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2巻

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 第一章 転生忍者、大叔父と会う


 俺、ジン・エイガは転生者だ。
 前世ではもとという国で忍者にんじゃとして活動していた。そしてとある任務中、俺は命をして主人である姫様を守り、死んだ――はずだったが、何故か日ノ本とまったく異なる世界に転生することとなった。
 こっちの世界で、俺には家族ができた。寡黙かもくな父上と優しい母上に、俺を目のかたきにしている兄貴のロイスである。
 その兄貴はどうやら今度、魔法大会とやらに出るようだ。兄貴には俺と違って魔法の才能があるんだよな。絶対に大会で優勝してやる、とやる気満々だ。
 魔法大会はラブール・エイガ・タラゼド伯爵はくしゃくが治めるタラードの町で行われるのだが、このタラゼド伯爵は俺から見ると大叔父という続柄にあたる。
 そして今日、大叔父が我がにやってくると執事しつじのスワローから聞いた。突然手紙でしらせがあったようだ。時期的に考えて、魔法大会と何か関係あるのかもしれない。
 俺としては、大叔父とは正直あまり会いたくない。大叔父とは何度か会っていて、俺が生まれた時にも立ち会っていた。勿論もちろん、向こうはその時から俺に意識があるなんて知らなかっただろうけど。
 大叔父は魔力至上主義者だ。だから魔力が豊富な兄貴は可愛がっているが、魔力がゼロの俺のことはまるっきり毛嫌いしている。
 しかし、会いたくないという理由で無視できるような相手ではない。向こうは伯爵。爵位で見れば男爵の父より上なのだから、失礼のないように丁重ていちょうに迎えないといけない。
 ということで俺と兄貴、母上とスワローは現在、屋敷の外で大叔父の乗る馬車の到着を待っていた。
 なお、いつも俺と一緒にいる狼のマガミは、一旦屋敷のメイドに預けてある。こういう場で動物を連れるのは、作法的にあまり好ましくないらしい。
 兄貴は俺の隣で、今か今かとウズウズしながら馬車を待っている。兄貴は大叔父になついているのだ。
 しばらく待っていると、大叔父の乗った馬車がやってきて、屋敷の前に停まった。赤い車体に、金で縁取ふちどりされた豪奢ごうしゃな馬車だった。
 あとでスワローに聞いた話だが、車輪にはスライムという粘液状ねんえきじょうの生物を加工した素材が使用され、衝撃を吸収しやすくなっているそうだ。そういった加工された車輪は、庶民ではなかなか手が届かない代物しろものらしい。
 そのまま大叔父が降りてくるかと思ったが、まず運転手が降りて馬車の横にやってきた。そして扉を開け、くつを用意する。土足厳禁の馬車ってことか。まったく大したものだね。
 続いて馬車から現れ、靴をいてこちらに歩み寄ってくるのは、がっちり体型の男――大叔父だった。
 褐色かっしょくの肌で、肩幅が広い。角張った顔をしていて、髪は父上よりも赤くて癖が強かった。目つきはギラギラとしており、まるで猛獣のソレだ。
 大叔父は背中に着けている赤いマントをなびかせ、しっかりとした足取りで近づいてくる。詰め物入りのダブレットと呼ばれる衣服の内側には、くさり帷子かたびらでも着装しているのだろう。俺は耳がいいから、鎖がわずかにこすれる音が聞こえた。
 すると、兄貴が大叔父に駆け寄った。

「大叔父様! お久しぶりでございます」
「おお、ロイスか。ふむ、しばらく見ない間に随分ずいぶんと大きくなったな。顔つきも大人びてきている。それで、どうだ。魔法は扱えるようになったか?」
「は、はい! まだまだ練習中ではありますが、基本的な魔法なら一通りは。エイガ家の名にじないよう、毎日勉強も欠かしておりません!」
「うむ、そうかそうか。お前は生まれた時から魔力が高い。それだけ才能に恵まれているということだ。だが、おごることなく今後も精進しょうじんしろよ」
「はい! ご期待に添えるよう頑張ります!」

