺いました。どうぞ、わたくしの血を飲んでください」
マーカラは静かにレオスの顔と腕を交互に見やった。
「……よろしいの? 私はお前の正体を知っていて黙っていたのに」
「わたくしは面接の時に『人間に疲れた』と申しましたが、誓って真実でございます」
レオスは目を伏せる。
「最初はたしかに貴女様の命を狙っておりました。母の病気を治すために、治療代が必要だったのでございます。しかし、つい先程、母が息を引き取ったと伝書鳩が届きました。もう貴女様を無闇に傷つける必要がございません。今後は身も心も、貴女様にお仕えしたく存じます」
それにアリスが噛み付いた。
「そんな虫のいい話を信じられるとでも……!」
「いいのよ、アリス」
メイド長の言葉を遮ったのは、他の誰でもないマーカラだった。
そして、レオスの腕の傷口にそっと薔薇の花弁のような唇を押し当てて、血を啜る。
その官能的な光景に、レオスの喉が思わずゴクリと鳴った。
「吸血鬼は一度人の血を飲むとなかなか我慢がきかないのだけど、よろしくて?」
「はい……今後はわたくしの血だけを飲んでください」
こうして、レオスはマーカラの命令以外は聞かなくなり、のちに『狂犬執事』と呼ばれる男となるのだ。
〈続く〉
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