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前編

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 俺は山下 道夫。まだ幼い頃に祖父が他界し、更に専門学校を卒業後社会人となりSEとして働き始めてすぐに事故で両親を亡くした。
 
 兄弟もおらず若くして天涯孤独となった俺だったが25歳のころ出会った山下 久美に惚れ俺から告白して付き合うこととなった。

 彼女に運命を感じた俺は一年間交際し無事結婚に至った。

 久美との間に女の子も一人授かり俺は幸せを噛み締めた。同時に思った――家族を大事にしたい特に子どもとの時間を大切にしたいと。
 
 その気持ちは若くして両親を亡くし天涯孤独となった俺だから強かったと言える。
 
 しかし妻となった久美は娘の物心がついた頃から外に出て働きたいと言ってきた。

 俺としては家にいてほしいという気持ちもあったが、今の時代女性の社会進出は当たり前だ。夫婦共働きだって珍しくもない。

 俺は久美の意思を尊重したかった。だから久美が働きにでることを理解し応援することにしたのだ。

 ただ、やはり子どもに寂しい思いはさせたくないという気持ちもあったのとかねてから考えていたこともあった為、思い切って俺は会社をやめて在宅ワークに切り替えることとした。

 こうすることで妻の久美が外に働きに出ていても俺が娘を見てやる事ができる。

 妻は最初こそ驚いていたが、俺の説明を聞き納得してくれた。

 こうして俺も娘とともに過ごせる時間が増え大万歳とそう思っていたのだが――問題が一つあったそれは……。

「やれやれあんたはまだ家に引きこもって自堕落なニート生活を続けているのかい」
「本当に恥ずかしい男だ。こんなのがうちの大事な娘の夫だなんてな。世間様に恥ずかしくて顔向け出来ないぞ」

 そう俺に文句を言ってきているのは久美の両親。俺にとっては義父母にあたる存在だ。

 それぞれ山下やました 玖月くずき山下やました 久住くずみだ。何だか似たような名前でややこしいが話によると似たような名前だからこそ惹かれ合ったらしい。
 
 個人的には名前じゃなくて性格が似たり寄ったリだから惹かれ合ったんじゃないかと思わなくもない。

 ちなみに俺と同じ山下姓なのは結婚の時に婿養子として迎え入れられることとなった為。

 俺は祖父母も両親も他界し天涯孤独の身だったからな。妻の勧めもあって婿入りした。

 しかし――見ての通り二人とも性格に難がある。正直最初はここまで露骨じゃなかったんだが孫が生まれた頃からまるで出来るものが出来たら用済みだと言わんばかりの態度で接してくるようになった上、俺が会社をやめて独立してからはよりそれが顕著になった。

「それよりお昼はどうしたんだい。さっさと作りなよ」
「突然来られてそんなことを言われても。俺も今日は仕事が立て込んでいてお昼は遅くするつもりだったんですよ?」
「黙れ何が仕事だ。引きこもりの寄生虫の分際で」

 そんなことを義父母にぎゃあぎゃあ言われる。俺はこれまで何度も在宅で仕事をしている事を伝えていたのだが、この二人は全く聞く耳を持たず罵詈雑言を浴びせてくる。

「わかりましたよ。時間もありませんし出前でもとりましょう」
「は? ふざけるな何が出前だ! クズニートの分際でその金がどこから出てると思うんだ!」

 いや普通に俺の財布からなんだが……。

「はぁ本当に久美が可哀想。こんな傲慢な駄目男に引っかかって。まして家のことすらまともに出来ないなんて」

 いつもこんな感じだから参ってしまう。念のため言っておくと俺は家のことは全てきちんとやってるつもりだ。

 在宅で仕事してるからと言い訳するつもりもない。ただやはりいろいろ大変だから現代のハイテクに頼ったことはあったんだがな……。

「さぁさっさと昼食を作りなさい!」
「わかりましたよ……」

 もうこんなことで言い合っていても無駄に時間を浪費するだけだ。仕方ないので俺はありあわせの材料で昼食を作ったわけだが。

「ちょっと何よこれ適当な物作ってるんじゃないわよ!」
「こんな犬の餌にも劣るものを私たちに食えと言うのか。これはもう虐待と一緒だぞ!」

 うどんと鶏肉とネギが冷蔵庫にあったからそれで昼食をつくったんだが何故か怒鳴られた。しかもこれが犬の餌って……こういっては何だが俺はそこそこ料理の腕には自信がある。

 妻も俺の料理を美味いと褒めてくれていたしそんな俺と結婚できるのが嬉しいとも言ってくれていた。

 ありあわせとは言え味にも抜かりはなかったはずなんだが……そんなことを考えていたらインターフォンが鳴った。

 何かと思ってとったら何か出前を運んできたという。

「えっと何かの間違いでは?」
「間違いじゃないよ。私たちが頼んだんだ」
「は? いやだって俺に作れって……」
「それで毒でも食わされたんじゃたまらんからな。案の定こんな残飯を喰わせやがって。頼んでおいて正解だった」