 やれやれ。
 兄貴との話を終え、大叔父が歩みを進める。そして、俺の横を通りがかった。
 まぁ、挨拶はしておかないといけないだろう。

「大叔父様、ようこそおいでくださいました――」
「ふん、なんだお前は? 私は貴様など知らんぞ?」

 ……まったく。そんな態度を取るのはわかってはいたけどさ。
 すると、スワローが近づいてきて大叔父に告げる。

「……タラゼド卿。今ご挨拶されたのはジン坊ちゃまでございます」
「ジン? あぁ、エイガ家始まって以来の落ちこぼれとされた、魔力なしの出来損ないか。はは、まだ生きていたとは大したもんだ」

 そう言って大叔父がこちらを見た。
 その視線からは、温度がまるで感じられない。俺にまったく興味がない……いや、それどころか忌々いまいましい害虫め、とでも思ってそうな、さげすんだ目だった。
 差別的な男だ。こいつの顔を見ていると、前世で忍者を「ねずみ」と軽蔑けいべつしていた大名を思い出す。
 父上は俺に対して無関心――最近はそうでもないが――だったけれど、大叔父はもっとひどい。すぐにでも俺をエイガ家から排除したいという気持ちが、表情に顕著けんちょに出ていた。
 スワローは言葉を続ける。

「タラゼド卿、ジン坊ちゃまも大変成長しております。剣の稽古けいこにも余念がなく、その腕は私も舌を巻くほどです」
「剣術など、エイガ家においてはなんの役にも立たぬ。魔法には期待できないからと、そんな道にすがる他ないとは、かえってあわれだな」
「……旦那様が中でお待ちです。どうぞこちらへ」
「ふん――」

 スワローに案内され、大叔父は屋敷の中に入っていった。
 スワローはこれ以上、俺と大叔父が一緒にいてはお互い不愉快になるだけと考えたのかもな。確かに実際その通りだ。
 勿論俺だって今は貴族の息子だから、できるだけ失礼にはならないよう振る舞うつもりではいる。どうせ二、三日もすればあいつは帰るのだし。

「大叔父様はよくわかっているな」

 スワローと大叔父がいなくなったあと、兄貴が得意満面に語りだした。

「お前はどれだけ頑張ったところで、魔力なしの落ちこぼれだ。ここ最近は剣術や猿回しで父様にアピールしているようだが、なんの意味もない。いくら取り入ろうとしても無駄なことだ」
「はは、やだな兄さん。僕はそんなことまったく考えていませんよ。エイガ家の将来をになうのは当然、魔力が高い兄さんなんですから」

 俺が取りつくろった口調で言うと、兄貴は面白くなさそうな顔をした。

「――お前のそういうところがムカつくんだよ。魔力もないくせに、余裕ぶってるその態度がな!」

 指を突きつけ、偉い形相ぎょうそうで文句を言ってくる。
 そして兄貴は、そのまま屋敷に戻っていった――


 ◇◆◇


【ロイス視点】

 大叔父様が我が家にやってきた。
 大叔父様の爵位は父様より上の伯爵。貴族の通例として、エイガの家名は中間名とし、後ろに伯爵としての家名であるタラゼドが続く。ゆえに、大叔父様のフルネームはラブール・エイガ・タラゼドとなる。
 大叔父様が伯爵位をたまわれたのは、魔法士としての才覚は勿論のこと、数多あまたの人脈を築き上げたのも大きい。エイガ家は多くの魔法士を輩出はいしゅつしてきた家系だが、大叔父様は人脈を活かして数々の魔法士を仲介することで諸侯の信頼を得ていったのだ。
 大叔父様によって大きな仕事にくこととなった魔法士は多い。また、魔法士の間でも大叔父様に認めていただくことがステータスになるという認識が広まっているのだとか。そういう意味では、将来立派な魔法士を目指す私にとっても大叔父様は大事な相手だ。
 大叔父様ならきっとわかってくれるはず。あの卑怯ひきょう愚弟ぐていと私、どちらがエイガ家にふさわしい人物かを!
 私は父様の部屋の前にやってきて、扉をノックした。そして返事を待たず、「失礼します」と一言述べて部屋に入る。

「なんだロイス? 今は叔父上と大事な話をしているのだぞ」

 父様がたしなめるように言ってきた。しかし、私にとっても大事なことだ。
 すると、大叔父様が父様を手で制止する。

「まぁよいではないか。ロイス、今丁度お前の話をしていたところだ。来年の魔法大会に出るつもりでいるようだな? 勿論その分の枠は確保しておこう。活躍を期待しているぞ」
「は、はい! 全身全霊で試合にのぞませていただきます!」

