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1巻

1-3

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 お使いはあっさり終わった。まぁ、子どもに任せる程度の買い物だ。そんな難しいものじゃない。メイドはメモまで用意してくれたけど、その場で暗記できる程度の量だったし。 
 あとは帰るだけだな、と思って門に向かおうとしたら……

「これはこれは、こんなところで会えるとは奇遇ですなぁ」

 見知った顔の少年が近づいてきた。
 こいつは……うちに出入りしているバーモンド商会の会長の息子だな。
 バーモンドは膨らみのあるズボンを穿いて、ドレスシャツに赤いベストといった出で立ち。眼鏡をかけた小柄な出っ歯少年であり、キノコみたいな髪型をしている。特徴のある顔だから、一度見ただけで覚えてしまった。
 バーモンドは、三人の少年を従えていた。
 そのうちの一人がバーモンドに話しかける。

「おいラポム、こいつが噂のエイガ家の落ちこぼれか?」

 ラポムとは、バーモンドのファーストネームだ。

「あぁそうだ、デック。こいつがロイス様の愚弟ぐてい、ジン・エイガさ」

 あざけるような口調でバーモンドが答えたあと、腰に小ぶりな木刀を差した少年と杖を持った少年が小馬鹿にしたように言ってくる。

「確か、数多くの優秀な魔法使いを輩出したエイガ家において、とんでもない落ちこぼれとか?」
「魔力測定の時、あまりに魔力が少なすぎて計器が動かなかったって話だよな!」

 大柄なデックと呼ばれた少年は、腕を組んでジッと俺を見下ろしていた。揃いも揃って、いかにも悪ガキと言った様相である。

「……それで、なんの用なのかな?」

 丁寧な口調で、一応用件を尋ねてみる。
 口ぶりからして、ろくな用件じゃないんだろうけど。

「いやいや、自分もエイガ家に出入りしている身ですからね。姿を見かけたので、一応ご挨拶くらいはと思いまして。しかし、驚きましたなぁ。仮にも領主様の息子が、護衛もつけずこんなところまで一人で買い物とは」

 嫌味ったらしくバーモンドが言った。
 やれやれ、俺が買い物している時に感じた視線は、こいつらのものだったか。
 実はお使い中、ずっと誰かがこちらを見てきていた。殺意は感じなかったから放っておいたけど、買い物を見るなんて、どんだけ暇人なんだか。

「まぁ、将来のためにも経験は積んでおかないと」

 俺が言うと、悪ガキ共は口汚くののしってくる。

「プッ、将来のためにってマジかよこいつ!」
「町までわざわざ買い物だなんて、やってることは召使めしつかいと一緒じゃん」
「領主の息子のくせに、お前そんなことやらされてるの?」

 まったく、やかましい連中だ。

「いやいや、そんなに馬鹿にしてはかわいそうですよ。確かに彼には魔力が全然なく、ロイス様と違って将来領地を継ぐ立場でもなければ、優秀な魔法士になれる素質もありません。だからこそ、こうやって奴隷どれいの真似事をして、将来家を出る時のために頑張っているのではないですか」

 すると、バーモンドは俺を小馬鹿にするようにそんなことを言ってきた。にやついた顔に性格の悪さがにじみ出ている。
 子どものうちからこんなんで、俺としてはお前の将来の方が心配だぞ。
 とりあえず、今のが失言だったってことは遠回しに伝えておくか。

「あぁ、まったくもってその通りだよ。うちの領地は兄さんが継ぐだろうし、将来のために世間のことを知っておかないといけないのは事実だ。ただ、うちで働いている使用人たちはみんな立派な人ばかりだよ。そんな彼らに仕事を任されたことを、僕はとても光栄に思っている。だから、君たちが彼らを召使い、奴隷呼ばわりするのは、あまり愉快じゃないかな」

 そこまで言うと、彼らは気まずそうに口をつぐんだ。
 こいつらは俺の悪口を言っているつもりだったんだろうけど、「召使い」「奴隷」という言葉はエイガ家の使用人まで馬鹿にする表現である。それは間接的に、エイガ家そのものの格をおとしめることになるわけで、仮に他のエイガ家の関係者に聞かれたらどうなるかわかったもんじゃない。反省してくれるといいのだが。

