辺境貴族の転生忍者は今日もひっそり暮らします。

空地大乃

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第三百二話 転生忍者、兄貴の決意を聞く

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「まさか、そこでまたメラク様の名前を聞くとは……」
「また?」

 兄貴が小首を傾げる。そして思い出した。確か最初はメラを名乗っていたあの女魔法士だ。チェストを弟子にしていたな。

「お願いです父様! 私はこれまで一度たりとも弟子を取ったことがないというメラク様の一番弟子・・・・となり、その奇跡の魔法の数々を学びたいのです」
「い、一番……」

 父上が目をまん丸くさせた後、腕を組んで唸った。

 うん、兄貴よ。あのメラクのことを言ってるなら既にそれは無理だな。何せもうチェストが弟子だ。一応メラクは否定していたけど、あれはもうそういうことだろう。

 しかし七星大魔導だなんてそんな大層な肩書があったんだな。確かに他の魔法士と比べてかなりのやり手には思えたが。

 それにしても、この様子だと兄貴は魔法大会でメラクとは会ってないのか。確かにお忍びできていたようだし、途中から兄貴は盗賊に攫われたりしていたからな。魔法大会に出ている分には観客席にもいかなかっただろうし、俺との試合後は暫く医務室にいたし。

「今、メラク様は世捨て人となり、めったに人里にでてこないということも知ってます! あの魔法大会にだって顔を見せていないぐらいですから、よほど人嫌いなのかもしれませんが!」

 うん。だから来てたんだよ。ついこないだ。

「……間の悪い奴」
「ハフゥ」
「キィキィ」
『し、七星大魔導師、な、なんて心惹かれるフレーズ! 羨ましい!』

 マグは目を細めて呆れている様子だ。マガミは欠伸をしている。エンコウはマグの言葉に頷いていて、エンサイよ、お前はそっちか……

「父様、私は本気なのです」
「よくわからないけど、何かジンの兄貴マジっぽいな」

 デックが俺の側に来て囁くように言った。

「そうだな。少なくとも魔法に関しては以前よりは真剣に取り組んでるよ兄貴は」
「しかし、よりにもよって元とはいえかつて名を馳せた七星大魔導師に弟子入りしたいとはな」
「やっぱり凄い人なんだろうねぇ」

 まぁ、デックとデトラの二人も会ってるんだけどな。本人は正体隠していたから知らないんだろうけど。

「……本気なのか?」
「はい!」

 父上が兄貴に確認する。兄貴は即答だった。

「そうか……ならばこれ以上何も言うまい。ただし一つ言っておくが私に出来るのはメラク様宛に手紙を書きお前に渡すことぐらいだ。それを持って自ら弟子入りを志願してくるといい。勿論だからといって必ずしも弟子にとってくれるとは限らない。あの人はとにかく気難しい人だ。そして、いや、皆まで言うまい……」

 父上は困った顔を見せた後、それ以上語るのを止めた。気難しいか、まぁ確かにそんな気もしないでもないが、チェストの扱いを見てると話のわからない人でもなさそうではある。

「ロイス、貴方、本気なのね?」
「はい。母様。私はこれを機会に、より立派な天才的イケメン魔法士となり生まれ変わってみせます!」

 決意を新たにする兄貴。うん、まぁ頑張ってくれ。マグやデトラ、それにミモザや姫様の視線は冷たいが。

「……破滅的の間違いではない?」
「いや、そこは素直に応援してあげようぜ?」

 マグは兄貴に対してとことん厳しい。一方デックはちょっとは見直したみたいな空気が漂っていた。

 さて、こうして俺との決闘を終えて兄貴は父上に紹介状を書いてもらいメラクへ弟子入りするために旅立つことになった。

 三日経ち――準備を終え父上の手紙も書き終え、いよいよ兄貴が屋敷を旅立つ日がやってきた。

「ご武運をお祈りしていますロイス坊ちゃま」
 
 門の前でスワローが旅立つロイスに見送りの言葉を掛けた。当初はスワローとの間にも色々とあり、もっといえばメイド達からも非難的な目を向けられていた兄貴だが、最近は使用人をいたわったりちょっとした手伝いをしたりということがあったので、人が変わったようだと噂されていた。