 大叔父様が私に期待していると言ってくれた。当然、魔法大会では優勝するつもりだ。大叔父様も私の勝利を信じて疑っていないことだろう。
 大叔父様は私の言葉を聞き、満足気にうなずく。

「ほう、随分と難しい言葉を知っているじゃないか。魔法だけではなく学もあるとは、これからが楽しみだな。将来は領主になるであろうが、腕のいい魔法士になるならばその前に色々と経験を積む必要がある。今後の成長次第では、この私がしっかり面倒を見てやるからな」
「はい! ありがたき幸せ!」

 やはり大叔父様は見る目がある。まぁ、あんな愚弟よりも私の方が優れているのだから当然か。

「……ロイス、話はそれだけか? それなら――」
「お待ちください! 実は弟のことで一つ、大叔父様のお耳に入れておきたいことがありまして」

 父様が話を打ち切ろうとしてきたので、私は語気を強めに本題に入らせてもらった。

「何? あの出来損ないがどうかしたのか?」

 弟と聞き、大叔父様が眉をひそめる。
 大叔父様は私と同じく、この世界は魔法が全てと考えておいでだ。魔法の腕にけた者こそが人の上に立つ資格があり、魔法を扱えないくずどもを導いてやることが、我々のような人間の使命だと教えてくれたのは大叔父様だ。その大叔父様ならきっとわかってくれる。
 父様は、大叔父様の発言に何故かけわしい表情を見せている。父様だってあんな愚弟、家にいない方がいいとわかっているくせに。

「はい。実はあの愚弟が町の危機を救ったなどというでたらめなうわさが広まっていて――」
「ロイス! その話は昨日結論が出たばかりであろう!」
「ヒッ!」

 父様に怒鳴られ、思わず情けない声が出た。肩も震えた。
 父様、どうして? 今までも不機嫌になった時はあったけど、そんな大声を上げるようなことはなかった。
 勿論、悪いのが自分だというのなら反省もする。だけど、愚弟の件に関して言えば私は何も悪くなんかない。おかしいのは父様の方だ。あんな奴が、あんな奴が……

「――サザン、どうした? そのように血相など変えて。別に怒鳴らずともよいであろう。それにその話は私も興味がある」
「いえ叔父上。これは家族の問題です。叔父上に聞かせるようなものではない」
「この私が聞かせろと言っているのだ」

 私の目の前で父様と大叔父様のちょっとした言い合いが始まった。私としては、せっかく大叔父様が興味を持ってくれたのだから話を聞いてもらいたい。

「……ロイス、出ていきなさい」
「え? しかし!」

 しかし、父様はそれを許してくれなかった。納得ができず私は声を上げたが……

「いいから出ていくんだ! 私の言うことが聞けないのか!」
「……わかりました」

 父様の有無を言わせない調子に、仕方なく部屋をあとにした。
 父様は何故あそこまで怒ったのか。まるであいつの肩を持っているようじゃないか……
 せっかく大叔父様にでたらめな噂をどうにかする相談ができると思ったのに。
 私は自分の部屋に戻ったあとも、悔しくて仕方なかった。
 気をまぎらわそうとしばらく机に向かって魔法書を読んでいたけれど、まったく頭に入らない。
 それからしばらくして、誰かが扉をノックした。続いて、ドア越しに声が聞こえてくる。

「ロイス、私だ。入ってもいいか?」

 訪ねてきたのは大叔父様だった。
 私は天の声にも等しく感じ、机から離れて急いで扉を開ける。

「大叔父様、どうぞ!」

 大叔父様を部屋に招き入れたあと、私はここ最近あった出来事を包み隠さず話した。
 そう、あの愚弟が不当に持ち上げられていることも含めて全て――


 ◇◆◇


「クゥ~ンクゥ~ン」
「はは、まったく甘えん坊だなこいつめ!」
「ガウガウ!」

 大叔父を迎えたあと、俺は昼食を食べてから中庭でマガミと遊んでいた。
 マガミが嬉しそうに体をくっつけてくるのでもふもふしていると、ゴロンと仰向けになり舌を出して甘えた声で鳴く。
 大叔父の出迎えもあって午前中は構ってやれなかったからな。それで寂しかったんだろう。

「まったく、可愛いけどあまり甘えん坊だと強い忍狼にんろうになれないぞ?」
「ガウガウ!」

 俺がなんの気なしに口にすると、マガミが起き上がり表情を引き締めた。う~ん、もしかして気にしているのかな? 