「……いやいや、別に使用人の仕事を馬鹿にしたわけではありませんよ」

 バーモンドが取りつくろうように言った。ま、そう言うしかないよな。

「そう、それならよかった。なら僕は行くね」

 そのまま連中の横を通り過ぎようと歩きだす。

「……ですが、使用人に任された仕事を、仮にも領主の息子である貴方がまったくこなせなかったら、家の方々はどう思いますかね?」

 すれ違う直前、バーモンドが眼鏡をクイッと上げ、口角を吊り上げてそう言うのが聞こえた。
 すると、その言葉が合図だったかのように、デックがこちらを転ばせようと足を出してくる。その勢いは蹴りに近い。

「大丈夫――」
「え?」

 俺が言うと、デックは目を丸くさせ、思わずといった調子で声を上げた。
 引っかけてこようとしたデックの足を躱したのだ。こんな見え見えの手に引っかかるわけないっての。

「――流石にお使いくらいは失敗しないさ」
「チッ、運のいい奴め!」

 舌打ちするデック。いやいや、運とかじゃないし。

「こうなったらおい! アレを使え!」
「イェッサー!」
「喰らえ! 泥の洗礼!」

 デックに言われ、取り巻きの少年二人が泥団子どろだんごを取り出して構えた。あんなものわざわざ用意してきたのか……

「フッフッフ、この特製泥団子は、外側は固いが中は柔らかくドロドロなのさ。お前の買ったものを台無しにしてやる!」

 デックも泥団子を持ち、得意そうに言う。

「おやおや、これではお使いの品が泥だらけになって大変なことに。薄汚れた情けない姿で帰ることになるんでしょうなぁ」

 バーモンドがニヤニヤしながら言った。このあたりは本当、子どもの発想だな。くだらねぇ~。
 四人は俺の前後左右に一人ずつ立って取り囲んできた。バーモンドだけが泥団子を持っていない。他の三人より俺との間隔が離れているし、高みの見物を決め込むつもりなのだろう。

「オラオラオラオラ! お前らも投げろ投げろ!」

 デックたちが泥団子を投げ始める。

「ブベッ! ベッ!」

 三人の投げた泥団子は見事に命中した……バーモンドの顔面に。

「「「あれ?」」」
「な、ど、どこ狙ってるんだよ!」
「いや、悪いな。でも、あれ?」

 バーモンドが怒鳴り、デックは謝りつつも首を傾げた。
 どうやら奴らは全然気がついてないようだが、飛んできた泥団子の軌道を、俺が全て指ではじいて逸らしてやったのである。
 その結果、バーモンドは泥まみれの顔に。勿論狙ってやったことだけどな。それくらいの意趣いしゅ返しは許してほしい。

「く、くそ! 投げろ投げろ! おりゃ!」
「とりゃ!」
「でい!」
「ぶべっ! ぶぼっ! げへっ!」

 三人の投げる泥団子は全て、俺が軽く指で触れるだけでバーモンドに向かって飛んでいく。こんなの、忍術を使うまでもない。本当になんてことない指の動きだけで十分だった。

「や、やめろ! いいかげんにしろ! お前ら僕に恨みでもあるのか!」

 ついにバーモンドが切れた。俺にはまったく命中せず、自分の顔だけが泥だらけになるんだから、それは我慢できないだろう。

「俺らだってわけわかんねぇよ! なんでテメェに泥団子が当たらねぇんだ!」

 逆ギレするデック。

「さぁ? そっちの腕が悪いのでは?」

 白々しくそう返すと、デックの顔がみるみるうちに赤くなっていった。

「お前! 魔力もない落ちこぼれのくせに生意気なんだよ!」

 そして、腰の木刀をデックが抜く。
 おいおい、本気か? 泥団子ならともかく、それはちょっと冗談にならないぞ。

「……今なら些細ささいないたずらで済むけど、流石に木刀を出したら君もまずいんじゃない?」
「はんっ! なんだ、ビビってるのかよ?」

 いやいや、これでも俺は親切心で言ってるつもりなんだがな。

「どうとらえてくれてもいいけど、これでも僕は一応貴族だよ。木刀で殴って怪我をさせたら、言い訳が立たなくなるのをわかってる?」
「むぐぅ……」

 デックが声をつまらせ、助けをうように、ハンカチで顔をぬぐっていたバーモンドを見た。
 その視線に気づき、バーモンドは慌てて表情を取り繕って言う。

「くそ、泥がこんなに……ふ、ふん、なるほど、家の威光いこうを振りかざしてこの場をのがれようって手ですか。だけど残念でした! 僕はロイス様から許可をもらっているんです。もし今後、町でジンに会うことがあったら、好きに痛めつけて構わないってね! 仮にお前が屋敷で騒いでも、ロイス様がなんとかするって約束してくれたんですよ!」