 だからか他の使用人も手の空いている者は見送りにやってきている。

「ありがとう。色々とあったが、スワローにはこれからも屋敷を見守っていて欲しい。そしてジン」

 兄貴が改めて俺に声を掛けてきた。

「お前とも色々とあった。時には争うこともあったし……お前を憎んだこともあったが、今はジン、お前がいたことに感謝している」

 ……まさか兄貴にこんなことを言われる日がくるとはな。七歳ぐらいの時の俺に教えてやったとしても絶対に信じてくれないだろうな。

「ま、色々とあったけど俺にとってもいい思い出だよ」
「ふん、心にもないことを」

 兄貴が薄笑いを浮かべながら言った。うん、バレたか。

「……私は今日屋敷を出たら暫く戻ることはないだろう。メラク様の弟子になり修行を積んだ後そのまま学園に向かう。ここに戻るのは早くても学園を卒業してからだ」

 兄貴が真剣な目で語る。どうやら決意は固いようだ。

「だからジン、次にお前と再会するのは学園でということだ」
「…………」

 兄貴が学園でのことを匂わすが、俺はそれにこたえられなかった。学園への入学は決まっているが、行くかどうかはまた別問題でもある。

「……まさか、迷っているのか?」

 兄貴が片眉を上げ聞いてきた。俺の気乗りない受け答えに何かを感じ取ったか。

「ふむ、だが学園には行っておいた方がいいぞ。特にあのカグヤという奴隷のことを思うならな」
「うん?」
「ピィ?」

 兄貴の発言に姫様が小首を傾げるのが見えた。頭の上に乗っているホウライもその動きに合わせている。

「お前のことだ。いずれ奴隷から解放したいと思っているのだろう? だが一度奴隷となったものは記録として残る。首輪が違えどその記録が残っている限りは奴隷という身分は変わらない。たとえ所有者が勝手に手放してもだ。それにそのような行為は罪に問われることになる」
「……だったらずっと奴隷でいろと?」

 俺たちの会話にマグが飛び込んできた。今はマグも姫様と仲が良いが、姫様が奴隷であることには納得していないようではある。相手が俺だからまだ我慢できているといったところなようだ。

「そうは言っていない。だが合法的な奴隷解放はやり方が限定される。その一つは解放金を支払うこと。だがこれはかなりの金額が要求される、が、それはおそらくお前なら何とかしてしまうだろう。ただ、問題はもう一つある」
「問題? お金を支払うだけじゃ駄目なのか?」
「当然。奴隷を扱うのは奴隷商だが奴隷商人や商会を纏めているのは奴隷ギルドだ。奴隷の情報も全て奴隷ギルドが管理している。奴隷を金で解放する場合奴隷ギルドの審査が先ず入る。奴隷の特技などを隠して安く奴隷を解放しようとするものが出ないようにと言う名目だ。だから徹底的に調べる。そこまで言えばわかるだろう?」

 兄貴の言いたいことは良くわかった。金を支払って解放しようとしたら根掘り葉掘り調査され姫様の力がバレる可能性がある。

 それは姫様にとってリスクが高い。出来るなら避けたい手だ。

「話はわかった。だけどそれと学園に何の関係が?」
「奴隷を解放できる手段は少ない、が、その一つに学園がある。学園に入れる範囲内の若い奴隷限定ではあるが、学園を優秀な成績で卒業出来た場合、家が許せば奴隷は無条件で解放される。これにはお金も必要ないし学園側の意向で行うことだから奴隷ギルドの調査も入らない。どうだお前にとってもカグヤにとってももってこいの話だろう?」

 ほ、本当かよ。まさか、そんな手があったなんてな……
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