「マガミ、今のは本気じゃないぞ。お前ができる子なのは十分――」
「ガウ!」

 次の瞬間、俺は予想だにしない光景を見た。
 なんと、マガミが庭の端から端までを一瞬で往復したのだ。うちの中庭は二十メートル四方程度だが、それほどの距離を風のように走り抜けるとは。

「ガウッ」

 そしてドヤ顔を見せる。いや、しかしこれは驚いた。

「凄いなマガミ! お前いつのまにこんな技を?」
「ガウガウ♪」

 俺が褒めると尻尾をふりふりさせて機嫌よく吠えた。
 なるほど、密かに練習していたのか。
 マガミは風属性の魔法を使える。今のは風の力で劇的に移動速度を速めたに違いない。
 さっきはああ言ったが、マガミもいよいよ忍狼っぽくなってきたじゃないか。

「偉いぞ。この調子でどんどん頑張ろうな」
「ガウッ!」

 得意げにあごを上げるマガミ。その姿も可愛い。よし、ご褒美にたっぷりもふってやろう。

「ガウゥウゥウウ」
「はは、嬉しいかこいつめ」

 たっぷりで回したあと、俺は真剣な表情をしてマガミに話す。

「ただし、この前使った風断爪ふうだんそうの技と同じく、人目のあるところで魔法を使うのは控えるんだぞ?」
「ガウ!」

 マガミは勿論! とでも答えるように真剣な目で吠えた。
 下手をすると、悪目立ちしかねないからな。それに、今は見られたら特に厄介なことになりそうな相手も屋敷にいる。
 そんなことを思っていたら、面倒なことにその張本人――大叔父が中庭にやってきた。

「まさか銀狼がこの屋敷にいたとはな」

 やはりか。気配や足音で近づいてきていることはわかっていたが……
 しかし、何故わざわざ? こいつが俺に話しかけてくる理由なんてないだろうに。
 大叔父は高圧的に尋ねてくる。

「その狼、まさか魔獣まじゅうか? 貴様、そいつはどうした。答えよ」

 随分と偉そうだな……まったく。
 仕方ないので、俺は大叔父を見て説明した。

「……森で怪我をしているところを助けたら、懐いてくれたのです。魔獣というのかはわかりませんが、父様の許可をいただいて飼っています。今は僕にとっての大事な友達ですよ」
「狼が友達だと? ふん、馬鹿なことを。だが、貴様などに懐くならば流石さすがに魔獣ではないか。魔力のない貴様に、従魔じゅうま契約を結べるわけがないからな」

 従魔契約? そんなものがあるのか。

「しかし魔力も備わっていない出来損ないとは、本当に哀れなものだ。狼が唯一の友とはな」

 大叔父が蔑むような目を向けてきて言う。遠慮の欠片かけらも感じられない直接的な物言いは、いっそ清々すがすがしいな。というか、別にマガミ以外にも友達はいるのだが。

「ガル――」
「待て、この方は僕の大叔父だ。だから、な?」
「クゥ~ン……」

 マガミの表情が険しかったので、そうなだめておく。俺を悪く言っているのが理解できたのだろうが、牙をくのはまずい。それに一応は血縁者だ。

「ほう、よく飼いならされているじゃないか。ゴミでも多少は役立つこともあるものだ。ふむ、しかし銀狼とは珍しい……よし、そのけものは特別に私が引き取ってやろう。金貨一枚でいいな?」

 そう言って大叔父が指で金貨をこちらにはじき飛ばしてきた。
 だが俺は、飛んできたそれを受け取らずに指ではじき返す。
 大叔父はてのひらで受け止め、眉間みけんにしわを寄せた。