 え~……こいつ、本気か? 兄貴の差し金だったってのは特に驚くことじゃないけど、そんな言葉を鵜呑うのみにするかね?
 大体、兄貴に問題をもみ消すほどの権限があるわけないだろう。あいつ、まだ六歳だぞ。こんなことがバレたら、面倒なことになるのは兄貴の方だと思うんだけど。

「へ、へへ、流石は狡賢ずるがしこい……いや、抜け目のないラポムだ。というわけだから、諦めろ。お前をギッタンギッタンに痛めつけても、助けてくれる奴はいないぜ!」

 しかし、デックはバーモンドの言葉を疑っていないようで、もうやる気まんまんだ。面倒だな、本当。

「はぁ、本当に考え直す気はないのかな?」
「うるせぇ、死ね!」

 デックが木刀で殴りかかってきた。殺したら洒落しゃれにならないだろうに。
 ま、こんな力任せの攻撃、当たるわけないんだけど。
 躱し方は何通りもあったが……とりあえず、右足を引き上半身を逸らす。
 ビュンッと風を切る音がして、木刀が地面に叩きつけられた。そこそこいい音をさせるじゃないか。基礎を固めれば、それなりに剣を扱えるようになるかもな。
 もっとも、それは今後の話。今は目をつむっていても余裕で避けられる。

「こ、このチョロチョロと!」

 デックは続いて、木刀を振り上げてきた。ちょっと大振りすぎるな。こちらは一歩下がって回避。
 木刀が空を切り、勢い余ってデックの足がもつれた。体の大きさに対し、下半身の筋力が追いついていない証拠だ。

「くそっ! オラ! オラ! オラ!」

 それからもデックは、何度も何度も力任せに木刀を振り回してくる。まるで出来の悪い風車かざぐるまを見ているようだ。
 だけど、そんなことを繰り返していたら体力が持つわけがない。大体、攻撃っていうのは、空振りの方が体力を消耗する。

「はぁ、はぁ、ち、くしょう……」

 デックはとうとう肩で息をして膝に左手をつき、木刀を持ったまま右手で顎の汗を拭った。なんとも隙だらけなことである。俺は何もする気はないけど、もし戦場でそんなことしたら死ぬぜ?

「お、おい! お前ら、ボーッと見てないで援護しろ! なんのために武器を持ってるんだ!」
「あ、そ、そうだった! え~と、土は我が子なり、脈々みゃくみゃくたる地脈の鳴動めいどう――」

 杖を持っている奴が魔法を唱える。しかし、相変わらず長々とした詠唱だな。

「い、いやぁああ!」

 そして、まりのない声で、もう一人の小ぶりな木刀持ちが後ろから狙ってきた。正面からはデックが突きを繰り出してくる。
 はさみ撃ちか。多少は考えたようだが、もう一人はデックよりさらに弱いのであんまり意味がない。
 ギリギリまで引きつけてひょいっと躱したら、少年にデックの突きが当たって転んでしまった。

「あ! お、おい、大丈夫かよ!」
「う、うわぁあああぁあん!」

 おいおい、泣きだしたぞ、マジかよ。でも、年を考えたらそんなものなのか……

「な、なんなんだお前! なんでそんなに……」

 強いんだ、とデックは言いたいのかな? うーん、なんと答えたものか……

「僕は、魔法に関しては才能がないからね。だからその代わり、剣術を教えてもらっているんだ」

 これは嘘ではない。俺は最近、執事のスワローに剣の稽古けいこをつけてもらっている。
 魔法が使えないからって何もしないわけにはいかないからな。今の俺の年齢に合わせた内容だから物足りないものの、俺の知っている剣術とは異なる動き方を学べるから勉強になる。