 ふつふつとこみ上げる怒りを何とか抑えた。こいつらの勝手なふるまいは今に始まったことじゃない。

「わかりました。代金は8500円だそうです」
 
 しかし言っては何だかが昼から一体何を頼んでるんだ。エンゲル係数ぶっ壊れてるんじゃないかこいつら。

「あんたが支払っておいて」
「は?」
「聞こえなかったのかお前が払えといったんだろう」
「いや勝手に頼んでおいてそれは……」
「最初に出前だと言ってたのはあんたでしょう! それにこれは私たちに毒を食わせようとした罰だよ!」

 本当に腹が立つ……そもそも最初にとろうとした出前だって俺も含めたってここまで値が張るものを頼むつもりなんてなかった。

 しかしいくら言っても自分から金を払うつもりはなさそうだった。

「こっちだってそこまで暮らしが楽なわけじゃないんです。立替という形にしておきますよ」
「ふん。貴様がクズニートだから家計が火の車なんだろう」
「本当に久美が可哀想。私たちの為に毎月20万円も生活費を振り込んでくれているのにこのダメ男と来たらたかが出前代でケチケチと」

 20万円? その金額に疑問を感じつつも結局俺がお金を支払った。受け取ったのは寿司だった。しかも高い方の。そしてわかっていたことだが俺の分はない。

「やはり出前だとイマイチね」
「本当に旦那の稼ぎが良ければ出前なんかじゃなくて昼から回ってない寿司を食べに行けただろうにこの甲斐性なしめ!」

 本当に散々な言われようだ。

「あの、ところで以前うちから持っていったお掃除ロボ。そろそろ返していただけませんか?」

 食事も終わり以前から気になっていたことを聞いた。少しでも負担を減らすために最新式のを購入したのだがいつのまにかこの義父母が持ち帰ってしまっていたのだ。

「だまれ! ロクに定職につきもしないゴミがあんな物に頼るなんて百年早い!」
「あぁいうのは私たちみたいに真面目にこつこつ働いてきた人間が活用してこそなのよ」

 俺は頭を抱えたくなった。実はそれ以外にも最新式の家電などを持っていかれているので返して欲しいが全く聞く耳を持ってくれない。

 その後も何かにつけて文句を言ってくる義父母を上手くスルーしながら掃除と洗濯も済ませる。

 しかしこいつら散々文句だけ言って家のことを手伝おうともしてこない。それどころか勝手に自宅から処分しきれないゴミを持ってきて放置し処分しろなどと仕事を増やす始末だ。

「ただいま」
「あらあら姫ちゃんおかえりなさい」
「あ、お祖父ちゃんお祖母ちゃん来てたんだね」
「勿論だ。姫、これを欲しがっていただろう?」
「わぁ~ありがとうお祖父ちゃんお祖母ちゃん大好き!」

 帰ってきたのは娘の姫だ。そんな姫に義父母が音楽プレイヤーを渡していたわけだが。

「姫。お前前にプレゼントしたプレイヤーがあるだろう?」
「うっさいわね。あんな旧式使いものにならないのよ。本当ゴミで無職のニートな上センスもないなんて最悪」
「うんうん。全くどうしようもないなあいつは」
「こんな可愛い孫にロクなプレゼントも贈れないなんて生きていて恥ずかしくないのかしら」
 
 いや、そのプレイヤーだって姫が欲しいと言っていたのを買ってきたんだが……。

「大体プレゼントのお金もお母さんから出てるんでしょ? それをさも自分が買ってあげたみたいに偉そうに」
「いやそれは違うぞ」
「黙れよ! 話しかけるなカス!」

 我が娘ながら口が悪いな……もっとも俺に対してだけで外ではいい子で通っているから学校での評判もいいようだ。

 来年は高校生だが成績もよくこのままいけば進学校にも入れそうなようだ。

 妻に似て美人だから男子から良く声を掛けられるって誇らしげに語っていたっけ。

 正直父としては微妙なところだが何よりここ数年の俺に対する態度は目に余るものがあった。

 義父母の影響もあるのだろうが娘もすっかり俺を無職なダメ人間認定している。

 在宅で仕事していると言っても嘘つくなや友だちの親は皆立派な仕事についているのにどうしてうちだけなど文句を言われっぱなしだしな――




「なぁ久美。お前からも両親と姫にしっかり説明してくれよ」
「え? 何が?」
「だから俺は無職じゃなくしっかり仕事しているってことをだよ」

 夜、久美が帰ってきてから義父母と娘にしっかり説明してくれと伝えた。こうずっと仕事していないと罵られるのはキツイ。

「私もね一応説明しているのよ。でもパパもママも最近のことには疎くて中々理解してくれないのよ」

 いや中々理解してくれないで済まされても困るんだが。

「せめて娘の誤解は解いてくれよ」
「あの子も反抗期なのよ。そのうち落ち着くから我慢して」

 結局妻の久美に相談してもこんなおざなりの対応で済まされてしまった。最近は帰りも遅いし疲れてるのはわかるがそれはお互い様なんだがな。

 それからも義父母の俺に対する暴言は続いた。これまでずっと我慢してきたがいい加減うんざりに思えそろそろ我慢の限界が近づいてきていた。そんなある日の事だった――
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