「なんだ? 生意気にも一枚じゃ不服なのか?」
「何枚でも一緒です。いくらお金を積まれても、大事な友達を売ったりしない」
「……何?」

 大叔父が目を細め、俺を見下ろしてきた。何も答えないでいると、中庭に沈黙が訪れる。

「――用がそれだけなら、僕はもう行きますね。マガミ」
「ガウ……」

 先に沈黙を破ったのは俺だった。こんな奴と話を続けていても仕方ない。マガミも大叔父の態度をよくは思ってなさそうだ。
 さっさとその場を離れようと、マガミを連れてきびすを返す。

「待て、まだ話は終わっていないぞ」
「何度言われてもマガミと別れるつもりはありませんよ」

 大叔父が引き止めてきたが、構わず歩く。こればかりは何を言われても譲る気はない。

「ふん、そっちの狼はとりあえずいい。それよりも貴様、妙な猿を手懐てなずけた程度で随分と調子に乗っているそうだな?」

 俺はその言葉を聞いて、足を止めて振り返る。
 妙な猿? エンコウのことか……どこで聞きつけたか知らないが、よく知っていたな。

「先日、エガの町の近くの森にゴブリンが大量出現したそうだな。その騒ぎはどうやらお前が解決したことになっているらしいが……まったく、この領地には馬鹿しかいないのか? 魔力のない出来損ないの穀潰ごくつぶしに、そんな真似ができるわけないだろう」

 大叔父は俺を指差し疑心に満ちた目を向けてきた。
 隣のマガミは目つきを鋭くさせているものの、うなるのはこらえている。俺の言いつけを守っているのだ。そうでなければ、とっくに飛びかかっていただろう。

「そのことなら、あなたの言う通りですよ。ゴブリン事件を解決したのは森で暮らしていた猿たちです。猿たちが僕に懐いてくれていたのは本当ですが、僕がやったことではない」

 実際のところは俺がゴブリンロードを倒して騒ぎを治めたというのが事実なんだが、父上には大猿のエンコウのおかげだと伝えてある。当然、こいつにも真実を伝えるわけにはいかない。
 しかし、この男はわざわざそんなことを確認しに来たのか? 顔つきを見ていると、それだけではない気もする。
 すると、大叔父はこんなことを言いだした。

「なんだ、わかっているじゃないか。なら話は早い。すぐにでも町に行き、自分が嘘を吹聴ふいちょうしたと白状し、その全てが本当は兄のロイスの功績だったと伝えるがいい。くだらない嫉妬しっとで、ついでたらめを言ってしまったとな」

 は? こいつ、わけのわからないことを……

おっしゃっている意味がわかりません。それに町で知られていることは父様から周知されたのです。僕がどうこうできる話ではない」

 いささか呆れてしまったが、とにかく俺はそう言った。
 だが大叔父はそれを鼻で笑う。

「ロイスから聞いたが、貴様は随分と町の人間にしたわれているそうじゃないか。貴様は一族のはじさらしだが、そういうことであるなら貴様の話に愚民も耳を貸すことだろう」
「……そんなことをしても兄にいいことはないかと思われますが。兄はゴブリン事件を解決していないのですから、そのこと自体が嘘になる」

 ゴブリンロードは俺からすれば大したことのない相手だが、兄貴がどうこうできる魔物ではない。鼻息一つで端微塵ぱみじんにされてもおかしくないレベルだ。仮に俺が町の人々に言ったとしても、すぐにメッキががれてろくなことにならないだろう。

「だからなんだ? たとえ事実でなくてもロイスの功績にすれば、ロイスのブランド……つまり魔法士としての価値が上がる」
「価値だって?」

 つい素の口調で聞いてしまったが、大叔父は特に気にすることなく話を続ける。

「そうだ。たとえばここに、まったく同じ素材・質の剣が二本あったとする。だが、一本は誰が打ったかもわからないような無銘むめいの剣。もう一本は名高い鍛冶師かじしの銘が刻まれた剣だ。これらの価値は同じだと思うか?」
「……見るべき人が見れば同じだと思いますが」
「ふん、可愛げのない答えだ。実際はそうだが、多くの人間にとっては違う。名高い鍛冶師の銘が入った剣の方をありがたがるのだ。もっと言うと、銘さえ刻まれていれば質が悪くても高値がつく。これがブランドの力だ。どこの馬の骨ともわからないような無名の鍛冶師が打った剣など、いくら質がよくても誰も見向きはしない。世の中とはそういうものだ」

 随分と得意げに話すが、俺としてはどうでもいい話だ。


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