「く、くそ! 仲間のかたきだ!」

 デックがそう叫び、再び突撃してきた。いや、お前がやったんだぞ、それ。
 しかし、こいつもりないな、と思っていた時。

「す、ストーンバレット!」

 斜め後ろからそんな声が聞こえた。ようやく杖持ちの魔法が完成したらしい。
 ちらっと見ると、石礫が飛んできている。大きさは小石程度。あれだけ時間をかけてこれか……
 さて、デックは俺の斜め前から突っ込んできていて、俺を挟んでその対角線上から石礫が飛んできている状況。偶然にも、またもや挟み撃ちが成立していた。
 とりあえず横に一歩動いて石礫を避ける。
 そこで気がついた。この方向で俺に当たらなかった場合は――

「ブボッ!」
「あーーーー!」

 そうだよな、デックに当たるよな。しかも、もろに顔面だ。
 デックはもんどり打って地面に倒れてしまった。

「そ、そんな、大丈夫!?」

 杖持ちの少年が駆け寄り、泣いていたもう一人も泣きやんでデックに近づいた。バーモンドは何がなんだかわからないって顔だ。
 デックは倒れたままピクリともしないが、息はしている。
 目を回して気絶しただけだな。問題なさそうだし、俺はこのまま退散させてもらおう。
 まったく、面倒な連中だったな――


 門に向かって歩いていると、よく知る声が聞こえてくる。

「坊ちゃま!」

 声のした方を向くと、案の定、執事のスワローが駆け寄ってきていた。
 でも、なんでこの町にスワローが?

「あれ? どうしたの?」
「どうしたの、ではありません! 奥様が心配なさっていますよ」
「え? で、でもほら、ちゃんと言われたものは買えたし」

 嫌な予感がしつつ、俺は買い物袋を見せた。
 だけど、スワローは首を横に振った。

「そのことではありません。坊ちゃまは私に、旦那様から獣避けを持たされたから大丈夫とおっしゃいましたね? しかし旦那様にお尋ねしたところ、そんなものは渡していないとのことでした。これはどういうことでしょうか?」

 あちゃ~、そっちがバレちゃったか。咄嗟とっさについた嘘だったし、隠し通せるわけもなかったか。
 スワローの顔はけわしい。凛々しい美人タイプの顔だから、怒ると迫力があるんだよね。

「……ごめんなさい。僕、一人でもお使いくらいできるってところを見てもらいたくて。兄さんと違って魔力もないし、何もできないと思われるのが嫌で、みんなの役に立てたらなって思ったんだ……」

 俺がそう言ってうつむくと、スワローの表情が気遣きづかわしげなものに変わった。我ながらズルい言い方だったな、と思う。

「……そうでしたか。ですが、誰も坊ちゃまのことを何もできないだなんて思っておりませんよ。本来は使用人に任せるべきこともよく手伝ってくださり、大変助かっております。確かに魔力がロイス坊ちゃまより少ないのは事実ですが、世の中魔力が全てではありません」
「……うん、ありがとうスワロー」
「はい。このスワロー、坊ちゃまのお気持ちはよくわかりました。ですが、一人でお使いはやはり感心できません。坊ちゃまはまだ五歳なのですから。それに外の危険は獣だけではありません。盗賊が出ることだってあるのですよ?」
「と、盗賊?」

 ギクリとしてしまった。別の意味で。
 スワローは頷いて言葉を続ける。

「はい、現に先ほど門番の方から聞いたお話によると、この町に来た商人が盗賊に襲われたそうです。数も多く、護衛も怪我を負わされたのだとか。何者かの助けによって難を逃れたらしいですが」
「へ、へぇ~、そうなんだ~」
「結果として盗賊は捕らえられましたが、その盗賊と坊ちゃまが鉢合はちあわせした可能性だってありえたのです。もしそうなっていたら、どんな目にっていたか……」

 心配そうな顔になるスワロー。
 うん、でもごめん。その盗賊倒したの、俺です。鉢合わせどころか、自分から助けに行ってしまったわけです。

「とにかく、そういった危険も外ではゴロゴロあるのですから、今後はやんちゃな真似はお控えください」
「わ、わかったよ。心配してくれてありがとう」
「はい、わかってくださったのならいいのです。ただ、一応は罰として……そうですね、次の稽古は量を倍にしましょうか」
「うへぇ~それはキツイな~」

 自分なりに子どもっぽく返すと、スワローが優しく微笑ほほえんだ。実際は倍どころか、三倍でも四倍でもどんと来いなんだけどね。

「それでは戻りましょう。門の前に馬車を待たせていますので」

 俺はスワローに手を引かれて、馬車まで向かう。その手は女性らしくて柔らかい。そして、ちょっと気恥ずかしい。
 門の前に着くと、おしゃべりな方の門番がこちらを見て安心した表情を浮かべる。心配してくれていたようだ。無口な方の門番も視線だけは向けてきていた。

「あぁよかった。無事に見つかったのですね」
「はい、ご心配おかけいたしました……坊ちゃま、盗賊の件もありますから、今後は勝手にお出かけになることはどうぞお控えください」
「う、うん。気をつけるよ。でも、盗賊は捕まったんだよね?」

 俺が聞くと、スワローではなくおしゃべりな門番が答える。

「えぇ、まぁ。ただ、盗賊を叩きのめしたという人物も、妙な格好をしていたようですからね。一応注意しておいてください」
「妙な格好?」

 その言葉に、スワローが反応した。俺からしたら嫌な予感しかしない。
 門番は「はい」と相槌あいづちを打ち、説明し始める。

「なんでも、妙な布で顔をおおっている小柄な男だったそうで。助けてくれたのだから悪人ではない、と商人は言ってましたが、何かの策ってこともありますからね」

 妙な布って……ただの頭巾だよ。確かにこの世界では一般的じゃないみたいだから、不審に思われても仕方ないのかもだけど。
 ともかく、この門番は商人たちから色々と聞いたらしい。もうちょっと情報収集してみるか。

「その、ずき……いや、妙な被り物をした人は他に何か言っていたの?」
「う~ん、持っていた獣の皮や肉を買い取ってほしいと頼んできたくらいで、あとは名前も告げず去ったようですね」

 門番は頭をさすりながらそう答えた。
 スワローが形のいい顎に指を添えて口を開く。

「それなら、とりあえず悪人の可能性は低そうですね。盗賊同士の縄張り争いとも考えられなくはないですが、だとしたら積荷に何もしないのは不自然です。商人に恩を着せる目的だったとしても、顔も見せず名前も明かさないのは妙ですから」

 まぁ、正体は俺だから悪人も何もないんだけど。

「なるほど、確かに。ですがやはり、顔を見せなかったという事実は気になります。一応周辺の警備は増やすようにしますよ」

 門番はスワローの考えに同意しつつ、警戒を強める姿勢を示した。
 もう一人の門番もその言葉に大きく頷く。相変わらずまったくしゃべらないな。
 やっぱり目立ったことをすると怪しまれるよね……今後は気をつけないと。
 その後、門番たちに別れを告げ、馬車に乗って屋敷に向かう。街道は舗装ほそうされているとはいえ、馬車は揺れる。長く乗っていると腰が痛くなるので、あまり好きではない。

「ところで坊ちゃま、町はいかがでしたか? 楽しめましたか?」

 途中、スワローからそんな質問をされた。
 う~ん……どちらかというと、町に下りるまでの方が解放感があって楽しかったな。町ではそこまで印象に残ったことはない。あるとすれば、せいぜい悪ガキからいたずらをされたくらいか。返り討ちにしたけど。

「うん、色々な店や人を見られて面白かったよ」

 しかし流石になんの感想もないというのは不自然だろうから、無難な返事をしておいた。

「それはよかったですね」

 スワローがニコリと微笑む。
 う~む、馬車で改めて向き合うと、やはり美人。馬車の揺れによって、大きな双丘そうきゅうが上下に揺れ動くのが、執事服の上からでもよくわかる。いったい何が詰まっているのやら……

「……その、これはあくまで今後の参考にしていただければという話ではありますが、あまり女性の胸をマジマジと見ない方がよろしいかと。私は気にしませんが、失礼に当たりますので」

 ハッ! しまった! そんなに見ていたのか、俺!

「ち、ちが、その、いや違わないんだが――」
「ふふ……」
「へ?」

 少し動揺してしまった俺を見てスワローが微笑んだ。

「失礼しました。坊ちゃまはしっかりされていて、あたふたする様子をあまり見たことがなかったので、つい。そういった一面を見られて、少し嬉しいです」

 普段の俺は子どもっぽくないということか。実際、中身は子どもじゃないからなぁ。むしろ、そう見られるのは複雑な心境だ。

「ところで、町にはバーモンド家のご子息も暮らしているのですが、お会いになりましたか?」

 と、スワローが話題を変えた。
 俺は内心ギクリとしつつ、とぼけて答える。


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